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14 シーサーペント出現

「ねえ、パスカルさん。シーサーペントを倒せば、あなたが村一番の漁師になれるわね。そうしたらセーラさんと結婚できるわよね?」


 ハルカはオールを漕ぐパスカルに向かって語りかけた。


「……それは、どうでしょう。僕はただ船を出しただけです。戦う力はありません。ただ『その場にいた』というだけでは、誰も納得しないでしょう」


「そんなことないわよ! 船を出してくれただけでパスカルさんが一番よ。それに、セーラさんをダーレンから奪う気がないなら、どうしてシーサーペントに挑むのよ!?」


「それは当然、村のためですよ。このままではいつか村は滅んでしまう。だから僕が……いや、違いますね。僕は単純に、また漁に出たいんです。漁師なのに漁に出ることができないなんて、訳が分かりませんよ。平然と酒場で時間を潰せる連中の気が知れない」


 パスカルの口調は淡々としている。

 しかし俺は、その裏に炎を感じ取った。

 セーラのことが頭から消えているわけではないだろうが、パスカルにとって漁業とは、女よりもなお重要なことなのだ。


 俺はどうだろう?

 ハルカと日本酒造り。どちらかを選べと言われたら、どちらを選ぶ?

 難しいな。

 難しいから、そういう選択を迫られることのないように生きていこう。


「まあ、なんにせよ。今日でシーサーペント騒ぎは終わる。思う存分に漁をすればいい」


 そして俺たちは対シーサーペントの打ち合わせを改めてやる。


「ハルカはとにかく防御結界を張り続けろ。この船とパスカルを守るのがお前の役目だ」


「もうそうしてるわよ」


 本人が言っているとおり、既にハルカは船の周りを球状の結界で包んでいた。

 目には見えないが、人間が怪我をするような攻撃が飛んできた場合、自動的をそれを防いでくれるようになっている。

 その魔力の源になっているのは、彼女の左目に宿る〝賢者の神刻〟だ。

 瞳の中に天使の翼のような模様が浮かび上がっており、淡い光りが溢れ出している。

 地上で最も魔術に秀でている証である。


「言うまでもなく、俺の役目は攻撃だ」


 俺はそう呟き〝勇者の神刻〟を発動させた。

 それは右の手の甲に浮かび上がる剣の形をした刻印だ。

 念じればハルカの左目と同様に輝く。

 勇者の神刻。それはこの地上で最強だという証だ。


 俺はその力を使い、右手に剣を出現させた。

 かつて魔王を討ち滅ぼした聖剣だ。

 この海に住んでいるシーサーペントがどれほどの強さか知らないが、負けることなどありえない。


「パスカルは岩山まで船を近づけたら、あとはジッとしていろ。揺れると思うから、海に落ちないようにな」


「はい。足を引っ張りたくはありませんから。しかし一応、戦う心構えだけは持っておきますよ。ここは僕が育った海で、それを取り戻す戦いですからね」


 パスカルはオールを置き、代わりに銛を手に取る。

 先端に大きな刃が付いており、戦場で槍として使えそうなほど無骨だった。

 実際にモンスターの前に身を晒すのだから、覚悟を決めておくのも大切だ。

 その上で、自分が戦ったら足を引っ張るという自覚があるのだから、もはや俺から言うことは何もない。


「あ、そうだ。パスカルさん、その銛に魔法をかけてあげる。一発の使い切りだけど、撃ち込んだときの威力が何倍にもなるわよ」


「そんな便利な魔法があるんですか。流石は賢者様ですね。お願いします」


 ハルカは銛に手をかざし、魔力を流し込む。

 すると銛の先端が淡い光を放ち始めた。


「はい、完了。これをぶつければ、私の魔力が爆発して大ダメージを与えることができるわ。きっとシーサーペントにも有効よ」


「ありがとうございます。本当に凄いですね」


「どういたしまして。でも、それでも戦闘は私とツカサに任せてね?」


「分かっていますよ。これは本当にいざって時しか使いません」


 パスカルは銛を戻し、またオールを持った。

 さっっきはあれだけ炎を宿した言葉を放っていたのに、同時に氷のような冷静さを合わせ持っている。

