20.馬人族の村へ
「あたくしはニーカ。貴方様が新しいシンジュ様ですわね?よろしくですわ」
「…よ、よろしく」
馬人族の言葉に明るい者を道案内につける、と言われて紹介されたのは、村長のところの長女さんだった。
髪の色も目の色も、他の皆と一緒なんだが、なんという身体の凹凸。
ぶっちゃけ非常にエロいんだが、何だ彼女は。
何食べたらこうなるんだ。
…まったく反応しない自分が悲しくなって来るレベルである。
「ニーカお姉様が同道するのですね。それならば心強いです!」
「先日は愚弟と一緒だったのですよね?まぁ、さぞ不安だったでしょう。ですが、このあたくしが来たからには、もう安心ですことよ」
おほほ、と地面につきそうな程長いツインテールを揺らすニーカさん。
村長、ユーリャくん、ニーカさん、ミーシャちゃん……。
髪と目の色以外に共通点を見いだせないんだが、これいかに…。
「善は急げ、と申しますし、早速馬人族の村へ向かおうと思いますけれど、大丈夫ですかしら?」
「勿論だぜ!」
「あら。貴方のことですから、忘れ物の一つや二つや三つ、しているのではございませんこと?」
「おいおい、ニーカ姉。誰に聞いてるんだよ。俺は世界のユー…痛いっ!!」
「お、お兄様!?」
「何故貴方が平然と紛れこんでおりますの、ユーリャ!」
ナチュラルに会話に混ざっていたユーリャくんを全力で叩くニーカさん。
頭を叩いた時には出てはいけないような激しい音がした。
ユーリャくんの頭、大丈夫だろうか。
…元からあれだから、大丈夫か。
「貴方には貴方の担当がございますでしょ?何をなさってるんですの?」
「な、何かあったらフォローしてやってくれって、親父が言って来たんだよ…」
「ふんっ。気に食わないですこと。…まぁよろしいですわ。あたくし一人でも問題ないということ、お父様にも見せつけて差し上げてよ!」
たわわな胸を逸らして、高笑いをするニーカさん。
素晴らしく絵にはなるんだが、その横で頭を押さえるユーリャくんは可哀想だ。
まだそこまでウザくなかったのに。
「…ミーシャ。兄弟皆こんな感じ?」
「……兄も姉も、性格はちょっとあれですが、皆実力者ですよ?」
そう言えば、ミーシャちゃんもちょっと変わってるよな。
森のエルフにまともな人は実は居ない説について。
ま、まぁ実力は疑ってないんだがな。
ユーリャくんも強かったし。
「さて、無駄話は歩きながらでも出来ますわ。何をチンタラしてらっしゃいますのかしら?早く参りますわよ」
「は、はいっ」
「へーい」
「…ああ」
実力はー…疑ってないんだけどな。
そこはかとなく漂う、この不安感はなんだろう。
颯爽と先頭を歩くニーカさんのツインテールが枝に引っかかったせいだろうか。
ニーカさん。
これから、最悪敵地になるかもしれないところに行くのに、その髪型は良いものなんですかね?
「シンジュ様は、馬人族については詳しく御存知ですの?」
村を出て割とすぐ、ニーカさんが俺にそう尋ねて来た。
俺が彼らについて知っていることと言えば…。
世界三大獣人で、数が多く。
足が逞しくて荷物持ちに適してて。
性格は穏やかで、頭脳労働は苦手、と。
この3点が図鑑から得た情報で、あとはミーシャちゃんと最初に会った時に、彼女に襲いかかっていたのも記憶に新しいな。
テンプレ悪役っぷりが凄かったよなぁ、あれ。
そんなことを簡単に説明すると、ニーカさんは納得したように頷いた。
最低限、これだけ知ってれば十分らしい。
こんなんで良いのか、馬人族。
「貴方たちは馬人語を使えないのでしたよね?であれば、余計なことを言う心配はございませんが…決して、余計な顔をしないようにお気を付け遊ばせ」
余計な顔ってどんな顔だよ…。
内心ツッコミつつ、同時に安堵もする。
ほら、俺木製だから。
表情の変化とかほぼないから。
「余計な顔か…良く分からんな。…いや、待てよ。俺様程の美形はそういないだろうし、馬人族が嫉妬のあまり敵対して来る可能性もあるのか…」
はっ!というような表情で呟くユーリャくん。
安心しろよ。
馬人族、皆馬面だと思うから。
多分、ユーリャくんに嫉妬したりしないって。
「何を大真面目に言ってますの、愚弟。馬人族の中では、このあたくしですらモテませんのよ?貴方程度の顔で、嫉妬される訳がないじゃありませんの」
ニーカさんもニーカさんで、ちょっとズレたツッコミしてるし…。
反射的にミーシャちゃんを見る。
ミーシャちゃんは違うよな!
