14.反省
鳥の声が聞こえて来て、俺は目を覚ました。
周囲を見渡すと、360度すべてが見放題で、俺は木の方の意識だけが目覚めたのだと気付いた。
それからすぐに人型の方の確認をすると、案の定というか、村長の家の中で横になっているのを感じた。
そちらの意識を目覚めさせようとするも、なかなか上手くいかない。
救出作戦の疲れが出ているのだろうか。
疑問に思いつつ、数度チャレンジした後、ようやく人型の方が目覚める。
俺は、木の方の意識を切ると、ゆっくりとベッドから身体を起こした。
ギシギシと身体が鳴る。
毎日手入れをして、軋まないようにしていたはずだが…。
はて、と首を傾げながら、無理に立ち上がってみる。
怪我はないし、ステータス上も異常はないのにも関わらず、動きにくい。
手入れの効果が切れたのだろうか。
俺はすぐ近くの机の上に、俺に与えられているポーチを見つけると、その中からヤスリやら何やらを取り出して、関節の滑りを良くしていく。
しばらくして、ようやくいつも通りの動きを取り戻す。
俺は溜息をつきながら階下へと向かった。
早く状況を確認しなければならない。
どうやら俺は無事な様子だが、皆がそうとは限らない。
特に、あの時点で意識のなかったミーシャちゃんと、一人だけ残って足どめ役を買って出てくれたユーリャくんが心配だ。
「村長」
「ああ、シンジュ様。良かった。目覚められたのですね」
声をかけると、村長がホッとしたように目元を緩める。
どうやら、俺も心配をかけてしまっていたようだ。
それはそうか。
救出から戻ったと思ったら、すぐに失神するんだもんな。
こんなシンジュで申し訳ない。
「早速で悪いが、状況は?」
「ええ。考えていた中では最高、と言っても良いと思います」
「最高?」
と、言うと、ユーリャくんも無事に戻ってきた、ということだろうか。
姿を見るまで安心は出来ないが、村長が最高と評するのだから、きっとそうなのだろうと、俺はひとまず胸を撫で下ろす。
落ち着かないと話も出来ない。
「捕らえられていたミーシャとリョーニャは、かすり傷程度で無事に戻って来て、助けに向かったシンジュ様とユーリャも無傷で帰還。追手はなく、結界も無事。他の被害者もなく、他の種族から報復を宣言されることも、またその動きもない。…考えられる中で、最高の結果ではありませんか?」
ふっと微笑んでみせる村長。
その説明に、俺は確かにと頷きつつ、それでもまだ安心しきれない自分がいた。
黙ってしまったせいで伝わったのか、村長は苦笑いを浮かべた。
「こんな簡単な説明では、心配性のシンジュ様を安心させることは出来ませんでしたか」
「…すまん」
「いいえ、良いのですよ。言葉だけでなく、きちんと無事なところを見た方が安心出来ますよね。今、ミーシャたちを連れて参りましょう。ついでですから、今回の案件についての事後処理の話し合い、情報共有も行ってしまいましょう。よろしいですか、シンジュ様?」
「ああ」
村長に気を使わせてしまった。
俺というヤツは、色々考えている村長から見ても心配性なのか。
日本にいた頃は、そんなことを言われたことはなかったのに。
命の危険が身近にあると、本質が出るとか、そういうことだろうか。
家を出て行った村長を見送ると、俺は一番近くにあった椅子に腰かける。
木製の椅子は座ると堅いかと思いきや、意外と柔らかく受け止めてくれる。
その柔らかさは、俺の緊張を少しばかりときほぐしてくれた。
ふう、と深い息を吐くと、天井を見上げる。
一体あの黒フードは何者だったのか。
いないと言われていたはずの場所にいた、その手段は?
世界に争いの種を蒔くと言っていたが、その目的は?
何故そんなテンプレ悪役が、俺などを探していたのか?
