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25 米焼酎

 米焼酎は普通、どぶろくを蒸留して造る。

 しかし今回は贅沢に、純米酒『楽桜』から米焼酎を造ってみよう。

 なにせ、あのビバラをぎゃふんと言わせなきゃならんのだ。

 考え得る限り最高の米焼酎を用意したい。


 そんなわけで酒蔵にやって来た俺たちは、蒸留装置の制作に取りかかった。


「よし。まずはパイプを取り付けるための穴を蓋に空けるぞ。ハルカ、頼む!」


「任しといて! ていやぁっ!」


 ハルカは指先に魔力を溜め込む。

 すると指は高温を放ち、激しく光り輝いた。


「必殺! シャァァイニング人差し指ッ!」


 ハルカの指先が鍋の蓋に突き刺さる。

 鉄が一瞬にして融け、ハルカの人差し指がズブリと貫通した。


「「おお~~」」


 と、ルシールとレイチェルが感心した声を出す。


 次は蓋に取り付けるパイプを直角に曲げる作業だ。

 またハルカの魔力で熱してもらい、それを俺が掴んでグイッと曲げる。

 よい子には真似できない、勇者と賢者だからできる荒技だ。

 それからもう一カ所、直角に曲げる。

 それから水に沈める部分を、螺旋階段のようにグルグル巻きにする。

 こうして曲げたパイプを、鍋の蓋に溶接する。もちろん、シャイニング人差し指で穴を空けた部分である。


「これで本体は完成だ」


 あとは鍋をかまどの上に置く。

 酒蔵のかまどは酒米を蒸すための巨大なものだから、酒蔵の隣にある俺とハルカの家に行く。

 この家は日本にある俺の実家を模して作ってある。台所の場所も同じだ。

 ガスコンロの代わりに、薪を使ったかまどが設置されている。

 それに鍋を乗せ、隣の台の上に木箱を設置。

 井戸から水を汲んできて木箱に流し込み、そしてパイプの螺旋部分を木箱に沈める。


「あ、しまった。出口のことを考えてなかった」


「もう、しっかりしてよ」


「お前だって気付いてなかっただろうが」


「それは……えへへ」


 ハルカは舌をペロリと出して誤魔化す。

 その可愛さに免じて許してやろう。

 さて。またシャイニング人差し指で穴を空けてもいいのだが、今度は木材なので燃え上がる危険性がある。

 なので聖剣を呼び出し、それをグリグリと錐のように回転させて木箱の下のほうに穴を空けた。

 その穴からパイプの出口を出す。

 わずかに隙間があったが、それは樹液を塗って塞ぐ。


「よーし。じゃあ始めるぞ」


 鍋に楽桜を入れる。

 そしてかまどに火を付ける。火は弱火だ。あまり温度が上がると水まで沸騰してしまい、上手く蒸留できないのだ。


 楽桜が七十八℃になったとき、アルコールが蒸発を始める。

 それはパイプから鍋の外に出る。

 木箱の中を通るとき、水に熱を奪われ液体に戻る。

 そしてパイプの出口で待ち構えているのは、漏斗(ろうと)を装着した一升瓶だ。

 一升瓶の中に液体がポタリポタリと落ちていく。


「で、出てきましたわぁ!」


 ルシールが黄色い悲鳴を上げる。

 レイチェルも物珍しそうに見つめている。

 そうやって俺たちが見守る中、焼酎が出てくる速度は速くなり、水滴だったものが線になっていく。


「このまま一時間もすれば一升瓶が一杯になるだろう。それまで俺たちは、かまどと冷却水を見張っている」


「一時間後ですね。分かりましたわ。では改めて来ますわね!」


 そう言ってルシールは去って行く。試飲する気、満々だ。


「これ、私は飲んじゃ駄目なやつ?」


 レイチェルは一升瓶の底にたまったわずかな米焼酎を指差し小首を傾げた。


「ああ、駄目だ。とんでもなく強力な酒だからな。レイチェルが飲んだら、死ぬかもしれない」


 なにせ弱火でゆっくりと蒸留させている。

