21.馬人族の村にて
『こっちだ』
貴族的な馬面をした馬人族の人が、俺とミーシャちゃんを先導する。
話に聞いていたのと、あとミーシャちゃんを襲っていた二人組と比較すると、相当クールで頭が良さそうに見える人である。
想定より話が分かりそうな人で本当に良かった。
そうでなければ、門前払いで話は終わっていたかもしれない。
少なくとも、もう一人の門番だけであれば、話は終わっていた。
何しろ、御神体というキーワードにも、反応すらしなかったのだから。
あれは、知らされていなかったのか。
それとも、単に知らなかったのか。
…知っていたのに、勘付けなかったのか。
最後ではないことを祈ろう。
流石にそこまで馬鹿じゃないだろう。
如何に馬の頭をしていても、馬だってそこまで馬鹿じゃないはずだ。
『ここで待て。…おい』
適当な掘っ立て小屋よりも酷い作りの家が立ち並ぶ中、一つだけ森のエルフの家と比較しても問題なさそうな木造りの家の前に到着すると、貴族的な人は、他の馬人族に俺達の見張りを任せると、その中へとゆっくり消えて行った。
恐らくは、雰囲気から言っても、ここが村長宅なのだろう。
ああ、緊張して来た。
「…シンジュ様。これからどんな話をするおつもりなのでしょうか?」
こっそりと、ミーシャちゃんが尋ねて来る。
どんなって…その場で相手がどう出てくるかにもよるからなぁ。
口で説明するのも面倒で、ミーシャちゃんに触れてくれるよう頼む。
「(これでよろしいですか?)」
ミーシャちゃんが、精神感応を発動する。
声は勿論、無事に俺に届いて来るが、問題は周囲に勘付かれないかどうかだ。
俺は慎重に周囲を見渡す。
近くにいる馬人族は、不審そうに俺達を見てはいるが、やり取りをしていることには勘付いていないように見える。
とりあえずは大丈夫そうだな。
「(うん、ありがとう。それで、これからする話についてだけど、えーっと、まずは馬人族の御神体がどんな状況にあるか、揺さぶりをかけつつ、情報を出来る限り引き出して、出すべきところでは出し惜しみしないで俺達の持ってる情報は出す)
「(…はい)」
「(それで得られる、最高の結果は、口約束以上の協力を取り付けることだね。あと最低限得たい結果は、とりあえず馬人族がこっちに手を出して来ない約束を取り付けること、になると思う)
ただ、最低限のボーダーを突破することも、正直厳しい気がする。
何しろ、先程の粗野な方の見張りが、「オレたちがどれだけお前達に騙されて、裏切られて来たと思っている?」と言っていたくらいだ。
それが誤解なのだとしても、それを解くのが難しいし、事実であれば、自体は更に難しくなると言っても良い。
村長はそのような事実について触れていなかったし、誤解なのか、或いは村長の預かり知らぬところで起きていたのか…最悪、村長は知っていて伏せていたのか。
…いや、ここで村長を疑っても始まらない。
考え過ぎるのは俺の癖だから仕方ないと諦めるとしても、この考えはとにかく置いておこう。
俺の行動の前提条件が崩れてしまえば、どうしたら良いか分からなくなる。
「(ですが、本当に大丈夫なのでしょうか?)」
「(一応言葉はさっき覚えたから)」
「(い、いえ。そうではなく…シンジュ様も覚えてらっしゃいますよね?私、彼らに襲われたのですよ?言葉は通じても、本当に話は通じるのでしょうか?)」
ミーシャちゃんの不安も分かる。
俺達は手ぶらにされたとは言え、魔術封じ的な何かは受けていないから、逃げる気になれば、ミーシャちゃんの結界とか魔術とかで逃げ切れると思うけど、そもそも、それを発動した時点で自体は最悪と言って良い。
出来れば避けたいけれど、どうしたら避けられるのかは、未だ不透明だ。
…本当に、何で見切り発車したんだろう、俺は。
でも、ニーカさんに任せるのも、何だか不安だったしなぁ。
「(そう言えば、一度も聞いたことなかったけど)」
「(何でしょう?)」
「(ミーシャちゃんは、あの時何で襲われていたんだい?)」
今の今まで、ミーシャちゃんと村長の説明から、種族間の争いを原因として、更にミーシャちゃんが結界を張っていると知られていたから狙われたのだと思っていたけれど、それだけなのだろうか。
「(私が結界を張れるからではないですか?村で私が一番結界を張る力は強いですし、名前を確認するようにして襲いかかって来ましたので、無差別ではなく、私自身が狙われたのは確実だと思いますが…)」
それ以外に理由はない。
少なくとも、今持っている情報量ではそれが限界だ。
何だか妙な予感がぬぐい去れない。
普通なら、それで終わらせても良いはずなんだが、俺の現状を考えてしまうと、全部が全部、何かしらかの理由を持たされているように思えるんだよな。
…はぁ。
「(うーん)」
「(シンジュ様…)」
不安そうに眉を下げるミーシャちゃん。
美人さんの不安そうな顔は、儚げで芸術的だが、そんな顔は見たくない。
俺はポンと軽く肩を叩いて笑ってみせた。
まぁ、どれくらい笑えてるかは分からんが。
「(不安にさせてごめんな。大丈夫。俺に任せて)」
「(!はいっ)」
堅い笑顔だが、それでも笑ってくれるミーシャちゃん。
気を使わせてしまったかな、失敗失敗。
なんて、そんなことを言っている場合ではない。
気を引き締めてかからねば。
『待たせたな。こちらだ』
グッと居住まいを直した瞬間、貴族的な馬面が戻ってきた。
そして、俺達を目の前の家へと手招く。
今更だが、この辺りの作法とか知らないんだが、何とかなるよな?
