第1章 何も意味のない世界で その1
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【プロローグ】
__g ジaz_ジ__ジジー_
__ジー__ジ__ジジー_
__ジ_ジ__ジgz___
『なんだ、これ――』
一面、真っ暗な世界。
僅かな光も感じさせないほど、
視界のすべてが黒一色で塗りつぶされている。
360度どこを見渡しても変わらない景色が続いているせいか、
距離感というものがまるで掴めない。
自分がどこに立っているのか、
そして周りの状況がどうなっているのか、
皆目見当もつかなかった。
辺りは静寂につつまれていた。
物音ひとつ聞こえやしない。
まるで時間が止まっているんじゃないかと
錯覚してしまうほどの異様な静けさ。
無音――そう、まさにそれだ。
今まで感じたことのない気味の悪い感覚。
立ち眩みしたときのように、意識がぼやける。
一体ここはどこなんだ?
なんで俺はこんな場所にいるんだ?
自分が置かれている状況を何一つ理解することができない。
いや、そもそも理解できるはずがなかった。
だって俺は、
俺は、気づいた時にはここにいた。
気づいた時には、この暗闇の中に。
もちろん「目が覚めたらこんな場所にいた」というわけではなかった。
全然そんなんじゃない。もっとこう、なんて言えばいいのかな。
たとえば今起こったことをありのまま言葉にすると、
『瞬きした次の瞬間、目の前が真っ黒になり、そして音が消えた』という感じになる。
なるほど。そりゃ理解できないのも当然だ。
17年間生きてきた中で、こんな経験は今までに一度もなかった。
それだけならまだよかったのかもしれない。
俺はこの現象が意味していることが何なのかさっぱり理解できないでいる。
世界が一瞬にして変わってしまった。
まさかこれから、異世界転生でもするのだろうか。
もう一度、辺りをぐるりと見渡す。
今度は何も見逃さないよう、右から左にゆっくりと。
しかしどこを見ても、黒、黒、黒。
まったくもって現実味の無い場所だ。星の一つも見えやしないーー
そこでふと気がつく。
星が見えないってことは、ここは屋内なのだろうか。
どこか人気のない密室に閉じ込められている可能性。
だとすれば、それは一体どんな場所か。
光や音を完璧に遮断できるような、密閉された空間。
もしくはどっかのギャンブル漫画みたいに、太陽の光が届かないほど地下深くに作られた部屋にでもいるのかもしれない。
いやでも、たとえそうだとしても、何も見えないことってありえるのだろうか。
人間は暗い場所に居続けると、次第に目が慣れてモノが見えるようになる。
暗順応って、いったっけか。
ここにきてから既に3分は経過しているはずだ。どう考えてもおかしい。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
ここまで訂正した。はよ続きかけ。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
『............』
嫌な予感。
ホラー映画を見ているときのような緊張感が、突如襲いかかって来る。
勘弁してくれ。こういうのは大っ嫌いなんだよ。
いきなり爆音とか鳴ったら、冗談抜きでちびってしまいそうだ。
『誰もいないのか、ここには』
もちろん可能性がないわけではない。
これは誰かが仕掛けたドッキリである。そう捉えることもできるからだ。
音が聞こえないのだって、もしかしたら防音室のような所にいるからかもしれないし、それが光を通さないような閉された場所であれば、暗くて何も見えないことにも納得できる。
『そうだ...これはドッキリだ』
きっと誰かが俺を監視しているに違いない。監視カメラで俺の慌てふためく様子を窺いながら、腹を抱えてゲラゲラ笑っているんだ。そして事が済んだら「ドッキリ大成功」と書かれた看板を抱えてこの部屋にやってくる。そういう段取りのはずだ。
それかひょっとしたら、すぐそこにも人が何人かいるのではないか? 息を殺すようにして身を潜み、タイミングを見計らって俺を脅かしに来るとか――
そうやって自分自身に言い聞かせることで、張りつめいた気持ちが弛んでいくのを感じた。
『そうかそうか......ドッキリか。なるほど。なるほどね』
人の気配はない。
もちろん、心のどこかでは薄々気づいている。
ゴクリと唾を飲み込む。それから俺は、遠くにも聞こえるように声を出した。
『......だ、誰かいませんか?』
返事はなかった。
声が小さくて、聞こえなかったのかもしれない。
俺は大袈裟なほど息を吸って、吐いて、できる限りの大声を出した。
『もしかして、これってドッキリですか? テレビ番組でもよくみるような』
............。
『もしそうなら大成功ですよ。俺、初めてドッキリかけられました』
............。
『あはは、こういうのって実際気づかないものなんですね。めちゃくちゃ焦りましたよ......』
............。
何も聞こえない。
静寂が漂う。
無音。
ただただ無音。
あれから何秒経った?
時間間隔が狂う。
誰もいない?
そんなわけない。
じゃあ、
なんで返事が返ってこない?
『ちょ――マジで誰もいないんですか!??』
思わず声を荒げてしまう。
それでも辺りはシーンとしていた。俺の言葉に返してくれる人はいなかった。
なんとなくわかっていたが、ようやくこれではっきりした。
ここには俺一人しかいない。
そしてこれはドッキリなんかじゃない。
『――あれ...』
絶望を感じるよりも先に、何か違和感を感じた。
その違和感に気がつくまで、そう時間はかからなかった。
『こんなに声って響かないものだっけ』
試しにもう一度、腹の底から声を出してみた。
どんな場所にいようと、必ず声は響くはずだ。
『......』
しかし、俺の声は一瞬で掻き消えてしまった。そもそも声なんか出していなかったと錯覚してしまいそうになる。
現実じゃない。
そんな言葉が頭をよぎった。
『あっ...』
ふと、今までの不可思議な出来事の中に共通点があることに気が付いた。
『いや、ありえるか? そんなこと......』
頭の中では否定しつつも気になった俺は、辺りを散策することに決めた。
真っ暗闇の中で移動するのはとてもじゃないが慣れるものではなかった。壁に頭をぶつけたり、落ちているものに足を引っかけてしまう危険性もあるため、慎重に慎重を重ねながら歩みを進めた。
そうやって長い時間あちこちを探し回った。感覚的に言えば、学校の校庭くらいの広さを彷徨っていたと思う。すでに身も心もクタクタな状態だ。
しかし、あれだけ探し回ったのにもかかわらず、何も見つかりはしなかった。
モノだけでなく、ここには壁すら存在しないとなると、さすがに笑うしかなかった。
どこか閉鎖された場所にいると想定していたけれど、どうやら間違っていたようだ。
『――何もない』
そう、何もないんだ。
今になって気づいたが、この空間は暑くも寒くもないし、何か変な臭いがするわけでも......ましてやいい匂いが漂ってくるわけでもない。
音も、光も、匂いも。
もしかしたらこの景色すらも、本当は存在していないのかもしれない。
存在しないから、何も見えない。
まるでブラックホールを連想させられるような空間。
そんな中に今、俺はいる。
『一体いつから......そして俺はなぜこんな場所にいるんだ......?』
記憶を遡る。
数分前、俺は何をしてた?
数時間前、俺はどこにいた?
昨日の夕飯は何だったっけ......
