12.洞窟前にて
しばらく走ると、俺達はイヴちゃんの説明にあった洞窟付近へと到着した。
そしてそれぞれ、近くの木に身を隠して様子を窺う。
洞窟までは数メートルの距離があるとは言え、結構近い様に感じて、ユーリャくんに大丈夫なのか尋ねてみたところ、普通の森の子鬼は気配に鈍感だから、大丈夫とのことだった。
…それ、普通じゃない森の子鬼がいたらアウトってことじゃ…。
思わずジトーッとした目線を送ってしまう。
まぁ、案の定あまり表情には表れていないらしく、ユーリャくんは一切何も気付かずにヘラヘラ笑ってる訳なんだがな。
『シンジュ様。心配なのは分かるけど、多分大丈夫なの』
「イヴ?」
『フードの森の子鬼は、穴から二人を出した後、どこかに行っちゃったらしいの。それから、まだ戻ってないって言ってたから、タイミングから言っても、まだ戻ってないと思うの』
「リョーニャがそう言ってたのか?」
『なの』
「そうか」
それなら少しは安心か。
そいつが瞬間移動的な魔術を使えないって、結構能天気な想定に基づいてはいるんだけどな。
あまり考え過ぎても仕方ない。
そう思いこまないとやってられない。
何しろ、称号にまでそう指摘されているくらいだからな。
……一応瞬間移動について聞いておくか。
知らない単語、用語、魔術について図鑑は役立たずだから。
「瞬間移動?そんなものがあんのか?」
「知らないか?」
「俺は少なくとも知らねぇな。そんで、この俺様じゃ知らねぇんだから、存在しないな!」
「……」
ユーリャくん曰く、存在しない。
全然信用出来ないのは何故だ。
ユーリャくんの称号効果か。
チラッと俺が怪しい、と思ったから、何倍かにその印象が膨らんでいるのか。
『私も知らないの、シンジュ様。けど、一般的に広く普及してる魔術以外にも、自分で新しい魔術を創り出してしまうヒトもいるし、種族によっては、魔術以上の効果を及ぼす魔術具を持ってるヒトもいるの。だから、私達が知らないだけで、どこかには一瞬で遠くに移動出来る、なんて手段が存在するかもしれないの』
補足ありがとう、イヴちゃん。
つまり、大体有り得ないと言っても良いけど、百%ではない、と。
そのフードを被った森の子鬼がやっぱり怪しいな…。
もし瞬間移動的な手段を持っていたとしたら、合流されてしまう危険性がある。
だけどなぁ…対抗策なんて持ってないし。
「まず、イヴにもう一度中の様子を見て来てもらおうぜ」
「賛成」
『了解なの』
入り口から見ているだけでは、見張りらしい森の子鬼が二人見えるだけで、それ以上の情報は何も得られない。
そんな状況で特攻をかけるのも難しいだろう。
イヴちゃんは戦力に入らないだろうし、俺も微妙。
実質的に頼りになるのがユーリャくんだけでは、相手の人数も分からないままに戦いを挑むのは危険すぎる。
すぅ、と姿を消して多分洞窟内に向かったイヴちゃん。
その姿を見送って、俺は改めて森の子鬼たちを見る。
小柄で、人間の子供…小学生くらいの身長に、ああゴブリンだ、ってな感じの緑色の肌に尖った耳、獣のような目、鋭い牙。
腰には葉っぱで作られた腰みのが付けられている。
想像以上に文化的みたいだ。
よく見ると、ちゃんと腰みのは作られたものだと分かる。
ただ適当に葉っぱを巻いている訳ではない。
そこそこ賢いというのは、本当なんだな。
だとすると、やはり特攻をかけないのは良い判断だったかもしれない。
あいつらの狡猾さが俺らの頭を上回っているとしたら、普通にやられてしまう。
「ところでユーリャ」
「ん?どうかしたか、シンジュ様」
「イヴが戻ってきたらどうする?」
