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ー少女Sの話ー その1

主な登場人物

??? 【主人公】


 「これは運命だ――」


 男なのか女なのか、その見た目からでは判断しづらい容姿をした子供が、今私の目の前に立っている。

 

 「そう思うときって、大抵当たってるんだよね」

 

 まるで何もかも知っているような口ぶりで、そいつはゆっくりと口の端をあげた。


 「でも、君が感じたそれは、おそらく運命とはまた別のものだよ」



◆◇◆◇◆◇



4月7日。桜が舞い散る季節。

ついこの間までの寒さとは打って変わって、太陽の日差しが気持ちいと感じられるくらいには気温が暖かくなった。


腕時計で時間を確認する。

後5分もすれば、時刻は10時をまわろうとしていた。

おそらく入学式はすでに始まっているのだろう。


一面に水を張り付けた田んぼ。

所々岩肌を表した路上。

遠くに霞む、名前もわからない山の数々。

桜の季節だというのに、ここには緑や茶色といった単調な色しか存在しない。辺りを見回してみても、春らしさというものがどこにも見当たらなかった。都会と比べると、なんとも味気のない場所だ。


「はぁ...」


私の足取りは重かった。

何もない田舎で迷子になったのは別として、私はこの先のことを心配していた。




3年前。

中学1年生の頃。

新しい顔ぶれと新しい環境に馴染めず、私は小学校が同じだった数少ない女友達といつも一緒にいた。

遊ぶとき、休み時間のとき、そして下校のとき。

クラスや部活が違った人もいたが、そういった時間の時は常に彼女たちと共に過ごした。


その中でも親友だと勝手に思っていた女の子が1人いた。

名前は......思い出したくもない。


兎にも角にも、1年の夏まで、私たちは毎日くっつくようにして生活していた。

いつも一緒にいるものだから、周りからは少し距離を置かれていたと思う。


___それでもいい。

当時の私はそう思っていた。

他人からどう思われようが知ったことではない。

彼女たちと一緒にいられるのであれば、新しい友達なんていらなかった。


だけど、そう思っていたのは私だけだった。


まだ夏の暑さが残っていた2学期の始まり。学校に向かう私は、スキップでもしてしまいそうなほど気分が舞い上がっていた。

夏休みの間に友達と遊べなかったのもあって、みんなに会うのが待ち遠しくてしょうがなかった。


男子のギャーギャーうるさい声に耳を塞ぎながら廊下を抜けて教室に入ると、まず1人目が目に入った。

日高智代(ひだかともよ)。私の友人だ。

小学校からの友達の中で、唯一同じクラスの子。

夏休みの間で日焼けしたせいか、1ヶ月前とはだいぶ雰囲気が変わっていた。


私は声をかける前に、唾を飲み込んで声の調子を整える。

久しぶりに顔を合わせたことで、緊張していたんだと思う。


「おはよう。日焼けしてるけど、海にでも行ったの?」


女子の集団の中で楽しそうに会話していた智代は、振り返って私の方を見た。

目が合うと、一瞬何か思い出したかのような顔をして、私から目を逸らした。

返事はなかった。

そのとき集団の中にいた数人の女が、僅かに顔を歪ませているのが見えた気がした。

この時はまだ異変には気付いていなかった。

今思い返せば、私は本当にバカで感の鈍い女だったと思う。


1時間目の授業が終わり昼休みの時間になると、私は他のクラスの友達にも会いに行った。

しかし私が近づくと彼女たちはまるで磁石のように私から距離を取ろうとした。「話しかけてこないで」と暗に言われているようだった。


その中でも特に顕著に反応が見られたのはあの親友だった。そいつは私を見かけると毛虫でも見るような顔をして女集団の中に消えていった。


そこで私はやっと気づいた。

夏休み明けに私を待ち構えていたのは、修学旅行に胸を躍らせる2学期ではなく、久しぶりの友人との再会でもない。

ただの『裏切り(イジメ)』だった。


友達だと思っていたあの子も。

気が合う仲だと思っていたあの子も。

そして、親友だと思っていたあの子も。

みんながみんな、他の誰ともわからぬような人たちと一緒にいて、私の存在を否定していた。

夏休みの間、誰とも予定が合わなかった理由にその時やっと気がついた。


その後イジメがなくなる気配はなく、3年の夏まで続いた。

ほぼ2年。

その間私はずっと1人で学校生活を送ったことになる。

長いってもんじゃない。中学生活を丸々ドブに捨てたようなものだ。


ちなみに、何故イジメにあっていたと思う?その原因は?