『......ダメだ。何も思い出せない。』
記憶が無いわけではない。
だが何かを思い出しそうになると、次の瞬間、それがシャボン玉のようにパッと弾けて消えてしまうんだ。跡形もなく真っ白に。もともと記憶なんて存在していなかったと勘違いしてしまいそうだ。
なぜ思い出せないのか。
どうしてこうなったのか。
頭の中がグチャグチャになる。
『はは、どうしちまったんだ、俺は...』
俺がおかしいのか。
はたまたこの世界がおかしいのか。
――いや。どっちも狂っているに違いない。
ジi__gdz___
__ジ_ジ__ジgz___
「結城くん」
ふいに、人の声が聞こえた。
聞いたことのある声だった。
すると次の瞬間、記憶の一部がフラッシュバックしはじめた。
ヒグラシの声。
夕暮れに包まれた森の中。
息を切らしながら走っている誰かの後ろ姿。
『これは...俺?』
顔は見えないけど、おそらくこいつは俺だ。
『どうして、そんな所を走っているんだ?』
それ以前の記憶がないからこの状況をどう解釈していいかわからない。
過去の俺は、草木が盛んに枝を伸ばしたような道なき道を走っている。ジョギングもしくはランニングしていた...といわけではなさそうだ。
もしかしたら――
『何かから逃げている......とか?』
森の中。このキーワードから思い浮かぶのは、人間より一回りも二回りも大きい、全身を分厚い毛皮で覆われた生物。そいつは鋭い爪や牙を持ち、森の中へやって来た生身の人間に襲い掛かるような凶暴な生き物だ。
『まさか......まさか俺は襲われていたのか? 野生の熊に......』
数年前、俺はネットで、ヒグマに襲われた人の変わり果てた姿を目にしたことがあった。その写真は見れたものではなく、腹部からはピンクと赤黒い色をした何かが毟り取られるように地面に散らばっていた。俺は咄嗟に画面から目を逸らしたが、数日間その画像が頭から離れることはなかった。もちろんそれがフェイクの写真だって可能性はある。だけど、ただの好奇心で調べてしまった事を、その時はひどく後悔したものだ。
そして今、俺は無意識に、その遺体と自分の姿を重ね合わせた。
『......もしかして俺、死んだ?』
死んだと思えば、本当にそんな気がしてくし...。
ここが死後の世界だと言われたら納得してしまう自分がいる。
『けど、本当にそうか? そんなあっけなく俺は死んでしまったのか?』
実感が湧かない。
『......ていうか、そもそも証拠がないんだ。死んだって決めつけるにはまだ早いんじゃないか?』
熊に襲われたっていうのも、俺がなんとなく思いついた、ただの憶測にすぎない。
しかしその憶測を否定する材料も、今の段階じゃ揃っちゃいない。
確かな証拠が無い以上、可能性は無限大だ。
『......ちょっと待てよ。なんで俺はこうもネガティブにしか考えることができないんだ? こんな状況だからこそ、もっとこう...ポジティブに......』
『あ、ほら、異世界転生だって可能性もありそうじゃない? 最近の深夜アニメではお馴染みの、あの物語の冒頭部分と似ていなくもないような......』
異世界転生と言えば、現実世界で死んでしまった主人公が神様からお得意のチート能力を授かって......努力なし、敵なし、不可能なしの三段拍子で無双したり――
あるいは現代の知識を活かしてハーレム帝国を築き上げたりするが......
『......』
いやいや、ない。 さすがにない。
自分がものすごい馬鹿げた妄想をしていることに気づき、だんだんと恥ずかしさが込み上げてきた。
『......というか、それだとやっぱり俺が死んでることになるじゃん』
現実と妄想の区別はついているつもりだったけど......まさか知らない内にアニメの影響が脳に染み込んでいたとは。
想像力の無さに......そして、こういう状況下において現実逃避しようとしている自分に対して頭を抱えそうになった。
そもそもあれはフィクションの一部、つまり作り話であって現実では決して起こることのないイベントだ。たとえ異世界なるものが存在したとしても、俺みたいな凡人中の凡人には関係のない話であって......
だって俺は、物語の主人公なんかじゃ――
......
......
あれ...?
違和感。
そう、これは違和感だ。
何かを見落としているような気持ち悪い感覚。
違和感の正体がわからなくて、イライラする気持ち。
ふと、自分の体に視線を落とす。
......。
言葉がでなかった。
思考が強制的にシャットダウンする。
――うぇ?
数秒してからやっと出てきた言葉は、なんとも間抜けたものだった。
目の前の光景を理解しその事実を受け入れるまでの間、時が止まっていたように感じた。
な、......はぁ?
意味が分からない。
それに尽きた。
体が...無い......?
あるべきはずのモノが、そこにはなかった。
文字通り肉体がない。
最初は暗くて見えないだけかと思ったが――
右腕を前に動かそうとすると、動かしているような感覚はあった。
だけど実際は違う。右腕どころか指先ひとつ動いていない。......ような気がする。そんな風に思えてしまう。神経だけを宙に動かしているような不思議な感じ。
ちなみに、俺の予想は正しかった。試しに右手でお腹を触ろうとしたが、俺の手は腹部をすり抜けて空中を漂った。触ることができなかった。
やっぱり無いんだ。
いよいよ訳が分からなくなってきた。
ヒントも無しにこの状況を把握するのは無理じゃないか?
神様とやらを信じてるわけではないが、今はそれに縋りつきたくなった。それ以外、何ができるというのだろうか。もし今、神様に「救いを求めるならば、我の足を舐めよ」と言われれば、ドクターフィッシュの如く我を忘れてその足に飛びつくと思う。
.....何言ってんだ、俺は。
呆れ果てた俺は、天を仰ぐようにして上を見上げた。
真っ青な青空が広がっているわけでもない。黒一色のつまらない景色がどこまでも続いている。気分が晴れるはずもなかった。
......。
――いや、ちがう。
何も無いと思っていたが冷静になって考えてみると、まだ手掛かりがあるようにも思えた。
この状況こそ、ある意味ヒントになっている、とか?
ゆっくりと目を瞑る。
時間は十分にある。
そもそも時間という概念すらないのかもしれないけど、考えるだけ無駄じゃないはずだ。
そうだな......まず仮定として、ここは現実世界ではない。
世界の法則がどうなってんのかちっともわからんが、この空間、そして俺の身体が実在しない理由は、おそらく現代科学の力では証明できない。断言はできないけれど。
じゃあ、やっぱり俺は死んでいるのか?
だが死んだというのに未だこうして意識があるのは、どうも腑に落ちない。死ぬということは肉体のみならず意識すら消えてなくなることを意味する。「輪廻転生」やら「死後の世界が存在する」みたいな考え方が世の中にはあるけれど、俺は、「死んだら終わり」だと思っている。
だとしたら、他に考えられることは――
ああでもない、こうでもない。
そうやって、ありとあらゆる可能性を消去法で潰していくと、最もそれらしい解答が浮き彫りになって現れた。
――あぁ、これ夢か。
答えは単純だった。
たしかにそれなら、この意味不明な場所も、俺の身体がないこともすべて説明できる。
「だって夢だから」
その一言で、簡単に片付いてしまう。
それにしても、夢の中で「これは夢だ」と気づけたのはいつぶりだろか。今この世界が夢であると気づくためには、一度夢から覚めなければならない。こういうのを「胡蝶の夢」っていうんだっけ。
そういえば以前、オカルト好きの友人から興味深い話を聞いたことがあった。夢を「夢」だと気づくことで、その夢を自在にコントロールすることが可能らしい。
夢をコントロールできる、か。
そうだな......手始めに、この体を元に戻してみるとするか。
「夢を自由に操れることができるよ」と言われたら、大抵の人間ならば喜ぶべき状況なのかもしれない。だが俺は、何故かそれほどテンションが上がらなかった。「そんな簡単にいくものなのか」と心の奥底で常に疑っている自分がいるせいで、ノリに乗れないというか、なんというか......。
......。
......ん? で、どうすりゃいいんだ?
あいつの話を真面目に聞いていなかったから、これから俺は何をすればいいのか全くわからなかった。
とりあえず、自分の体を想像してみるか。
とはいえ、あまり自分の姿を見たことがないもんだからイメージがしづらい。学校のトイレで手を洗う時や、洗面所にいる時くらいしか鏡を見たことがなかった。
果たして、手の大きさはどれくらいなのか。
...足の長さは?
