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04 女王陛下

 俺とハルカが住んでいるアルバーン王国は、文句なしに大国である。

 その人口は三百万を超え、鉱物資源に恵まれ、土地も肥えていた。

 そして国家騎士団も、フリーの冒険者も、優秀な者が多い。

 魔王が生きていた頃は、周辺諸国をその強大な軍事力で守り、盟主国として君臨していた。

 今でもアルバーン王国の発言力は強く、だからこそ統治している女王陛下の責任は重い。

 世界の重要人物を五人選べと言われたら、必ず彼女がその中に入る。


 だが、俺とハルカだって負けていない。

 なにせ勇者と賢者だ。半年前に人類最大の敵、魔王を倒した功労者だ。

 その扱いは並の貴族より格上で、ゆえに女王陛下に会いたいと思えば、いつでも会える。

 それに女王陛下とは、個人としての交流もある。

 だから俺たちが彼女に会いに行くと、謁見というより、たんに友人同士が顔を合わせているような雰囲気になってしまう。

 現に今日、俺とハルカが王宮に行くと、通されたのは謁見の間ではなく、庭園に面したテラスだった。


「ああ、済まないな二人とも。待たせてしまった。我ながら面倒な身分だ。しかし午前中の予定は全てキャンセルしてやったから、これでゆっくりと話せるぞ」


 そう言って俺たちの前に現われたのは、十代後半の麗しい女性だ。

 豪奢なドレスをまとい、眩い黄金の髪をなびかせる。

 真に美を極め、そして立ち振る舞いも完璧にこなす女王陛下。

 アンジェリカ・アルバーン。

 それは国家の象徴として相応しく、同時に人形めいて人々の目に映る。

 もっとも、全ては仮面だ。その奥にある素顔は、実のところ普通の少女であると俺は知っている。

 

「全てキャンセルって……いいんですか? 俺らはいくらでも待ちますよ?」

「そうですよ、アンジェリカ様。何なら別の日でも……」


 俺とハルカは遠慮してみせるが、しかし当のアンジェリカ様は気にした様子がない。


「何を言っている。友人が一カ月ぶりに尋ねてきたのだ。しかもそれは人類の救世主。何よりも優先させて当然だろう。なぁに、問題ない。午後の妾にしわ寄せが行くだけだ」

「……午後のあなたは、午前の自分を怨むでしょうね」

「ああ、間違いない。きっと絞め殺したくなるだろうな」


 とはいえ、その程度で済むなら遠慮はいらない。

 メイドさんが出してくれた紅茶とお菓子を食べながら、俺は本題を切り出した。


「アンジェリカ様はお酒が好きでしたよね?」

「好きと言っても、ワインを少々嗜むくらいだが」


 少々とは随分とぼけた話だ。

 わざわざブドウ畑を買取り、自分好みのワインを造らせているくせに。


「そんなアンジェリカ様に献上したい酒があります」


 俺はどぶろくが入った瓶をテーブルの上に置く。


「……白い酒? 見たことも聞いたこともない。どこから手に入れた?」

「まずは何も言わずに飲んでくれませんか。全てはそれからです」


 俺が自信たっぷりに語ると、アンジェリカ様は「ふむ」と呟き、そして紅茶をはしたなく一気飲みしてティーカップを空にした。

 そして、どぶろくをなみなみと注ぎ、また一気飲み。

 味わっているのかどうか全く分からないが、それ以前に、知らない飲み物を躊躇せず飲めるというのが凄い。

 女王陛下という役目を完璧に演じきっている彼女だが、仮面を剥がすとこれである。

 見た目が優雅なままなのに、火事場で働いているオッサンの如く豪快だ。


「これは……美味いな!」


 端的すぎる感想だが、だからこそ俺は嬉しかった。

 アンジェリカ様は正直な人だ。

 公的な発言はともかく、私生活においては全てをハッキリさせる。

 ゆえに、そこにお世辞は混じらない。


「アンジェリカ様。そのお酒、ツカサが造ったんですよ」


 ハルカがネタバラシをすると、アンジェリカ様は目を丸くして瓶と俺を見比べる。


「ツカサにそういう特技があったとは知らなかった。して、これは何で造った酒なのだ?」

「米です。東方から商人ギルドに仕入れさせました。ちなみに、どぶろくという名の酒です」

「米の酒か。なるほど、言われてみればそのような味だ。珍しい酒をありがとう。実に美味しかった。そして二人は、妾にこれを飲ませてどうするつもりだ? 増産するための設備や人手が欲しいのか? いくらでも協力するぞ」


 予想どおり……いや、予想以上にアンジェリカ様は目を輝かせて食いついてきた。

 造った俺としては嬉しいのだが、しかし、どぶろく程度で満足して欲しくない。


「アンジェリカ様。俺はこれよりも遥かに美味い酒の造り方を知っています」

「遥かに、か。大きく出たな」

「誇張ではないのです。このどぶろく。確かに自分でも上出来だと自負していますが、ワインやビールに対して、そこまで勝っているとも思っていません。既に多くの人から好評を得ていますが……それは物珍しさからくる補正が入っているでしょう。いずれは飽きられ、人気も落ち着きます」

「なるほど、確かにそうかもしれない」

「ですが、俺がこれから造ろうとしているその酒……日本酒は、絶対に飽きられないという自信があります」


 断言である。さっきも言ったように、誇張ではない。

 もちろん人には好みがある。

 日本酒を飲んだ上で、やはりビールやワインの方が好きだという人は当然いるだろう。

 だが、一度ハマってしまえば、飽きることはない。

 無論それは、俺が美味しい日本酒を造ることができたら、の話である。


「資金ならいくらでも出そう。造れ」


 アンジェリカ様は短く言葉を放った。

 先程までのような少女の声ではなく、超然とした王者の気配を俺に叩き付けてくる。

 完全に女王陛下としての口調になっていた。


「ツカサの話が本当なら、その酒はアルバーン王国の名物になる。他国の連中を接待するとき、珍しい酒を用意できれば、それだけでこちらの格が上がる。どぶろくでも十分いけるだろう。それが、どぶろく以上となれば考えるまでもない。いや、そんな政治的な話よりも、単純に経済効果が期待できる。何より妾が飲みたいのだ。女王として命じる。勇者ツカサと賢者ハルカよ。ニホンシュとやらを造るのだ」


 俺はかつて、彼女に「魔王を倒せ」と言われた瞬間を思い出した。

 つい背筋が伸びてしまう。

 しかし、ある意味当然なのだ。

 おそらくこの世界で日本酒を造るのは、魔王討伐より難事だろうから。

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