ボーッとしていると、ぐるぐると様々な疑問がわいて来る。
俺だけで考えていても、分かるはずなどないというのに。
これから、全員が集合すれば、嫌でも考えなければならない問題だ。
管理人から命じられたことは、俺だけで処理すべき問題かもしれないが、黒フードに関しては、ミーシャちゃん達が攫われたこともあるし、森のエルフ全体の問題だから、俺だけで考える問題でもないのだ。
「シンジュ様!」
一番最初に村長宅に戻ってきたのは、ミーシャちゃんだった。
バン!と勢い良く扉が開いて、反動で扉がガン!と壁に当たったのを、俺は見てしまったが、見ない振りだ。
あまりの必死な形相と勢いに、そんなことを指摘できるような余裕は失われてしまった。
ついでに言えば、心配していた気持ちも吹っ飛んだ。
ミーシャちゃん、元気いっぱいだね。
「ようやく目覚められたのですね!?怪我は…ありませんでしたが、具合の悪いところなどはございませんか?ああっ…私が至らないばかりに、シンジュ様を危険な目に遭わせてしまうだなんて…」
「だ、大丈夫だ」
グイと顔を近づけて、ペタペタと俺の顔やら身体やらを触るミーシャちゃん。
心配する気持ちによって動いているんだろうけど、照れ臭くなって来る。
睫毛が当たるのではないか、というくらい目前に美形が近付くなんて、日本にいた頃は縁もゆかりもなかった。
とは言え、ムラムラの一つもしてこないのだから、木製の身体というものは本当に…まぁ、俺木だから良いんだろうけど。
「本当ですか?…あんな単純な罠にはまってしまって、シンジュ様に助けに来させるだなんて、私、本当に情けなくて……」
しょぼんと肩を落として、そう呟くミーシャちゃん。
いや、違う。
情けないのは俺だ。
結局、俺がいたから何か良い方向に働いたことなんて、一つもなかった。
寧ろ、狙いは俺だったみたいだから、厄介事を招き入れてしまったという、マイナス要素にしか働いていない。
「…気にするな。ミーシャは、情けなくない」
「シンジュ様…」
なんて、そうは思うが、それを謝れば、多分真面目なミーシャちゃんは、いや私の方が悪かった、なんて言い出して、永遠に会話が終わらなくなる。
俺は弱音を吐きたい気持ちをグッと抑えて、ミーシャちゃんを慰める方向に持って行く。
「おっ、ミーシャ。随分と派手にやったみたいだな。流石俺の血を分けた兄弟だ。兄として誇りに思うぜ」
「ユーリャ兄様!」
空気が重くなりかけた時、何とも場にそぐわない能天気な声が聞こえて来た。
入り口に視線を向けると、何かドラマとか映画の登場シーンかのように、入り口に背中を預けて、足をこう…三角に組んで立つ、ユーリャくんの姿があった。
…何だ、その立ち方は。
「ふっ…待たせたな。真打ち、遅れて登場だ!」
「無事だったみたいだな、ユーリャ。本当に良かった」
立ち方はともかくとして、ユーリャくんの無事を目に出来て、ホッとした。
俺は何の突っ込みも入れないままに、とりあえず無事を喜ぶ。
そうすると、ユーリャくんは顔を赤くして照れる訳だ。
この流れは要らないんだが。
「ふふふ。シンジュ様は俺のことが相当心配だったと見える」
「当然だ。置いて行ったのは俺だ」
「流石は俺の親友!素晴らしい心意気だ」
一体いつから親友になったのだろうか。
別にそう思ってもらえるのは、嫌では無いんだが…。
本人が幸せそうだから、別に良いか。
ただ、顔を赤くするのだけは勘弁してほしい。
知らない人が見たら只ならぬ関係なんじゃないかって誤解させるかもしれないからな。
…言っとくけど、俺はノーマルだから。
誰に言ってるのか分からないが、一応言っておこう。
「だが、甘く見てもらっては困るな。俺はこう見えてもこの村で一番足が速い…」
「ユーリャ兄様!」
「ん?どうした、ミーシャ」
つらつらと何かを語り出そうとしていたユーリャくんを、突然ミーシャちゃんが遮った。
大人しい印象のあるミーシャちゃんにしては、意外な行動だ。
どうしたのかと驚いて見ていると、ミーシャちゃんは、思わず呼びかけてしまったのか、一瞬言葉に詰まって、それから思いついたかのように続けた。
「それよりも、随分と派手にやったとは、どういう意味ですか!」
「え?ああ、この扉が変な方向に曲がっているから、お前の仕業かと…」
「失礼ですよ!!」
「??す、すまない…」
何の脈絡もない話題の転換に、さしものユーリャくんも目を白黒させている。
ミーシャちゃん、どうかしたのだろうか?
