17 結婚式
代筆屋に書いてもらった招待状は、それはそれは美しい書体で綴られていた。
これをオールドマザーのエレミアさんや、王宮のアンジェリカ様。商人ギルドのロラン。ハイン村の人々に手渡しで配っていく。
ハイン村の人たちは結婚式の招待状をもらったことがないらしく、とても珍しがり、そして喜んでくれた。
言われてみれば、狭い村でいちいち結婚式の招待状や告知など無用だろう。
かってに話が広がり、勝手に人が集まってくる。
だが、無駄を楽しむのも人生だ。
俺とハルカは楽しみながら招待状を配り歩いた。
そして六月半ば。
俺とハルカの結婚式はつつがなく進行した。
教会の不良シスターことルシールは、意外にも慣れた様子で結婚式を取り仕切る。
これもよく考えてみれば当然だ。この村で結婚式をやろうと思ったら、ルシールに頼むしかないのだ。
「それでは誓いのキスを」
キスなんて何万回もしているが、ウェディングドレス姿のハルカと交わした口づけは、一生忘れないだろう。
俺とハルカの唇が離れた直後、教会に集まってくれた村人たちが一斉に口笛を吹いた。
それどころか、中に入りきらなかった連中が、外で騒いでいる。
厳かな雰囲気はどこにもない。
それがこの村らしくて面白かった。
「よっしゃあ! 祝いだ、酒だ、料理だ!」
これにて、儀式としての結婚式は終了だ。
あとは飲んで食って歌って踊るお祭りである。
教会の外に出ると、小鳥が一斉に飛び立った。
オールドマザーの常連である鳥刺しの女の子に用意してもらったのだ。
無数の小鳥たちは、竜匠の青年が操る小型ドラゴンに脅かされ、天高く登っていく。
そして教会の周りには、村人たちがどこからか持ってきた木製の長テーブルがあり、その上には料理が所狭しと並べられていた。
「勇者様、賢者様。こっちこっち」
とことこと歩み寄ってきたレイチェルに、俺とハルカは手を引かれ、酒樽の前まで連れて行かれた。
「はい、これで蓋を割る」
そして大きなハンマーを手渡された。
タキシードを着た新郎と、ウェディングドレスの新婦。
そんな二人が結婚式で行なう共同作業といえば普通はケーキの入刀だろう。
しかし俺らには、こちらのほうが相応しいと思う。
「よし、ハルカ。いくぞ」
「うん。よいしょ!」
二人でハンマーを持ち、酒樽の蓋に叩き付ける。
割れた蓋が酒の中に落ちて、小さな水しぶきとともに、花のような吟醸香が広がった。
「おおっ!」
歓声が上がる。
それは俺とハルカを祝福してのものか。あるいは日本酒の香りに対してか。
おそらくは後者だろう。
全員、早く酒を飲みたいという顔をしている。
だからこそ嬉しい。
この酒は、俺とハルカの子供なのだから。
「おい、ツカサ、ハルカ。酒樽はあと二つある。全て開けよ。たった一つでは、一瞬で空になるぞ」
アンジェリカ様はワイングラスを片手に持ち、酒樽の前でそわそわしている。
既に開けた酒樽には人が群がり、柄杓で自分のコップに酒を注いでいた。
俺とハルカは苦笑し、残る酒樽も開けていく。
「うむ。皆に酒が行き渡ったようだな。では、皆の者。勇者ツカサと賢者ハルカの結婚を祝して……乾杯!」
女王陛下アンジェリカ・アルバーン御自らが、乾杯の音頭をとってくれた。
それに合わせて皆が一斉にコップやらグラスをかかげる。
あとはもう、俺たちは関係ない。
勝手に飲み食いが始まる。
テーブルの上には、エレミアさんが作ってくれたシーサーペントの刺身とステーキ。
あとオールドマザーでお馴染みの料理たち。
更に、ロランがこの日のために仕入れてくれたワサビもある。
完璧だ。
「ふふ、皆、ちゃんと味わって食べてね」
「わたくしもお手伝いしたのですわ~~」
エレミアさんとルシールが呼び掛ける。
しかし、誰も聞いちゃいない。
それでいいのだ。
美味い料理と美味い酒。そして楽しい空気。
勇者と賢者の結婚式だからと気を使わず、いつものように騒いでくれるのが嬉しい。
「ハルカ。俺たちも混ざるぞ。早くしないとシーサーペントがなくなってしまう!」
「そうね! 今日は食べまくるわよ!」
俺とハルカは日本酒の入ったグラスを持ち、手を取り合って、料理へとダッシュした。




