13.救出
囚われてしまったミーシャちゃんとリョーニャさんを救出すべく、村長の息子であるユーリャくん、村長の相棒妖精であるイヴちゃんと共に怪しげな洞窟の前までやって来た俺。
犯人は、村長たち森のエルフと対立している三種族の中の一つ、森の子鬼たちだと判明した。
それだけでも、種族間の繊細な関係に亀裂を入れかねないから、救出は困難を極める、と思っていたのに、話に聞いていた、本来使えないはずの魔術を扱うらしい黒いフードを被った森の子鬼まで現れてしまった。
しかもそいつは、何故か俺を狙っているみたいだ。
黒フードが出てきたらマズイとか、もしかして瞬間移動出来るんじゃないかとか考えてたのが、フラグになったんじゃないだろうな。
この世界に管理人はいるみたいだが、フラグ管理してるのは神様とどっちだ。
こんなフラグ回収なんて不必要なんだよ。
出て来い、説教してやる!
「くそっ!平気か、シンジュ様。燃えてないか!?」
「今のところはな!」
黒フードが杖を振る度、杖の動きに合わせて炎が蠢いて、的確に俺のいる位置を狙って飛んでくる。
それこそ、今のところはギリギリ避けられているが、いつまでも続けられるとは思えない。
日本でも、この世界でもスタミナが存在する。
息が切れて来て動きが鈍れば、避けるのは難しくなって来る。
「ふむ。良く避けますね」
感心したように呟く黒フード。
一見油断しているように見えなくもないが、その周囲にはゴウゴウと音が聞こえる程に激しく炎が踊っている。
簡単には攻撃を許してはくれなそうだ。
それに、簡単に逃がしてもくれないだろう。
「良いでしょう。最近暇でしたので、付き合って差し上げますよ」
「くそっ、何様だこの野郎!」
ユーリャくんが舌打ちをしながら、油断無く短刀を構えているけれど、攻撃に転じることはない。
ユーリャくんから見ても隙が無い、ということだろうか。
俺は、黒フードが遊ぶ気満々の今の内に、と口を開く。
「お前、何者だ?」
「私は一介の森の子鬼ですよ。見えませんか?」
「見えねーし!!」
そうした会話の中にも、普通に炎が飛んでくる。
正確な情報を寄越すつもりは当然なさそうだが、一応、会話には応じてくれる様子である。
これはチャンスと捉えるしかない。
出来るだけ会話を続けて、引き出せるだけの情報を引き出すのだ。
「何が目的だ?」
「今は、貴方を燃やすこと…ですかね」
「…その後は?」
「変わったことを聞きますね。…私の目的は、世界に争いの種を蒔くことですよ」
黒フードの口元が歪む。
笑っているようだ。
何だってこんなテンプレートな悪役がいるんだよ。
それで、何だってこんなテンプレートな悪役が俺を狙うんだ。
混乱する。
けど、そんな場合でもない。
「世界に?お前何言ってんだよ」
「至って本気ですが?」
「森の子鬼は森を出たら食べていけないだろ?」
「…そう言えば」
ユーリャくんの言葉に、俺はハッと思い出す。
飽きっぽい森の子鬼は食べ物を取ることにも飽きてしまうから、食べ物が豊かな森以外では、食べ物を得られないことが多いと、図鑑に書いてあった。
幾らなんでも冗談だと思っていたら、マジ情報だったらしい。
炎を器用に避けながら出た言葉に、黒フードは一瞬口ごもる。
…何だ、あの反応は。
考えていなかった、忘れていた……知らなかった?
「私には、魔術がありますから」
一拍置いて返って来た答え。
何故か攻撃の手は緩んでいる。
何か理由があるのだろうかと不思議に思いながらも、この隙を逃してはならないと、俺は急いで状態確認を起動する。
動きながらでは、まだ上手く使えないから、相手に隙が出来た今の内だ。
<<ピーピー!!>>
しかし、警告音が鳴り響いて、いつもの画面は現れなかった。
困惑する俺の視界に、いつもとは違う文章が表示される。
<<エラー。状態確認を行使出来ません>>
エラー?