「どうって…助けに行くだろ?」
「それはそうだが…」
ユーリャくんは、俺の問いに首を傾げているが、俺は今更ながら結構重要なことに気付いてしまったのだ。
種族間で冷戦状態にある中、俺達が姿を現わせば、均衡状態が崩れてしまうのではないだろうか、と。
上手い表現が見つからないまま、なんとか説明し終えると、ユーリャくんは何だそんなことか、と笑う。
「全然大丈夫だぜ」
「何故だ?」
「二人は縛られてるって話だろ?その現場を押さえちまえば、俺達が二人を助けに来たって理由が通るようになるからな」
「そんな簡単にいくのか?」
あっさりとした答えに、俺は拍子抜けしてしまう。
確かにそれはそうだろうが、停戦協定を見えないところで普通に破っているような奴らが相手なのに、そんな常識的な判断が通用するのだろうか。
「ああ。馬人族なら現場を押さえられても逆ギレしてくる可能性があるし、森梟なら、そもそも現場を抑えさせないだろうから厳しいけど、その点、森の子鬼は丁度良い奴らだな。中途半端に頭が良いからさ、言い逃れ出来ねぇって判断するよ」
いまいち納得がいかないような…。
けれど、とりあえずその黒いフードの森の子鬼さえ出て来なければ、何とかなる可能性が高いってことで良いだろうか。
「ただ、どうしてもシンジュ様が心配だってんなら、良い方法もあるぜ」
「何だ?」
名案を思いついた、とばかりにニッと口角を上げるユーリャくん。
何か嫌な予感がするんだが、一応聞いておく。
もしかすると、本当に名案かもしれないし…。
「ここは森の子鬼の集落からは離れてるからな。この作戦に加担したヤツをとりあえず全滅させて口を封じれば完璧だぜ!」
「却下」
「えー?何でだよー」
いや、普通に却下だろ!
何だその戦闘民族みたいな案は!!
こっちが悪者みたいになるだろ!!!
幾らなんでも過剰防衛が過ぎる。
「相手に戦う理由を与える」
「ないない。あいつら、その辺は緩いから、自分達の村以外にいるヤツが消されたところで、絶対気付かないし」
「…却下」
「だから何でだよー」
俺の答えでは、その案が駄目な理由には弱かったらしい。
でも、それ以上の理由が思いつかないから、俺はとりあえず却下だけしておく。
この辺りの感覚は、多分今まで生活して来た環境の違いによるものなんだろうけど、直面するとドン引きするな。
出来れば話し合いで解決したいと思う俺は、間違っているんだろうか。
…まぁ、理想論だよなぁ。
「はぁ…。ま、シンジュ様が嫌だってんなら、もう少し穏便にやってやるさ」
「すまん」
一番確実なんだけどなぁ、と呟くユーリャくんを宥めて、軽く溜息を落とす。
最悪のことは、常に想定していないとならないのだ。
そうでないと、いざという時、すべてを喪うことになりかねない。
そしてそれを考えると、酷く気が重い。
「という訳で、そろそろ正面から突入しようと思うんだが」
「話聞いてたか!?」
「勿論だ。俺がシンジュ様の話を聞いていなかったことがあったか?」
そんなに付き合い長くないだろ、俺達。
急な方針の変更の転換に、俺は目を白黒させる。
そんな俺に対して、ユーリャくんは今までになく真剣な表情をする。
その雰囲気に、俺も思わず息をのんだ。
「妙だと思わないか、シンジュ様?」
「何が?」
「イヴの戻りが遅すぎる」
「!」
反射的に洞窟へと視線を向ける。
相変わらず見張りは欠伸をしているし、変わったところはない。
奥まで様子を見て戻ってくるまで、時間はそれなりにかかるだろう。
けれど、イヴちゃんは姿が消せるし、飛べる。