 一升瓶の中はほとんどアルコールだ。度数は70%から80%といったところだろう。

 市販されている焼酎が20%から25%程度であることを考えると、恐るべき酒だ。

 もはや人間の飲み物ではない。


「死ぬのはいや。私はそろそろ帰るね」


「おう。気をつけてな」


「レイチェル、また明日ね」


「ん。ばいばい」


 レイチェルは手を振って、とことこ走って行く。


 それから俺とハルカは、かまどの火力を調整し、冷却水がぬるくなる前に井戸から新しい水を汲んできて入れ替えたりと、結構忙しかった。

 やがて一時間後。


「勇者様、賢者様、お手伝いに来ましたわぁ」


 ルシールがスキップしながらやって来た。


「手伝いって……もう一升瓶は一杯だぞ。あとは飲むだけだ」


「はい。ですから、飲むお手伝いですわ!」


「……そうか」


 まさに一番美味しいところだけ持っていくつもりだ。

 とんでもない不良シスターである。

 もっとも、蒸留装置を設置するとき手伝ってくれたから、試飲くらいはさせてやろう。


「味わって飲むんだぞ。とはいえ、加水して調整する前だから、味の保証はできないけど」


「いえいえ。この香り。素晴らしいですわ!」


 確かに香りは凄い。

 米とアルコールの香りの一番強いところだけを抽出したような感じだ。

 強烈すぎて、香りというより匂いである。


「ツカサ、早く飲んでみましょうよ。私も楽しみだわ」


 ハルカは食器棚からグラスを三つ持ってきた。

 俺はそれに出来たてホヤホヤの米焼酎を少量ずつ注ぐ。


「乾杯ですわ!」


 ルシールの合図でグラスを軽くぶつけ合い、米焼酎をわずかに口に入れる。

 口の中を潤すような、ほんの少量だ。

 だというのに……熱い! 燃える! 口の中と喉が灼けそうだ。


「は、鼻から火が出そう……!」


 ハルカもグラスをテーブルに置き、一口で飲むのをやめてしまった。

 もはや味が分からない。美味く造ることができたのか不明だ。

 やはり加水しないと人間が飲める代物ではない。

 なにせウォッカよりも強烈なのだ。

 まあ、地球にはスピリタスとかいうアルコール96%の酒もあったが、あれだってストレートで常飲してる奴はいないだろう。

 ドワーフなら大丈夫かも知れないが……。


 と、思いきや。


 人間なのにゴクゴクと美味しそうに飲み干す者がいた。

 言うまでもなくルシールである。


「ちょ、ちょっとルシール! 大丈夫なの!?」


「無理すんなよ!」


「いえいえ……これはとても美味しいお酒……でしゅわ」


 ああ、駄目だ。

 呂律が回っていない。

 ルシールはぽわんとした顔になり、それから真っ赤になり……ずてんと仰向けにぶっ倒れた。


「もう、この子はほんとに……!」


「ふわぁぁ……世界がぐるぐる回っていましゅわ」


 ハルカに抱き起こされたルシールは、朦朧とした様子ながらも、とても気持ちよさそうだった。

 そのルシールを家まで送り届けてから、米焼酎の原酒に加水し、もう一度試飲する。

 今度は美味しかった。

 辛みと酸味が程よく効いており、スッキリとキレがある。

 自信を持って、よい出来映えと言える。

 しかしドワーフは、加水する前のほうが好きなんだろうな……。


        ※


「この酒を飲んでもらいましょうか。米焼酎です」


 再びドワーフの里を訪れた俺とハルカは、ビバラの家に行き、米焼酎をテーブルにドンと置いた。


「性懲りもなく来たか。もう水のような酒はごめんだぞ」


「ええ。先日のことは申し訳なく思っています。ですが、これならビバラさんの期待にも応えることができるかと」


 俺は瓶の蓋を開け、ビバラのグラスになみなみと注ぐ。

 するとビバラは「ふん」と鼻で笑い米焼酎を口に含む。

 ゴクリと一口飲み込んだ瞬間、彼の顔から嘲るような笑みが消えた。


「こいつは……」


