15 大団円
本日の釣果、シーサーペント二匹。
予想の倍の漁獲高だ。
それゆえに想定外のピンチが訪れたが、パスカルの勇敢な行動により事なきを得た。
彼は自分の身を自分で守ったのだ。
本当に勇敢な男だ。
「パスカル。どうしてあんなに早く銛を投げることができたんだ?」
「勘と言いますか……海面の波を見て、下にまだ大きな奴がいるなと思ったので、念のために銛をいつでも投げられるよう身構えていたんです」
海面の波。
そんなもので水中のシーサーペントを感知していたのか。
俺たちにはない発想だ。
モンスターとの戦いはこちらが専門だが、海に関してはまるで敵わない。
「漁師って凄いのね……」
ハルカは感心しきった声を上げつつ、シーサーペント二匹の死体を魔法で冷凍する。
更に、凍った死体に魔力を流して宙に浮かせ、村まで運んでいく。
「ああ……疲れた」
何かを破壊するのに比べ、守ったり直したり維持したりする魔法は実に集中力を使う。
俺もハルカほどではないが、それなりに魔法を使えるので分かるのだ。
シーサーペントのような巨体を二匹も飛ばすのは、想像しただけでも難しい魔法である。
ハルカは冷凍シーサーペント二匹を砂浜にドカンと落とす。
並んでいる船と、そして集まっていた村人たちを潰さないよう気を使って。
そう。
俺たちがシーサーペントと戦っている間に、海岸には野次馬が集まっていた。
無理もない。
かなり派手に戦ったからな。
「おお、シーサーペントが死んだか。これでまた漁に出られるな。俺とセーラの結婚式の前に愛でたいことだ」
その野次馬の一人が、あのダーレンだった。
彼は凍り付いたシーサーペント二匹を前にして、純粋に嬉しそうに言った。
俺がダーレンの立場なら、パスカルに先を越されたことをまず悔しがると思うのだが。
彼にはそういった感覚がないらしい。
「それにしても、まさか二人が本当に勇者様と賢者様だったとは。数々の無礼を謝罪したい」
ダーレンは俺とハルカに頭を下げた。
あれほどペテン師呼ばわりしていたくせに、シーサーペントを仕留めるところを見た途端、これか。
まあ、仕方がない。
ハイン村には俺たちの容姿が伝わっていたから、すぐに勇者と賢者だと信じてくれた。
だが、このアルド村は王都から遠いせいか、魔王を倒したというエピソードしか伝わっていなかったのだ。
とはいえ、今更腰を低くされても、ダーレンに対する第一印象が覆ったりはしない。
こいつは嫌な奴だ。
「いやぁパスカル。本当に助かった。シーサーペントがいる状態で結婚式を上げるのも、少し不謹慎だったからな。だが、これで心置きなくセーラと結婚できる。お前にしては頑張った」
自分では何もしてにないのに、ダーレンは上から目線でパスカルの肩を叩く。
しかし、野次馬たちのほとんどは、そんなダーレンに冷ややかな視線を向けていた。
と、そこへ、村長が現われる。
「おお、パスカル。本当に……本当にシーサーペントを仕留めたのじゃな……実のところ、ワシは半信半疑じゃった。勇者様と賢者様は本物なのか、と。本物だとしてもシーサーペントを倒してくれるのか、と。じゃが、お前は賭けた。ワシはそれに乗って船を貸した。船を貸すくらいワシにとって大したリスクではないからな。しかし、お前は文字通り命がけじゃった。それに勝った。誰もシーサーペントに挑もうとしない中……パスカル、お主こそ、この村一番の漁師じゃ!」
村長がそう言いきった瞬間、野次馬たちから歓声が上がった。
うおおおおおっ、という大声とともに、パスカルを讃える声も聞こえる。
「パスカル。お前はやる男だと信じてたぜ!」
「ダーレンは普段は魚を沢山とるかもしれねぇが、いざってときは頼りにならねぇ」
「シーサーペントに挑んだのはお前だけだ!」
「これでまた漁に出られるぜ」
昨日までは考えられなかった言葉が湧き上がる。
パスカルはそれを真顔で受け止める。
そしてダーレンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「おいっ、お前ら! ちょっと待てよ! こいつが? 村一番の漁師だと? 本気でそう思ってるのか!? ちょっと勇気を出して勇者様と賢者様のために船を出しただけで? はんっ、俺だってこのお二人が本物だって分かっていたら、船を出したさ!」
