13 誰が本当の一番か
セーラが帰ってからしばらくすると、今度はパスカルが部屋にやって来た。
「勇者様、賢者様。村長が昔使っていた船を貸してくれるそうです。明日、シーサーペントのところまで行きましょう」
それは朗報だ。しかし――。
「パスカル……たった今、村長の孫のセーラがここに来たんだ。あんた、ここに来る途中ですれ違わなかったか?」
「ええ、会いましたよ。シーサーペント狩りなんて行くなと言われました。彼女は昔から心配性ですからね」
「そうか……いや、実はな」
俺はパスカルに、船を壊したのがセーラだと教えた。
他ならぬ彼女本人から聞いたのだということも、しっかり伝える。
それを聞いたパスカルの顔には、特に驚きは浮かばなかった。
「そうですか……そんなことだろうと思っていたのです。では、僕が村長から船を借りたということは、この場だけの秘密と言うことにしましょう」
「それはいいけど、パスカルさん、あなた怒ってないの? 船を壊した犯人が分かったのよ?」
ハルカが不思議そうに尋ねると、パスカルは穏やかに答える。
「怒っていますよ。船は僕の相棒です。それを壊されたとあっては、いくら相手がセーラでも許せません。しかし同時に、僕の身を案じてくれた嬉しさもあるので複雑ですね。白状しますが、僕はセーラが好きですから」
パスカルは少々照れくさそうだったが、実に堂々と語った。
顔立ちは頼りないのに、言うことはハッキリしている男だ。
「まあ、僕とセーラのことは、お二人には関係ないでしょう。明日シーサーペントを倒す。そのことだけを考えてください」
「そうか……分かった。セーラに勘づかれる前に船を出したほうがいいよな。夜明けとともに出発しようぜ」
「そうですね、同感です」
港への集合時間を決めると、パスカルは部屋をあとにした。
「ねーねー、ツカサ」
ベッドにぺたんと座ったハルカが、何やら呼び掛けてくる。
「どうしたハルカ」
「パスカルさんとセーラさん。相思相愛なのよね?」
「どうもそうらしいな」
「でもセーラさんは、ダーレンと結婚するのよね?」
「……随分と前から決まっていた話みたいだからな」
「変よ、それ。結婚は当人同士が決めることでしょ。私、ツカサ以外と結婚させられそうになったら、暴れるわよ」
「俺だってそうだ。ハルカ以外と結婚なんて考えられない。けど、俺たちは余所者だからなぁ」
「うーん、そうなんだけどさぁ……」
ハルカは納得いかないという顔をする。
他人の色恋沙汰に首を突っ込みたがるとは、ハルカもなかなかお節介な性格である。
「俺たちが横槍を入れるのは筋違いだ。しかし……セーラは村一番の漁師と結婚するわけだろ。で、ダーレンが本当に村一番なのか、村長は疑問に思い始めている。そこでパスカルがシーサーペントを倒してみろ。誰が本当に村一番の漁師なのか……皆が考え直すんじゃないのか」
「ああ、そっか。そういうことね! じゃあ私たちは明日、パスカルがシーサーペントを倒す手伝いをすればいいわけね!」
「そう。あくまで〝手伝い〟な」
無論のこと、俺とハルカが主力にならないとシーサーペントを倒すことなど不可能だ。
しかし実態がどうであれ、船を出したのがパスカルである以上、それはパスカルの獲物であろう。
俺たちは助っ人として船に乗り込み、その報酬としてシーサーペントの死体をもらい受ける。
そんなことでは村人たちが納得しない?
いやいや。
ここはシーサーペントが怖くて海に近づけないような腰抜けばかりの村だ。
その中で船を出したというだけでも、賞賛に値する。
漁に出た漁師と、漁に出ない漁師。
どちらが優れているかというより、後者はそもそも土俵に上がってすらいないのだ。
次の日の早朝。
港に行くと、既にパスカルが待っていた。
そして彼の前には、他のものよりも古びた船が浮かんでいた。
ロープで海岸に固定され、波にゆっくりと揺れている。
「それが村長の船か?」
「はい。村長が現役時代に使っていたものです。ずっと村長の家に保管されていたのですが、僕が借りました。もしシーサーペントを仕留めたら、そのままくれるそうです」
「へえ。くれるのは船だけか?」
「……行きましょう」
質問には答えず、パスカルは俺たちに船に乗るよう促した。
俺とハルカは大人しく従う。
最後にパスカルが乗り込み、ロープを外して、オールで漕ぎ出す。
船は三人乗っても余裕があるほど広い。
そんな大きな船がパスカルの手によって、ゆっくりと動き出した。
そのときである。
「パスカル!」
浜から、セーラの声が聞こえた。
急いで走ってきたのだろう。
彼女は肩で息をしており、もう一歩も動けないという様子だ。
しかし、瞳には力があった。
顔を上げ、鋭い視線を送ってくる。
「パスカル、戻ってきて! そのまま行ったら……死ぬわよ!」
どうやら彼女の中では、俺たちがシーサーペントに負けることが確定しているらしい。
失敬な。
魔王に勝った俺たちが、シーサーペント如きに負けるはずがない。
いまだに俺たちは偽物だと思われているのだろうか。
「セーラ……君はいつも僕のことを心配してくれるね。小さい頃からいつもそうだ。ありがとう。でも、たまには信じてくれてもいいんじゃないかな?」
パスカルもまたセーラを見つめ、静かに、しかし力強く言った。
するとセーラは驚いたように目を丸くし、そのまま押し黙ってしまった。
船は徐々に加速し、沖の岩山を目指す。
もうセーラが追ってくることは不可能だ。