表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/62

16 お幸せに

 アルド村の港は賑わっていた。

 シーサーペント騒ぎが始まってからの三ヶ月、ずっと船は放置されてきた。

 漁師たちはブラシでこすって、その汚れを落とす。

 漁師の妻も、網やカゴの手入れで忙しい。

 大変な仕事なのだろうが、酒場にこもっているときよりも、ずっといい顔をしている。


 そんな村人たちの横で、俺とハルカも自分たちの作業をしていた。


「まずはシーサーペントを仕留めたことを、商人ギルドのロランに教えなきゃ」


「ああ。多分、首を長くして待っているはずだ」


 シーサーペントの死体は巨大である。

 俺とハルカの結婚式はハイン村の全員が参加する予定だが、それでも三百人程度。

 そこにオールドマザーの常連たちを加えても、シーサーペントを丸ごと食べるのは不可能だ。

 ゆえに俺たちは、余ったシーサーペントの肉をロランに売ると、事前に取り決めていた。

 その代わり、アルド村からハイン村へ運ぶ手段の手配は、ロランにやってもらう。


 ハルカは懐から取り出した紙に万年筆で、シーサーペント二匹を締めた旨を書き記す。

 そして折り紙の要領で紙飛行機を作り、魔力を流してから空へ飛ばす。

 紙飛行機はドンドン加速し、あっという間に見えなくなった。

 これで数時間以内に、王都の商業ギルドに手紙が届くだろう。


「確かロランは馬車で迎えに来るって言ってたよな? 馬車に積めるよう、シーサーペントを解体するか」


 俺は聖剣でシーサーペントを切り刻んでいく。

 ガチガチに凍っていて凄い硬度になっているが、聖剣の前にはシャーベットのようなものだ。


「ま、こんなもんか」


 シーサーペントはもう原形をとどめていない。

 無数の赤いブロックになってしまった。

 そう。シーサーペントは赤身なのだ。

 噂ではマグロの味に似ているとか。ただし、マグロよりも旨味があるという。

 あとはロランが迎えに来るまで、村の入り口に積み重ねておこう。

 ハルカの魔法は強力だから、自然に解凍されることはない。

 一週間でも一カ月でも、腐る心配は皆無だ。

 もちろん一カ月もこの村にいたら、結婚式の予定がずれてしまう。

 まあ、今から馬車の手配をして、来週くらいに迎えに来てくれれば……と、俺たちは呑気に構えていた。


 しかしロランは、二日後に十台の大型馬車を引き連れて到着してしまった。

 早くて困ることはないのだが、その迅速さに感心を通り越して呆れてしまう。


「手紙を出してから二日ってことは、読んですぐに出発したってことか。よくこれだけの馬車を短時間で手配できたなぁ」


「もちろん、手紙を読んでから手配したのでは間に合いません。そろそろお二人がシーサーペントを倒す頃だろうとあたりを付けて、あらかじめ抑えておいたのです。念のため、台数も多めに。しかし、まさか二匹も仕留めてくれるとは思っていませんでしたが……大丈夫。全て運べます」


 馬車にシーサーペントの肉を積み込む作業を、村人たちが手伝ってくれた。

 ありがたい。


「ありがたいから、馬車一台分の肉を置いていこう。皆で食べてくれ」


「それいい考えね、ツカサ」


 俺とハルカがそう言うと、ロランは泣きそうな顔になる。


「ちょっと待ってください。馬車一台分って、流石に多いでしょう!?」


「なんだロラン。もともとシーサーペントは一匹の予定だったのに、二匹になったんだ。つまり儲けは倍。だったら、そのくらいは我慢しろ。それとも、この取引はなしにするか? シーサーペントの肉なら、買いたがる商人はごまんといるだろうさ」


「勘弁してください。いいですよ、馬車一台分は諦めましょう」


 ロランは肩を落とすポーズをとる。

 が、見かけほど落ち込んではいない。

 なにせ、莫大な儲けになることに変わりはないのだ。


「勇者様。シーサーペントの肉をこんなに……? いいんですか?」


 一番動揺しているのはパスカルだ。

 村の入り口にシーサーペントの肉を積み上げ「これをお前にやる」と言ったときの彼の顔は、なかなか見物だった。


「いいんだ。あんただって一緒に戦ったじゃないか。ま、俺とハルカからの結婚祝いだと思って受け取ってくれ」


「そうですか……分かりました。では、村の皆と分け合うことにします」


「売れば一財産になるのに、欲のない男だなぁ」


 それこそ漁業さえできれば、あとは何もいらないのだろう。

 あとは好きな女か。

 しかし、よくよく考えてみると、俺も日本酒造りができて、あとはハルカがそばにいてくれれば満足だ。

 それ以外は人生のオマケみたいなものである。


「じゃあパスカルさん。解凍する方法を教えるわね。まずこんな感じの魔法陣を地面に書いて、それから呪文を――」


 パスカルに冷凍魔法の解除方法を伝え終わると、本格的に撤収準備に入る。

 とは言っても、シーサーペントの肉はもう馬車に積み終え、ロランの指揮で既に出発した。

 あとは宿に行って、俺たちの荷物を回収すれば、それで終わりだ。


 俺とハルカの脚なら、馬車よりも速く走ることができる。

 途中でロランたちを追い抜けるだろう。


 そしていざ出発するとき、村人のほとんどが村の外まで出てきて見送ってくれた。


「勇者様、賢者様……本当にお世話になりました」


 パスカルが一歩前に出て頭を下げる。


「いや、こっちこそ世話になった。そう丁寧にされると恐縮してしまうから、頭を上げてくれ」


 俺は本心から言ったのだ。

 なのにセーラまで出てきて、パスカルと一緒に頭を下げた。


「お二人のおかげで村は救われ、そして私はパスカルと結婚することが……ああ、何とお礼を言っていいか」


 いや、だから、あんまり丁寧にされると困るんだ。

 照れくさい。

 俺たちよりパスカルのほうが、ずっと頑張ったのに。


「……んじゃ、俺たちは行くぜ」


「パスカルさん、セーラさん。お幸せにね!」


 俺とハルカは踵を返し、王都に向かって歩いて行く。

 と、三歩目で立ち止まる。


「……? ツカサ、どうしたの?」


「いや、リュックサックが重いから、荷物を減らそうと思ってな」


 リュックサックの中には、ガラス瓶が入っている。

 シーサーペントを狩るついでに、あわよくば布教活動もしようと持ってきたのだ。

 それをすっかり忘れていたが、最後に思い出せてよかった。


「パスカル、これをやるよ。シーサーペントの肉に合わせると、きっと最高だぜ」


「この中身は何でしょうか? ラベルの文字も読めないのですが……」


 受け取ったパスカルは首を傾げる。

 無理もない。

 これはまだ、王都とハイン村でしか知られていないのだ。

 そしてラベルの文字は漢字。

 この世界で読めるのは俺とハルカだけである。


 だが、漢字はともかく、瓶の中身はすぐに他国でも有名になるだろう。

 そのとき「自分は昔から知っていた」と言えば、自慢になる。


 もちろんラベルに書かれている漢字は『純米酒 楽桜』であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