なると信じて行くしかあるまい。
俺はフーッと息を吐き出してから、ゆっくりと中へと入った。
「(…意外と質素だな…)」
中に入ると、一般的なリビングくらいの広さの空間が広がっていた。
家具などは殆ど存在せず、一、二個程度、小さな戸棚が置かれているだけだ。
正面と左右には適当な布を張っただけの衝立が置かれており、スペースは区切られているように見える。
衝立の向こうは、何らかの部屋に当たるのだろう。
因みに、家の扉もドアノブが付いている訳ではなく、いちいち横にどかしたり、立てかけたりして出入りする形になっていた。
馬人族は、この辺りの加工とか発想とかは苦手なのだろうか。
ならもう暖簾みたいなもので良いんじゃないかと思う俺。
…いや、他人の家にとやかく言うべきじゃない。
ここはスルーが吉だ。
『村長がお話くださる。粗相のないようにしろ』
『分かってる』
話し方が既に不敬に当たる気がするんだが、これもスルーだ。
これ以上上手く話せと言われても話せないのだから、諦めるしかないのだ。
「(シンジュ様、私はどうしましょう?)」
「(とりあえず、状況を見つつ、俺と同じ動きをしていて欲しいかな)」
「(分かりました)」
曲解するユーリャくんと違って、ミーシャちゃんなら安心だろう。
…多分。
俺達は、貴族的な馬面の指示に従って、何もない床に腰かける。
馬人族のもてなし方とか、逆にもてなされ方とか知らないんだが、これはどういう立ち場で招かれている形になるんだろうか。
座布団みたいなものを出されていない時点で、かなり下に見られているとか?
少なくとも、座ったことで怒られたり、馬鹿にされたりはしていない様子だからこのままいくしかないな。
『貴様が森のエルフの代表とやらか!』
唐突に声が響く。
正面の衝立の向こう側から聞こえた。
どうやら、村長は衝立を介して話すらしい。
別にそれでも俺は構わないが、時折衝立がガタガタ揺れるのはどうしたことだ。
あと、「村長抑えてください」みたいな声も聞こえるんだが。
…村長、興奮してるのかな。
『ああ。俺が彼らのシンジュだ』
決して物ではないんだが、そう名乗るのが筋だろう。
そう思って名乗ると、更に衝立の向こうのガタガタ音が強くなる。
村長、どうして興奮してるんだ。
この交渉、不安になって来たな。
最初から不安ではあったが…。
『では!噂通り、貴様がその根を伸ばし、我が一族の者を食らったのか!?』
『…何の事だ?』
『とぼけるな!…って、止めるな馬鹿者!私が追求して、奴の悪事を暴くのだ!』
…ちょっと待て。
予想と大分違う方向に話が進んでいるんだが。
中途半端に情報開示したのがまずかったか?
いや、でも御神体関係ない話始めたぞ。
しかも周囲の人に止められてるっぽいし。
と言うか、シンジュどんだけ化け物認識されてるんだよ。
俺、根っこの一本どころか、枝の一本も動かせないんだけど。
『親切な人が教えてくれたぞ。貴様の全ての悪事をな!姑息な森のエルフ共と、我が領民を侵そうというのだろう!?そんなこと、許されるはずがない!!』
『…親切な人とは?』
『余所の部族から来た新入りだ。良く黒い被り物をしていてな。良いヤツだ』
………。
突っ込むべき所が多過ぎてどうしよう。
まず一つ、親切な人。
余所の部族から来たって…どう考えてもあの黒フードだろう。
しかし、アイツ森の子鬼だよな?