「前回の日本酒を蒸留したものです。ウイスキーよりも更に強いですよ。流石のビバラさんにとってもキツいですか?」


 俺は挑むように言った。

 これから精米機を作ってくれと頼むのだから、もっと下手に出るべきなのだろう。

 だが、日本酒を馬鹿にされたせいで、そう素直になれなかった。


「馬鹿野郎。キツいからいいんだ!」


 ビバラは叫び、グラスを空にする。


「その瓶を寄こせ!」


 更に俺から一升瓶を奪い取り、自分でグラスに注いだ。

 一升瓶の中は凄まじい速度で減っていく。

 マジかよ――。

 俺とハルカは唖然とした顔になる。

 なにせ、あれは米焼酎の原酒なのだ。アルコール度数は70以上。

 自分で飲んだときは、口の中に焼きごてを突っ込んだような気分になった。

 それをビバラは、水みたいにガブガブ飲んでいる。

 信じられない。

 いくらドワーフが酒に強いからといって、これは非常識だ。


 だが、俺たちの心配をよそに、ビバラは見事、一升瓶を空にした。

 そして目に正気の光を宿したまま、俺たちに向き直る。


「ふぅ~~、いい酒だった。お前たち、やればできるじゃないか」


「……ありがとうございます」


「褒めてくれるのは嬉しいんですけど……そんなに飲んで大丈夫ですか?」


 ハルカが気遣うと、ビバラは「ふふん」と自慢げに笑う。


「人間と一緒にするな。俺はドワーフ。その中でも特別の酒豪よ。ようやくほろ酔いといったところだ」


「は、はあ……そうですか」


 体の構造が根本的に違うとしか思えない。

 そもそも俺たちでは、あの米焼酎原酒の味すら分からなかったのだから。


「それで、お前たちの望みは、冬までに精米機を俺に作らせることだったか? いいぜ。やってやろう。ただし、この米焼酎とかいう酒をジャブジャブ持ってきてもらおうか。それが精米機の対価だ」


「本当ですか!? ありがとうございます! やったね、ツカサ!」


 ハルカは飛び上がって喜ぶ。

 実際、俺も嬉しい。

 一度は追い出されたのに、こうして無事、精米機の制作に取りかかってもらえることになったのだ。

 しかも、その対価が米焼酎で良いとビバラは言う。

 なんてお得なのだろう……と単純に考えることはできない。なにせ今の飲みっぷりから考えるに、ビバラはほぼ無限に米焼酎を消費する。

 楽桜を材料にしていては、すぐに枯渇してしまう。

 大量にどぶろくを生産し、それを蒸留するしかない。

 蒸留装置も増やさないと間に合わない。


「米焼酎は必ず。ビバラさんはどうせすぐ飲んでしまうので、定期的に新しいのを運ばせましょう」


「おお、そりゃいい。俺は生まれて初めて人間という種族に価値を見いだしたぞ」


 なんて言いながらビバラは空になった一升瓶をもう一度ひっくり返し、最後の一滴まで舐めとろうと頑張る。

 俺とハルカがその様子を見ていたら、ビバラは急に怒鳴りだした。


「そんなとこでグズグズしている暇があったら、帰って早く新しい米焼酎を作らんか!」


「「は、はい!」」


 実際、もうここに用はない。

 言われたとおり、素直に退散する。




「ふぅ……ビバラさん、相変わらずおっかない人ね。でも、米焼酎を喜んでくれてよかったわ。精米機も作ってくれるみたいだし……」


「ああ、そうだな……」


「なによツカサ。浮かない顔ね。まあ、なにを考えてるかは分かるわよ。本当は米焼酎じゃなくて日本酒でビバラさんを説得したかったんでしょ?」


「当然だろ。日本酒を造るのが俺の仕事なんだからな。次は必ず……!」


 ドワーフの里からの帰り道、俺は決意を新たにした。

 あのビバラでも美味いと感じる日本酒を造ってみせる。

 純米大吟醸なら必ずそれができるはずだ。

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