22.馬人族と交渉
招かれた先、馬人族の村長の家にて。
早速交渉…かと思いきや、村長が興奮してしまい、代理として案内してくれた貴族的な雰囲気の馬人族の人と交渉を開始した訳なんだが。
『ええい、止めてくれるな伯父上!私がそこの性悪に現実というものを教えてやるのだ!復讐だなどと、幼子のようなことは言わん!ただ謝らせるだけだ!』
『落ち着け、村長』
…どうしてこうなった。
貴族的な…ああ、もう貴族で良いか。
貴族さんが、今にも俺に殴りかかって来そうな勢いの村長ちゃんを、羽交い締めにして止めている。
村長ちゃんは、必死にその拘束から抜け出そうとしているが、いかんせん体格が違い過ぎてどうにもなっていない。
因みに、村長と呼ばれているが、彼女はどう見てもジーマくんやソーニャちゃんと外見年齢は近い、小さな女の子だ。
今の俺が何センチくらいあるのかは、比較対象がないから良く分からんが、村長ちゃんは、俺に対して頭二つ…まではいかない程度の差がある。
そして、今まで出会って来た馬人族と異なり、彼女の顔は人間に近い。
耳とタテガミが馬っぽいくらいだ。
良くみると、元々他の馬人族たちも、手や足は人間の身体なんだけど、顔が人間というだけで、どうしてこうも親近感がわくのだろうか。
…まぁ、睨まれてるから、そこまで親しみを感じてる訳じゃないんだがな。
『…はぁ。…客人。村長は無視して続けてくれ』
『何だと!?よもや、この私を話に混ぜないつもりではなかろうな!?』
『…いいのか?』
『構わない』
こっくりと深く頷く貴族さん。
その腕の中で、村長ちゃんの表情が驚愕に歪んでいる。
可哀想に…。
…だが、ここは俺も鬼になろう。
話を進めなければ、村に帰れない。
『最近、森のエルフの村長の子、ミーシャが誘拐された』
とりあえず、無難な切り口から行こう。
すぐに本題に入っても良いが、何と言えば良いのか…。
村長ちゃんが興奮している中、幾ら馬人族がバ…良い人たちだとは言え、初対面の、しかも憎い相手から、貴方達が信じた人、怪しいですよ!だなんてすぐさまに言えるはずがない。
それで信じてくれたりしたら、逆に不安になる。
『?そちらにいる子だろう。結界を張っていると聞いたが、何故誘拐などされる』
…ミーシャちゃんが誘拐、という情報に対して、過剰な反応はなし、か。
ついでに、ミーシャちゃんをどういう目的で襲おうとしていたのかも探ろうとしてみたが、これは難航しそうだ。
とは言え、何かを隠している様子でもない。
俺の見立てが正しいのであれば、貴族さんも村長ちゃんも、ミーシャちゃんを誘拐目的で襲おうとしたことを知らないか、その目的で指示を出した訳ではない様子に見受けられる。
『犯人の目的は、シンジュである俺を殺すこと。ミーシャから聞き出そうとした。ミーシャは不意を突かれて、結界を張れなかった』
ミーシャちゃんが、俺に触れていなければ魔術を使ったり、結界を張ったり出来ないことは、知られてはいない様子だった。
ユーリャくんやニーカさんたちみたいに、村の外で活動している彼らは、少しであれば普通に使えるような話をしていた記憶がある。
そちらが普通だと伝わっているのだろう。
ここは、余計なことを言う必要はない。
俺は、とりあえず不意を突かれたせい、という理由を強調しておいた。
『…だが、救い出せたのだろう?だからここにいる。なら、貴様は何故ここに来たんだ。御神体について触れていたが…どういうことだ?』
幸いなことに、ミーシャちゃんについて突っ込んでくる様子はない。
相変わらず村長ちゃんはジタバタ暴れているけれど、問題はまだない。
やはり、貴族さんは御神体と、森のエルフが動かなければならない事態、について興味を引かれていると見た。
興味を引かれるということは、何らかの考えがあるということ。
そして、上手くいけば、協力を…最低でも、俺達に攻撃はしない約束を取り付けることが出来る可能性が高い、ということだ。
…そういうことだよな?