答えがわかったのは私が学校のトイレの個室でふさぎ込んでる時だった。

「そういえばさ...」

蛇口を捻る音とともに誰かの声が聞こえた。水道水の流れる音が女子トイレの空間に響き渡る。

「なんであいつはあんな嫌がらせを受けているんだ?」

誰だかわからないが、どこかで聞いたことあるような声だった。

「あいつって?」

別の誰かが疑問を投げつける。どうやら、手洗い場の近くに私の知らない人物が2人いるらしい。

「ほら、1番教卓に近い席で......いじめられてるやつだよ」

当然私のことだった。

「あ〜あの子か。え〜、ゆい、知らなかったんだ?」

「ニヤニヤするな、うざい」

「も〜、ゆい怒らないでよ。あの子のいじめられてる理由ねえ、え〜っとね確か...」

2人は私の名前がわからないのか、私のことを「あの子、あの子」と連呼する。まあ、それも慣れたことだけど...

それよりも私は女子トイレの中で、それも盗み聞きするような感じで、いじめられた原因について知ることが出来ることに驚いていた。


喉をごくりと鳴らした。絶対に聞き逃さないよう、両耳の神経を尖らせた。

果たして答えは......



「なんとなくだって」


...

......

......は?


女子トイレが静寂に包まれた。

蛇口から流れる出る水の音だけが、気持ち悪いほどに大きな音を立てていた。


「...は?なんだそれ?」

それは私のセリフだ。

なんだ、その理由は?

「うちも思ったよ。なんだそれって。でも、それがきっかけだ〜ってのをどこがで耳にしたことあるよ〜」

「いや......意味がわかんねえ。てか、だとしても長すぎね?いつから始まったか知らないけど、1年はとうに過ぎてるんじゃないか?」

「ん〜、たぶんそうだね」

誰かが蛇口を捻り、うるさい水の音が消えた。少女達の声がより明確に聞こえてくる。

「言い出しっぺは、ーーー さんらしいんだけど......」

親友あいつの名前だ。なんとなくは予想してたけど、やはりあいつの仕業だったか。

「面白いことに、なんとなく始めたつもりが、だんだんと過激化しちゃって〜、引くに引けなくなったらしいよ」

数秒の間を置いてから続けた。

「最終的には、理由もなく他人をいじめる自分が嫌になっちゃったらしいの。それで『うちはあの人のことが嫌いだ〜いつもうざいと思ってた〜だからいじめた〜』っていう風に、自分の気持ちを捻じ曲げた結果......なんと本当にあの子のことが嫌いになったんだって。ん〜人間って面白いよね!確かあの2人って親友だったって噂があるけど〜」

「はあ...」

呆れた声がする。

「いじめってさ〜わりかし直ぐに納まるものと、なかなか長引くものの2つがあるじゃん?今回は明らかに後者だね〜。さっき言った理由だけじゃなくて、他にも色々つまる所はあるらしいんだよね〜」

そこでその声の主は「ん〜」と悩んだ声を出した。この話にどう結論づけようか迷っているようだった。

「まあ......」

続けてその人は言った。


「もう今じゃ手に負えないくらい、みんな楽しんでるよ〜」



そんなこんなで私は、思い出という思い出もなく中学生活を過ごした。

『なんとなく』

そんな理由で始まったいじめのせいで、私の3年間は光のように過ぎてしまった。まだ、『嫌い』だとか『うざい』とかの理由の方がましだったと思う。だとしたら自分に非があることが分かるから。