最短距離を全力で進めることを考えると、確かにもう戻って来ていてもおかしくはないはずだ。
「慎重に行動してるだけじゃないか?」
「いいや。この洞窟は入ってすぐカーブしてるから分かりづらいが、最深部まで十メートルもないんだ。イヴのスピードなら様子を見てすぐ戻って来れたはずだぜ」
なるほど、と思ってから、不思議に思ったことを尋ねる。
「元々この洞窟のことを知っていたのか?」
「当たり前だろ」
何の説明もなしに、ユーリャくんがどれだけのことを知っているかなんて、俺に分かるはずがない。
どうして分かって当然的な顔してるんだ、君は。
村長から聞いてるとでも思ったのか。
残念だけど今日がはじめましてだよ。
「幾ら普段は村に籠ってる俺達と言えど、いざっていう時に森の地理を把握してないんじゃ話にならねぇだろ。俺は、長一族のエルフとして、きちんと頭に入れてるんだよ。こういう隠れ場所になりそうなところとかさ」
予想外に立派な心がけだった。
リーダーとして持ち得るべき当然の知識だったって訳か。
知らなかったとは言え、失礼なことを聞いてしまったようだ。
…まぁ、これからも多分聞くけどな!
言われなきゃ分からんから。
「話戻すぞ。イヴが戻って来ないのは異常事態だ。多分、緊急避難して親父のところに戻ってるはずだから、イヴの実は安全だろうけど、ミーシャたちの身の安全が保証出来ねぇ。折角助けに来たんだ。一刻も早く突入すべきだろ」
身の危険を感じれば、相棒の元に戻れる魔術かスキルを持っているってことか。
それなら、ひとまずイヴちゃんについては安心だろうか。
問題は捕まっている二人だ。
勿論、一刻も早く救出したい。
でも、妙な感じがするのだ。
「待ってくれ」
「どうしてだよ?」
ユーリャくんが、少しイライラし始めているのが分かる。
分かるが、俺は必死に違和感を説明する。
「見張りが騒いでいないの、おかしいと思わないか?」
「どういう意味だ?何も怪しいヤツを見つけてないから、暇そうにしてるんじゃないのか?俺達が見つかって無いってことだから、心配しなくて良いだろ」
その通りだ。
見張りは、異常に気付いていないから、暇そうにしている。
こうして、割と目の前に不届き者がいるにも関わらず、欠伸が止まらない。
気付いていたら、あんな風に緊張感もなく見張りなどしていないはずだ。
けれど、イヴちゃんが戻って来ないと言うのなら、救出しに来ていることが、少なくともイヴちゃんを見咎めた者には気付かれているはずだ。
自然に考えるのなら、見張りにすぐさまその事態を伝えて警戒させるのが普通だと思う。
なのに、現実はそうではない。
「イヴを見つけたヤツ。どうしてそれを伝えない?」
「あ…なるほど、そうか」
ユーリャくんにも幸いすぐに俺の危惧が伝わったらしい。
つまり…何者かが、俺達が見張りの様子を見てチャンスだと考え、入りこんで来るのを誘っているのではないか、という危惧だ。
「やっぱり妙だな。森の子鬼にそんな知恵があるか?そりゃ確かに、他の地域の子鬼たちに比べて、罠を張ったり頭は回るけど…」
「罠だと思うか?」
「…思う。けど、ここで助けに行かないと、二人が危険だぞ」
それもその通りだ。
救出に来たということは、交渉の材料に使える…なんて判断をしてくれる保証は一切ないのだ。
そんな不安定な根拠に基づいて、一旦引いてしまえば、二人をもう二度と救えない可能性が大いにある。
だからと言って、罠に敢えて乗ることで、事態を打開できるかと問われれば、それにもまた疑問が残る。
進んでも戻っても危険な橋なら、どちらを渡るべきか。