くそ、俺が間違ってたら、これえらいことになるぞ。
いや、考えない様にしないと。
俺が考え始めたら、話が一切進まなくなる。
『ミーシャをさらった犯人、世界に争いの種を蒔くと言っていた』
『争い…?』
『???何だ、どういうことだ?あ奴は何を言っている?』
俺が核心を告げると、村長ちゃんの動きも止まった。
予想より冷静なようだ。
非常にありがたい。
俺のこの発言が、眉唾物であろうが、本当であろうが、それを知らなかった様子の二人には、その真偽を確かめる術は恐らくない。
俺の様子を見て判断するしかない。
それでも、村長ちゃんは馬人族を率いる村長だ。
これ程の規模の話であれば、聞かなければならない。
これを嘘だと一蹴して、いざ本当だった時。
馬人族全体を危険に晒す可能性のある程、大きな話。
耳を傾けてくれなければ、最悪、最低限の約束すら取り付けられない可能性も高いかと思われる。
ひとまず、最初の条件は達成だろうか。
ただ、気は緩められない。
ここで抜いてしまえば、信じて貰えないだろうから。
『言っていたのは本当として、信じる根拠は?』
貴族さんからまっとうな質問が入る。
まずは俺の言葉を本当として流してくれた。
そこについて何だかんだと言っても仕方ないからな。
俺達だって、ボイスレコーダーを持っていた訳でもなし。
証明出来る手段は何もないのだから。
…もしかして、音声記録用の魔術とかもあったのかな。
取れてたら良かったな。
タラレバなんて言っても仕方ないと分かってはいるが。
『森のエルフのシンジュ。他種族の御神体。すべてがほぼ同じタイミングで力が衰え始めていること。そして、そのタイミングで、今までの小康状態を破り、森のエルフをかどわかし、シンジュを殺そうとして来たこと…』
これは、あくまでも俺達がその情報を信じている根拠だ。
全然馬人族が信じる根拠にはならないのだが。
さて、どう転ぶ?
賭けなのは百も承知だ。
ただ、ここは潜り抜けたいところだ。
他種族の交渉なんて、上手くいく気が微塵もしない。
『なんということだ…』
ぽつり、と呟いたのは村長ちゃんだった。
貴族さんは、考えを整理するかのように目を細めている。
…元々馬だから細めだけど。
『森のエルフのシンジュを…殺す?ありえん。どこの愚か者だ』
最初にそれを言った時は反応してなかったのに、何故このタイミングでそこに反応するんだ、村長ちゃん。
落ち着いてから言ったのがこれが最初だからか?
ていうか、あり得ないってどういうことだ?
『…それに、奴の言うことにも一理ある。我らへの他種族の攻撃が激化して来たのは、何故か突如として御神体の力が衰えたその日だった…。タイミングとしては、これ以上ないものだが、我らとてそれを知る術はなかったのに、他種族がそれを気取れたはずがない。出来過ぎている』
…多分犯人黒フードだよな?
何でそんなフラグ立ててるの?
俺犯人だよって言いたいの?
ちょっと浅はか過ぎない?
あの時の敬語キャラっぷりはハリボテだったのか?
黒塗りシルエットの犯人の方が賢いと思うぞ、黒フード!
『…村長』
『うるさい、分かっている。我らの御神体の力が衰えていると知った上で、正面から、しかも武器を手放してまで、この話し合いの場に参上したのだ。敵対する意志はあ奴らにはない。…子供なのは、私ひとりだ……』
……。
…何か、村長ちゃんは項垂れながらも、俺達の言葉を受け入れてくれることにしてくれたようだ。
一体何が琴線に響いたのか、そもそもどうして信じてくれることになったのか、正直ちょっと良く分からないんだが、それで良いのか馬人族!
流石良い人たち!
