15.話し合い
「それでは、ミーシャ。リョーニャ。捕らえられていた側から見て分かったこと、知り得たことをなるべく丁寧に話して欲しい」
「分かりました、お父様」
「はい」
村長の言葉を受けて、ミーシャちゃんとリョーニャさんがそれぞれ深く頷く。
捕らえられた時というのは、捕らえた側からすれば、作戦が成功し、最も油断しているタイミングだと思う。
だから、その瞬間を体感した二人の意見は、極めて重要な意味を持つ。
……ような気がする。
確信を持ってから話せ、ともし俺の考えがそのまま伝わっているヤツがいたら怒り出しそうなフワッとした説明だが、許して欲しい。
俺は日本で、平和にしか生きて来たことがないのだから。
まさかそんな、情報戦なんて分かる訳も出来る訳もないだろう。
「とは言っても、私はすぐに気絶してしまったので…私からは、気配を感じた、捕まる直前の話になります」
先にミーシャちゃんが説明の為に口を開いた。
確かに、事件の最中ずっと気絶していたミーシャちゃんが話せる内容は少ないはずだ。
でも、ミーシャちゃんとリョーニャさんは違う人間…おっと、違うエルフだから見聞きしたこと、感じたことは異なっているはず。
何か得るものはないだろうか、と俺は耳をそばだてた。
「結界の様子を確認するまでは、いつも通りでした。とりたてて何か変わったことがある訳でもなく、すぐに確認を終えたのです。そして、そのまま戻ろうとした時に気配を感じたのです」
「気配って、具体的にどんなもんだった?」
ユーリャくんが、軽く顎に手を当てながら尋ねる。
至極まっとうな質問なのだが、ミーシャちゃんは酷くイラッとしたような表情になってから、ゆっくりと答えた。
…今日もしかして、ミーシャちゃん具合悪いんだろうか?
それとも、これも称号の効果?何だそれ怖ぇ。
「草木を踏みしめた時に出る音…です。隠れていたようで、本当に小さくしか聞こえませんでしたけど、それがヒトの発した音だと、私にはすぐ分かりました」
え、そんなの聞こえるのか?
ミーシャちゃん聴力凄過ぎないか?
俺がひっそりと驚いていると、そんな俺の様子に気付いたのか、村長がにこやかに説明してくれた。
「元々エルフは他の種族に比べて比較的聴力には優れている方ですが、特に我々森のエルフは、森に限ってはその何倍かの聴力を発揮することが出来るんですよ」
「へぇ…」
森で生きる者特有の能力なのだろうか。
いや、他の種族がどうなのか分からないから、そういう表現は適切ではないか。
ただ今はあまり関係のない情報だ。
豆知識を得られた、くらいに思っておこう。
「私には聞こえませんでしたがね」
「そうなのか?」
「はい。その辺りの能力は、やはりミーシャ様達が最も優れていると思います」
リョーニャさんの言葉を聞いて、思わずミーシャちゃんを見る。
絵画から飛び出してきたかのような美形に、そんな能力があるとは…。
何だか受け容れがたい現実だ。
天は二物を与えた、ということか。
………。
神様仏様管理人様。
俺は二物も要らないから、平和な毎日が欲しいです。
「そ、その時村にいる皆の居場所は把握していましたし、お兄様達の気配にしては妙だったので、私は他種族の偵察だと判断し、正体を確かめる為、気配のした方へ向かうことにしました」
「それから素直に怪しいヤツを追いかけてってアウトか。ミーシャらしいな」
「お、お兄様!笑わないで頂けます!?」
頬を小さく膨らませてむくれるミーシャちゃん。
確かに気持ちは分かるけど、そこで誰かに知らせてくれてれば、こんな問題は起こらなかったような気もする。
…なんて、言っても仕方の無いことか。
IFを想像して責めるのは間違ってる。
俺は言葉を飲み込んだ。
「歩いて行った先に、黒い被り物をした人物がいた訳か」
「はい。私達を見て驚いたように身をひるがえして逃げ始めたので、慌てて走って追いかけました」
「そして落とし穴に落ちた、と」
「…その通りです」
驚いていた?
何か違和感がある。
あんなに最初は余裕ぶっていた黒フードが?