躊躇っていてどっちにも行けなかった、なんてオチはなしだぞ、俺。
「ユーリャは、」
「ん?」
「自信、あるか?」
何の、とは言わずに尋ねる。
ユーリャくんは、俺を真っ直ぐに見返すと、自信に溢れた笑顔を返してくれた。
「俺を誰だと思ってるんだ、シンジュ様。世界のユーリー様に不可能はないぜ!」
今日数時間の付き合いだし、信じられる根拠なんて、ステータスで見た武器技能の高さくらいしかないんだけど、ここはもう、進むしかない。
俺は深く頷いた。
「なら、俺が見張りの気を引くから……」
言葉が止まる。
何の脈絡もなく、周囲の空気が急激に重くなったのだ。
「シンジュ様!!」
目の前で、ユーリャくんがサッと顔色を変えて俺の腕を引く。
それとほぼ同時に、聞き覚えのない声が、俺の真後ろから聞こえて来た。
「見つけましたよ」
ユーリャくんに引っ張られるまま、俺はその声からある程度の距離を取る。
ただ、逃げられる程遠くに離れられた訳ではない。
俺は、俺の常識を超える現れ方をしたそいつに愕然としながら、その姿を確認するべく、ゆっくりと振り向いた。
「妖精程度が一人でこのような洞窟に来るのは妙だと思いましたが…やはり、連れがいたのですね」
黒いフードを目深に被った、小さな人影。
フードの中から覗く耳は尖っていて、魔法使いのようなダボダボとした服から伸びる腕は緑色。
そして、その手には身体のサイズに見合わない程大きな杖。
間違いない。
リョーニャが言っていたという、魔術を扱う森の子鬼だ。
「そちらの貴方は、森のエルフの方ですね。いやはや、丁度良い。私の知りたい情報を持っているだろうエルフ殿がなかなか目を覚ましてくれませんのでね。貴方なら、私の問いに答えてくれますか?」
「何だか知らんが、しらじらしいことだな。そのつもりで誘ってたんだろ?」
油断無く構えるユーリャくんは、黒フードを睨みつけている。
多分、ユーリャくんもこいつが噂の奴だと気付いてる。
だからきっと、見張りの森の子鬼を見ても余裕そうだったユーリャくんの雰囲気が、こんなにピリピリとしているのだ。
「それは買いかぶり過ぎですよ。ただ私は、彼らに聞きたいことがあって、お連れしたまでですし、貴方たちがここへ来たことも、想定外です」
何か聞きたいこと…知りたいことがある、というのは本当だろうか。
全部が嘘のように聞こえてくるから不思議だ。
ジッと見ても、俺には真偽の程がさっぱり分からない。
そういうスキルもあれば良かったのか。
今更そう思ったところで、もう遅いんだけどな。
「それにしても…」
黒フードの視線が俺に向く。
と言っても、目が見える訳じゃないから、フードの向きとかでそう感じるだけなんだが。
「貴方は、見ない顔立ちですね。外からいらした方ですか?いや……まさか……」
探るような雰囲気に、吐き気がこみ上げて来そうになる。
嫌悪感とか、そういうんじゃなくて、物理的にと言うか…。
何だこれ、気持ち悪い。
混乱する俺を余所に、黒フードは楽しそうに口を開いた。
「これはこれは。まさか、探し物が自らやって来てくれるとは」
「は?」
「幸運でした。少し話を聞くだけのつもりでしたが…ここで薪になってもらうことにしましょう」
「火!?」
ゴウ、と音を立てて黒フードの杖周りに火が発生する。
おいおいおい!
これってまさか、俺が狙われてないか?
薪になってもらう、なんてユーリャくんには言わないだろう。
どうして?俺がシンジュだってバレたのか?
ヤバくないか、これ!?
異世界に来て、ほぼ初の戦闘フラグと死亡フラグは、同時にやって来た。
ような気がする。
…ああ、日本に帰りたい!!