もちろん、心配して声をかけてくれた人もいた。

けど私はまた裏切られるんじゃないかと不安になって、その人との距離を取ってしまった。

その結果2年間半という長い期間ボッチになってしまうことになる。

......あぁ、今思うと私の責任もあったのかな。

中学の卒業までには友達を作ろうと努力したが、なかなかそう上手くはいかなかった。

結局、元いた友達とは何も回復せず、新しい友達もできずで中学生活は幕を閉じる。

その後、親の仕事の理由で中学卒業に合わせてど田舎に引っ越すことになった。


そして、今にさかのぼる。

とまあ、こんな感じで私の代名詞でもある人間不信は形成されていったのだ。

女性の最も幸福な象徴である結婚なんてものは私には無縁だろう。きっと白馬の王子様なんて人が私のもとへ迎えに来たとしても、人間不信が邪魔をして二人が結ばれることはない。

ずっとそう思っていた。今この瞬間も。


しかし、そんな思いもすぐにぶっ壊れる。


「おい、美咲!早く走れって!」

目先にある塀の曲がり角から男性の声が聞こえてきた。

「しっかり者キャラはどうした!そんな奴が入学式に遅れたらキャラ崩壊するぞ!いや、もう遅れてるんだ!!ほら、早く」

「ちょっと。ごめん。もう......無理。先行ってお兄ちゃん」

「こうなったら、乗れ!お兄ちゃんの背中に身を委ねろ!」

すると、私と同じ制服を着た女子学生をおんぶした制服姿の男子学生が現れた。

私はその姿をとえると脊髄反射的に視線を足元に移す。

無意識に出たその行動に『あぁ、またか』と自己嫌悪に陥る。

どうせ新しい学校生活でも自分から周りに声をかけることもなく、かといって、周りから声を掛けられたとしても期待にそえられずじまい。ずるずる時間だけが過ぎて行って、気づいた時には友達0人で卒業するのかもしれない。これじゃあ、中学校の頃と何も変わらない。


