10.日常。のち、騒乱の幕開け
村人たちと挨拶をかわしてから数日。
俺は、着々と彼らとの交流を重ねていた。
会話を繰り返すごとに、彼らの人となりが見えてくる。
何だかんだで、存外俺は、知り合いの誰もいないここでの第二の人生?に不安を抱えていたようで、こうした日々は、俺に安心感を与えてくれていた。
図太いんだか繊細なんだか、自分でも良く分からない。
そんな俺の精神状態はともかくとして。
俺は大体の村人の顔、名前、性格、能力を把握しつつあった。
大体の、というのは、村長の直轄の部下…とでも言えば良いのか、ミーシャちゃん以外の村長の子供たち+数人は、村の外で何らかの仕事をしているらしく、俺は未だに会ったことがないからだ。
現在村にいる人たちについては、かなりの精度で把握していると自負している。
実際、最初は少し遠巻きに俺のことを見ていた子供たちも、近寄って来ては悪戯をして去って行くなど、なかなか近しい距離感になっている。
急に飛び着いて来ても、何を投げつけて来ても別に構わないんだが、木の俺の方に泥をぶつけるのは勘弁して欲しい。
汚れが取れにくいんだよ、木だから。
人型の方も木製ではあるけれど、痛みに鈍いのを良いことに、ツルツルに磨いたから、ちゃんと拭けば汚れは取れるのだ。
別に綺麗好きになった覚えはないが、最低限身だしなみには気を付けたい。
常識が成せる意識だろう。
この村では、水が貴重、ということもあるが、基本的に毎日水浴びをすることはなく、風呂も勿論ない。
だからと言って不潔かと聞かれると、エルフ特有のことなのか、汚れていても、気付くとピカピカに綺麗になっているのだから、別に彼らにとっては、水浴びとかは重要なことではないのだろう。
人類…いや、エルフの神秘である。
何だろう、生活スキルかな。あるなら俺も欲しいな。
「シンジュさまー、あそんでー」
「あそべー!」
「ソーニャ。ジーマ」
噂をすれば影。
木の方に合体して、ボーッと考え事をしていたら、ドン!とこの村にたった二人しかいない子供たちが飛び着いて来た。
名前はそれぞれ、ソーニャちゃんとジーマくん。
二人共、まだ幼稚園生くらいで、可愛い盛りだ。
森のエルフは、成長が人間主観で著しく遅いらしいので、年齢的には結構いってるみたいだけど、そんなエルフ的常識で行けば、幼稚園生くらいと言っても過言ではないらしいので、可愛い盛りと言って問題ないだろう。
「はやく“チャンバラ”やるぞ!」
「あたし、“おままごと”がいいー」
ゆさゆさと揺さぶられて、何枚か葉っぱが落ちる。
二人に遊ぶようせがまれ続けたら、いつかハゲるかもしれない。
冗談じゃなく。
内心で笑いながら、俺は木の身体から分離する。
外から見ると、結構不気味な感じに、にゅるーっと現れるけど、慣れた様子の二人は、寧ろ嬉しそうに目を輝かせている。
「シンジュさまー!“チャンバラ”だよな!!」
「えー!“おままごと”だよね、シンジュさま!」
「昨日はソーニャが先だった、から、今日はジーマが先。ソーニャが後」
「よっしゃー!」
「えぇー…“おままごと”…」
「チャンバラが終わったらやろう」
「!うんっ」
俺にも子供がいたらこんな感じだったのだろうか。
欲しいなぁ、と思っても、木の身体では期待できまい。
そこは諦めて、二人を自分の子供と思って可愛がろう。
その辺で拾って来た、やたらと大きい葉っぱをクルクルと巻いて、剣のようにした棒を、ジーマくんに渡すと、彼は嬉々としてかかって来る。
はじめの合図なんてあったものではない。
別に良いんだが。
「今日はよけるなよー、シンジュさま」
「なら、受けるか」
「がんばれ、二人とも!」
ポスポスと、チャンバラにしては情けない音を立てながら、俺はジーマくんの剣を自分の剣で受けとめる。
ああ、そう言えば修行についても振り返っていなかったな。
修行も開始されている。
俺の想像したような、地味な素振りとか弓を引く練習とか、そういう日本でも出来たような修行から、魔術を使う為の、傍から見れば怪しい、精神修行みたいなものまで、色々とやった。
その結果、色々と条件を満たして、開放されたものがあった。
ここはダーッと羅列させてもらおう。
まず、戦闘スキル。
剣、弓、短刀の入手。
生活スキル。
身体操作のランクアップ。
魔術耐性無属性、気配調節、回避基礎の入手。
称号。
子供好き。
考え過ぎ。
独活の大木。
森のエルフの友。
こうして見ると、少ないような気もする。
俺は、状態確認と図鑑のお陰で、有る程度スキルとかを身につけるまでの手順とか、時間とかを把握出来るみたいだから、もう少しガンガンスキルがとれてもおかしくはないはずなんだが、そう上手くもいかないらしい。
え?称号が俺のことバカにしてる?