こんな残念集団じゃないよな!
「ニーカお姉様が来た以上、恐らく交渉は成功するはずですが…そうなると、私の出番がありませんね。それでは、名誉挽回の折角の好機が失われてしまいます。ここはいっそ、交渉が決裂すれば…いいえ、駄目ですミーシャ。こんな馬鹿なことを考えていることがシンジュ様に知られてしまえば、幻滅されてしまいます」
…おーい、ミーシャちゃーん…?
何か、この子もこの子で物騒なことを考えていた。
幻滅するしない以前に、交渉が決裂すること願っちゃ駄目だろう。
やっぱりこの子もどこかズレてるなぁ…。
「さて。愚弟の言うことは無視すると致しまして、お黙りなさい」
急に何と言う命令口調。
スルーして喋ろうとしたユーリャくんが殴られてしまった。
…ユーリャくんは最初からだったか。
「馬人族の村に着きましてよ。ここからはあたくしの仕事ですわ」
えっ、そんなに早く?
驚いて顔を上げると、確かに目の前には門番らしき馬人族が立っている。
彼らの後ろには、申し訳程度の柵が設けられている。
…いや、でも本当に申し訳程度だな。
本気を出さなくてもまたげるぞ、これ。
だからこんなに目の前に来ても気付かなかったのか、存在に。
「○&4#*+!!」
「‘-@88&%?」
ガッと手にしたその辺から拾って来たっぽい棒を地面に突いて威嚇する門番。
その棒には、まったく加工の跡は見られない。
本当に拾って来ただけの木の棒だ。
少しでも削るとか何かなかったのだろうか。
そう思ってもう一人を見ると、もう一人は少しまともそうな武器を持っている。
そのもう一人は、唸って歯を見せる門番と違って、比較的冷静に見えた。
目元も涼やかだし、貴族が乗る馬っぽい顔と毛並みをしている。
何だか少し好感を抱いた。
…第一印象って大事だよな。
「=)’&%*;;:*!!」
「¥~-}*&&%$」
スッと、ニーカさんのふっくらとした唇から、聞き慣れない音が飛びだす。
様子を見ている限り、ニーカさんは本当に馬人族の言葉を理解しているようだ。
怒りっぽそうな馬人族が怒鳴ると、怯むことなくハキハキと返答し、クールっぽい馬人族が口を開くと、落ち着いた返答を行う。
何だか、デキるキャリアウーマンみたいだ。
見た目は魔法少女…否、魔法お姉さんみたいなんだが。
ミーシャちゃんが心強い、と言っていたことを俺はこの瞬間深く理解した。
この調子なら、すぐに村に入れてもらえるだろうか。
そう思いながら、邪魔しない様に黙って俺達はニーカさんを見守っていた。
見守っていた、んだけど。
「▽■$$#!!!」
「!?+:;+‘@!!」
一時間くらい経っても、ニーカさんと門番の話は終わらなかった。
紛糾していると言っても良い。
段々論調がヒートアップして来て、今やニーカさんも馬人族の一人も顔が真っ赤になっている。
大丈夫なのか、これ。
止めなくて良いの?