どうやって倍以上ある身長に見せたのだろう。
もう一つ。
村長口軽過ぎないか?
ペラペラペラペラ…。
周りの人も怒ってるじゃないか。
『…村長が失礼した。代わりに俺が話す』
衝立の向こう側の騒動が落ち着くと、申し訳なさそうに紳士的な馬面が呟いた。
離せー、とか聞こえてるけど、良いのか?
困惑していると、彼はゆっくり話し出した。
『お前は御神体のことを知っていると言った。認めよう。確かに我々の御神体の力は衰え始めて久しい。だが、それは一部の者しか知らない。どこで知った?』
…めちゃくちゃ普通に喋ってたって聞きました。
なんて、素直に言えないよな。
俺はうちの諜報員が優秀なのだ、と伝えておいた。
彼は納得したようだった。
『そうか。…新たなシンジュを得たのなら、お前たちは他種族に干渉する必要はないはずだ。何故わざわざ御神体のことを知っていると言って接触してきた?』
『森のエルフが動かなければならない事態になってるからだ』
『…なるほど』
非常にありがたいことに、それだけである程度察してくれたようだ。
この人は、森のエルフが戦いを望んでおらず、出来るなら平和に暮らしたいのだと知っているように見受けられる。
だからこそ、それだけを伝えたのだが、上手く理解してくれたようだ。
『一つ聞く。ヴァ…そちらの村長は、我らを傷付けるような指示は出したか?』
知らない。
俺は素早くミーシャちゃんにも確認を取るが、ミーシャちゃんの知る範囲ではなくとも、ここで断言して良いのかまでは分からない。
だが、ここは断言すべき場だろう。
俺は全部の責任は村長に流そうと決意して、力強く首を横に振った。
『まさか。一度もない。俺も、人を食ったり出来ないしな』
ついでに事実も一つ付け加えておく。
村長によろしく言ってくれ。
俺、そんな化け物じゃないはずだから。
『…そうか。妙だとは思っていた。殺された村の者は、皆炎の魔術を受けていた。お前達は、殆どの魔術を扱えるが、炎は使えないはず…とな』
『その通りだ』
そうだったのか。
ミーシャちゃんに尋ねれば、その通りだと返って来たから、俺も素知らぬふりをして、その通りだと返しておく。
ヤバいな。
話の流れが、予想以上に上手く行き過ぎている。
これも、馬人族が馬鹿…いや、良い人のお陰だろうか。
良かった良かった。
これなら無事に帰れそうだ。
『それで、お前達が動かねばならない事態について聞かせてくれるか?』
『ああ。実は…』
『許さんぞ!!』
ドォン、と激しい音が響く。
反射的に正面の衝立を見ると、もうもうと煙を上げて倒れていた。
煙を上げる程って、どんな威力だよ!?
『まさか貴様、そ奴の言うことを信じるつもりではないだろうな?貴様がそんな男だとは思わなかったぞ。私の…亡くなった民達の無念はどうする!?』
煙の中に、小柄な人影が浮かび上がる。
小柄だ。
予想以上に小さい。
『私の…父上と母上の無念はどうする!?どうなる!?』
衝立を通してはくぐもっていた声が、クリアになっていく。
先程までと比較すると、かなり高い。
いや、高過ぎないか?
まるで、女の子みたいな…。
『答えろ、伯父上!!』
ピョコンと生えた馬耳。
バサバサと流れる薄茶色のタテガミ。
それ以上に主張して来る、幼いふっくらとした顔。
…馬面じゃない!
村長馬面じゃなくて、人の顔してるんだが!?
ていうか、村長幼くないか、ジーマくんたちと同じくらいだぞ!?
『村長…』
目にいっぱい涙を浮かべた、幼い馬耳の女の子。
憎い敵を見るような目で、貴族的な馬面を睨みつけている。
あのー、俺達の目の前で、どんなドラマを開始するつもりですか?
話し合いの行方が、唐突に迷子になり始める。
…俺、こんなんばっかだ。帰りたい。
そんな俺の横で、ポカンとミーシャちゃんが目を瞬いていた。
「…馬人族には、ああして来訪者を歓迎する習慣でもあるのでしょうか…」
…うん。ないと思うけどね!
幼女(馬耳) が あらわれた!
どうする?
⇒たたかう
どうぐ
ペロペロする
にげる
木「何だペロペロって!しないぞ!」