いやいや、きっとそんなことはないよ。
まさか、全部に効果がないからって、まさかそんな。いやいや。
「スキありーっ!」
「っと」
ブンブンと首を横に振った瞬間、ジーマが嬉々として剣を突いて来た。
それを自分の剣でいなして、一息つく。
まだ小さいのに、相手の隙を見逃さないとは。
なかなかえげつないな。
「残念」
「くそーっ。シンジュさま、何でそんなに当たらないんだよ」
ブーッと頬を膨らませるジーマの頭を軽く撫でる。
俺に剣が当たらないことが不満そうだけど、いや、結構俺ヤバかったから。
日本にいた頃だったら普通に食らってたから。
目に見える形でスキルを取れるこの世界だから、こうして対応していけているだけだ。
…他の日本人も、こんな感じで頑張っているのだろうか。
全然戦ったことのない子供でこのレベルだ。
厳しい場所に放り込まれた人は、命の危険に晒されているのではないだろうか。
いずれ集めるつもりだとは言え、現時点では想像するしかない。
気がかりなのだが、言っても仕方がない。
こんなだから、考え過ぎなんて称号をもらってしまうんだろう。
「まだまだ」
「ううーっ」
「シンジュさま。あたしと“おままごと”ー!」
「ああ」
「えー!?まだやりたい!!」
「ワガママ言うな」
「むうーっ!」
高尚なイメージのあるエルフとは思えない程、愛嬌のある二人だ。
俺は、あんまり表情には出ないけど、ニコニコ笑いながら二人を撫でてやる。
純粋な子供たちが、危険に巻き込まれる可能性は早めに摘んでやりたい。
「それじゃあ三人でままごとを…」
「シンジュ様ー!!」
のんびりとそう思った時、切り裂くような声が俺を呼んだ。
一体何だと息を飲んで、声のした方を向く。
すると、声の主が俺に最近お供え物をくれる親切なおばあさんだと気付く。
ここのエルフは成長速度が極めて遅いだけだから、外見がしっかりおばあさんな彼女の年齢は相当なものだろう。
なんて、そんなことを言っている場合ではない。
俺は慌てておばあさんに駆け寄ると、よろよろと崩れ落ちる彼女を支える。
「どうした?」
「ああ、シンジュ様…お助けください……」
相当なことが起こったのだろう。
ガタガタと震える身体は、本当に必死に走って来たことを窺わせる。
膝が痛いのだと言うおばあさんが走るなんて、異常事態以外の何だと言うのだ。
「落ち着いて。ゆっくり話せ」
「は、はい。…先程、ミーシャ様が結界の確認に向かわれて、一人では危険かもしれないからと、私の息子が付き添いまして…そこで、私は家の窓を開けて、見送っていたのですが、突然二人の姿が消えたのです」
「消えた?」
遠くに行って姿が見えなくなった、のではなく、消えた。
俺はその言葉が胸に引っ掛かる。
この村は一見平穏そうだ。
けれど、未だに争いの絶えない森の中に存在している。
結界の確認は、残念ながら外に出てみないと出来ない個所がある。
きっとミーシャちゃんとおばあさんの息子さんは、その確認に出たのだろう。
そこで姿が消える。
…杞憂であればそれで良い。
早く安全を確認しに行かなければ。
「村長には?」
「村長は、丁度反対側の確認に出てしまっております。ミーシャ様が、そう仰っておりました…」
「分かった。…ジーマ、ソーニャ」
「おう!」
「は、はい!」
簡単に状況を把握すると、俺は子供達二人に呼びかける。
ジーマくんは真面目そうに表情を引き締め、ソーニャちゃんは緊張したように眉を下げながら返事をする。
俺は頷くと、二人に仕事を与える。
「二人で家に帰るんだ。その途中で出会う大人全員に、このことを伝えてくれ。村長に来てもらえるように言うんだ」
「オレも行きたい!」
「駄目だ」
「い、いっしょにかえろう。ね、ジーマ…」
「だってさぁ…」
子供心に、何か手伝いをしたい、と思うのは良いことだし分かるが、下手に外に出て二次災害、なんてことになったら笑えない。