オロオロとしている内に、俺はふと、これだけ目の前で馬人語を聞いていれば、もしかすると覚えられるのではないか、という可能性に気付く。
暇だし、ちょっと見てみるくらいは良いか、と思って画面を開く。
すると、案の定あった。
【馬人語】new
<分類:言語。
世界中のあらゆる馬人族の共通言語。住む地域によって多少言い回しに差異は存在
するが、基本的には殆ど違いはない>
【馬人語基礎】new
<分類:技(生活)。
馬人族の共通言語の基本的な所を理解し、使用出来るようになる。
あらゆる馬人の言葉を理解する為に必須の技。
取得条件:達成。一定時間馬人語を聞き続ける>
説明文は完全にエルフ語のコピペだが、間違いなく馬人語だ。
思ったよりも容易に条件が達成されたな、と喜びながら、早速取得する。
すると、先程まで言葉に聞こえてこなかった音たちが、言葉となって俺の中に沁み込んで来た。
『だーかーらー!素直に村長をお出しなさい。そうすれば手荒なことは致しませんと何度言えば分かるのですか?この○▽#2@*!!』
『ふざけんな!オレらがどんだけお前らに騙されて、裏切られて来たと思ってる!そう簡単に信じられる訳がないだろ、&5%$;+め!』
『なんですって…!?』
ところどころ聞き取れない言葉があるんだが…。
それはともかくとして、ニーカさん?
交渉はあたくしの役目…みたいなこと言ってたけど、これ交渉してなくない?
高圧的に押しつけに来てない?
ヤバイ。
状況を飲み込めた結果、ここに他の馬人族が来てないのが、相当に運が良いことだと気付いてしまった。
気付かなければ気持ち的には平和だったんだが、仕方がない。
気付かなかった、という理由だけで殺されては敵わない。
「ニーカ」
「きゅ、急になんですの?もう少しで話がまとまりそうなのですから、邪魔しないでくださいまし」
この人、普通に嘘ついたよ。
幾らなんでも、言葉が分からなくても、話がまとまらなそうなのは見て分かる。
ミーシャちゃんも不安そうな顔をしているし。
…ユーリャくんは分かってなさそうだけど。
しかし、他に馬人語に明るい人はいなかったのだろうか。
いなかったのだろうな。
関係が悪化して200年も過ぎれば、幾ら長命のエルフでも、寿命を迎えたり、殺されたりしてしまうだろう。
まず、ニーカさんの交渉…の前交渉は、上手くいかなそうだ。
それならば、俺がちょっと失敗したところで、問題はないだろう。
最悪、もっと状況を悪化させる可能性も存在しているが、そこに囚われていては肝心の交渉が始まらない。
「俺が話す」
「えっ?待ってくださいまし。シンジュ様は馬人語を話せないはずだと聞いておりましたけれど…どういうことですの?」
目を丸くするニーカさんの隣に立つと、俺は粗相の無いように最新の注意を払いながら口を開いた。
『うちの村の者、失礼した。申し訳ない』
『っな、何だお前は!?置物じゃなかったのか!?』
『俺は森のエルフのシンジュ。お前たちに話があって来た』
エルフ語とあまりレベルの変わらない、たどたどしい馬人語だが、何とかきちんと発音出来たようだ。
最低限の会話が成り立つのなら、とりあえずは安心だ。
頑張って話そう。
『話?オレらにはないとさっきから言ってるだろう。帰れ!』
『“御神体”の話だ』
「シンジュ様!」
早速斬り込んで行った俺に、ニーカさんは眉を顰める。
俺は大丈夫だから、とヒラヒラ手を振ってみせた。
ニーカさんはそれで、ひとまず黙っていてくれることにしたらしい。
ありがたいけど、本当は大丈夫じゃないかもしれないから、是非警戒は解かないでいてほしい。
『はぁ?だから、オレらにゃ何も話すことはねぇよ』
『待て』
心底分からない、という表情をする粗野な馬面。
