22 天才鍛冶師
ドワーフの寿命は人間の三倍ほどだという。
つまり二百歳以上。中には三百歳まで生きるドワーフもいるらしい。
今こうして酒を飲み交わしているドワーフたちは三十代から四十代くらいに見えるが、実際は百歳前後というわけだ。
そして、その天才と呼ばれるビバラは、なんと二百五十歳。
ドワーフとしても高齢だが、現役の鍛冶師だという。
それも、この里で一番の技術を持っていると、皆が口をそろえて言う。
好きな酒はウイスキー。
好きな食べ物は干物。
妻には先立たれた。
息子が一人いたが、ビバラの頑固親父っぷりに根を上げ、他の里に移り住んでしまった。
しかしビバラ本人は「金属こそが家族」と豪語しており、息子のことは気にしていない様子らしい。
ビバラが作る作品は、剣や斧といった刃物類にとどまらない。
ブロンズ像やステンドグラスのフレームのような美術品。
指輪やブローチなどの装飾品。
シャンデリアや燭台。
極めて精巧なネジや歯車を作れるし、持ち運べるくらい小さな時計を作ったこともある。
鋳造、鍛造、ともに円熟の境地だ。
が、そのほとんどは、作りたいから作ったという代物だ。
誰かの依頼を受けて、それに合わせて作ることは、まずありえない。
ビバラは作りたいものを作り、それがある程度たまったら、他のドワーフに売りつける。
それを買ったドワーフは、自分たちで使ったり、里の外に転売したりする。
そんな杜撰な商売では、とても食っていないように思える。
しかし技術が極まっているから、ビバラが金に困ることはないという。
「で、どこに行けばビバラに会えるんだ?」
「そうだな。工房で何か作ってるか、家に帰って酒を飲んでるかのどちらかだな」
ギエリに案内してもらい、ビバラの工房に向かう。
が、途中で行き先を自宅に変えた。
工房の煙突から煙が上っていなかったからだ。
「ここがビバラの家だ。俺は『人間なんぞ連れてきやがって』と怒鳴られるのが嫌だから、ここで帰らせてもらうぞ。ま、頑張れよ」
そう言ってギエリは帰ってしまった。
取り残された俺とハルカとソフィアは扉の前でポカンと立ち尽くす。
ビバラの家は、他の建物と同じ石造り。
外見はいたって普通だ。
しかし、変人だと散々聞かされてきたので、玄関をノックするのが恐ろしい。
「ソフィアがノックしてくれよ。お前、ドワーフ受けがいいから、俺らよりマシだろ」
「えっ、オレかよ!?」
俺が頼むとソフィアは驚いたように声を出す。
まあ、嫌な役割だろう。
そもそも俺たちの用事で来たのに、ソフィアに押しつけるのは筋違いだ。
だが、いきなり追い出され、それ以来取り合ってもらえないなんてことになったら、取り返しがつかない。
まずソフィアがアタックするのが、最も成功する確率が高いのだ。
「お願いソフィア。ほら、あとでツカサが頭撫でてくれるって!」
ハルカも一緒になってソフィアに頼み込む。
しかし、その頼み方は駄目だろう。
ソフィアは俺に撫でられると嫌がるのだ。
――と思いきや。
「し、仕方ねぇな……不甲斐ないお前らに変わって、オレがやってやるぜ。あ、言っておくが、ツカサに撫でて欲しいわけじゃねーからな!」
ソフィアは早口でまくしたてる。
はて。
あまり嫌がっているようには聞こえない。
むしろ撫でて欲しがっているように見える。
なので、試しに撫でてみよう。
なでなで。
「撫でて欲しいわけじゃねーって言っただろうが!」
するとソフィアは犬歯を剥き出しにして俺の手を振り払う。
もの凄い力だ。常人なら骨が粉砕されている。
照れ隠しにしては暴れすぎだろう。
とはいえ、ソフィアの性格からして、何事も過剰になるのは仕方がない。
うーむ……照れ隠しなのか本気で嫌がっているのか、実に判断が難しいところだ。
なんてことをしていたら、これからノックすべき扉が勝手に開いた。
さては自動ドアか?
いやいや、いくらドワーフの里だからといって、そんなわけはない。
単純に、内側から開けられただけだ。
「さっきからやかましいぞ! ワシの家の前で何のつもりだ!」
そして雷のような怒声が飛ぶ。
声の主は扉から顔を出したドワーフの老人だ。
立派な白ヒゲを生やしているが、頭のほうはすっかりはげ上がっている。
今まで出会ったどのドワーフよりもシワくちゃの顔だが、背筋はピンと伸びており、筋肉量はむしろ随一ではないだろうか。
「……なんだ、人間か貴様ら? 人間がどうしてワシの家の前で騒いでいる。ハンマーで頭をかち割られたくなかったら三秒以内に失せろ。それともお前らの骨を材料に装飾品でも作ってやろうか」
思っていたより辛辣だ。
騒いでいたこちらが悪いのだが、「骨で装飾品」は酷い。
ソフィアがいれば少しは友好的な出会いになるかと期待していたが、甘い考えだった。
流石、同じドワーフからも変人扱いされるだけのことはある。
「いやぁ、ちょっと待ってください。俺たちはビバラさんに作って欲しいものがあってですね――」
「失せろ!」
バタンッと音を立て、扉が閉められた。
完全な拒絶である。
しかし、ここで引き下がったのでは子供のおつかいだ。
「ビバラさん。俺たちは日本酒という酒を造っています。米の酒です。その日本酒をより美味しくするには、精米機が必要なんです!」
俺は家の外から、用件を単刀直入に語ることにした。
こうやって彼の好奇心を刺激する。
それ以外に交渉材料が思い浮かばなかった。
いわば、やぶれかぶれの行動だ。
ところが、意外にも功を奏し、扉は再び開けられた。
「米の酒? 精米機だと? 人間が持ってきた話にしては面白い。聞いてやるから中に入れ。ただし、つまらんとワシが思ったらその瞬間に叩き出すからな」
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明日から三連休なので書籍版を読みながら晩酌などいかがでしょうか!