 少なくとも精神面に限って、このパスカルという男は本当に凄い奴かもしれない。

 ただ残念なのは、体格では圧倒的にダーレンが優っていることだ。

 パスカルがもう少し大きな体だったら、村一番の漁師は彼になっていたことだろう。


「さて。もうすぐ岩山だな」


 俺がそう呟いたとき。

 目の前の海面が盛り上がった。

 そして水しぶきを上げながら現われる巨体。

 青色の鱗で覆われた、巨大な蛇。

 その口は俺たち全員を丸呑みにできるほど大きく、長さは海面上に出ている分だけでも十メートルを超えている。


「よっしゃあ、ようやく対面できたな! お前には俺とハルカの結婚式に並ぶ料理になってもらうぞ!」


 俺は聖剣の切っ先をシーサーペントに向ける。

 その瞬間、シーサーペントは船に向かって体当たりをしてきた。

 まずは船を沈め、それからゆっくりと俺たちを食べるつもりだろうか。

 しかし、船はハルカの結界で守られている。

 シーサーペントの体当たりは虚しく跳ね返されてしまった。


 そこでシーサーペントはようやく、俺たちがいつものエサではないと気付いたのだろう。

 全身から殺気をみなぎらせた。

 口を大きく開け、大気を吸い込む。

 そして吐き出された息は、超低温の冷凍ガスと化していた。

 白い息が周辺の海面を凍らせていく。

 氷は村の海岸近くまで到達していた。


 だが、そんな状況でも、俺は肌寒さすら感じていない。

 ハルカの結界が、冷気を完全に防いでいるのだ。


「よし、次は俺の攻撃だ。綺麗に殺してやるぜ!」


 俺は聖剣を野球のバットのように構え、そしてフルスイング。

 剣の刃から光の波動がほとばしり、それがシーサーペントの頭部と胴体を切り離してしまった。

 頭部は勢いよく飛んでいき、胴体は血を拭きながら倒れる。

 どちらも海面に落ちると、氷の破片と水しぶきを撒き散らした。

 シーサーペントの胴体は頭を失ってもしばらくクネクネとのたうっていたが、ほどなくて完全に動かなくなった。

 血の流れもほとんど止まり、虚しく海に浮かぶだけだ。


「凄い……あんな太いシーサーペントを一撃で……」


 パスカルは銛を握りしめたまま、唖然と呟く。


「何というか、本当に勇者様と賢者様だったんですね。いや、信じていましたが……改めて見ると、凄まじい」


「言っておくが、これでも手加減してるんだぜ。本気を出すとシーサーペントが消滅するからな。だが、そうしたら食べることができなくなる」


「な、なるほど」


 パスカルは、初めて経験する大型モンスターとの戦いに圧倒されたらしく、まだポカンとした顔のままだ。

 かなり肝の据わった男だが、いくらなんでも付いてこられなかったようだ。


「とりあえずハルカ。シーサーペントを腐らないように冷凍してくれ」


「はーい」


 ハルカは防御結界を消し、そしてシーサーペントへと手をかざした。

 その瞬間。

 背後から水しぶきが上がる。

 振り返ると、シーサーペントがいた。

 二匹いたということか!


 しかしヤバイ。

 もう戦いが終わったと思ってハルカは防御結界を解いてしまっている。

 今攻撃されたら俺とハルカはともかく、パスカルが死んでしまう。


 防御結界の再展開が間に合うかどうかはギリギリ。

 俺が攻撃してシーサーペントを仕留めるのも間に合わない。

 なぜならシーサーペントは、もう息を吸い込んでいて、冷凍ガスを吐き出す直前なのだ。


 そのシーサーペントに対して――パスカルが銛を投げた。

 俺とハルカが反応するより早く構えていたとしか思えない。

 とにかくその銛はシーサーペントの額に吸い込まれるように飛び、見事突き刺さった。

 そして、その先端に込められたハルカの魔力が解放され、爆発を引き起こす。


 それにより、シーサーペントの頭の向きが変わる。

 冷凍ガスはあらぬ方向へ放たれ、パスカルは無事だ。


 このチャンスを逃す手はない。

 俺はすかさず聖剣を振り抜き、二匹目のシーサーペントを両断せしめた。

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