そして、どんな顔をしていたのか。いうほどイケメンじゃなかったことだけは覚えている。あとは背の高さが平均よりも低いくらいか。記憶に残っているのはそれくらいだった。
......上手くいく気がしないなぁ。
無い頭を使って想像してみたけれど...予想通りというかなんというか、俺の身には何も変化は起こらなかった。
圧倒的な想像力の無さに気持ちが折れそうになる。夢をコントロールするなんてちっとも想像できないし、どうすればいいのかわからない。そこで俺は考えた。
......じゃあ、妄想してみてはどうだろうか。
検査をして、はっきりと診断されたわけじゃないが、俺は妄想癖を患っていると自負している。つい癖で、根拠のない自分勝手な思い込みをしてしまうことが、1日に何回もあった。先の見えない未来に対してアホみたいに不安を感じてしまう。そして、ありもしないことを想像する。
......あれ? 「想像」と「妄想」って、何が違うんだ?
Wakipediaで調べることもできないから何とも言えないけど......。
無いよな? 違いなんて。
想像できなければ妄想で世界を作ってしまえばいい。きっと夢に不可能はない。夢を操れるってことは、なんでもできるという意味でもあるはずだ。
なんでもできる、か。
ここには俺しかいない。
俺が何をしようとその行為を咎める者などいないし、法で罰することもできない。
そう...たとえ、人を殺したとしても。
みんなもあるんじゃないか? ゲームで人を殺したことくらい。
ストレス解消のためだとか、なんとなくやりたくなったとか、理由はどうだってかまわない。
でもそれは悪いことじゃないんだ。実際は誰にも迷惑をかけていないから。
だけど、ゲームではできる事とできない事が明確に分けられている。
例えば、人と人を繋ぎとめてムカデ人間を作ることはできないし、カニバリズムのような人間性を疑う行動は一切できないように制限が掛けられている。
それにくらべ夢の中ならばどうだ?
できない事など何一つない。ゲームでは味わえないようなリアリティもある。すべてが可能なのだ。
よし、それじゃあ......。
以前からやってみたいことが1つあった。男の夢、ロマンとでもいうのだろうか。
俺は妄想する。
スク水姿の美少女を。
そして...
彼女とイチャラブできるシチュエーションをッ!!
あわよくば、濃厚な〇〇〇がしたいッ!!
ぶっちゃけ、人を殺したりするよりも可愛い女の子とイチャイチャしたかった。キャッキャ、ウフフしたかった。
しかし何故、スク水なのか?
言うまでもなく俺の性癖が歪んでいるからだ。
ただしスク水と言っても、『旧型スクール水着』に限る。今のスク水じゃダメなんだ。わかる人にはわかっていただけると思う。
とはいえ、勢いはあったものの、事はそう上手くはいかなかった。
いつか見た2次元のキャラクターを基に妄想を膨らませてみたが、少女が現れる気配など微塵も感じられなかった。夢の中だろうと、そう簡単にはいかないのだろうか......
しかし俺は諦めなかった。
明晰夢の話が本当ならば、可愛い女の子とあんなことや、こんなことまで出来るんだぞ? こんなチャンスは滅多にない。というか、今後一切ないと思う。
それならば......。
俺がやろうとしているのは、『目の前に少女を出現させる』という無から有を生み出す行為。つまり、自分の中の煩悩という煩悩を全て消し去って、無の状態に入ってから、再度、己の欲望を最大限まで引き出すしかないのだ。
自分でも何を言ってるかわからない。
哲学に聞こえるかもしれない。
それでも試してみる他なかった。
まずは、欲を取り除く作業だ。
普段ならば、パッとやって、スパッと終わるような単純な作業だけど、今はそう簡単にはいかないのが難点である。どうすればこの欲深き感情を抑えることができるのか。
すると不意に、昔読んだ本に書いてあった言葉が頭によぎった。
「成功への近道! イメージの力で脳を騙せッ!」
イメージか、なるほど。
『引き寄せの法則』なんて言葉もあるし、この状況では最も適したやり方なのかもしれない。
そうだな。じゃあ、
新品の缶ジュースを1つ思い浮かべてみた。
その缶ジュースの蓋を開けて缶を逆さまにしてやると、ジュースがドバドバと零れ始めた。
そして、缶から流れ落ちるジュースのように、体から欲が吐き出されていく様子をイメージする。
.........。
――よし。なかなかいいんじゃないか?
初めてにしては上手くできたと思う。今の状況をたとえるなら、賢者タイムに片足突っ込んだ状態だ。けど、性欲はないかと聞かれたら......なんとも言い難いところだった。
そしたら、次のステップだ。
頭をフル回転させて少女の姿をイメージする。
もちろん妄想することは得意分野でもあるから、この作業はさほど苦労しなかった。
紺色のスクール水着、華奢な体、おさげ髪の、かわいい女の子。
空っぽになった頭の中に、次々と少女の輪郭が描かれていく――
「ご主人様ッ!」
突然、心の中の天使が現れた。
「一体、何をしているんですか!?」
俺がいけないことをするとき大抵こいつは現れる。夢の中だろうとお構いなしだ。
「ダメだよ? エッチなことしちゃ」
いつもだったらその言葉に耳を傾けるが今日の俺はちがう。煩悩だらけの脳内に天使の声など届くはずがなかった。
ごめん、天使さん。もう......いろんな意味で手遅れなんだ。
ここまで来たら誰も止めることはできない。
ブレーキ機能を失った列車のように、俺の妄想はとどまることを知らなかった。
そして審判の時は訪れる。
「お兄ちゃん......」
......ッ!?
少女の声がした。
聞き違いじゃない。
確かに聞こえた。
今だッ!! 全ての欲望を解放しろ!!
妄想力を測れるスカウターがあったら、測定不能、もといぶっ壊れる程の妄想力を発揮した。
◇◆◇◆◇◆
「お、お兄ちゃん......ジロジロ見ちゃいやぁ......」
ペタッと地面に腰を落とし、恥じらいを見せながら上目遣いでこちらを窺うスク水の少女が、そこにいる。
少女は女性を象徴する箇所を両手をつかって隠そうとするが、その行為がよりいやらしさを際立たせていた。白くて細い腕や、微かに肉付きがよい太もも、特にスク水によってくっきりと現れた女性らしいクビレなどが、俺の妄想をさらに促進させた。
「恥ずかしいよぉ......」
顔を朱色に染め、前髪の隙間から覗く目は、うっすらと涙で滲んでいた。
◇◆◇◆◇◆
俺の妄想は限界を迎えつつあった。
依然として少女の姿は見えないが、手を伸ばせばすぐそこにいるような錯覚、気配を感じた。たとえそれが気のせいであっても、思いが強ければ強いほど虚像は現実となって現われる。
_ジッ___ __ジッ__g_ジッ__
そしてついに、妄想の中の少女が俺の前に姿を現した。
「ね――」
瞬きするほどの一瞬の出来事だった。気づいた時には少女の姿はなく、世界には俺一人だけが取り残されている。
しかし、手ごたえはあった。
......はは、はははッ
思わず笑みがこぼれてしまう。
これはこれは......なるほど、そういうことか......。
俺は世界の真理に気付いてしまったのかもしれない。
エロいことを考えるだけで少女を生み出すことができる。不可能をも可能にする。
つまり、エロスこそ万物の根源、アルケーであることを!
もう一度、スク水の少女を想像する。
否、創造する。
「お兄ちゃん...ダメ......」
俺の性癖を完璧に具現化した少女が、確かにそこにいる。
準備は整った。
いでよ、我が少女よ!
そのあられもない姿を我に晒すのだッ!!
――彼女ができたらコスプレさせてみたいと何度か思うことがあった。
しかし彼女いない歴17年の俺にとっては、「女の子にコスプレ衣装を着てもらう」というギャルゲーのような選択権は存在しない。これはまたとないチャンスなのだ。
これを逃したら一生後悔することになる。
だから......