俺は目線を合わせると、諭すように語りかける。
「このことを伝えられるのは、ジーマ達だけだ。だから、頼む」
「……」
ジーマくんは、残念そうにしてから、大きく頷いてくれた。
一安心である。
「わかったよ。しょーがないヤツだな、シンジュさまは。オレがいないとこまるんだもんな!」
「ああ、困るよ」
「…大人にヤバそうなことが起きたから、そんちょうに、ばーちゃんちのほうにきてくれっていえばいいんだろ?」
「その通りだ」
「よーし、まかせろっ!いくぞ、ソーニャ!」
「まってよ、ジーマ!」
二人は手を繋いで家へと向かって駆けて行く。
たまたまか、人通りは少ない。
多分、家に帰ってから両親に伝えることになるだろう。
俺は視点が二つになると酔ってしまうものの、木としての俺の意識も起こすことに決める。
木の俺がいる場所は、村の丁度真ん中の広場だ。
移動は出来ないが、ここからなら、大体の人の様子がうかがえる。
少なくとも、二人が安全に家に着くまでは見守っていよう。
「それじゃあ行こう」
「シンジュ様…」
「乗ってくれ」
スッと屈んで、俺は躊躇うおばあさんを背負う。
そのまま、なるべく振動が負担にならないように、ゆっくりと現場に近い彼女の家へと向かう。
背中が硬いのは許してね、おばあさん。
俺、木製だからさ。
「ああ…シンジュ様…息子に何かあったら、私はどうしたら良いのでしょう…」
「おばあさん…」
「あの子は、私に残された最後の子。みんな、喪ってしまったのに…」
ほろほろと涙を流すおばあさん。
この身体だと、背中の景色までは見えないけど、表情が見えるかのようだ。
おばあさんくらい長生きだと、人生色々あっただろう。
その中でも、特に影を落としているのは、きっと四種族の争いだ。
俺一人に、何かが出来るとは思えない。
でも、何か力になれたら。
そんな風に思いながら、俺はかける言葉を見つけられないままに、おばあさんを家まで送り届けて、結界の端の方へと向かった。
**********
「(…結界に異常はなさそう、か……)」
内側から結界を眺めて、そんな結論に至る。
正確に言えば俺が張ったものではない。
けれど、俺の内側を通って作られたものであるからか、一応俺にも結界の状態を確認することが出来た。
ただ、体感だけでは分からないこともある。
念の為、と俺は状態確認を起動する。
【名前】森のエルフの結界
【種類】結界
【状態】正常
出てくる情報は、このくらいだ。
人と違って、細かいステータスなど存在しない。
それでも、状態が分かるだけで十分だ。
俺は状態確認を終了させると、改めて外を見る。
何も異変は無さそうだ。
けれど、おばあさんは嘘をつくような人ではない。
彼女の勘違いであれば良いと祈りながら、俺は外を睨みつける。
「シンジュ様」
そうしている内に、村長が到着した。
わき目も振らずに、一人で探しに出たいところだったけど、一刻を争う事態とは言え、いや、だからこそ、村長に確認しなくては動けないと、俺は村長を待っていたのだ。
情けないと罵ってくれても良い。
ミーシャちゃん達を助けると言って、余計な事態は巻き起こしたくなかった。
ここは現実なのだから、必ずしも俺の行動が良い方向に働くとも思えない。
ここは踏みとどまるべきだ、という判断だった。
「私が確認して来た箇所は特に問題ありませんでした。こちらは…?」
「内側は問題ない」
「そうですか…。それで、ミーシャたちが消えたのは、あちらの方角ですか?」
「そう聞いてる」
「ふむ。…直接確認しなければならないでしょうね」
そう言うと、村長はおもむろに何もない所へ声をかけ始めた。
あまりにも小声で、何を言っているのだろうと不思議に思っていると、突然に、ここはファンタジー世界ですよ、と主張するかのような存在が現れた。
ポンッと。
本当にファンタジーみたいな効果音と共に。
『呼びましたの、ヴァーニャ?』