ユーリャくんのちょっとあれなセリフにイライラでもしたのだろうか。
そう思っていたら、キッと何故か俺が睨まれた。
「シンジュ様!」
「ハイ」
思わず声が裏返った。
木製でも声裏返るんだ、なんて変な感動を覚えてしまう。
「シンジュ様を見つけたのは私ですから!」
「?そうだな」
「ユーリャ兄様ではなく、私、ですから!」
妙な迫力に、俺はコクコクと頷いた。
頷かないとどんな目に遭うか分からない雰囲気だった。
とりあえず頷いた結果か、ミーシャちゃんは満足そうに微笑んだ。
その笑顔は可愛いんだけど…裏に何かあるのか勘ぐってしまいそうになる。
何だろう。
捕まったことに責任を感じているみたいだし、何を見てもイライラするような精神状態なのだろうか。
「私が最後でしたか。お待たせして申し訳ありません」
「これで全員揃ったようだね」
『全員集合なの!』
俺何かしたか?と不安そうなユーリャくんに、曖昧な返事をしていると、洞窟でミーシャちゃんと共に拘束されていたリョーニャさんを連れた村長と、村長の周囲を楽しそうに飛ぶイヴちゃんが現れた。
全員、というのは救出作戦に関わった者全員、という意味だろう。
最初に異変に気付いたということで、リョーニャさんのお母さんにも来てもらった方が良いのかもしれないが、これ以上あの人に負担をかけるのは本意ではない。
村長も同じ意見なのだろう。
今ここにいるメンバーで話し合いを始めるようだ。
村長は、急に建てつけの悪くなった扉を不思議そうに眺めてから扉を無理矢理閉め、全員に椅子にかけるよう促した。
俺達は、まるで全員座る席が決まっているかのように、スムーズに座って行く。
俺は最初から座ってたけど。
「さて、それでは情報共有を開始しよう。全員分かっているとは思うが、各々が見た何気ない景色、知り得た何気ない事柄が、これから先の我が一族の未来を決定づける可能性もあるということを頭に置いて発言してもらいたい。実りのある話し合いになることを…」
何故かそこで、全員一斉に両手を上げて降参のポーズを取る。
…何をやっているんだ、みんなして。
困惑していると、ミーシャちゃんが小声で教えてくれた。
「神への祈りのポーズですよ。簡単なお祈りの際には、エルフは皆このポーズをとります」
「そうか。俺もやった方が良いか?」
「そうですね。出来れば」
両手を上げていると、微妙な気分になるんだが…郷に入っては郷に従え。
例え正体不明の神様への祈りだろうと、やってみせよう。
「まずは私から全体の概要を説明させてもらおう」
たっぷり五分くらいそのポーズを続けた後、手を下ろすと村長が口火を切った。
俺はゴクリと喉を鳴らす。
何で喉が鳴っているのだろうか、なんてどうでも良いことが頭をよぎる。
「数日前、私とミーシャは、それぞれ結界に綻びがないか、点検に向かった」
「数日前?」
「…シンジュ様は、数日間気絶したままだったのですよ」
村長の第一声に驚いていると、ミーシャちゃんが補足してくれた。
ああ…道理で身体が軋んだ訳だ。
手入れをしていなかったから、調子がおかしくなったんだな。
「結果、結界にはまったく異常はなかった。しかし、リョーニャを連れて行ったミーシャは、怪しげな気配を感じ、その確認に向かった」
「はい」
「そうです」
リョーニャさんとミーシャちゃんが揃って頷く。
なるほど。
どうして少し結界から離れたところにある落とし穴に落ちたんだろうと思っていたけれど、怪しい気配を感じて確認に行ったせいだったのか。
「そして、見たことのない黒い被り物をした人影を目撃し、後を追おうと走り出したが、丁度その先にあった穴へと落下してしまった。ミーシャは気を失い、リョーニャはミーシャと共に穴から出るべく土に足をかけたが、なかなか上手くはいかなかった」