お願いします。どうか、どうか私に......ぴちぴちのスク水美少女を......!!」
......。
何も起きなかった。
「うわぁ~、正直言ってかなり引きました。ドン引きです」
少女の代わり、再び天使が現れた。
「私のご主人様がこれって.......縄があったら首吊ってましたよ? ね、悪魔さん」
すると悪魔の方も、しゃしゃり出てきやがった。
「あぁ、そうだな。ロリコンって時点でやばい奴だとは思っていたが。まあ、とりあえず―――」
蔑みの表情を浮かべながら、2人は最後にこう言った。
「精子からやり直してください」
「精子からやり直せば?」
生まれて初めて、心の底から死にたいと思った。
「濃厚な〇〇〇がしたいッ!!」
「いでよ、我が少女よ! そのあられもない姿を我に晒すのだッ!!」
「どうか、どうか私に......ぴちぴちのスク水美少女を......!!」
いままでの言葉が頭に蘇る。どれを取っても、頭のいかれたやつの発言にしか聞こえない。
ロリコンは死ぬべきだ、なんて世の中では言われているが、なんとなくその意味を理解できた気がした。
まあ、事がうまくいかなかったことは残念だったが、仮にスク水美少女が現れていたら、それはそれでヤバかったと思う。
結局今わかっていることは、ここが夢の中だということ、そして明晰夢はデタラメだということ。
でもまあ、ヒントも何もない中で夢を夢だと気づけたのはかなり上出来じゃないかな。普通なら目が覚めてから気づくものだし、こういう経験はなかなかできるものではない、貴重なものだ。
__ジッ__ジージッ_
さて、遊びはここまでとして......そろそろ起きるか。
とはいえ、具体的に何をすればいいかわからない。
手始めに一番ベタな方法をとってみる。
漫画とかでよく見かけるあれだ。
右手を頬に近づける。
――いや、なかったな、右手なんて。
そうだ、俺は何もすることができない。勝手に目が醒めるまで、じっと待ち続けるだけだ。
することがないとわかった途端、退屈になった。
__ジッ__g_ジッ__
あれ......?
先ほどから電子音のような耳鳴りがしていることに、今更ながら気づく。
......だからなんだってんだ? 夢ならとっとと覚めてくれないか――
それは前触れもなく、突然起こった。
何もないと思っていた黒色の世界が、一瞬にして白に染まった。蛍光灯のような真っ白な色に。
な、なんだ!?
異変に気付くまで、そう時間はかからなかった。
...ッい゛――
目ん玉が焼けたのかと思った。
視界に映るものすべてが、太陽を直視したときと同じくらいの輝きを放っていた。その光は、容赦なく俺に襲い掛かる。
イ゛タっ......痛い痛い痛いイたいイたいッッ!!
肉体はないはずなのになぜ痛みを感じるのか。光を遮ろうにも、どうしていいかわからない。瞬きすらできないこの状況は、拷問だと思わせるほどの苦痛を伴った。
はたして、いつになったら終わるのか。
これが永遠に続くのかと思うと、気が狂ってしまいそうになった。
だが、不幸中の幸いとでも言えばいいのだろうか。
その光は10秒もしない内に、少しずつ、ゆっくりと弱まっていった。
そして、眩しさを感じない程度まで光の主張が収まると、目の奥を突き刺すような痛みが和らいでいくのを感じた。
やっと、地獄から解放された。
何だったんだ、いったい。
状況を確かめるべく、もう一度辺りを見回してみる。
視界いっぱいに、真っ白な光景が広がっている。初めてここに来たときとは、ある意味、正反対な場所だ。
暗くて何も見えない時もそうだったが、真っ白な空間もかなり不気味だった。
もうすべてがどうでもよくなってきた。なんで夢の中でこんな目に遭わないといけないのか。誰か説明してくれ、そう思った時だった。
一瞬、視界の端で何かが見えた。
反射的に目で追うと、遥か先に、パチンコ玉ほどの大きさをした黒い球のようなものがあった。
なんだあれ。
某マンガに出てくる「黒い玉」が頭に浮かんだけど、たぶんそれとは違う。
するとその球が、僅かに左右にぶれだした。
『.........ねえ......』
声が聞こえた。
だけど、その細々とした声では何を言っているのかわからない。耳元でふっ、と息を吹きかけられいるみたいで、なんだかこそばゆい感覚になる。
『......ねえ.........ねぇ』
この声の主は、いったい何を伝えたいのだろうか。
俺にできることなんて何もないというのに。
_ジ__ッジ _ジジ
_______complete________
「ピッ」
テレビの電源をつけたような音がした。
今までからして明らかに不自然な音だ。
嫌な予感がする。
うれしくないけど、こういうときの「感」って、意外と当たってしまう。
「準備できました。 それでは、スタートします」
『ねえ、ねえ』という声とは別の、ロボットがしゃべっているような機械的な音声が聞こえてきた。
スタート? いったい何を始める気だ?
訳分からないことが、次から次へと降りかかってくる。
あぁもう! 早く覚めてくれないか、このゆ――
突然、グイッと、強い力で引っ張られた。
ッ...!
脳みそが左右に大きく揺さぶられる。
激しい眩暈とともに、ひどい吐き気に襲われた。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
...んだ、これ。
さっきの黒い球体が、この真っ白な空間を呑み込もうとしている。
あんな小さかったものが、すでに巨大な球と化していた。
そして再び、体に衝撃が走った。
黒い球に向かってものすごい力で吸い込まれる。
ちょッ――
抵抗などできるはずもなかった。
『ねえねえ...ねえねえねえ』
黒い球に近づくにつれて、『ねえ、ねぇ』という言葉が、よりはっきりとした声で聞こえてくる。
女性の声だった。
『ねえねえ...ねえn...し...ねえねえねえ』
「are you ready?」
ブチッと何かが切れる音がして、意識が急激に遠のいた。
どうやら俺は、大きな勘違いをしていたらしい。
『ねねねねねねんえええええええngねね』
朦朧とした意識の中。
『ねねねんねねえええ』
自分が自分で無くなるような感覚の中。
『ね ねねねねねねねねねね。ねg・・・・・・』
『・・・・・・』
『・・・』
やっと。
やっと、少女が言っていたことが、
はっきり。
くっきり。
明瞭に。
意識の中に入ってきた。
「死ね゛、死ね゛、死ね゛!! ......シ゛ネッ死ね゛、死ね゛ェッ!!!!」
鼓膜を破るほどの奇声がはっきりと聞こえた。
ぼろぼろと涙をこぼして、涎を垂らしながら奇声をあげている少女の姿が脳裏に焼き付いた。少女の両手には赤黒く変色した刃物のようなものが握られていた。それを俺の腹部に向けて何度も、何度も、何度も突き刺している。刃物が抜かれるたびに「グチュッ」と不快な音が鳴り響き、飛び出した鮮血が彼女を汚した。
「死ぃい゛ね゛えぇえ゛ぇぇえ゛え゛ッ!!」
ジジ__ジ______g
__g ジaz_ジ__ジジー_
カナカナカナ
ヒグラシの声が聞こえる。
「結城くん、」
僕の上にまたがっている彼女は、震えた声を押し殺すようにして俺の名前を呼んだ。夕日に赤く染まった彼女の頬に、ひとすじの涙がこぼれる。
「助けて・・・」
ああ、なるほど。そういうことか。すべて
これ
ガ く rai
、あの日