人物像に差異があるな。
まさか別人…?いや、あの口ぶりから言ってそれはないだろう。
「直後、私は気を失いました。最後に見たのは、穴の上から数人の森の子鬼たちが見下ろす顔でした」
「なるほど…。ここでミーシャ、お前は何か気付いたことはあったか?」
「うーん……」
村長の問いに、ミーシャちゃんは眉をひそめて唸る。
落とし穴に落ちて気絶しているのだ。
記憶が鮮明では無い部分もあるだろう。
思い出せなくても仕方ないと思う。
「いえ。申し訳ありませんが、気付いたことは何も…」
「いや、構わない。他に何か気になったことがある人はいるか?」
「はい!」
『はいなの!』
バッと同時に手が上がる。
ユーリャくんとイヴちゃんだ。
ここは俺も気になったことを言うべきなんだろうけど…先に二人の意見を聞いてからにしよう。
勘違いだったら恥ずかしいし。
「では、イヴ」
『はーい、なの!』
「…俺のが先だったのに……」
指名されたイヴちゃんは嬉しそうに笑っているし、ユーリャくんは悔しそうに呟いているけれど、いや、順番はどうでも良いだろ。
多分結局全部話すんだろうし。
『あの黒いヤツ、私と会った時はもう偉そうだったの。ビックリするなんて、絶対おかしいの。別人だと思うの!』
「偉そうと言うと?」
『んっとねー…「今までみたいにただの森のエルフではなく、長一族の末子が捕らえられたとなれば、必ず動くと思っていましたが、まさか妖精程度に先遣隊を任せるとは。いやはや、森のエルフの実力を下方修正して考えなければなりませんか」みたいな、シツレーなこと言ってたの!ムカつくの!!』
「それは確かに偉そうだ」
妖精程度妖精程度って言ってるわりに、しっかり挑発はしている。
戦略的な挑発じゃなくて、性格的なもの?
うーん。俺が対峙した時は、そんな印象じゃなかったんだけどな。
…いや、普通にムカつく感じだったけど。
「ん?けど、おかしくないか?」
「どうした、ユーリャ」
俺の方を見てそう尋ねて来るユーリャくんに、俺は聞き返す。
おかしくないかって急に言われても良く分からないぞ。
その発言自体か?それとも、内容か?
「ほら、アイツ俺達を見つけた時に言ってたろ。何だっけ。えーと、妖精だけ来るなんておかしいと思った…みたいなこと」
「言ってたな」
「矛盾してないか?」
矛盾?してるか?
この時点で、妖精一人なんておかしいと思ってるなら、「妖精程度に先遣隊を任せるとは」なんて言わないってことか?
「してないだろ」
「えー?何でだよ」
「発言通りのことを思ってるとは限らない」
イヴちゃんの姿を確認した時点で、他にも誰かが来ている可能性を疑っていたに違いない。
だけど、自分がそれに勘付いていると、イヴちゃんに悟られない為に敢えて挑発をした。
…うん、それなら筋は通ると思う。
「シンジュ様の仰る通りだろうな」
「何だよ、親父もそっち側かよ」
「そうふてくされるな、ユーリャ。様々な方向の意見は貴重だ。それに、結局ここで話し合っていても、相手の考えまでは突き止められない。故に、多くの考えを突き出し、あらゆる可能性に備えようと言うのだ。分かるだろう?」
「へーい」
ユーリャくんは不満そうだけど、納得はしているようだ。
うん、確かにユーリャくんの言うことの方が正しい可能性もあるよな。
ユーリャくんの思う矛盾点に、何かあの黒フードの考え方に近付く何かがあることだってあるんだ。
「ところで、イヴ様」
『どしたの、リョーニャ?』
ユーリャくんへの村長のコメントが一段落したタイミングで、イヴちゃんの説明を聞いてから、首を傾げていたリョーニャさんが、そっと手を上げる。
何かおかしなことがあったかと、イヴちゃんは目を瞬いている。
そんなイヴちゃんに対し、リョーニャさんは記憶を辿るように、ゆっくりと訂正…というか、補足意見を述べた。
「先程イヴ様は黒い被り物をした人物が、「森のエルフの実力を下方修正しなければならない」といったことを口にしていたと仰っていましたが…」
『あれ、違ったの?』
「違うと言いますか…付け加えて私は「森のエルフが加護を受けたことによる影響が予想より大きいのかもしれませんね」とヤツが言ったのを耳にしました。この一文が付くだけで、少し印象が変わりませんか?」
ー森のエルフが加護を受けた。
それって、間違いなく俺の影響だろ。
結界が張り直されたこと、黒フードは気付いていたんだ。
それが四種族全体の認識なのか、森の子鬼の認識なのか、黒フード個人の認識なのかによって、大分今後の対策に違いが出てくるが…それは確かめようがない。
一応念頭に置いて、話を進めるしかないか。
「…黒い被り物をした人物は、相当シンジュ様にご執心だったようだね」
村長が、しみじみとそう呟く。
いや、ちょっと勘弁してくれませんかね?
