19.交渉の前段階
さて。これから、またしても村長との話し合いが始まることになった。
話し合いと言っても、ほぼ決定事項の確認くらいの意味合いだろうが。
村長からすれば、結界を張るのに協力している俺を、重要に思っているというアピールとして、村の今後を左右するような話し合いに、俺も参加させて、更には俺の意見も取り入れようとしてくれているのだろう。
…けれど、俺からすれば、あまりこの世界の常識はまだ良く分からないのだから俺にいちいち聞かなくても良いんですよ?という気持ちでいっぱいだ。
とは言え、俺のこれからにも深く関わることを確認とか報告とかしてくれるのだから、非常にありがたいことではあるのだが。
さて、また思考が逸れたところで、椅子にかけた村長が口を開く。
因みに、今日同席しているのは村長と俺の他には、ミーシャちゃんだけだ。
ユーリャくんはどうしたのだろう。
彼も元々は村外での情報収集役だし、元の役目に戻っているのかな。
「さて、シンジュ様。ミーシャから簡単に用件は伝わっていましたか?」
「ん。他種族と交渉」
「その通りです。私は、様々な情報を集めた結果、それが最善の手段だと判断致しました。…しかし、それは賭けでもあるのです」
隣で、ミーシャちゃんがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。
賭けだなんて、なんて危険な香りのする言葉だろうか。
最善と言いつつ賭けとも言える。
一体どういうことだろうか。
「先日シンジュ様に、我々はレベルを上げる為に、シンジュ様にお伺いを立てる、と説明致しましたよね」
「ああ」
「そして、人間は神殿で同じような儀式をする、とも」
「…ああ」
「では、この森の他種族は、どうしていたか御存知ですか?」
…ん?
いや、まったく考えたこともなかった。
チラリとミーシャちゃんの方を見ると、彼女も不思議そうに目を瞬いている。
「知らない」
「そうですよね。…では、ミーシャ。お前はどうだ?」
「えっ。あの…申し訳ございません、お父様…」
問われたミーシャちゃんが、眉を下げる。
そうか、俺だけが知らない訳ではなかったのか。
意図的に伏せてた?
それとも、若いミーシャちゃんだけが知らなかった?
逆に、村長だけが知っていた?
「いや、構わない。意図的に伏せていた内容ではないから、村の大人は、大体知っているはずだが、争いが起きて以降、積極的に話したい内容でもなくなってしまったものだから、知らなくても当然なんだ」
確かに、他種族の慣習に関してなんて、別に話題に出したくもないよな。
場合によっては家族を殺されたりもしているらしいし。
「話を戻します。我々には、シンジュ様。貴方がいらっしゃいます。これまでも、手助けをしてくれるシンジュ様が、ずっといらっしゃいました。そして、他種族にも、それぞれ御神体が存在していました。彼らは、その御神体によって、力を得ていたのです」
「御神体……」
またファンタジーな響きだ。
いや、神社とかには御神体の一つもあったから、そこまでファンタジーでもないのかな。
どちらかと言うと、オカルト的な?
ふぅむ。
その御神体が、どう関わって来るんだ?
この話は、本題に入る為の前置きだよな。
「我々は、結界を張って隠れ住むようになった後しばらくは、諜報活動などを行う余裕も勇気もなく、ずっと本当に息を潜めていました。特に力のある者は喪ってしまいましたし、結界を張るのに力を貸して頂いていましたから、それ以上シンジュ様に負荷をかけるのも躊躇われ、我々のレベルを上げることも、かなり制限したので、隠れ住んでから力の強い者を育てることもままならなかったので、我々は本当に怯えていました。他の種族には御神体から幾らでも力を得られるのに、と」
長い長い。
つまり何だ?
レベルを上げられない自分たちに対して、他の種族は幾らでもレベルを上げられるから非常に恐ろしい、と?
「どうして他種族にはそんな余裕が?」
「彼らは、結界を張る力を有していませんでした。ですので、御神体から、守りに使う力を借りる必要はなかったのです」
それで、レベル上げ放題、という感じになっていた訳か。
確かにそれは怖いと言えなくもない。
森のエルフは、その分の力を全部守護に回してた訳だからな。
それが全部レベル上げの為に使われていたら…。
……本人の努力次第だから、あんまり影響ない気もするけど、いや、何十年と長期的なスパンで考えると、やはり大差がついてしまうんだよな。
訂正しよう。それは怖い。
「…ですが今回、その御神体に関して、かなり重要な情報を得ました」
おお、ようやく本題が来たか。
交渉に行くべきと判断する根拠となった情報だ。
心して聞かなければ。
「他種族の御神体も、力を失いかけている、との情報です」
「え…」
「そ、それは本当のことなのですか、お父様!?」
ミーシャちゃんが、素っ頓狂な声を上げる。
俺もそんな気持ちだ。
生身だったら変な声が出ていたと思う。
「…理由は私にも分かりませんが、確かでしょう。我々のシンジュ様は代替わりと言いますか…一定周期で新しく生まれてくれますので、探せば良いのです。ですが他種族の御神体は、それぞれ一つずつ…そういう訳にもいかないようなのですよ」
そんなことが…。
意図的に他種族がその情報を流している…という訳ではないだろうか?
