21 精米機の制作依頼
ドワーフたちは酒を飲むため、自前のジョッキを握りしめていた。
全てガラス製だ。
しかも、驚くほど見事な作りだ。
俺たちが持ってきた一升瓶もガラス製だが、王都の職人に依頼したので、地球のものほど精巧ではない。どことなく歪んでいる。
ところがドワーフのジョッキは、実に美しかった。
たんに歪みがないだけでなく、表面に様々な模様が刻まれている。
金属が専門と言っておきながらガラスでもこれほどの技を見せるとは……やはりドワーフは凄い。
「なあ、この酒、飲んでいいんだよな? 飲むぞ、勝手に飲むぞ」
「うおおおお、何だこの香りは!」
「美味い! よく分からんが美味い!」
俺とハルカは接待するつもりでいたのだが、ドワーフたちは勝手に瓶を開け、勝手に盛り上がり始めた。
日本酒をジョッキで一気飲み。
もっと味わって欲しいのだが……飲んだ人が喜んでくれることが一番だ。
彼らはとても幸せそうな顔をしているので、よかろう。
「おお、勇者よ。こんな美味い酒を造るとは素晴らしい」
ギエリと思われるドワーフが、RPGゲームの王様のような口調で語りかけてきた。
……こいつ、ギエリでいいんだよな?
見分けが付かない。
「喜んでくれて、俺も嬉しいよ。ところでさっきから聞きたかったんだが、あんたら人間嫌いなんだろ? それがどうしてソフィアとはそんな仲がいいんだ?」
「ん? そんなの簡単だ。見ろ。ソフィアの身長を。人間はどいつもこいつもデカくてムカつくが、ソフィアは俺たちと同じような大きさだ。いい奴に違いないと思ったし、実際にいい奴だった!」
「なっ、オイ、そんな理由かよ!?」
ソフィアはギョッとした顔でギエリを見つめる。
するとドワーフたちがワハハハハハハと爆笑した。
笑われたソフィアは目を吊り上げぷんすか怒っているが、俺としても笑いたい気分だ。
いやしかし、それにしても。
たんに背が小さいというだけで、こうも対応が変わってくるなんて。今まで門前払いされてきた商人たちが知ったら、さぞ悔しがるだろう。
無論、小さいだけでなく、ソフィアは中身まで可愛い奴だから気に入られたのだろうが。
「ところで勇者さんよ。ギエリの話によれば、酒造りの道具を俺たちに作らせようとしてるらしいじゃねーか。ソフィアの知り合いだってんなら、まあ悪い奴じゃないんだろう。それに、この酒は美味い。こんな酒をもっと飲めるって言うなら協力してやろうじゃねーか」
この場にいる中で、もっとも歳を取っていると思われるドワーフがそう語る。
ドワーフの年齢など見ただけでは分からないが、ヒゲが真っ白で、顔のシワも深い。
きっと長老格なのだろう。
そんな彼が協力してやると言っているのだから、これは交渉成立と見て間違いない。
「ありがとう。それで俺たちが作って欲しいのは、精米機という機械なんだけど……」
「精米機?」
「米を削る装置だ。大雑把な仕組みは、えっと……」
俺は言葉に詰まった。
人に説明できるほど、精米機に詳しくないと気が付いたのだ。
「あ、私が絵を書いて説明します。紙とペン、ないかしら?」
ハルカが助け船を出してくれた。
流石は賢者。そして俺の嫁。
「羽ペンと羊皮紙ならあるぞい」
「それで十分です。まず精米機というのは――」
ハルカは精米機の内部構造の絵を描き始めた。
俺だって仕組みを何となく知ってはいるのだ。
だが、絵にできるほどではない。
ハルカはかつて高校で雑学大魔神と呼ばれていたが、その雑学はいまだ健在だった。
「こう、装置の上に玄米を入れる口があります。で、中には空間があって、その真ん中に棒が一本あります。この棒の表面は突起が付いてて、棒がグルグル回ることによって、米を削っていきます。削れた米ぬかはフィルターで分けられて、こっちにたまる。精米された米はこっちから出てくる……と、こんな感じなんですけど、作れますか? ちなみに動力は人力です。私とツカサが動かします」
説明を終えたハルカは、ドワーフたちを見回した。
すると「うーむ」という唸り声が次々と上がっていく。
「やりたいことは分かった。仕組みもおおむね分かった。だが、大雑把すぎる。作るとなれば、どのくらい時間がかかるか分からないぞ。設計から始めるんだからな」
一人のドワーフがそう語った。
正論だろう。
ハルカが書いた絵は、図面と呼べるほど上等なものではなく、大雑把な絵にすぎない。
これを元に精米機を作るのは不可能だ。
今から設計図を引かなければならないが、あいにく俺にもハルカにもそんな知識はない。
だからこそドワーフを頼ってきたのだが……彼らも万能ではなかった。
機械というのは、仕組みが分かったから作れるというものでもないのだ。
トライ&エラーをくり返し、問題点を潰していかねばならない。
経験と勘の優れた技術者なら、その時間を短縮できるだろう。
しかし、しょせんは短縮。
作ったのことのない機械を、一発で完成させるなど夢物語。
「……何とか、冬までには間に合わないか?」
「冬って今年の冬か!? あと半年だぞ、無理だ。奇跡でも起きなきゃな。せめて二年は欲しいところだ」
俺の願いはドワーフによって一蹴された。
いや、これで絶望するのは贅沢だ。
逆に言えば、二年あれば精米機を作ってもらえるのだ。
そのとき、改めて純米大吟醸にチャレンジすればよい。
米を磨く以外にも、日本酒の味を追及する方法はいくらでもある。
あと二年間、俺は水車で磨いた米で酒を造り、腕を磨き、そして純米大吟醸を造るのだ――。
と、割り切ろうとした、そのとき。
「いや待て。ビバラの爺さんなら、冬までに間に合わせるんじゃないのか? なにせ天才だからな」
ドワーフの一人が思いついたように言う。
するとまた「うーむ」と唸り声が上がる。
「そりゃビバラならできるかもしれん。いや、きっとできるだろう。しかし、あの偏屈が人間の仕事を引き受けるってのは、奇跡そのものだ。無理だぜ」
「だよなぁ……」
言い出しっぺのドワーフも諦めた声を出し、うつむく。
しかし、俺の興味は失われなかった。
元よりドワーフは天才だ。
彼らが持っているジョッキを見ればよく分かる。
その彼らの中においても、なお『天才』と呼ばれるビバラとは何者か。
もし本当に冬までに精米機を作れるというのであれば、是非ともお目にかかりたい。
「ソフィア。そのビバラってドワーフのこと、知ってるか?」
「いんや。初めて聞く名前だぜ。もっとも、オレだってこの里にいるドワーフの一部しか知らないんだ」
「そうか……なあ皆。ビバラのところに案内してくれないか? 駄目でもともと。頼んでみたい」
俺が語りかけると、ドワーフたちは酒を飲む手を止め、互いの顔を見回した。
そしてクックックと喉を鳴らして、意地が悪そうに笑う。
「やめておけ。ビバラの人間嫌い……というか偏屈っぷりは俺たちと違って筋金入り。人間が尋ねていっても無駄だ。と言いたいところだが、面白い。あんたらがビバラ相手にどこまでやれるのか、酒の肴にして見ていてやるよ」
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