俺、ただの木だよ?
「何故、シンジュ様を狙うのでしょう…?」
「そりゃ、シンジュ様の結界が邪魔だからだろ?」
ミーシャちゃんの疑問に、ユーリャくんはアッサリと答える。
それは皆分かってる。
問題はそこじゃない。
『もー!ユーリャのおバカ!ミーシャが言いたいのは、「どーして例外的な存在のシンジュ様の身の上がすぐバレたのか」ってことなの!』
「はぁ?この俺様に向かって何て事言うんだ、イヴ!」
『バカだからバカって言って何が悪いの?』
「何だと?シンジュ様の正体がバレたのは、どう考えてもあの野郎が何かの魔術具使ってきたせいに決まってんだろ。ミーシャが言いたいのはそこじゃねーよ!」
『だってアイツ、杖以外何も持ってなかったの!魔術具なんて他に持ってた訳ないでしょ、ユーリャのバカバカ!なの!』
「また言ったな!!」
がるるる、と唸りながら睨みあう二人。
ちょっと神秘的な存在のエルフと妖精にはまったく見えない。
深刻な話の最中なんだから、落ち着こう二人共。
呆れたように見ていると、俺の視線に気付いたのか、二人は咳払いをして睨み合いをやめて、何食わぬ顔でそれぞれの正面を向いた。
「私が言いたいのは、どちらでもありませんよ二人共」
「え?」
『え?』
落ち着いた二人に対して、苦笑気味にそう言うミーシャちゃん。
そう。問題はどちらでもないのだ。
「結界は、シンジュ様のお力を借りねば作れませんが、決してシンジュ様が結界を張っている訳ではありません。あくまでも私が張っているのです」
結界を何とかしたいなら、ミーシャちゃんを何とかすれば良い。
勿論、村長も結界張れるらしいけど、才能の違いなのか、ミーシャちゃんとは比べ物にならないらしいし。
ただし、村長は張られた結界をイジるのは得意らしい。
…何が違うのか、俺にはサッパリだけど。
「それは、恐らく他種族も皆知っているはず…。確かにシンジュ様を失えば、私達は結界を失い、身を守る術を失うことになりますが…本来結界の外には出歩かない…出歩けるはずのないシンジュ様を狙うのは、リスクが大き過ぎます」
ミーシャちゃんを狙うべきって理由以上に重要なのがこの点だ。
本来のシンジュ様は、基本的にはただの木だ。
歩けるはずもないから、安全な結界の外に出るはずもない。
ミーシャちゃんが俺を引っこ抜いたように、必要があれば森のエルフ達が場所を移動させることはあるだろうけど、そう簡単に危険にさらしたりはしないはず。
結界の外に出ないのなら、害することは難しい。
結界を何とかする為には、結界を張る元を絶ちたい。
しかし、最悪ミーシャちゃんが倒れても、シンジュ様が健在なら、村長にもある程度の結界は張れる。
だから、出来るならシンジュを何とかしたい。
そう思ったところで、シンジュは結界の内側。
シンジュを何とかするには、結界を何とかしなければならない。
この堂々巡りになるはずなのだ。
俺のステータスを見て、俺がシンジュだと分かったから、探し物が自分から来てくれたと喜んでいたのだろうか。
いや、元々探していたと言うことは、出る訳がないと分かっていながら、探していたということになる。
実際、新しいシンジュが俺でなければ、引き籠り生活を送っていただろうから。
それでも探していたのだから、何か結界以上の理由があるのではないか。
それが疑問なのだ。
「単純に、そこまで知らなかっただけじゃねぇのか?」
「可能性としてはある。だが、我らのことを探るような人物が、そんな簡単なことを把握していないということがあるだろうか?」
「むむ…」
村長の言葉に、ユーリャくんは押し黙る。
そうだよなぁ…普通に考えて、相手だって色々と目的があって、考えて行動している訳だから、森のエルフについて知りたいことがあれば、あらゆる方面から調べていくのは当たり前のことだ。
「必ずしも接触しようと考えていた訳ではないとか?」
「それなら、燃やそうなんて言って来ないだろ」
「リスクを冒してでも得たい何かしらかの結果があるのでしょうか…」
「まぁ、それだろうな」
世界に争いの種を蒔くことが目的とヤツは言っていた。
これ、中二病的な妄言じゃなくて、本気ということだろうか。
何だそれ真面目に怖いんだが。
そんなに対抗しろって言うのか、管理人は。
…ん、管理人?
