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09 次期村長

「なあ、おい、自称勇者と賢者のお二人さん。村長さんをどうやって騙したかしらないが、俺の目は誤魔化せないぜ」


 そう言って一人の男が立ち上がった。

 年齢は二十代後半。

 無精髭を生やしているが、それを剃れば、まあまあ精悍な顔つきになるだろう。

 手にはウイスキーのボトル。

 グラスに注がずラッパ飲みしているらしい。


「騙したとは心外だな。俺たちは本物だが?」


「それをどうやって証明する? 勇者様だってんなら、とびきり強いんだろう? 噂じゃ小さな村くらい吹っ飛ばせるって聞いたぜ。やって見せてくれよ」


「そんなの無理に決まっている」


 人が住んでいる村を吹き飛ばしたら、ただの大量殺人犯だ。

 俺にそんな酷いことができるわけがない。


「はっ、偽物だって認めやがったな! このペテン師が。村長さん、あなたもこんな連中に騙されないでくださいよ。もうすぐ俺の『義祖父(おじい)さん』になるんですから」


「こ、こら、ダーレン! お前、お二人に向かってなんてことを言うんだ! ワシはこの目で見たのじゃ。賢者様が海に水しぶきを上げ、氷の柱を作ったのを!」


 村長は俺たちが本物だと信じてくれている。だから唾を飛ばして怒鳴り散らす。

 しかし、ダーレンと呼ばれた男はまるで意に介する様子がない。


「氷の柱くらい、それなりの魔法使いなら誰でもできますよ村長。賢者を名乗るなら、せめてこの村の海岸線を凍らせるくらいのことはしてもらなわないと」


 そう言われ、ハルカはムッとした顔になる。


「やろうと思えばやれるけど!?」


「ほう、じゃあやってもらおうじゃないか」


「ええ、やってやろうじゃないの!」


 ハルカは肩を怒らせ、港に向かおうと踵を返す。

 が、村長に腕を掴まれ止められた。


「ま、待ってください賢者様。そんなことをされたら船が全て壊れてしまいますぞ!」


「あ、そっか……」


 ハルカは言われて初めて気が付いたという顔をする。

 怒りでまともな判断力を失っていたらしい。


「おや、よかったな自称賢者様。村長さんに言われたなら仕方がない。魔法を使わない口実になる。いやぁ、俺も賢者様の魔法が見たかった。本物ならね」


 ダーレンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべハルカを挑発してくる。

 ハルカはブチ切れる寸前だ。

 目はつり上がり、こめかみがピクピクしている。

 俺も腹を立てているが、ハルカのせいで逆に冷静になってきた。


(落ち着けハルカ。感情そのままに暴れたら、相手を殺しちまうぞ)


(そうだけど……そうだけど、ああああっ腹立つ!)


 俺がヒソヒソと話しかけると、ハルカも小声で返してきた。

 辛うじて聞き取れるかどうかという声量だが、それでも怒りが伝わってくるのだからもの凄い。


「ダーレンとか言ったっけ? オーケー。あんたらには期待しないよ。ところで一つ気になったんだが、さっき村長さんを義祖父さんと呼んだな? それはつまり」


「ああ、俺はもうすぐ、村長さんの孫と結婚するんだ。何せ俺は村一番の漁師。当然のことだ。そして、ゆくゆくは次の村長ってわけだ。だからあんたらの口車に乗って死ぬわけにはいかないんだよ。何を企んでいるのか知らないが、早くこの村から去りな。じゃないと、俺が黙っちゃいないぞ」


 ダーレンは自分に酔ったような台詞を口にし、そして袖をまくって力こぶを作った。

 村一番の漁師と言うだけあって、見事な筋肉だ。

 周りから口笛が鳴る。


「いいぞダーレン!」


 歓声も上がった。

 どうやら人気もあるらしい。

 まあ、村一番の漁師で次期村長候補ともなれば、ある意味当然か。

 実力が認められている内は安泰だろう。

 しかし、漁に出ない漁師の中で一番であり続けて意味があるのだろうか?

 魚が捕れない漁村の村長になって、何か嬉しいのだろうか?


「村長。彼の言っていることは本当ですか?」


「ええ、まあ……確かに、ワシの孫と婚約させましたが……」


 させました、ということは村長が率先したということか。

 だが、苦々しい口調だ。

 事情が変わって、後悔しているように見える。


「なるほど。事情は分かりました。とりあえず、ここを出ましょうか。ほらハルカ、行くぞ」


「う、うん……」


 俺は村長とハルカの背中を押して、酒場から出て行こうとする。

 しかし――。

 その前にやることがある。


 俺は素早く振り向き、未だ俺たちに向かって侮蔑の言葉を浴びせているダーレンへと詰め寄る。

 そして、その顎をかすめるように拳を突き出す。

 わずかに、しかし超高速で触れた俺の拳は、ダーレンの皮膚を傷つけることなく、脳を激しく揺さぶった。

 作業を終えた俺は、また元の位置に戻り、村長とハルカを押す。


 この間、0.1秒以下。


 ハルカはともかく、それ以外の人間には視認できない。

 ゆえに、どうしてダーレンが意識を失いテーブルに突っ伏したのかも分からない。


「お、おいどうしたダーレン! 飲み過ぎたのかよ!?」

「あーあー、料理に顔面から突っ込んでやがる」


 店の外に出る直前、背中から漁師たちの声が聞こえてきた。

 ハルカを馬鹿にした報いだ。

 もちろん命に別状はない。

 失神しただけ。

 そのうち目を覚ます。

 俺の女を虚仮にしたにしては、安い代償だろう。


 しかし、船を出してくれる人がいないのは困った。

 泳いで沖に行くのは嫌だし。

 俺が自分で漕げばいいのだろうか。

 それともダーレンの望みどおり、この辺一帯の海を凍らせて歩いて行くべきか。

 いや、それは村長が可哀想だ。


 さて、どうしたものか……。

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