どうしてだ。
ユーリャくんのステータスも正確に見えなかったけど、まったく出て来ないなんてことはなかった。
空欄はあっても、そこにどんなステータスが来るかくらいは表示されていた。
なのに、今は完全なるエラー。
考えられる原因は…相手が、何か阻害するようなスキルかアイテムを持っているということか。
「…油断も隙もありませんね。私のステータスを覗き見しようとするとは」
「えっ」
「は?ステータス?何言ってんだ、真実の鏡なんざ持って来てねーぞ」
気付かれたのか。
やっぱり、自由自在に魔術を扱うだけあって、その辺の警戒心も高かったか。
安易にステータスを見ようとするんじゃなかっただろうか。
いや、でもグッとフードを引っ張る黒フードの反応…。
ステータスを見ようとして来たことへの警戒感によって、あの動きになったのなら、常時弾けるスキルとかじゃなくて、アイテムによってステータスを守っているのではないだろうか、と推察出来る。
…あの反応を引き出せただけ良しとするか。
「ならば、やはり貴方ですか。本当に忌々しいことだ。…遊びは終わりにして、早く燃やしてしまいましょう」
「お断りだ!」
折角油断して遊び気分でいてくれたのを、本気にさせてしまったようだ。
炎の威力もスピードも増してきている。
これ、森林火災にならないだろうな?と心配して、チラと周囲を見れば、魔術はそういうものなのか、延焼とかは起きていないようだった。
意味分かんねぇ。
「シンジュ様。流石に限界だ!」
「ユーリャ…」
「反撃しても良いか?」
「……は?」
ユーリャくんが、急に許可を求めて来た。
いやいやいや、何の?
吃驚して一瞬炎がかすっちゃったじゃないか。
痛いよ!痛覚的にはそうでもないけど、見た目が何か!
「出来るのか?」
「当たり前だろ。でもさっき、シンジュ様穏便に行きたいって言ってたからさ」
えっ、それ律義に守ってくれてたのか?
良いヤツだな、ユーリャくん。
でも、俺もっと早く言ってくれてたら嬉しかったんだけどな!!
「俺のせいか。すまん」
「ん、気にするな。俺は心が広いからな!」
「…なら、黒フードの足どめ頼んだ。俺は助けに行く」
「ああ、任せろ!」
ちょっとイラッとして、ユーリャくんを置いて行く発言したんだが、ユーリャくんは一切気にしていないようだ。
あれか。
俺みたいな足手まといがいるより、一人の方がやりやすいとかそういうことだろうか。
…俺が狙われてるし、俺が残った方が良いのかもしれないが、それだと狙いが一人に絞れた黒フードの容赦がなくなりそうだから、やっぱりこのパターンしかないよな、うん。
「頼んだ」
グッと足に力を入れて駆け出す。
身体操作にも大分慣れて来て、自然と走れている。
関節ギシギシ鳴ってたら、この大事な時に、普通に走るだけのはずなのに、何かミスしかねないし、修行していて本当に良かったと思う。
「逃がしませんよ…」
「おっと、シンジュ様のお許しが出たんでね。ここは行かせないぜ!!」
ユーリャくんが輝いてるな。
…と言うか、ユーリャくんが隠しもせずに俺のことシンジュ様シンジュ様って呼んでたから、森のエルフの重要人物と認識されて俺狙いになったって可能性ない?
……ないか。ないよな。
探し物を見つけたって言ってたし、俺のステータスを見て分かったんだよな。
駄目だな、ユーリャくんの称号効果強過ぎ。
マイナス思考はもう終わり。
俺は俺の仕事をするぞ!
「どけ!」
一気に洞窟前まで駆ける。
すると、あんなに周辺でドンパチしてたと言うのに、ここでようやく俺に気付いたらしい見張り二人が慌てた様子で起き上がって武器を手に取る。
いやいや、寝てたのかよ。
どういうことなんだよ。
「▽■))!?」
「&&##!!」
とりあえず、俺は鞘に入れたままの何の変哲もない剣で一人をブッ叩く。
体勢が整うも何もあったもんじゃないレベルだったからか、上手くいった。
ダメージを受けた一人は、白目を向いて倒れる。
…死んでないよな?
「っと」
「$$!!”==~=^¥!!」
怒った様子のもう一人が、俺に殴りかかって来る。
武器はどうしたんだこいつ。
そう思って辺りを見渡したら、棒が落ちている。
お前、武器くらい拾ってから挑んで来いよ!?