『…お前の言うことは、どうやら正しいように思う。しかし、すべてを信じられた訳でもない。私は村長だ。…一時の気の高ぶりによって、安易に馬人族のこれからを決める訳にはいかない。だから、改めて問おう。我らに何を望む?森のエルフの代表よ。この森の守護樹よ。お前の要求を聞かせてくれ』
その細い肩は震えている。
その小さな手は悔しさからか強く握りしめられている。
…それでも、その少女は村長たらんと、強い光を灯した目で俺を見ていた。
真っ直ぐに、目を逸らすことはなく。
だから俺も真っ直ぐに見て言う。
『敵は恐らくまた襲って来る。だからその時、手を貸して欲しい』
『…それは難しい。村人を危険に晒す訳にはいかぬ。私たちに出来るのは、荷物運びくらいだ。それでも構わんか?』
『勿論だ』
『ただ…』
荷物運びをしてくれるということは、敵には回らずにいてくれる、ということだろう。
結局、口約束以上の約束は取り付けられなさそうだが、十分だ。
俺はホッと息をつきかけ、また息をとめた。
村長ちゃんは、まだ言葉を続ける気だ。
『それ以上を望むのなら、条件がある』
『条件?』
…いや、後ろからグサッ!とやられないなら、それ以上はあったら嬉しいけど、そこまでなくても良いって感じなんだが…。
ここは聞いておかないとまずいよな。
俺が軽く首を傾げると、村長ちゃんはややあって呟いた。
『我らの御神体が力衰えて久しい。故に、お前も知っていると思うが、我らのレベルは低いままだ』
『ああ』
『お前はシンジュだ。我らを強化することが可能であろう?やってくれ。そうすれば、武芸に長けたステータスの者を一部宛がってやらんこともない』
……はい、俺がやろうと思ってた展開になりました。
まさか、向こうから言って来るとは思わなかった。
いやだっておかしくない?
俺がそれをしたら、そっちの戦力俺に筒抜けになるんだけど。
俺が敵に回る可能性考えてないのか?
…考えてないのか。
歴代のシンジュだってそうだったんだから、御神体に意識なんてないだろうし、まさか御神体が、ステータス見てるなんて考えもつかないんだろうな。
俺としてはありがたいけど。
戦略立てやすくなるし。
俺の好きなようにスキルとか覚えさせてやれるし。
……防御特化にしてやろう。
『それくらいなら喜んで』
『なに!?』
…何で驚くんだ。
村長ちゃんフリーズ。
代わりに貴族さんが口を開く。
『そんなに簡単に受けて良いのか?限界もあるんじゃないのか?』
『ないから平気だ』
仮にあるとしても、馬人族全体の底上げくらい余裕だ。
…力も抜くし。
そんな俺の意図は正確に伝わることはなく、村長ちゃんは嬉しそうだ。
あんなに憎々しく思ってた相手の言葉を、良く信じられるものだ。
相当に良い人だな。
騙されない様に気を付けてほしいものだ。
…早速半分くらいは騙してる俺が言うのもあれだけどな。
『それでは、早速頼もうか。まずは…』
ドン!
直後、空間を引き裂くような激しい音が響いた。
何事だと俺たちは周囲を見渡す。
ただ立てかけられただけの扉が吹き飛んだ。
敵かと思えば、馬人族の人だった。
『何が起きた!?』
『はっ!あの黒い被り物をした男が尋ねて来て…突如、我らに向かって攻撃を開始しました!』
『な、なんだと!?』
えー。
俺結構説明頑張ったのに、何だこの展開は。
これが先に起きてれば、交渉も簡単だったんじゃ…。
いやいや、人が傷付くのは駄目だろう。
人の犠牲の元に成り立つ交渉なんて、きっと脆い。
『まさかあ奴…嘘をついていたのか!この私をたばかりおって!伯父上!行くぞ、この私自らが成敗してくれよう!』
『村長!』
『ぐぬぬー!何故止めるぅぅー!!』
いや、止めるだろ。
俺は苦笑しかけ、すぐに止めた。
今はそれよりも早くすべきことがある。
『村長』
『どうした、今は忙しい。疑ったことと罵倒したことへの謝罪は後で…』
『早く手を。レベルを上げたいんだろう?』
『!』
あの黒フードの狙いがどこにあるのかは分からない。
だから、とにかく弱い所は補強していかないと。
まず急がれるのは、トップの補強だ。
見るからに幼女な村長のレベルは、きっと高くない。
ここで補強してやらないと、最初に殺されるかもしれない。
『頼む!』
村長ちゃんは、迷う様子もなく俺に手を伸ばす。
本当に純粋で良い種族だ。
俺なんて、比べるべくもない。
ああ、思考が逸れた。
さて、それでは一つやってやろうか。
見ていろ、黒フード。
出来ればここでお前の野望をついえさせてやる!
…そして平和に暮らしてやろう。
幼女『幼女とはなんだ!私は立派なレディーだぞ!』
伯父『アアソウダナ』
幼女『そうだろうそうだろう!』
木「(カタコトだけど良いんだ…流石馬人族……)」