だが、現実としてダーレンは俺たちを偽物だと思い込み、船を出さなかった。
「ダーレン。お前も本当は分かっておるのじゃろう? お前はパスカルに負けた。見ろ、このシーサーペントを。しかも二匹目は、パスカルが勇者様よりも早く銛を撃ち込んだ。お前にあれができるか? ん?」
「……できません」
ダーレンは拳を握りしめ、悔しげに言葉を絞り出す。
そのとき群集の中から、一人の女性が飛び出しパスカルに抱きついてきた。
セーラである。
「パスカル!」
彼女は涙を浮かべ、腕をパスカルの肩に絡ませる。
まるで何年も離ればなれになっていた恋人同士のようだ。
「セーラ……君はいつも僕を心配していたけど、これで僕が一人前の男だって分かってくれたかな?」
「うん……分かった、凄く分かった! パスカルは、凄いわ……!」
セーラは涙を浮かべてパスカルに抱きつく。
これで大団円だ。
俺たちはシーサーペントを手に入れ、パスカルはセーラを手に入れた。
村人はまた漁にでることができる。
不幸なのはダーレンだけで、あとは全員幸せだ。
と、思いきや。
「だけど、シーサーペントを倒したのは僕じゃない。勇者様と賢者様だ。僕には村一番の漁師を名乗る資格はないよ」
せっかく両思いが成就しそうだというのに、パスカルは面倒なことを言い出した。
皆が認めてくれているのに。
わざわざ自分を下げることを語る。
ああ、真面目な男とは、何と面倒なのだろう。
「ああ、そうだパスカル! 村一番の漁師は俺だぞ!」
ダーレンは我が意を得たりという感じで叫ぶ。
しかし、パスカルはダーレンに視線すら向けない。
「だからセーラ。村一番の漁師とか、家が決めた婚約者とか、そういうのを抜きにして、君自身が結婚したい相手を今ここで言って欲しいんだ。それが僕じゃなかったら、きっぱり諦める。けど、もし僕を選んでくれるなら、どんなことがあっても、君を幸せにしてみせる!」
「パスカル……あなた、意外と意地悪なのね。そんなことを皆の前で言わせるなんて。それとも天然? ええ、天然でしょうね。知っているわ。仕方のない人。私が好いているのは、今も昔も未来も、あなたよ、パスカル。愛してる。大好き……!」
パスカルとセーラの結婚に対して、村長は当然、大賛成だった。
村人たちも祝福している。なんだか調子がいいような気もするが、祝福されないよりは、よほどいい。
唯一人、おもしろくないのはダーレンだ。
彼は村長の孫と結婚し、次期村長になるはずだった。
しかし、その道は閉ざされた。
あれだけ見下していたパスカルの手によって。
だが実際、パスカルは勇敢だった。
誰もがシーサーペントが自然に去るのを待っていた中、船に俺とハルカを乗せて戦いを挑んだのだ。
その姿は村人たちの目に『英雄』として映った。
ダーレンがいくら「実際に戦ったのは勇者と賢者だ」と主張したところで、無駄だった。
そもそもダーレンの言っていることは嘘である。
パスカルはちゃんと銛を投げて戦ったのだ。
「よし、今日は新しい村一番の漁師の誕生を祝って、飲み明かすぞ!」
どこからともなくそんな声が上がった。
村人たちは歓声を上げて拳を振り上げる。
村長ですら浮かれた顔をしていた。
だが、パスカルだけが落ち着き払い、首を振る。
「ありがとう、皆。だけど、せっかくシーサーペントがいなくなって漁に出られるようになったんだ。船や漁具の手入れをしよう。今までずっとサボってきたんだから、いい加減、働きたくなっただろう? 酒は働いたあとに飲んだほうが美味しいと思うんだ」
パスカルにそう言われ、村人たちは赤くなって恥じ入った。
ダーレンですら、ハッとした顔になり、それからうつむいて呟いた。
それは蚊の鳴くような声だったが、俺の耳にはしっかりと届いた。
「……俺の負けか」
シーサーペントを倒したという成果だけでなく、それに思い上がることなく漁のことだけを考えるパスカルの精神性が、ダーレンに敗北を認めさせたのだ。