日本では殴り合いの一つすらしたことはなかったが、素手に対して武器を持った状態なら、余裕で渡り合えるだろう。
…プロのボクサーになら殴り殺されるかもしれんが。
「はっ!」
そして、特に見どころもないくらい一瞬で俺は相手の背後に回ることに成功し、さっきの一人と同じく鞘による一撃を食らわせ、失神させた。
…弱いな。
俺はここで状態確認を思い出して起動する。
【名前】
【種族】森の子鬼
【年齢】
【性別】男性
【称号】
【戦闘】
〔総合〕2
〔耐久力〕3/5
〔瞬発力〕3/3
〔体力〕1/5(失神)
〔魔力〕0/0
〔気力〕3/3
〔力〕10
〔知力〕4
〔頑丈〕5
〔速さ〕2
〔技力〕無手・G+、鈍器・F
〔術力〕
【生活】
〔子鬼語〕基礎・F
〔身体操作〕基礎・F
〔罠造り〕基礎・D
弱っ。
これは普通に倒せるわ。
もう一人も似たような数値だ。
雑魚過ぎないか?
いや、でも確認しなかったのはミスだったな。
もっと早い段階で確認しても良かったようなものだ。
もしこれで、黒フード以上の強さを持つヒトが見張りだったら、俺はやられる羽目になっていたかもしれない。
…しばらく森のエルフの村にいて、戦いとか経験してなかったからな。
これからは癖付けよう。
黒フードみたいな、状態確認に気づきそうなヤツ以外。
俺はそう決めると、それ以上の確認は打ちきって、足早に洞窟の中へと向かう。
何故なら、後ろの方で戦闘が激化していて、時折炎が目の前に着弾したりするのである。
危険過ぎる。
早く二人を助け出して逃げないと。
「(あれ?)」
洞窟に入った直後、俺はまた不思議なことに気付いた。
あの黒フードは、俺達と会話をしていた。
森のエルフの皆と、拙いとは言え会話出来るようになっていたから、会話出来ることが普通のことだと錯覚していたけれど、妙だ。
俺は、エルフ語基礎しか持っていないのに、何故森の子鬼と会話出来たのか。
つまり相手がエルフ語を持っている、ということになるが、ズルしている俺はともかくとして、いや、俺でさえある程度の努力が必要になるというのに、どうやって黒フードはエルフ語を手に入れることが出来たのだろうか。
全部の森の子鬼が、エルフ語を持っている訳ではないことは、今失神した二人のステータスを見たことで確認している。
ただ、種族全体が他種族の言語を話せないのでは、相手の状況を理解することも出来ないから、何人かは話せるのかもしれない。
そして、話せるとすれば、種族の中枢にいる者のはず。
ならば、あの黒フードは森の子鬼の偉い立場にいる者なのか。
…そんな者が、ほいほい姿を現すものか?
単に魔術を扱えるから、スキルを取ることにも長けているのか?
駄目だ、考えても分からない。
それよりも、早く救出しなければ。
「ミーシャ!リョーニャ!」
「その声は…シンジュ様!?」
「リョーニャか」
ユーリャくんの言う通り、入ってすぐグニャリと洞窟は曲がっていたが、普通に一本道で、大して迷うこともなく、声を上げればすぐさま返事があった。
俺は声の方へと駆け寄って行く。
すると、洞窟の一番奥に、ロープで後ろ手に縛られたまま、倒れているミーシャちゃんと、壁に背を預けているリョーニャさんを発見した。
俺は急いで短刀を取り出してロープを切る。
「無事だったか」
「はい。助かりました…」
「ミーシャは?」
「まだ意識は戻りませんが、命に別条はなさそうです」
「そうか」
ホッと胸を撫で下ろすと、俺はこちらの状況を簡単に説明する。
リョーニャさんは神妙な表情で頷くと、早くここから逃げないといけないとミーシャちゃんを背負ってくれた。
「ところで、一体何があったんだ?」
「説明したい気持ちはやまやまですが、先に逃げないとならないでしょう。戻ったら説明します、シンジュ様」
「確かにそうだな」
逃げながら状況説明だなんてハイレベルなこと、命の危険がある中で挑戦しようとは思えない。
俺はリョーニャさんの言葉に同意すると、外の様子を窺いながら、慎重に歩みを進めて行く。
「いい加減倒れなさい!」
「残念だが、俺はシンジュ様に足止めを頼まれたんでね。そう簡単には倒れてやれねぇぞ!」
外を見てみると、ユーリャくんと黒フードの息も詰まるような戦いが繰り広げられていた。
奥に行って、ロープを解いて、戻ってくるまで、そう何分もかかっていない。
だと言うのに、もう何時間も戦っていたかのような熱量だ。