おい待て。
まさか、あの黒フードがこの世界の敵ってヤツか?
……なんか惜しい気がする。
ユーリャくんに足止めが可能だった時点で、管理人の言っていたヤツではないように思える。
管理人は、裏から色々やっている、みたいな説明をしていた。
なら、そう簡単に姿をさらしたりしないだろう。
ラスボスなら、自然災害レベルで強いだろうし。
「ひとまず、話を先に進めようか。リョーニャ、ミーシャの話の補足をしながら、君の見たことについての説明を頼む」
「はい」
リョーニャさんは、そこからつらつらと事の次第を話し始める。
ミーシャちゃんの話と被るところは、ほぼ割愛だった。
まぁリョーニャさん曰く、あまり不思議に感じたところはなかった、らしいし。
で、重要なのは黒フードからの質問のところだ。
「ヤツは幾つか尋ねて来ました。一つ「最近結界が強くなった理由」について。一つ「ここしばらく、ミーシャ様の姿を結界外で見なくなった理由」について。一つ「他種族から何らかの接触があったのか、なかったのか」について。一つ「『ニホンジン』或いはこれに類する、聞き覚えのない言葉を最近聞かなかったかどうか」について…。主にこの四つについて重点的に聞いてきました」
……。
俺は思わず言葉を失くす。
おいおい、黒も黒…真っ黒じゃないか!
何だ最後の質問。
がっつり俺のことマークしてるじゃないか!!
待てよ。
これは、今までの考えを前提から変えなければならないんじゃないか。
今まで俺は、黒フードの発言や行動は、「シンジュ」を狙ってのものだとばかり思っていたが、それが「日本人」である俺を狙ってのことだったら?
まさか俺が、木になっているなんて思いもよらなかったから、結界の外にも普通に出てくるものだと思って探していた…とか。
うわー!
この考え、今までで一番正解に近い感じがするぞ。
「結界についてとミーシャについては、答えが分かっていて誘導しようとしての問いでしょうね」
「はい。聞かれていて自分もそう思いました。こっちはすべて分かっているから、話してしまえ、といった形で聞いて来ましたから」
「しかし、他種族からの接触…?ここしばらくはなかったはずだな」
「俺は知らねーぞ」
『私も知らないの』
「私は、結界を出て割とすぐ、襲われたりしましたが、すべて逃げ切りました!」
そうだな、三つ目の質問も結構重要だな。
何かを警戒してのことみたいだ。
分かる。分かるが、今俺はそれどころではない。
「それから…四つ目。皆目見当もつかんな。…『ニホンジン』?初めて聞くが」
眉を顰める村長。
うん、分かる。気持ち分かる。
俺も今皆目見当もつかない。
全然分からない。
全然知らない!!
「シンジュ様?血相を変えてどうされましたか?」
「知らん」
「えっ、シンジュ様??」
「俺は何も知らん!」
フラグとか言うなよ!?
ここで知ってるなんて言ったら、俺が、俺だから狙われてるって可能性を認めることになるからな。
俺は知らん!
何も知らんぞ!!
木「俺は知らんからな!何もしゃべらんからな!!」
村長「まぁまぁ。かつ丼でも食べて…ほら、田舎のお母さんも泣いていますよ?」
兄「ほらほら、しゃべっちまった方が楽になるんじゃねーか?ん?」
木「ウッ…頭が……」