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10 まともな漁師

「勇者様、賢者様。ワシの息子はシーサーペントに殺されたのです。最初の犠牲者でした」


 村長は酒場を出た後、トツトツと語り出した。


「その息子と昔から決めていたのです。孫のセーラは、村一番の漁師と結婚させると。そして、あのダーレンこそ、文句なしに村一番でした。セーラ自身も、ダーレンとの結婚に納得していました。じゃが……今となってはワシのほうが迷っております。シーサーペントを狩れとまでは言いません。ですが、こんな状態になってもそれを恥じず、焦りもせず……そんな者が漁師を名乗ってよいのでしょうか」


「はあ……確かに、やる気はあまり感じませんでしたね」


 俺は村長に同意する。

 とはいえ、しょせんは他人事だ。

 村長の孫と誰が結婚しても、俺にとっては関係ない。

 まあ、俺が女だとしたら、ダーレンとは結婚したくないと思うが。


「……それにしても、せっかく勇者様と賢者様が来てくださったのに、船を出す者がいないとは情けない。じゃが、船は必ずワシの責任でなんとかします。もうしばらく待って頂けませんか?」


「急いでいるわけではないので構いませんけど。まさか村長さんが自分で漕ぐとか言い出しませんよね?」


「……それは最終手段ですな」


 最終手段でも、そんなことをされては困る。

 昔はどんな漁師だったか知らないが、今は杖を突いたお爺さんだ。

 村長に船を任せるくらいなら、俺とハルカで漕いだほうがまだマシである。


「ひとまず、ワシは帰ります。何かありましたらワシの家に来てください。あそこに見える三階建てのがそれですじゃ」


 この村の建物はどれも平屋か二階建てだが、一つだけ三階建ての建物があった。

 分かりやすくて実にいい。

 それにしても村長は本当に儲かっていたんだなぁ。


「分かりました。俺たちのほうでも船を探してみます。それでは」


「村長さん、道に気を付けてくださいね」


 俺とハルカに見送られて、村長は家に帰る。

 後ろ姿が頼りない。

 やはり村長に船を任せるのは危険だ。


「やっぱ、俺たちで船を出すか。あんなに使ってない船があるんだ。誰か売ってくれるだろ」


「そうね。もう皆、やる気ないもんね」


 酒場の前で俺たちがそんな話をしていると――。


「酷いですね。彼らと一緒にしないでくれますか?」


 そう言いながら、一人の男が酒場から出てきた。

 年齢は二十代前半。俺より少し年上といったところだ。

 それなりに引き締まった体つきだが、顔立ちはどこか頼りない。

 だが、声には張りがあった。

 目にも精気がある。

 少なくとも、ダーレンよりはマシな印象を受ける。


「えっと……あなたは?」


 ハルカが尋ねると、


「僕はパスカル。漁師です。長いこと漁には出ていませんけどね」


 彼は自嘲気味に言った。


「その漁師パスカルさんが、俺たちに何のようだ?」


「さっき、ダーレンとお二人が話しているのを聞いていました。船が必要なのでしょう? 俺が出しますよ。その代わり、シーサーペントを倒してください」


 その意外な申し出に、俺とハルカは顔を見合わせた。

 いや、本当なら意外でも何でもない。

 この村の未来がかかっているのだ。

 船を出そうという漁師がいて然るべき。

 しかし、ダーレンたちがあまりにも期待はずれだったので、この村の漁師は全員あんな奴らだと思ってしまったのだ。


「ありがたい申し出だけど……いいのか? 俺たちは偽物の勇者と賢者かもしれないんだぜ?」


「村長がその目で確かめて本物と判断したのでしょう? なら信じます。村長は足腰こそ弱っていますが、まだまだしっかりしていますよ。僕は村をここまで大きくした村長を尊敬しています」


 おお、なんてまっとうな答えなんだろう。

 中でビールを飲み続けているチンピラみたいな連中とは大違いだ。


「分かった。それなら場所を変えて詳しい打ち合わせをしよう。俺とハルカは、あんたと船を完璧に守りきった上でシーサーペントを仕留める自信がある。しかし一応、獲物がどこにいて、どう出てくるのか知りたい」


「そういうことなら港に行きましょう。現場を見ながらのほうが話をしやすいと思います」


 パスカルがそう言った瞬間、酒場からダーレンとその取り巻きが出てきた。

 もう失神から回復したのか。

 それにしてもダーレンの顔は真っ赤だ。

 さっきより随分と酔いが回ったらしい。


「おいパスカルぅ……聞こえたぜ。お前がぁ? そこのペテン師二人とシーサーペントを退治するだってぇ? おいおい自殺するようなもんだ。酔っ払ってるのかぁ?」


 酔っ払いはお前である。


「悪いけど、僕はシラフだよダーレン。シラフだからこそ、漁に出ることができない現状に耐えられないんだ」


「はっ、そうかよ。まあ、俺はお前が死のうと関係ねーけどな。それよりも、そこのペテン師のねーちゃん。あんた、かなりの美人だな。シーサーペントなんてどうでもいいから、俺たちと一緒に飲もうぜ……」


 身の程知らずにもダーレンは、ハルカの肩に手をかけた。

 さっき一度、ハルカの堪忍袋の緒が切れる寸前までいった。しかし辛うじてハルカは我慢した。

 この場合、ハルカの堪忍袋の緒は、ダーレンの命綱と同義である。

 それを彼は、自ら引き千切りに来たのだ。実に度しがたい。


「なんで私があんたなんかと飲まなきゃいけないのよ!」


 ハルカの体から電気が流れる。

 その肩に触れていたダーレンは当然、感電した。


「ほぎゃああ!」


 ビクビクと痙攣しながら倒れるダーレンを放置し、俺たち三人は港に向かう。

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