「罠じゃないのか?」
「それは恐らくないでしょう。子供たちが集めて来てくれた情報にも幾つか根拠はありますが、シンジュ様がくださった情報の中にも根拠はあります」
「俺が?」
俺、そんなに重要な情報提供しただろうか。
首を傾げていると、村長は説明してくれる。
「先日、洞窟を見張っていた二人の森の子鬼…そのレベルを見たんですよね?」
「ああ」
「幾つだったか覚えておりますか?」
「確か、2…」
これが根拠になる?
そんなことがあるのか??
「森の子鬼に限らず、基本的に子鬼たちは寿命が他種族に比べて非常に短い。それ故に、レベルが上がるのは本当に速いのです」
なるほど。
寿命が短い分、レベルアップは早い、と。
バランスまで整えられているのか。
本当に、とことんゲームみたいな世界だな。
「私の知る時代の彼らは、とにかく数で押す為にも、その質を上げるべく、レベルを上げることに躍起になっていました。よもや、ひと桁程度のレベルで村の外に出てくるなど、到底考えられません」
「ということは…」
「ええ。上げたくても、上げられないのではないか…と考えられます」
納得した。
少なくとも、森の子鬼に関しては納得した。
そうだよ、やけに弱いな、と思ったんだよ。
ミーシャちゃんみたく、修行してても好きにレベルを上げられなかったから経験値が無駄に溜まっていた感じで、彼らもそうだったのかもしれない。
「馬人族に関しては、堂々とそのようなことを言っているのを、馬人族の言葉に明るい者が聞きつけました」
「それこそ罠では?」
「彼らにそのような頭はないでしょう」
馬人族ェ…。
「…最後の問題は森梟です。彼らはかなり警戒心が強く、上手く情報を得ることを許してはくれません。しかし、基本的に村から出ない彼らの姿を、近年は度々村の外で目撃しています。何かはある…と言って良いと思います」
「そんな曖昧で良いのか?」
「勿論、良い訳はありません。しかし、もし本当にそれぞれの御神体の力が弱まっているとしたら…」
「いるとしたら…?」
「…何か嫌な予感がします」
…明言しないのか…。
ちょっと肩すかしをくらったような気になる。
けれど、まずとりあえず交渉すべきという根拠は分かった。
「要するに、森全体の平和を保つべきって話する?」
「簡単に言えばその通りですね。シンジュ様のお話も、黒い被り物をした人物の話も、非常に気になります。何かこの森に、変化の時が訪れているのやも…」
少なくとも、どこか一種族には接触してみるべきか。
もしそこが、一時的にでも協力関係になってくれれば僥倖。
そうでなかったとしても、何らかの情報は得られるかもしれない。
問題は、その交渉に失敗して、この村に被害が及ばないか、というところか。
「村は平気?」
「シンジュ様がいらっしゃる限り、余程のことがない限り大丈夫でしょう」
「その通りですよ、シンジュ様。一緒に頑張りましょうね」
「…そうか」
凄く不安になって来るんだが。
何その自信。
フラグじゃなかろうな。
「話す順番は?」
「ええ。そこが肝になって来ます。私は、馬人族から接触すべきではないかと考えておりますが、如何でしょうシンジュ様?」
そこが無難だろうな。
森の子鬼には黒フードがいるし、森梟は警戒心が強い。
…となれば、まずはバカからか。
そう考えて、他種族も接触してないか、警戒すべきところになるな。
「うん。ひとまず動くのは良いと思う」
「そうですか。ありがとうございます。それでは早速、馬人族の言葉に明るい者を呼んで参りますので、またよろしくお願いしますね」
「ん?」
「シンジュ様は適任ですから」
最悪人型は燃やされても良いからか、村長!?
この人、信じてもらいたいとか言って、結構えげつない事するよな。
…信じてくれてるからこそ、重要な役どころをくれてるって信じてますからね、村長……。
「お父様!私も行かせてください。先日の汚名を返上したいのですっ」
ガタ、と勢い良く立ち上がるミーシャちゃん。
その表情は必死そのものだ。
何も出来ずに誘拐されたことを、本当に悔いているのだろう。
でも、あれは仕方無かったと思う。
基本的に殆ど村にこもっていたミーシャちゃんが、そんな戦場みたいな気の張り方が出来るだなんて、誰も思わない。
俺も出来ないし。
なんてフォローしたところで、彼女は納得しないだろうから、何も言わないが。
「……確かに、お前も行った方が良いかもしれん」
「え?」
「よろしい。今度こそシンジュ様の…ひいては森のエルフの役に立つんだぞ」
「はいっ!お任せください!」
何だか良く分からないが、ミーシャちゃんも一緒に行くことになった。
結界大丈夫なんかい。
心配して見ていると、村長は保つくらい平気だと笑う。
……そこはかとなく不安なのは気のせいだよな。
…まぁ、それは良い。
とにかく、今度は他種族との交渉だ。
あのアホ面しか思い出せないが、まともな交渉になるのだろうか。
不安感がぬぐい去れないまま、俺はミーシャちゃんに引っ張られて、簡単な旅支度を整えて行くのだった。
村長「キリキリ働けい」
木「ブラック企業だ!」