おれ? ぬら、
僕が、ソ
も
君 が、
de
「ピ―――――――――――――」
◇◆◇◆◇◆
【第一章】
暗い。
何も見えない。
瞼が重い。
体が重い。
暑い。
暑い
あつい。
「あっ・・・つい・・・」
右足をグッと伸ばして、上にかぶさっていた毛布を下に押しのける。
シャツの汗ばんだ部分だけが少しだけひんやりしたが、それでも体全体に纏わりつくじめっとした暑苦しさは拭えなかった。
「おーい、起~き~ろ~」
どこからか女性の声がした。
「いつまで寝てるの? まったく」
その声に、まどろんだ意識が少しずつはっきりしてくる。
閉じていた瞼をゆっくりと開くと、目の前には可愛らしい女の子の姿があった。彼女はいつもと変わらない、あどけない笑顔を僕に向けていた。
「――おはよう......」
僕は寝ぼけた声で彼女にあいさつをした。もちろん、彼女から「おはよう」のあいさつは返ってこない。いつものことだ。
彼女の名前は早乙女エリカ。左右に伸びた金髪が似合う18才の少女。日本人の母とアメリカ人の父との間で生まれ、去年までずっとアメリカで過ごしてた、のかな? たしかそうだった気がする。そんで彼女はつい最近、父親の仕事の関係上でここ日本へとやって来た。
僕らが思っているよりも日本語は難しいらしく、どうしても言葉がカタコトになってしまうのだが、一生懸命に話そうとするその姿はどこか愛らしく見えた。
「もっと日本の文化をしりたいデスッ!」
それが彼女の口癖だ。昔から伝わる日本の文化に興味を持ちはじめて、今は熱心に日本語を勉強している・・・
――らしい。
そう、僕はここまでしか彼女のことを知らない。設定と言えばいいのだろうか。
今までの説明は、すべて雄介から聞いた話だ。詳しくはわからないが、18歳以上の紳士の方が営むゲームに彼女は登場するのだという。
もう一度、彼女を――いや、ポスターに映る少女の姿を見た。
なぜ、彼女の背後にタコのような触手が蠢いているのか理由はわからない。
雄介は言っていた。
「触手 ✕ 少女 = 約束された神ゲー」
僕がその言葉の意味を知るにはまだ早かった。
だが雄介が無理やりここに貼ってからというものの、僕はいまだにこれを捨てられずにいる。もしかしたら、この子に対して愛着が湧いてしまったのかもしれない。
たしかに彼女は可愛い。このままゴミ箱へと捨てるには勿体ないくらいに。
少女の健気な笑顔を横目で見ながら、僕は横に寝返りを打った。
――朝か......。
眠い目を擦りながら、これでもかというくらい大きく欠伸をする。
「あ、起きた」
目の前には
△ここから下は、まだ推敲しておりません。今しばらくお待ちください。△
。
起きなきゃいけないと分かっていても、体が言うことを聞かない。
うん、あと5分...あと5分だけ......寝よ――
「お゛きろッ!!!!!」
「ッ!!!???」
ドスのきいた声が僕の鼓膜を殺しにかかる。
勢いよく上半身を起こした。
___ガッ
「...ったぁ」
鈍い音と共に、おでこから激しい痛みが襲う。
鼓膜を破るほどのうるさい声のせいで、おでこを天井におもいっきりぶつけてしまった。
ジーンと、おでこが悲鳴をあげている。
あ、やばい。
これまじで洒落にならないやつ。
え、骨とか大丈夫かな?
止むことがなさそうな痛みに耐えながらも、目の前に佇む天井を睨む。
目と鼻の先に天井があるのは、僕が2段ベッドの上にいるからである。加えてこの部屋の天井は、一般的な高さよりも少しだけ低くい。他の部屋はごく普通なのだが。
子供の頃、両親がぼくたち兄妹のためにと、この2段ベッドを買ってくれた。昔ならギリギリ座れるくらいの隙間があったが(その時点でやばいと思う)、今はもうこの通り、『くの字』みたいに猫背にならないと、頭がぶつかってしまう。
頭部を天井に打ち付けるのは、これで何回目になるだろう。
両手両足の指を使って数えても足りないことにゾッとする。
鼠色の天井が赤く染まってしまうのも時間の問題かもしれない。
「あのなぁ...」
涙目になりながら、ひどい起こし方をしてくださった奴に声をかける。
僕の妹、美咲が2段ベットの梯子のところから、ひょこっと顔を覗かせていた。
「もうちょっと、ましな起こし方があっただろう」
美咲は「やっと起きたか」と言いたげな顔をしてからこう切り出した。
「いきなりですが、お兄ちゃんに問題です。デデンッ!」
変な効果音を加えながら、なにやら仕掛けてきた。
「今は何時でしょーか?」
どんな意図があって、そんなことを言ってきたのかわからなかったが、眠い目をこすりながら考えてみる。
時間...か......
僕はスマホの電源を付けようと腕を伸ばした。
次の瞬間、その腕はピタッと止まってしまう。
スマホへと伸びた僕の腕が、美咲に摑まれたのかと思った。
しかし、そんなことはまったくなく、これはただの『錯覚』に過ぎない。
実際に腕を摑まれてなんていない。
第三者からしたら『僕が意図的に腕を伸ばす動作をやめた』ように見えただろう。
最初はこの感覚に驚いたが、僕は既に慣れてしまった。完全に不本意だけど。
美咲の方を見ると、口を『い』の形をして、ズルはダメだと促していた。
なるほど。カンニングしてはいけないという事か。
今度はカーテンの隙間から漏れだす光に視線を向けた。
その光は、朝方に見るような色ではなかった。
となると...
「えぇっと、5時...くらい?」
「朝の?」
そう言いながら、美咲はずいっ、と顔を近づけてくる。
「いっ、いや。夕方のだ」
慌てて答えた僕の目の前に、スマホ画面を突き付けられる。そこには『16:44』と表示されていた。僕の予想はだいたい当たっていた。
たがそれよりも、何件かメールの通知があったことが気になった。
確認しようと思ったが、すぐさま画面はブラックアウトしてしまう。
それから美咲は「よいしょ」と言って梯子から降りていった。地面に足がつくと、両腕を上にぐっと伸ばし、思いっきり背伸びをした。
「ふぅ......さて、それじゃあ第二問」
まだ続くのか。
「今日は何曜日でしょうか」
これは簡単だ。
「水曜日」
僕は即答する。これは間違いようもない。
すると美咲は『Good』の手の形を作って、「yeah」とネイティブ口調で言った。
え、なにそれ正解なの?
もしかしたら水曜日じゃない? と思ったけど、昨日は火曜日だったわけで。
一日寝過ごさない限り、次の日が木曜日という事にはならないはずだ。
「それでは最後の問題です」
美咲は人差し指を立てて、話を続けた。
「高校2年の男子生徒が学校にも行かずに家でずーっとゴロゴロしています。その姿を見た妹は、非常に残念そうにしています。ひじょ〜に、ひじょ〜〜〜っに残念です」
そう言って、芝居がかったウソ泣きを披露する。
「ここで問題です。そんな幼気で可哀想な妹に対して、お兄ちゃんは何と言うべきでしょうか」
「――後でケーキ買ってあげる」
「よろしい!!」ウソ泣きから一変して、美咲は満面の笑みを浮かべながら大きく万歳している。「約束だよ?」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「......はい」
なんだか情けなくなる。
学校をさぼったことは、確かによろしくない。
まさか寝坊してしまうとは。
そもそも、今日は徹夜で学校に行こうとしていた。
なんでこうなったんだっけ?
