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07 地図とにらめっこ

 まずは水だ。

 酒造りに適した水を見つけないことには話にならない。


 一般に、軟水で作った日本酒は甘口。硬水で作った日本酒は辛口と言われている。

 俺は硬水で酒を造りたい。

 なぜなら酒を造るということはすなわち発酵であり、発酵に適した水はミネラルが豊富な水。すなわち硬水である。

 俺の実家も硬水を使っていた。

 まずは使い慣れた硬水……それも実家に湧いていた水に近いものでトライすべきだろう。


 そして気をつけなければならないのが、鉄分。

 いくら硬水だとしても、鉄分が多い水は日本酒にいやな匂いをつけ、色を濁らせる。

 酒造家にとって鉄分は大敵なのだ。


「しかし……いい水が湧くところでは、既にビール造りやワイン造りが行なわれていて、縄張りが出来上がってるんだよなぁ」


 俺とハルカはさっきから何時間も、テーブルにアルバーン王国の地図を広げて睨めっこしていた。

 更に、かたわらには、王宮からもらってきた醸造所のリストもある。

 アルバーン王国における醸造権は、ビールだろうがワインだろうがウイスキーだろうが、とにかく全て女王陛下が握っていた。

 各地にある醸造所は、女王陛下の許可を得て酒造りをしている。

 大鍋を使って自家製ビールを造っている居酒屋もあるが、それだって全て、許可を得ている。たまに無許可の店が摘発されたりもするが……よっぽど大規模に密造しない限り、黙認されているのが現状だ。

 つまり、俺がどぶろくを造ったのは実のところ、違法行為だった。もっとも今は、女王であるアンジェリカ様直々の許可をもらっているから全く問題ない。


「難しいわねぇ……昨日見てきたところは軟水だったし」

「とんだ無駄足だったな。まあ、お前が弁当を作ってくれたから、ピクニックみたいで楽しかったけど」

「ど、どういたしまして……」


 俺たちは常人離れした体力があるから、馬よりも速く移動可能だ。

 おかげで遠く離れた場所でも日帰りで調査できる。しかし面倒なものは面倒だった。

 ところが、そこにハルカの手作り弁当があって、向かった先が綺麗な泉となれば話が変わってくる。

 望んだ水質じゃなかったのは残念だが、景色を眺めながら昼食をとり、そのあと俺はハルカの膝枕で昼寝し、それから日が暮れるまでイチャイチャしていた。

 驚くほど充実した一日だった。

 が、酒造りには微塵も関係ない。本当に遊んでいただけだ。


「いい加減、マジで水を見つけないと。大工に酒蔵の建築を頼めないし、麹カビの培養にもとりかかれない」

「そうね、本腰を入れましょう」

「俺ら、ちょっとイチャイチャし過ぎだったからな」

「そ、それはツカサが悪いんでしょ……!」

「んだよ。お前だって喜んでたろうが」

「喜んでないもん!」


 ハルカはむすっとした顔で否定してきた。

 昨日、滅茶苦茶に喜んでいたくせに。

 どうして素直じゃないんだ、こいつは。

 ちょっと虐めてやろう。


「そうか、分かった。ハルカがそんなに嫌がってたとは知らなかった。もうしない」

「え……別に嫌ってことはないし……ツカサが喜んでくれるなら私は……」

「いいや。いつもハルカには迷惑かけてるからな。お前の負担になることは避けるよ」

「うぅ……何でそうイジワル言うの? 私だってツカサとイチャイチャしたいに決まってるじゃないの……!」


 ハルカは涙目になって訴えてくる。

 ああ、なんて可愛いんだ。

 今、望みどおりにしてやるからな。


「って、こんなことばっかりしてるから仕事が進まないんだよ!」

「わっ! 気が付いたら二時間も経ってるわ!」


 正気に返った俺たちは、また地図と醸造所リストを見比べ、ライバルがいない水源を探した。

 だが、こういう地道な作業は苦手だ。

 酒造りも忍耐を必要とするが、あれはやりがいがある仕事だ。一方、書類作業は俺的に苦行でしかない。

 ここは一つ、ハルカと会話して気を紛らわせよう。


「それにしてもハルカ。お前、俺に虐められるの本当に好きだよな」

「ちょ、急に何を言い出すのよ……虐められて喜ぶとか変態じゃないの!」

「世界を救った賢者が実は変態だったと知ったら、世界中の人がビックリするだろうなぁ……」

「どの口が聞いてるのよ! 変態はあんたでしょ!」


 まーたツンデレが始まったか。

 お前がどんだけ変態か、自覚させてやるよ……いや、そうじゃない。真面目に仕事すると決意したばかりなのだ。

 いくらハルカが可愛いからといって、イチャイチャしてはいけないのだ。

 集中、集中!


「あ、ツカサ。ちょっとこれを見て」

「何だ? お前が小柄な割に胸がデカイのは今更見なくても知ってるぞ?」

「ツカサの頭の中はそれしかないわけ!? そうじゃなくて、醸造所リストのここを見て欲しいの!」


 ハルカはリストのとある項目を指差していた。


「このハイン村ってところ。一度、ワイン醸造の許可が下りたのに、その七年後に取り消されてるのよ。なんでかしら?」

「ハイン村……えっと、地図だとここだな。ふむ、近くに川がある。許可が下りたってことは、そのときはブドウの質がよくて、水も綺麗だったはずだ。そのどっちかが駄目になって取り消されたのか?」

「あるいは両方かもしれないわ。それとも全然別の理由かもしれないし」


 俺とハルカは唸って考え込む。

 もっとも、ここで考えても答えが出るわけがない。


「王宮に行って聞いてみよう。もし水質がそのままだったら、俺たちで使えるかもしれない」

「そうね。王都からそんなに遠くないし、ここで酒造りが出来たら最高ね」


 早速、次の日、俺たちは王宮に行き、記録を調べてもらった。

 そして、ハイン村のワイン醸造許可が取り消されたのは、ブドウが疫病で全滅したからで、水質はそのままだというのが判明した。

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