キラキラとした、効果をまき散らすファンタジー生物。
体長およそ三十センチくらいの、小さな女性。
サイズ感は小さいけど、ちゃんと大人の女性だ。
髪とか目の雰囲気は、村長そっくりだ。
ミーシャちゃんにもそっくりだ。
そんな外見にも驚くが、特筆すべきはその背中。
翅だ。
翅が生えているのだ。
まるで、妖精のような。
「ああ。すまないがイヴ。状況は把握しているだろう?あちらの様子を見て来てはくれないか?」
『仕方ないの。私の相棒は人使いが荒いの』
「はは。すまないな」
『分かりましたの。私は優しい相棒なの。だから相棒の言うことちゃんと聞くの』
村長とのやり取りを終えると、妖精らしい女性は、音もなく、ミーシャちゃんたちが消えたと言われる方向へ偵察へと出て行った。
俺は、きっと相当変な顔をして村長を見ていたのだろう。
そんな俺に気が付くと、村長は苦笑した。
「シンジュ様は、イヴを見るのは初めてでしたか」
「ああ」
「あれは、私の相棒妖精です」
「ようせい…」
「はい。普通の妖精とは少し変わっていますが…良い子ですよ」
俺は反射的に図鑑を開く。
幸いにも、言葉は開放されていた。
【相棒妖精】new
<分類:妖精(特殊)。
生まれつき力の高い上位のエルフには、相棒妖精が共に生まれることがある。
上位エルフの力の凝固により生まれた存在の為、そのエルフの魔素を受けなければ存在することが出来ない。
自然発生した妖精に比べ、知性が発達していることが多い>
【妖精】new
<分類:種族。
魔素の濃い場所において、多大な量の魔素が凝固して生まれる存在。
自然現象に近く、自分の意志を持つ者は殆どいない。
性別などはなく、姿形も、より力の強い者になればなる程、自由に変えられる>
…妖精って、自然発生するものなのか。
それで、今のイヴ…ちゃん?は、村長と一緒に生まれたってことか。
「普段であれば、あまりあの子の姿は見せないのですが…今は緊急事態ですから。それに、あの子程上手く気配を消せる人材が、今は村にいませんからね」
「あの子、危なくなるのか?」
「姿を見せるとですか?そうですね…この森では、そうでもないと思いますが、外の…主に人間ですかね。妖精のことを勘違いしていて、その希少性から、コレクターが買い漁っていたりしますので、姿を見せると襲われたりすることがあると聞いています」
「勘違い?」
「妖精の鱗粉を浴びると寿命が延びるとか、ステータスが伸びるとか…後は、妖精に認められた者は強大な力を得るとか。…眉唾物としか思えない話ばかりですが、人間は多くの種族の中でも、特に夢見がちと言われていますからね」
「そうなのか…」
欲に塗れていると言うより、夢見がちと言うと、何となく聞こえが良い。
少しばかり救われた様な気持ちと、精神的には同じ人間として申し訳ないような気持ちを抱えながら、俺は渋い顔をする。
『ヴァーニャ。何か変な物があるの。見て欲しいの』
すぐにイヴちゃんが戻ってきた。
彼女は、困惑したように視線を彷徨わせている。
「ヴァーニャって?」
「私の通称ですよ。…イヴ。ミーシャたちは見えなかったのかい?」
『気配はあったけど…姿は見えなかったの。でも、変な物はあったの』
「分かった。…シンジュ様。様子を見に行きましょう。十分に警戒はして下さい」
「分かってる」
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
消えてしまった二人を探そうと言うのだから、多少の危険は覚悟だ。
とりあえず、村の有力者と一緒だから、俺が疑われることもないし。
器が小さい?放っておいてほしい。
「これは…巨大な穴?一体何が…」
『ねー。変な物でしょ?なの』
「落とし穴、か?」
イヴちゃんに従って結界を出て、森の中をしばらく行った場所に、一辺が二メートルくらいありそうな、巨大な穴が空いていた。