勉強のしすぎで、集中力が切れた僕は、10分だけ横になろうとベッドの中に入った。そこまでの記憶はあったが、それ以降の記憶がなかった。
念のためにアラーム設定したはずなんだけどな...。
すぐ起きるために設定した『4:20』のアラーム。そして、もし寝過ごしてしまった時のために設定しておいた『7:15』と『7:20』のアラーム全てが見事に消えていた。
スマホの中に残っていたのは『17:51』に設定したものだけだった。
寝ぼけていて、無意識のうちに消してしまった。そんなとこだろう。
憂鬱な気分だった。
いつもと違い、今日は欠席してはいけない日なのに。
「はぁ...」
ため息をつく僕を見て、美咲はこう切り出した。
「それとお兄ちゃん。今日は高校のテストが始まる日だよね」
そう、大事な日とは期末テストのこと。
なぜ美咲がそのことを知っているのかというと、彼女も僕と同じ公立高校の生徒だからだ。
僕たちが通う学校は、ここ川里市から少し離れたところにある立冬坂という坂を登った先にある。学校周辺の地域は元々人口が少ないうえ、秘境みたいな場所に校舎が建てられてたせいで、在籍する生徒は全学年で100人も満たない(よく存続しているなと思う)。そんで生徒の人数が少ないためか、一年・二年・三年の教室がすべて2階に存在する。1階の方は職員室や会議室だったりと、教師のための部屋がいくつか確保されている。だが、それでも空き教室が3、4部屋存在するくらい、我が高校は生徒不足に悩まされていた。でもまあ、最寄りの駅から10kmも離れたところに校舎を建てた方が悪い。無人駅のせいかバスが通っていないため、駅から徒歩で通う人は滅多に存在しない。その滅多にいないと思われていた生徒が同学年に1人いたんだが、そいつが1年の夏に汗水たらしながら鬼気迫った表情で「校長ぶっ〇す」と言った時のことは今でも覚えている。別に校長は何一つ悪くない。そいつは去年の1月、別の高校に転校して学校からおさらばしてしまった。正しい選択だと思う。
とまあ色々原因があって、我が高校は生徒不足に陥っている。そのため学年が違えど、ひとつ年の離れた美咲には結構な頻度でエンカウントすることがある。というより、美咲の方から会いに来るのもあるのだけど。
「これでも私は怒っているんだよ?」
先ほどの笑顔とは反対に少しだけムスッと、顔をしかめた。
「お兄ちゃんがしっかりしてくれないと私は心配です」
美咲の言うとおりだ。
テストをさぼるなんて、今時の不良だってしないだろう。
「ごめん、しっかり寝ておくべきだった。あん...」
あんなメールが来なければ、と言いかけたが、すんでのところで言い直す。
「...いや、なんでもない。お兄ちゃんが悪かった」
僕が素直に謝っていることに、美咲は少し驚いていた。
「あ、うん。ま、まあ、過ぎたことだししょうがないよね」そもそも、と美咲は付け足した。「お兄ちゃんだけじゃない。起きれなかったのは、私のせいでもあるよね」
美咲はそう呟いて笑ったが、僕はその笑顔が作りものだとすぐにわかった。
次の瞬間、あの日の出来事が脳裏をかすめた。目元を真っ赤にしながら泣きじゃくる妹の姿を。
そして、自分の中に隠したはずの大事な何かに、ひびが入るのを感じた。
――だめだ。
いつもの自分を演じろ。
「い、いやそんなことはない。これはお兄ちゃんが悪かった。うん、全部悪い!」
何とか話をそらさなければ・・・・・・
「き、昨日電話で彼女と電話してたらなかなか終わらなくてさ。それで寝るのが遅れてしまったんだ。ははは・・・・・・」
もちろん僕には彼女なんて大それた人物はいない。徹夜していたと正直に言うのもインパクトが弱いと思い、今時の女子が食いつきそうなワードをちらつかせてみる。
とにかく美咲が、あの事から気を逸らしてくれればいいのだ。
しかし、それからの美咲の反応はすごかった。
「――え?」
美咲は目を見開き、面食らったような表情をした。
「お兄ちゃんって彼女いたの!?」
「え? あ、うん・・・・・・」
え?
まさかそこまで食いつくとは思っていなかった。
美咲は数秒、凍ったように固まった。
ぽかんと口を開けてる様子はなかなか面白い絵面である。
「亜香里ちゃん!? それとも、この前、一緒に下校した人??」
美咲はいつにも増して興味津々だった。
その瞳は宝物を目の前にした子供のように輝いていた。
「同級生? いや、ロリコンのお兄ちゃんなら、私のクラスの人もありえるのかな」
「・・・・・・ん???」
あまりにもさりげなく言うものだから、見逃すところだった。実の妹にロリコンがバレているのはちょっとした事件だ。
「そうすると、加奈ちゃんとか有希ちゃんも可能性としてありだよね。 他には.......あ! あの子も最近お兄ちゃんとよく一緒にいるよね? 確か名前が、えっと、みな...」
美咲は『考える人』のような顎に手を当てるポーズをとって、必死になりながらも正解のない答えを探している。
長年、一緒にいるけれど、初めて知った。
美咲にはこの手の冗談は通じないらしい。
しかしまあ、咄嗟にでた出任せだったが、話を逸らすことには成功したようだ。
胸のつっかえがとれた気がした。
それから僕は、1人で盛り上がる美咲を尻目に、スマホで時間を確認した。
時刻は『16:56』
メールにあったタイムリミットが、刻々と迫ってきている。そろそろ家を出る準備をしないといけない。
「あの、美咲さん?」
ぶつぶつと独り言をつぶやいていた美咲がこっちを向いた。
「もーわかんない、誰なのお兄ちゃん!」
そんな大声出さなくても。
「その、盛り上がっているところ悪いが、少しだけ部屋を出てくれないか? お兄ちゃんこれから着替えて、外に出かけにいくからさ」
「あぁうん、いいけど......」
「悪いね」
美咲は後ろ髪をひかれる思いで部屋から出ようとしたが、ドアの目前で立ち止まった。
そして振り返り、納得していない表情を僕に向ける。
「やっぱりモヤモヤする! 彼女って誰なの? お願い、それだけ教えてよ」
どうやら、気になって気になってしょうがないらしい。
そこまで真剣になるとは思ってもいなかった。
既に美咲は例の事を忘れているだろうし、そろそろネタバレしてもいいのかもしれない。
でも、美咲は怒るだろうなあ。
「ごめん。さっきの嘘」
僕の言葉に美咲はきょとんとする。
「嘘って...なにが?」
「その...彼女がいるってこと。僕には彼女なんていない。ほんとは徹夜して寝坊しただけなんだ」
頭を下げながら、ありのままを美咲に伝えた。
「......」
返事がなかった。
無言になられるのが一番恐ろしい。
美咲のためにと思って言ったことでも、彼女からしてみれば嘘をつかれたことには変わりない。
それに、この前も徹夜したことで注意されたばかりだから、きっと美咲は怒っている。
沈黙に耐えられなかった僕は、ゆっくりと視線を上げ、美咲の姿を捉えた。
「.....そっか」
しかし、その時の美咲は何故かホッとしたような表情を浮かべていた。けどそれは、長年兄である僕でしか気づけないほどの、わずかな表情の変化だった。
そして美咲は「次からは気を付けてね」と、優しく僕のことを叱った。
その姿を見て、胸が痛んだ。
あぁ、やっぱそうだよな。
あの日から全てが変わってしまったんだなと、再度、認識させられる。
もうどうあがいたって、過去には戻らない。
僕がしっかりしなければ......