そんな彼を、今まで殆ど口を開いて来なかった、貴族的な馬面が止める。
貴族的な馬面は、探るような視線を俺に送って来る。
…これは、当たりを引いたかもしれない。
『貴様、どこまで知っている?』
『殆ど知らない。知ってるのは、どの種族も力がなくなって来てることだけ』
『!…そうか』
しばらく思案するように目を伏せた貴族的な馬面は、やがて軽く頷いた。
『武器は何も持たない。鏡を使うことを受け容れる。入るのはお前と…もう一人くらいは許してやる。が、それだけしか許さない。…それで良ければ、村長に会わせてやっても良い』
『おい!こんないかにも怪しいエルフと…あと、何か良く分かんないヤツ入れて大丈夫なのか??』
…俺、何か良く分かんないヤツなのか。
というのはさておき、条件は付けられてしまったが、この提案には乗っても良いと考える。
危険と言えばそうかもしれない。
しかし、村長の情報通りというか予想通りというか、貴族的な彼は、御神体という言葉に反応し、急に話を聞く気になった。
ということは、彼らも危険を冒してでも俺達から得たい情報が、御神体に関してあると見て良いと思う。
つまり、ここは敢えて馬人族の村長に会うのを優先すべきだ、ということだ。
何かしらか、得るものはあるはず。
『責任は俺が持つ』
『マジでぇ?…くそ。オレは知らねーからな!』
『ああ、それで構わない。さて、お前達はどうする?』
向こうの話はまとまったようだ。
俺は、今までの流れをミーシャちゃんとユーリャくんに伝える。
すると、既に流れについていけずに固まっていたニーカさんと一緒に、三人で完全にフリーズした。
どうしたら良いのか、考えあぐねているようだ。
「シンジュ様を危険に晒すのは如何なものでしょう?」
「いいえ。ですけれど、シンジュ様のお陰で話が進みましたでしょう。ここは、最後まで話を任せるべきなのではありませんこと?」
「ニーカ姉がちゃんと交渉してりゃこんなことにならなかったんじゃねーの?」
「お黙りなさいっ」
議論が進まない。
主にニーカさんとユーリャくんのせいだが。
よし、ここは素直にミーシャちゃんと行くか。
「ミーシャ。俺と行こう」
「えっ、私で良いのですか!?」
「えっ!?言葉が通じるのはあたくしですのよ?」
「お役御免か、ニーカ姉」
「うるさいですわよ、愚弟っ」
幾つか理由はあるが…ミーシャちゃんを選ぶ理由を説明する。
「いざ逃げる時、ミーシャが一番防御得意」
「た、確かに…ミーシャの結界を張る力は、我々の中でも随一ですわ…」
「なるほどな。分かった。ならニーカ姉。俺らは、いざって言う時の逃走経路の確保役だな」
「…そうですわね。確かに、シンジュ様といなくては魔術の一つも発動出来ない程魔素濃度の濃いミーシャは、シンジュ様といた方が無難かもしれませんわ」
「……もしかして私、馬鹿にされてるんでしょうか…」
いやいや。
寧ろ褒められてると思うよ。
「とにかく、分かりました。私、シンジュ様のお役に立ってみせましょう!」
気合いの入ってるところ悪いけど、お役にたてるような状況にならないことが、一番望ましいんだが、それは口にはしない。
俺は空気が読める木なのだ。
『話は決まったか?ならば行くぞ。武器は置いて行け』
『わかった』
そして、俺とミーシャちゃんは馬人族の村へと足を踏み入れるのだった。
…それにしても、何で俺が交渉する羽目になってるんだろうか。
村長、こうなるの見越してニーカさん付けてないですよね?
ないですよ…ね?
姉「あたくしが来たからにはもう安心ですわ!」
姉「あたくし一人でも問題ないと見せつけて差し上げましてよ!」
姉「ここからは、あたくしの仕事ですわ」
兄「ニーカ姉ェ」
ミ「ユーリャお兄様に心配されるお姉様ェ」
木「なんて不安な兄弟なんだ」
姉「おだまりっ!」