学校が嫌だ。


人間関係が嫌だ。


いつ裏切るかわからない得体の知れない他人が嫌だ。


そして、そう考える自分が1番嫌だ。


だめだ、泣きたくなってきた。

いろんなことを考えてるうちに、2人の学生が私の横を通り過ぎる気配がした。

あぁ...今まで私は学校とは反対の方向に向かってたのか。

ママに送ってもらった方が良かったな。

......やっぱり、ダメだな、私。

勾配の急な下り坂を自転車で滑走するようにマイナス思考を加速させていると、先ほどの男性の声がした。

「あ、君!」

私はびくっと体を強張らせる。

周りに人がいないから、たぶん私に言っているのだと思う。

「美咲、ちょっと降ろすね」

「あ、うん」

はぁ、はぁと乱れた息遣いが聞こえてきた。

「......そ、その制服、僕たちと同じ高校の生徒だよね?」

長い前髪の隙間から、男性の姿を一瞥した。

相当疲かれているのか、肩で息をするように呼吸をしていた。

「...」

いきなり話しかけられたものだから、なんて答えたらいいかわからず固まってしまった。


『そうです、道に迷っていました。もしよかったら案内させてもらえませんか?』


なんて言うことができたらいいのに。

ろくに返事もできず、再び視線を落として無言になってしまう。

見線も合わせず一言も話さない私を見て、きっとこの人は呆れて先へ行ってしまうだろう。

ううん。大丈夫、いつものことだ。

かつての友達のように、舌打ちしてさっさと去っていくはずだ。

そう思った。




彼が私の手を握った。

突然の出来事に心臓が飛び跳ねる。

「ぇぁ...」

思わず声が出てしまった。

「ほら、学校はこっちだよ」

「ーーぁ......」

その男子生徒は優しく私の手を握って、「一緒に行こう」と声をかけた。

『なんで?』『どうして?』という言葉が頭の中を行き来する。

私が返事する間もなく、彼は繋いだ手を離さないまま、前へと歩き出した。それにつられて私も彼の後をついていく。

「新入生?」

ゆっくりと歩きながらその人は聞いてきた。

「は......はぃ......」

思考がまとまらなくて、うまく声を出すことができなかった。それよりも、心臓の音が五月蝿くて仕方ない。

「そっか、それなら美咲と一緒だ」

横目でちらっと私の手を握る人を見た。

Yシャツが少し汗ばんでいる。

そして、ふと目線が上にあがった瞬間、その人と目が合ってしまった。

「これから妹のことをよろしくな」

屈託のない笑顔で私に言った。


その瞬間、頭が真っ白になった。

体全体に何か電気のようなものが走った気がした。

「ん、どうした?」

その声に意識を取り戻す。

どうやら私は、歩く足を止めてしまっていたようだ。

「あ......い、いえ......なん、でも、ない......です」

私は恥ずかしくなって、長い前髪で顔を隠した。

その人は少し間を置いてから「そっか」と言って、また足を進めた。

心臓が以前より強くドクドクと脈を打っている。

体の体温が指数関数のグラフのように上昇しているのが体感でわかった。

私の心臓の音がつながれた手から相手に伝わっているのではないと心配になった。

今すぐに手を離してしまいたい気持ちになった。

が、なぜだろう。

ずっと繋いでいたいという思いの方が圧倒的に勝っていた。

この時間がすごく心地いい。

ぎゅっと、その人の手を握る。


おそらくこれは、一目惚れというものだ。

人生で初めての恋。


人間不信?

誰とも関わりたくない?

他人がイヤじゃなかったっけ?


どこからか、そんな疑問の声が聞こえてくる。

そして、


ーー()()()()()()()()()()()()()()()


知るかそんなもの。私だってわからない。

何故かその時だけは、頭の中は彼のことでいっぱいだった。

まさかこんな性格の私が、こんなド田舎の路上で一目惚れするとは思いもしなかった。

人はこれを運命と呼ぶのだろうか。

私はそう思うしかなかった。


△▼△▼△▼


入学式が終わる頃、やっと私たちは学校に到着した。

「またね」

そう言って彼は妹さんを連れて保健室へ向かい、私は自分の教室へと向かった。

入学初日から先生に怒られたりもしたけど、今の私にはどうでもよかった。

それほどあの人との出会いは衝撃的だった。

名前は忘れもしない。

神楽坂結城かぐらざかゆうき

私の初めての片思い。


「はぁ...」


既に今日という一日が終わろうとしていた。

私は自室のベットの上でうつぶせになっている。


あの時のことを思い返すと胸の鼓動が速くなる。

誰かを好きになったことなんて一度もなかった。好きになるってこういう事なのか。なんてすばらしいものなのか。


「恋愛、か」


そばにあったクマのぬいぐるみをギュッと胸に抱いた。


「......」


恋愛というワードを連想するだけで顔が熱くなる。

体の熱を冷ますため、窓ガラスを開けた。

強い風が吹いて、長い前髪が左右に揺れる。

夜空を見上げると、都会では見られないような田舎ならではの満天の星空が広がっていた。


「......はぁ...」


息を吞むほどの絶景を眺めながら2度目のため息を吐く。窓枠に両肘を乗せて、ぼんやりと星空を眺めた。私としたことが、明日の学校を楽しみにしているようだ。


ーー楽しみにしている? あの私が?

イジメられて以来、一度もそんなこと思ったこともないのに?


驚きを隠せない。

たった一人の男の子が私の人生を変えようとしているなんて。

ましては初めて会った人なのに。


「本当にどうしちゃったんだろう、わたし」


紅潮した頬を両手で触る。

熱い。

いつまでもこんな気持ちに浸ってはいけない。頭がおかしくなりそうだ。


私は窓を閉める前に、もう一度星空を見上げた。


「明日、また会えないかな」


そんなことをつぶやきながら、私はベッドの中で深い眠りについた。


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