「ごめん。一人でもやっていけるって言ったそばから......」
わざわざ隠していたことを言葉にして謝った。
そんな僕を見て、美咲は慌てた様子で両手を横に振った。
「い、いいよいいよ、気にしないで。さっきも言った通り、私にも非はあるから! いつもだったら毎朝、私がお兄ちゃんを起こしてるもんね」
ただ、と美咲は言う。
「私がいなくても、ちゃんと学校には行くこと! 特にテストのある日なんてもってのほか!」
僕に人差し指を立てて、わかった?と言った。
「ああ。わかった。欠席したことは、明日、諏訪先生に謝りに行くよ」
謝罪の言葉を述べて、僕は身体を起こした。
___ゴッ
「っぐえ!」
またしても、天井に頭部をぶつけてしまう。
雑魚キャラが出すような変な声が出てしまった。
それを見た美咲はぷっと噴き出す。
「もう、お兄ちゃん」
安心したような表情を浮かべてから、美咲は僕の部屋を後にした。
僕の妹である美咲は、美人でとても面倒見のいいやつだ。
腰まで伸びた黒くてつややかな髪が印象的で、身長は一般女性の平均くらい。ぱっちりとした目から幼さを感じられるが、どこか大人の女性という感じもする。
加えて、誰に対しても優しく人に好かれる性格をしていたため、学校では相当モテていたと思う。
両親がいない僕たちはいつも協力して生活をしていた。美咲は毎朝、僕のことを起こしに来てくれて、二人で朝食を作り、一緒にいただきますの挨拶をした。
皿を洗い終わったら制服に着替え、両親の遺影に線香をあげてから一緒に登校した。
学校が終わると校門で待ち合わせをし、時には手をつなぎながら家までの道のりを歩いた。
――――――――――――――――—
「お兄ちゃん!」
夕暮れの中、先を走っていた美咲は振り返り、はにかんだ笑顔を僕に向けた。
「たまにはアイス買ってよ」
小学校の子供たちが集まるような駄菓子屋で、美咲にアイスを買ってやった。
駄菓子屋の前に1つポツンと置かれてある古びた青いベンチに二人腰掛ける。
田んぼの水に反射した夕日が楕円の形を崩しながらゆらゆらと揺れている。遠くからは線路を走る電車の音と、セミ達の鳴き声が聞こえてきた。
「はい」
美咲はそういうと、真っ二つに分かれたダブルソーダの片方を僕に差し出した。
「ん、ありがと」
アイスを食べ終わると駄菓子屋の店主にさよならの挨拶をして、また手をつなぎながら家までの道を歩いた。
そんな至ってありふれた日々を僕と美咲は過ごしていた。
だけど、美咲は4日前、突如として亡くなってしまった。
そして、どういうわけか幽霊となって僕の前に現れた。
「ねぇ...お兄ちゃん......」
目の前に現れた美咲はにっこりしていたが、その表情はどこかぎこちなく、ポトポトと涙をこぼしていた。
「私、死んじゃった」
―――――――――――――――――――――――
外着に着替えてから忘れ物がないか確認する。
「ところでお兄ちゃん。これからどこ行くの」
玄関前で靴を履こうとしている僕に、美咲は声をかけた。
「ちょっと出かけるだけだよ」
正直な話も気が引けるので適当に流す。
「散歩......ってわけでじゃないけど、そこら辺をぶらつく予定」
「それを散歩って言わないっけ?」
くすくすと美咲は笑う。
そうだなと、苦笑いしながらも玄関の戸を開ける。静かに吹いた生温い風が僕の前髪を揺らした。
夏の真っただ中。
時刻は5時過ぎ。
夕方の空はきれいな夕焼け色に染まっていた。
数匹のカラスたちが電線の上でうるさく鳴いている。
僕たち兄妹はこんな夕暮れの日によく買い物に出かけたものだ。
夕食を買いに行くだけと言っているのに、美咲が大量のお菓子を持ってきて、そのたびに僕がそのお菓子を何度も棚に片づけていた。
レジで会計をしていると、3つほど余分にお菓子があることに気づき、美咲はニヤリと笑っていた。
......そんなやり取りさえもうできないのか。
玄関の方に振り向く。美咲はすぐそこにいるのだが、家の中はまるで人の気配を感じさせなかった。
『ああ、今この家は留守なんだな』
僕以外の人が見たらきっとそう思うだろう。しかし例外である僕には可笑しなことに妹の姿が映って見える。
「あのさ、お兄ちゃん。散歩って言ってるけど」
美咲は少しためらってから言った。
「ほんとは、違うんでしょ?」
「......」
意表を突かれ、僕は黙ってしまう。
どうやら、何か感づいたらしい。
「お兄ちゃんのその優しさだけで私は十分だよ」
どこか悲しそうな声だった。
その言葉を聞いて僕はなんて返事をしようか迷ってしまった。
「ぼくは......」
―――――――――――――――
____美咲が幽霊になって現れた時。
滅多に見せない妹の泣く姿を見て、僕は無意識に抱きしめようとした。
だが、伸ばした腕は何事もないように美咲の身体をすり抜けた。
「え...」
振り返る。
僕の瞳は、美咲の姿をくっきりと映し出している。もう一度、手を伸ばしてみた。
しかし、その指先はむなしく空を切るだけだった。
頭が真っ白になった。
呼吸することも忘れて、震える手を凝視した。
喉に溜まった唾を飲み込む。
「まじ、か」
体中から変な汗が滲んでくる。
理解できてしまった。
理解してはいけないことを理解してしまった。
どうすればいいのかわからず、とにかく警察に電話しようと、震える手をスマホへ伸ばす。
すると突然、全身が岩のように固くなり、身体を動かすことができなくなった。
「...ごめん。私のことはいいの」
僕の口が勝手に動いて、言葉を発した。
またしても摩訶不思議な出来事に対して思考がフリーズしてしまう。
「うん。お兄ちゃんには......わけがわからないよね」
どうやら僕は美咲の言葉を発しているらしい。
僕の身体は依然として硬直したままだ。眼球も微動だにして動かせないけど、ついさっき視界の中に捉えていた美咲の姿がそこには存在していなかった。
ここでやっと、僕の身に起きていることが理解できた。おそらく美咲が僕の身体を乗っ取っているのだ。フィクションの世界だけの出来事が現実の世界にも影響を及ぼした。
「ごめんね...ごめんね......」
僕の瞳から涙が溢れてきた。
美咲は僕の両手を使って、こぼれる涙をぬぐっていたけれど、収まる気配はなかった。自分が自分でないような感覚がすこぶる気持ち悪かったが、今はただ、たった一人の妹に好きなだけ泣かせてあげたかった。
時間が経ち、美咲が泣き疲れた頃には、僕の身体の拘束は解け、思い通りに身体を動かすことができた。僕たち2人は目元を真っ赤にさせながら2段ベッドに背中を預けて座った。
美咲の方に視線を向ける。
美咲は体育座りの格好で腕の中に顔を隠していた。すると、弱々しい声で「お兄ちゃん」と言った。
「ん、どうした」
「あのね、私が死んじゃった事、誰にも言わないでくれるかな」
「......どうして?」
「理由はないよ」
「ないのかよ」
「うん、理由はない。......いや、あるかも」
「どっちだよ」
美咲は顔をあげて、えへへっと笑った。
「うそだよ、なんでもない」
「なんでもないのか」
「そうだよ、何でもない。」
だからね、と美咲は言った。
「お兄ちゃんにはいつも通り過ごしてほしいな」
さすがに我慢できなかった。
「そんな! そんなの、無理だろ......」
妹の身に何かあったとして、何もしない兄がどこにいるのだろうか。
「だよね、お兄ちゃんは優しいもんね」
「...親がいないんだから当たり前だろ」
「うん、わかってる。でもね、それでも。お兄ちゃんは私のヒーローなんだよ」
「ヒーロー?」
不意に強い風が吹いた。
窓のカーテンが大きく揺れる。
そこから差し込む夕日の光が、僕の部屋を淡いオレンジ色に染めあげていた。
美咲はよいしょと言って腰を上げる。
それから僕の目を見て、訴えかけるように懇願した。
「だからお願い。お兄ちゃんは私のことなんか気にしないで、自分の好きなように生きてほしい。私がそばで見守ってあげるから」
その表情は真剣そのものだった。
今思えば、美咲のお願いとあれば叶えてあげる他、選択肢はなかったのかもしれない。悩んだ挙句、僕は答えを出した。
「......ああ、わかったよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
美咲はよかったと呟いて、優しく微笑んだ。
―――――――――――――――――――――――
「お兄ちゃん?」
その言葉に我を取り戻した。
「......え」
「いきなりぼーっとしないでよ」
「...あ、ごめん。ちょっと考え事をしてて」
「もう。たまに抜けてるときあるよね」
美咲はくすくす笑った。
そして、何かを納得したように「わかった。私は家で待ってる」と言った。
踵を返した美咲の後ろ姿を眺めながら、僕は「ごめん」と、誰にも聞こえない声でぼやく。
