08 やる気のない漁師たち
「え、村長さんだったんですか?」
「左様。ワシはこの村の村長じゃ。とは言っても、今となっては誰もワシの言うことなど聞かぬが」
いわく。
もともと村長も優秀な漁師だった。
しかし脚を怪我して引退し、それから魚の卸売り業を始めた。
この近くに大きな町はなくても、小さな農村ならある。
そこにアルド村の魚を持っていって売る――と、ここまでなら誰でも思いつく。
事実、かつてのアルド村はそうやって金を稼いでいた。
しかし村長は、魚を塩漬けにしたり干物にしたりと、日持ちするように加工し、商人に売ることを思いついた。
これで一気に販路が広がり、村の収入は跳ね上がった。
あとから聞けば「何だ、そんなことか」というアイデアだが、何事も最初に思いついた人が一番偉い。
こうして富を得た元漁師は村長となり、税金を取るばかりでほとんど何もしてくれない領主の代わりに村を大きくしてきた。
が、そんな村長が呼び掛けても、村人たちにシーサーペントと戦おうという気概は湧いてこなかった。
当然だろう。
漁師は一般人に比べて体力はあるかもしれないが、戦闘技術とはまた別の話だ。
ましてシーサーペントを相手に戦うのは、自殺行為以外の何ものでもない。
「じゃが、お二人が戦ってくださるのでしたら話は別。きっと皆が喜んで船を出してくれることでしょう」
村長はそう言って酒場に案内してくれた。
村に一つしかない酒場だ。
そこで暇を持て余した何十人という漁師たちが集まり、昼間からビールをあおっていた。
「おい、姉ちゃん。早くビール持ってきてくれよ」
「こっちにもだ。飲む意外にやることもねーからな」
店の中は酔っ払いだらけだ。
その間を縫うようにしてウェイトレスたちが木製のジョッキを持って走り回っている。
「……仕事もしないで、よくこんな飲みまくる金があるもんだ」
俺は呆れ半分、感心半分に呟く。
すると村長が首を振りながら答えた。
「なまじ、ワシがこいつらに儲けさせてやったばかりに……半端な蓄えが貯まってしまいましてな。危機感というものが足りないのです」
なるほど。ハングリー精神がなくなってしまったわけか。
しかし、そんなに金があるなら、冒険者を雇えばいいのに……と思ってみたが、よくよく考えると額が違いすぎる。
シーサーペントを確実に仕留めるなら、腕のいい冒険者を十数人雇わねばならない。
分厚い鱗に斬りかかれば、どんな名剣でも刃こぼれするので、その修繕費を要求される。
更に、高価なマジックアイテムも使用するだろうから、その分も請求される。
と、この程度で済めばまだ良心的なほうで、料金を水増し請求してきたり、大した怪我でもないのに治療費を上乗せしてきたりと、悪質な連中もいるらしい。
こういったことをなくすために、冒険者ギルドが間に入って金のやり取りをしているのだ。
しかし、知識のない者を騙すのは簡単だ。
冒険者ギルドを通さずに『誠意』として特別料金を冒険者に直接払うのが普通だ――と言われれば、そういうものかと思ってしまうのだ。
多少疑問に思っても、屈強な冒険者に凄まれては、従うしかないのである。
無論、そういった悪質な冒険者は極一部。
あまり表だってサギまがいのことをくり返していると、ブラックリストに載り、賞金首として他の冒険者から狩られる側になってしまう。
――と、それはさておき。
シーサーペントを狩るというのは、まっとうな料金だったとしても大金が必要だ。
ビールでも飲みながら勝手にいなくなるのを待つ、というのが選択肢になるくらいに。
「お前たち。また酒ばかり飲みおって……! それでも漁師か!」
村長の一喝が店に響き渡る。
すると騒がしかった酔っぱらいたちが、少しだけ静かになった。
そして幾人かが、うんざりするような顔を村長に向ける。
「……村長さん。またその話ですかい。前にも言ったでしょう。シーサーペントがいなくなるまで待つって。そのほうがどう考えても、冒険者を雇うより安上がりだ。毎日ビールを飲んだとしてもね」
「それに対する答えも前に言ったぞ。シーサーペントがいなくなったとしても、食い尽くされた魚が元に戻るまで何年かかるか分からない、と」
「なぁに。三年くらいなら待つさ」
「馬鹿者……! それでは冒険者ギルドに依頼したほうがマシではないか!」
村長は顔を真っ赤にして説教する。
おそらく村長は、単純な金額のことを問題にしているのではない。
漁師たちの熱意がなくなっていくのが不安なのだろう。
漁をしていない期間が空きすぎると、漁師という職業そのものへの興味を失い、村を出て行ってしまうかも知れない。
現に彼らは、漁に出られない状況に危機感を持っていないではないか。
シーサーペントが出現した当初のことはしらないが、今の彼らを見る限り、毎日ビール漬けになっている現状を明らかに楽しんでいる。
これは三年も待てないだろう。
いや、仮に三年待ったとして、これほど堕落した彼らが真面目に漁をできるのか。
大変疑問だ。
「村長は心配しすぎです。魚はすぐに戻ってきますよ」
「……もうよい。お前たちにシーサーペントを倒せとも、冒険者を雇えとも言わん。ただ、この二人を乗せて、沖まで出てくれたらそれでいい」
そう言って村長は俺たちに目配せした。
周りにいた漁師たちの注目が集まる。
「……誰ですか、この二人は」
「聞いて驚け。あの勇者様と賢者様じゃ。シーサーペントを退治してくださるとおっしゃっている……!」
村長は鼻息を荒くし、興奮を押さえるように重々しく語った。
次の瞬間、酒場が笑いの渦に包まれた。
「こりゃ驚いた! 村長さん、あんなついにボケたか! 勇者様と賢者様が、こんな田舎の漁村にくるわけないでしょうに! 仮に来たとして、一体いくらでシーサーペントを退治してくれるんで?」
「それは……金はいらないそうじゃ。シーサーペントの死体さえあればいいと」
笑い声が一層大きくなった。
もはや爆笑である。
それに比例して村長の顔は真っ赤になっていく。
血管が切れるのではないか……と、俺とハルカは気が気でなかった。