「はい」
「…情けないです」
リョーニャさんは、軽く返答しているようでいて、かなり悔しそうだ。
ミーシャちゃんは、分かりやすいくらい落ち込んでいる。
けど、落とし穴なんてなかなか警戒しきれない。
仕方ないことだったんだ。きっと。
「その二人を、黒い被り物をした人物が魔術によって穴から出す。そして、仲間だと思われる森の子鬼たちによって拘束されてしまう。そのまま、問題の洞窟へと連行されることになった」
言葉はなく頷く二人。
改めて聞くと、魔術で浮き上がらせられるって、結構凄いことのように思う。
そんなのに捕まったら、抵抗なんて出来ないだろうな。
「洞窟に着くと、黒い被り物をした人物から質問を受けるが、リョーニャは決して答えなかった」
「幾つかは本当に知りませんでしたが」
質問か。
本当にアイツは何かを知りたがってたってことだ。
…そして、それがどうやら俺についてみたいなんだよなぁ…。
「満足のいく答えを得られなかったからか、仕切り直そうと言って、その黒い被り物をした人物は、どこかへと姿を消す。その隙にイヴが二人に接触する。見張りの森の子鬼たちに村へと一旦戻る、という話をしているのが聞こえた為、洞窟へ戻って来るのはかなり後だろうと踏んだリョーニャは、その話をイヴにする」
『そうなの!』
「ええ。確かにそう聞こえました」
やはり、あの黒フードは妙だ。
油断させる為に、敢えて話を聞かせた?
でも、最初にイヴが二人に接触したタイミングでは、まだ追手に気付いていないような言い回しだったじゃないか。
それすらもブラフ?
そんなまさか…。
「イヴがシンジュ様とユーリャへ事の次第を説明した後、再び救出に入ることを伝える為、洞窟へと戻ると、森の子鬼の村へと戻っていたはずの黒い被り物の人物が戻って来ており、姿を消していたにも関わらず看破され、私の元へと緊急避難して来てしまった」
『アイツ、なんか怖かったの!私のことジーッと見て来て…うう、思い出すだけでゾッとしてくるの…』
ジッと見る…やはり、アイツはステータスを見ていたのだろうか。
スキルか、魔術具か…。
やはり、あの様子からして魔術具なのだろうが、相手に触れずにステータスを見ることが出来るって、かなり高性能じゃないのか?
確認しておかないと。
「その後、イヴが戻らないことに気付いたシンジュ様とユーリャは、救出に向かうことを決めたが、その直後件の黒い被り物の人物に気取られ、急襲を受ける」
「どうやって俺達に気付いたんだか…。ま、それだけ俺様のオーラがハンパなかったってことかな!」
そうだ。
イヴちゃんの存在に気付いて、救出に来た人物がいると察したとしても、あんなにすぐに俺達を見つけることが出来るものなのか?
しかも、気配もなく現れたぞ、アイツ。
「そして、黒い被り物の人物は、シンジュ様を見ると、探し物が自分からやって来たなどと言って、シンジュ様を狙いはじめる。しばらくの交戦の後、二手に分かれることになり、ユーリャは黒い被り物の人物の足止め役となり、シンジュ様は二人を救出して、逃走に成功。ユーリャもしばらく剣をかわしてから逃走した」
「その通りだぜ」
「ああ」
ザッとした説明を受けて、今回の件のあらましが頭に入って来る。
そうして振り返ってみると、やはり疑問に思うことが多い。
あとは、ここで話し合って、それらを解決させるだけだ。
…まぁ、その「だけ」が大変なんだろうけど。
「概要は以上だ。更に細かく、当事者の説明と、話を聞いていて受けた印象、疑問点などを洗い直して、今後の対策に役立てるとしよう。まずは捕らえられた二人の話から聞いていこう」
…話し合いは、まだ始まったばかりだ。
村長「区切り悪くない?」
作者「スイマセン」