きっと美咲は気づいているんだ。
後ろめたさを感じながらも僕は家を飛び出した。
家から10分ほど歩いた。
「場所はどっちだっけか」
右ポケットから取り出したA4用紙には、ここら辺の地域の大雑把な見取り図が描かれている。またその絵のある箇所には3つの×印と特定の時間が書かれてある。昨晩、眠い目をこすりながら作った地図。もちろん、あんなインチキめいたメールさえ来なければ、遅刻もせず学校のテストを受けていたことだろう。
「おーい!また明日なー!」
サッカーボールを手にした1人の少年が僕の前を通り過ぎた。その少年がやってきた方向には、服を泥で汚したもう一人の少年が腕を大きく横に振っている。
「明日は学校遅刻するなよー!」
「わーってるって!じゃあなー」
一瞬、自分に言われたのかと思って苦笑いする。
少年たちは別れ言葉を最後に、どこかに向かって走っていった。おそらく少年の帰りを待つ家族のもとに帰って行ったのだろう。
2人の少年が見えなくなってから、もう一度地図を見直した。
目的の場所は歩いて30分くらいのところ。地図を右ポケットにしまい直す。
「よし。行くか」
目的地に向かって、一歩足を踏み出した。
―――――――――――――――――――――――
美咲は4日前、僕の知らないところで死んでしまった。
不思議なことに、どのテレビ番組でもこの事件については一切報道されていなかった。もちろん、新聞やネットの情報も含めてだ。美咲自身もなんで死んでしまったかわからなくて記憶が無いらしい。死んだ原因がわからない。そういう点から考えると、突然の事故に巻き込まれたという説が浮かび上がる。しかし、だとしたら目撃情報だってあっていいはずだ。ここが田舎だということもあって人目が少ないにしても、何ひとつ情報がないという事があるのだろうか。それとも、偶然ではなく意図的に殺されたか。
ひどい話だ。
それなのに美咲は自分のことは気にしないでと言っていた。
正直そんなのは無理な話だった。
美咲がいる前では、それこそいつも通りに振る舞っているが、陰では血眼になって事件の真相を突き止めようとした。だが、めぼしい情報は一切掴むことができなかった。
だが、それとは別にここ3日でわかったことが少しだけある。どうやら僕が寝ている間、幽霊である美咲の存在は消滅しているらしい。このことは美咲本人から聞いたことだ。僕の眠気が浅くなるのと同時に、この世界に現れるのだという。また幽霊も眠たくなることがあり、存在が消えている時とは別で睡眠をとらなくてはいけないと言っていた。現に今も2段ベッドの下でぐっすりと眠っている。
こういう時こそネットでいろんなサイトを見て回るのだが、やはり目当てのものは何も見つからなかった。
椅子の背もたれに体を預け腕を大きく上に伸ばす。
「はぁ...」
ノートPCを閉じて、別の作業に取り掛かる。
本棚から数冊教科書を取り出し、新品のノートに暗記すべきところを書き込んでいった。
本当はこんなことしてる場合じゃない。
しかし、明日は期末テストがある。
『いつも通り過ごす』と約束したからには、やはり美咲の前では演技をしなければならない。
今まで通りの点数と言わないまでも、せめて学年の平均くらいは取るべきだろう。
渋々始めた勉強だったが、タイミングが良かったのかすんなりと集中することができた。
数時間経った頃、突然スマホの着信音が鳴った。
「ん」
画面を開くと、メールが1通届いていた。
メールの送り主は、幼馴染の亜香里からで、『風邪は大丈夫?』とのことだった。
そう、僕は今、風邪を引き起こしたという体で、3日前から学校を休んでいる。美咲の死に対して気持ちの整理がつかなかったからだ。
もちろんこの事は誰にも言っていない。
学校側や友人からは2人仲良く風邪になったという事になっている。
いつかバレてしまうのは明らかだったが、その時までは美咲の言うとおりにしようと思った。
今では幽霊として僕の前にいるけれど、それがいつまでも続くとは思っていない。
よくある話じゃないか、幽霊になった人はいつか成仏して消えていくと。
美咲もそうなりそうで気が気でなかった。
メールをもう一度見返し、文字を入力した。
「明日には学校いけるかも。心配かけてわるかった」と文章を綴り、返信のメールを送る。
すると、メールを送ったタイミングで、また誰かからメールが送られてきた。
「今度はだれだ?」
メールの履歴にはいろんな人からのメールがあったが、一番上に表示されていた送り主の名前は初めて見るものだった。
「デビル?」
英語で『devil』とそこには書かれていた。
つまり、悪魔ってことか?
雄介からのイタズラメールを除けば、久しぶりにこんなメールをもらった気がする。もらったっていう表現もおかしいと思うが。
もしかしてこれもあいつが送ってきたもか?
興味本位でメールの内容を確認すると、そこには思っていたよりも奇妙なことが書かれてあった。
「【hint】
201607181751/33°43'34.2"N 133°32'02.3"E
201607191237/33°44'07.9"N 133°31'54.8"E
201607202010/33°45'14.1"N 133°35'41.5"E」
......ヒント?
おそらくそのままの意味でとらえていいだろう。
しかし、だ。
他のことに関しては、一見しただけではわけがわからん。
このまま削除してもよかったが、あることが頭に浮かんで来た。
もしかすると、このヒントって...
「美咲の死について...なのか?」
スマホ画面の文字列を見返してみる。
...
......
...........あれ。あ、もしかしたら。
『/』より後ろの部分はどこかで見たことがある羅列だった。見たことがあるだけでそれ以上の情報は得られそうになかった。
早速スマホを開き、偉大なるグーグル先生に頼んでみる。
手始めに、一番上の羅列をコピペしてみた。
すると、どこかの道路が検索結果として出てきた。
「これ、近所の道路だ」
僕の家から歩いて1時間も掛からないくらいの場所だった。何の変哲もないただの道路。周りには生い茂った草や木がたくさん生えていた気がする。人通りが少なく、僕も通ったことがない道路だった。
なんでこんな場所を?
残り2つも、僕の家からわりかし近い場所を示していた。
......あっ。
最初の数字の羅列の意味が急に分かった。
どこかの場所ときたら、きっとこの数字は日付を表している。一番上の方から確認してみる。
つまり、『201607181751』ていうのが『2016/07/18/1751』という風になるはずだ。きっと最後の『1751』は『17:51』の時間を示しているのだ。
......
「はぁ」
で、ここの場所に来いと?
解いてみればあっけないものだったが、ちょっとの暇つぶしにはなった。
しかし結局のところ、いったいこれが何を示すのかはわからないままだ。
冷静に考えれば、これが美咲の死に関係あるかどうかもわからない。
前みたいに、雄介から送られた、ただのイタズラメールなだけかもしれない。
一番近い日付は、翌日の夕方を示していた。
明日のテストが終わってからでも十分に時間はある。
それならば先に手を付けないといけないのはテスト勉強の方だ。
シャーペンを右手に、ノートに字を書き始める。
時刻は『00:45』を指していた。
時計の針が夜中特有の静かさの中で、規則的に音を奏でていた。
時間を忘れて勉強に集中していると、再び着信音が鳴った。
......またメールか。
時刻を確認する。
時計の針は『02:51』を指していた。
結構時間が経っていた。
勉強の疲れがたまっていたので背伸びをする。ずいぶん長いこと同じ姿勢をとっていたから、背伸びするだけでもだいぶスッキリした。
果たして、スマホに表示されていたメールの送り主は...
「悪魔、ねぇ」
こんなメールを送る人物は余程の暇な奴に違いない。
スマホのパスワードを解いてメールの確認をする。
今度は何も文字は書かれていなく、一枚の画像が添付されてあるだけだ。
いったいなんなんだ?
添付された画像を開いた。
「......」
言葉がでなかった。
目の焦点が合わなくなる。
にじみ出てきた冷汗が背中を伝う。
「なんで...なんだ? これは」
そこには、幼いころの僕と美咲、そして両親が写っていた。
僕たちの家を背景に僕と美咲は肩を合わせながらカメラに向かってピースをしていて、両親はその脇に立ちながら微笑んでいる。そんな写真だ。
今もこの部屋に同じ写真が飾られてある。
大切に、大切にしてきたものだ。
しかし、僕の持っているそれと違うところがあった。
美咲以外の僕と両親の顔に、意図的と思えるような赤い×印が刻まれてあった。