ユーリャくんの方がスピードが速いのか、ユーリャくんが一瞬で距離を詰めると黒フードは一拍遅れて炎で防御する。
その防御よりも早く、ユーリャくんの攻撃が向かっているようで、黒フードは時折身体を逸らせたりして避けている。
そうして相手の体勢を崩すと、ユーリャくんはすぐさま距離を取って行く。
黒フードの炎にホーミング機能は付いていないらしく、ユーリャくんが寸での所で木の陰に隠れると、その木にぶつかって炎は霧散する。
ぐにゃりと炎の進路が変わる時もあるから、黒フードが自分で操作してるのだろうか。
あまりにも白熱した戦い過ぎて、下手に出ていけない。
呑気に姿を見せて逃げようとすれば、炎を食らってしまうかもしれないし、ユーリャくんの足を引っ張る可能性だってある。
だからと言って、この洞窟から、身を隠せそうな木までは少し距離がある。
このチャンスを、黒フードは見逃してくれるだろうか。
「リョーニャ。逃げ切れるか?」
「…そうですね。タイミングが重要になるでしょう」
タイミングさえ間違わなければ逃げ切れる、と。
頼もしいことだ。
ここから逃げても、後で黒フードとか、そこでまだ失神してる二人とかが、他の森の子鬼に報告して、報復なんて言い出さない保証はないが、ともかく一旦体勢を立て直す必要がある。
その為には、黒フードを振り切る必要がある。
多分、結界の中にさえ逃げ切れれば、ひとまずは安心のはずだ。
「よし、今だ!」
「はい!」
黒フードがユーリャくんの攻撃に、体勢を崩しかけた瞬間、俺は鋭く指示を飛ばした。
油断無く剣を構えて、万が一にでも武器を持たない二人に攻撃が飛んで行ったりしないよう、庇うように一緒に走る。
「っ、貴方たち…!!」
「おっと、行かせないぜ!」
「くっ、邪魔ですよ!」
逃げようとする俺達に気付いた黒フードが、杖をこちらに向けようとするが、それをユーリャくんが短刀で弾く。
魔術を使うのに、あの杖は重要なのだろう。
少しでもぶれると、炎が襲っては来なかった。
これはありがたい。
「ユーリャ、タイミングを見てお前も逃げろ!」
「了解したぜ!」
「待ちなさい!」
颯爽と黒フードの進路に立ちふさがるユーリャくん。
俺は、ユーリャくんのあまりの頼もしさに、今までの印象をすべて払拭するレベルで心の底から彼の無事を信じて、決して振り返らなかった。
俺は、心の中で感じる本体の位置を確かめながら、一心不乱に走った。
予想外にリョーニャさんの足が速くて、俺の方が足手まといになっている感じは否めなかったが、そんなことに気を取られている場合ではない。
走って、走って、走って…。
俺達は、景色の変わらない森の中を走り続けて、ようやく結界の目の前まで辿り着いた。
声をかければ、すぐに結界の中に受け入れられて、何人かが迎えに家から出て来た。
意識が戻らないミーシャちゃんだったが、家へと運びこまれていくのを見ると、本当に無事に戻ってこれたのだと感じて、俺ははぁ、と深い息をついた。
「シンジュ様。ご無事でしたか」
『良かったの!ちゃんと帰って来てくれたの!』
「二人共…」
「イヴが戻って来てしまった時にはギョッとしましたよ。ですが、無事で本当に安心しました」
遅れて村長さんがやって来た。
隣にはイヴちゃんも一緒で、元気そうな姿を見ると俺はまた息をつく。
『怪しいヤツにやられちゃって、ごめんなさいなの…』
「いや、無事で良かった」
『…ところで、ユーリャはどこ?なの』
「足止めを買ってくれた」
くる、と洞窟の方向を見ても、ユーリャくんの姿はない。
信じて置いて来てしまったけど、大丈夫だろうか。
俺の考えなしの決断は、彼を追い詰めたりはしていないだろうか。
「ユーリャは、私の子の中で最も逃げ足が早い。一人であれば無事でしょう」
「…すまん、村長」
「何の謝罪ですか?」
「すまん……」
元気づけてくれるように笑う村長。
申し訳なさで頭がいっぱいになる。
結局、俺は一体何をした。
余計なことを増やしただけではないのか。
二人の代わりに、ユーリャくんを犠牲にしただけではないのか。
色々考えると、目の前が真っ暗になって来る。
俺は、やがて意識を手放した。
この世界に来てから、失神してばかりの気がする。
それもまた、申し訳なさを増していく要因でもあった。
村長「今回のシンジュ様、めちゃくちゃ失神するなー」
木「豆腐メンタルでマジスイマセン」