後ろを振り返ってみると、おばあさんの家からギリギリ見える所だ。
ここに二人が落ちたから、おばあさんからは消えたように見えたのか。
しゃがんで中を覗き込んでみると、落ちた時に踏みつけたのだろうヘコみが見えたし、上がろうともがいたのだろう、土の跡も見えた。
二人なのかは分からないが、間違いなく誰かはここに落ちている。
「魔素は感じられないから…魔術によるものではなく、誰かが意図的に自らの手で作ったものでしょう」
「村長。心当たりは?」
「…個人的な心当たりはありません。ただ、種族的なことを申し上げるのであれば…一応は」
多分、俺も村長も同じことを考えている。
こんな罠のようなことをする種族。
まず、自分達森のエルフでは有り得ない。
仲間だから、という感情論を抜きにしても、人数の少ない森のエルフは、他の人の目を盗んで、こんな大掛かりな罠は作れない。
しかもここは結界の外だ。
結界の外に意味もなく出たら、すぐに気付かれてしまう。
馬人族は完全にシロだ。
図鑑の情報からも、直接見た印象からも、基本彼らはバ…こほん。
あまり頭を使ったことは得意ではない。
村長に一応聞いてみたら、やっぱりそんな印象らしいし。
中にはキレ者もいるらしいけど…こんな罠は作れないだろう。
森梟は微妙なところだ。
誇り高い、という情報がどこまで正しいのか、俺は直接見たこともないから、あくまでも予想するしか出来ない。
それでも、完全にシロとは言えないが、クロとも言い切れない。
可能性をなくすのは危険だが、彼らより有力な種族がいる。
「…森の子鬼……」
「シンジュ様もそう思われますか」
二人で頷き合う。
狡猾な種族、森の子鬼。
どうも飽きっぽいらしいが、罠にはめるのは得意らしい。
罠のところどころ手を抜いている感じが、いかにも、という風に見える。
ただ、確信はない。
「どう証拠を掴む?」
「…下手を打てば、我が一族は更なる危険に晒されてしまいます。普段であれば、見捨てる…という選択をしておりました」
「……そうか」
村長として、他の者も守らなければならない者としては、仕方の無いことなのだろうけど、辛い。
だからと言って、俺が口を出せるようなことでもない。
どうしたものかと考えていると、村長は言った。
「けれど、今は動けるシンジュ様がいらっしゃって、結界は保てる。そして、追跡出来そうな跡が残っている。……追うべきでしょう。深入りまでは出来ませんが、可能性はまだ残っている」
村長の視線の先には、何かを引きずった様な跡が二つ。
ずーっと線になって続いている。
大人二人を引きずった様な跡だ。
間違いなく、穴に落ちた二人を引きずった跡だろう。
「罠の可能性は?」
「それも考えました。けれど、森の子鬼にそこまで頭の回る者はおりません。確かに今はいる…という可能性もありますから、無茶は出来ません。まずはイヴに偵察を頼んで、我々は装備を整えましょう。一人であれば、戦闘に長けた者を呼び戻せるはずですから、その者と合流し次第、跡を追います。如何でしょう?」
良かった。
見捨てるつもりがないのなら、俺に否やは無い。
…危険そうだから、身の安全を考えるのなら断りたいところではあるけど。
でも、俺にはもう一つ身体がある。
分離というスキルがあれば、多分この身体が死んでも大丈夫だ。
試した事はないけど…大丈夫なはずだ。
そう信じて、助けに行こう。
「分かった。準備をする」
「ありがとうございます。…ではイヴ。もう少しだけ頼んだよ」
『分かったの。私もミーシャは好きだから、頑張るの』
「無茶はするんじゃないよ」
『行って来るの!』
手を振って、イヴちゃんは姿を消した。
妖精凄いな。
驚きながら彼女を見送ると、俺と村長は急いで村へと戻った。
…何だかんだで、本格的な戦闘フラグは初めてだ。
出来る限りは穏便に。
でも最悪、誰かを斬る覚悟は持って。
俺は、救出作戦へと挑むこととなった。