19 ドワーフの手がかり
ドワーフは人間に近い種族だが、人間ではない。
人間よりも背が小さく、しかし屈強な体格を持ち、男女ともに立派なヒゲを生やしている。
酒が大好きで、それも強い蒸留酒を好む。
性格は粗暴。
そして人間嫌い。エルフはもっと嫌い。
主に鉱山近くに住み、極めて高度な冶金や鍛冶の技術を有している。
剣や鎧といった武器だけでなく、包丁やクワといった日常で使うもの。あるいは精密な装飾品など、ドワーフが生み出す作品は多彩だ。
しかし気難しい性格の者が多く、気に入った相手としか商売をしないという。
人間嫌いのドワーフに気に入ってもらうというのは、実に大変らしい。
以前ロランが貴族の依頼を受け、ドワーフに銀細工を作ってもらおうと出向いたら、けんもほろろに追い返されたとボヤいていた。
ロランほどのやり手でも駄目なのだから、俺とハルカが行っても同じ結果だろう。
「そもそもドワーフってどこに住んでるんだ? この国にいるのか?」
「それはロランに聞けば分かるんじゃないの?」
「ああ……でも、あいつ。今はシーサーペントの肉を少しでも高く売ろうと、あちこち走り回ってるからな。会おうと思っても会えないぞ」
「そうよねぇ……」
俺とハルカはオールドマザーのテーブル席で語り合いながら、スモークチーズをつまみに酒を飲んでいた。
俺はスコッチによく似た味のウイスキー。ハルカは赤ワインだ。
いくら俺たちが日本酒大好き人間とはいえ、たまには違う酒を飲みたい気分になることもあるのだ。
「エレミアさん。ドワーフにコネがあったりしませんか?」
俺はエレミアさんに語りかける。
彼女はビールジョッキを客に配り歩き、とても忙しそうなのに俺の質問に反応してくれた。
「ドワーフ? うーん……」
なんて唸りながら、次は燗にした徳利を運んでいく。
エレミアさんは手伝って欲しそうな目をハルカにチラチラ向けてくるが、駄目だ。
ハルカのメイド服姿は眼福だが、今日はゆっくり二人で飲みたいのだ。
「流石にドワーフの知り合いはいないわねぇ。ロランさんは?」
「ロランは前、ドワーフの所にいって追い返されたそうです」
「あらー……あの人でも駄目なら、お手上げじゃないの」
エレミアさんはそう言い残し、客の注文を取るため走って行った。
「こうなったら、自分たちでドワーフの居場所を調べて、ダメ元で突撃してみるか。酒好きだっていうから、日本酒を持っていけば気に入ってもらえるかもしれない」
「うーん……でも、ドワーフは蒸留酒のほうが好きなんでしょ?」
なんてことを言い合っていると、オールドマザーの入り口が開かれた。
新しい客である。
ふと横目で見ると、妙に小柄な人影だった。
髪の色は銀。動きやすさを重視した服装で、腰に短剣を二本ぶら下げている。
化粧っ気はまるでないが、だからこそ本当に整った顔立ちだと分かる美少女。
「おっ、ソフィアじゃないか」
「ソフィア、久しぶり。二カ月ぶりくらい?」
俺とハルカは手を上げて彼女の名を呼ぶ。
すると向こうも俺たちを見つけ、なにやら舌打ちをする。
「ちっ……ツカサにハルカ。やっぱいたか」
なんて台詞を吐くが、そこに感情はこもっていない。
そもそも、俺とハルカと出くわすのが本気で嫌なら、オールドマザーに来るはずがない。
しょせんはポーズである。
いわゆるツンデレというやつだ。
「ソフィア。一緒に飲みましょうよ。ほら、私の隣においで」
「……仕方ねぇな。そこまで言うなら付き合ってやるよ」
手招きされたソフィアは軽快に歩き、ハルカの隣に腰を下ろす。
そしてエレミアさんに楽桜を注文する。
「ところでツカサ、ハルカ。お前ら……ついに正式な夫婦になったらしいな」
「ああ。けど結婚したからって何か変わったわけでもないけどな」
「ずっと一緒だったからね」
とはいえ、改めて『夫婦』と言われると、少々気恥ずかしい。
ハルカはほんのり頬を朱に染める。きっと俺も同じようになっているだろう。
「のろけやがって……まあ一応、おめでとうと言っておいてやるよ」
「おう、サンキュ。ところでソフィア。どうして王都に?」
「でかい仕事を一つ片付けたから、クー・シー傭兵団に長期休暇を取らせたんだ。で、オレも暇だからお前らの顔を見に来てやったというわけだ」
そう。
このソフィアは百人近いクー・シー傭兵団の団長であり、極めて優れた戦闘力を持つ冒険者なのだ。
幼い少女ながらも粗暴な言葉遣いなのは、そのためである。
とはいえ、外見通りの少女らしいところだって、ちゃんと残っている。
むしろ、そちらのほうが本性だった。
「なんだ。さっきは俺とハルカの顔を見て舌打ちしてたけど、本当は会いに来てくれたんだな。嬉しいぜ」
「ほんと。私もそろそろソフィアに会いたいなぁって思ってたところなのよ」
「あっ、いや、お前らに会うのはついでだ! 本当はこの店に来るのが目的だったんだよ! エレミアの料理は美味いからな!」
ソフィアは慌てて言い繕う。
が、まったく誤魔化せていない。
戦場では勇敢だが、それ以外の場所だと隙だらけだ。
可愛い奴だぜ。
「えー、ソフィアちゃん、私が目当てで来てくれたの? もう、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。美酒鍋作ってあげる!」
不意に現われたエレミアさんが、ソフィアの頭を撫で回す。
髪の毛がくしゃくしゃになるくらい一心不乱に撫で回した。
「な、なにしやがるんだよぉっ!」
ソフィアはエレミアさんの腕を払いのけ、そして両手で自分の頭を押さえ、威嚇する獣のように唸った。
可愛い。娘にしたい。
「ふふ、ソフィアちゃんが私を口説くからいけないのよ。はい、ご注文の品」
エレミアさんはソフィアの前にワイングラスを置き、そして一升瓶から楽桜を注ぐ。
とくとくとく……と心地好い音がする。
その音と香りで、ソフィアは機嫌を直したらしい。
グラスになみなみとたまっていく透明な液体を、楽しげに見つめていた。
ちょろい奴だぜ。
「そんじゃ、ソフィアの長期休暇に乾杯」
「あと、お前らの結婚にも乾杯だ」
「ありがとソフィア! 乾杯!」
俺たちはそれぞれのグラスを軽くぶつけ合う。
「くはっ、美味い! やっぱニホンシュは最高だな。ツカサ、早くこの王都以外でも飲めるようにしてくれよ」
「いずれはな。しかし今のところ、この店と王宮の需要を満たすので精一杯だ」
オールドマザーは、こうして店で酒を飲ませるだけでなく、客が持参してきた瓶に入れて売る商売もしている。
瓶に日本酒を入れて持ち帰った客は、それで花見をしたり月見をしたりと楽しんでいるようだ。
また、俺のところに樽で注文してくるアンジェリカとかいう某女王陛下もいる。
それを考えると、今年作った酒を他の店で提供するのは難しい。
次の酒が完成する前に在庫がなくなってしまう。
まして王都の外にも流通させるとなると、しばらく先の話だ。
「そうか……」
「けど、今年は仕込みタンクを一つ増やす予定だ。それで純米大吟醸を造る」
「じゅんまいだいぎんじょう……? よく分からないが美味そうだな」
「ああ、美味いぞ。だが、それを造るためにはドワーフの協力が必要なんだ。ところが、俺たちにはドワーフとのコネがない。それどころか、ドワーフがどこに住んでるのか調べるところから始める……」
まこと、前途は多難だ。
と、思いきや。
「ああ、ドワーフか。昔、商人の護衛でドワーフの里に行ったことがあるぜ。結構気さくな奴らだったな」
ソフィアはスモークチーズを口に入れながら、そんなことを言い出した。
俺は耳を疑う。
ソフィアがドワーフの里に行ったことがある、というのはいい。
問題なのは「気さくな奴らだった」という言葉だ。
「冗談だろ。ドワーフってのは人間嫌いで有名なんだぞ。そんな訪ねていってすぐ打ち解けるとか……それとも何度も通ったのか?」
「いや。最初からいい雰囲気だった……けど、確かに、オレ以外の連中はあんまりドワーフと話せてなかったな。商人も、クー・シー傭兵団の奴らも」
「……商人の護衛ってことは商談があったんだろ? 結局、それは失敗したのか?」
「いや、成功だった。商人じゃなくて、オレを気に入ったからだってドワーフたちは言ってたけど……今にして思うと、何で俺だけ気に入られたんだ?」
ソフィアは首を捻って考え込む。
俺もその理由は気になる。
しかし、より重要なのは、ソフィアがいればドワーフは話を聞いてくれるということだ。




