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07 シーサーペントに襲われた村

 結婚というのは人生における重大な出来事だ。

 特に俺とハルカにとっては一度しかない大イベントだ。

 まあ、人によっては何度も結婚することもあるだろう。

 しかし、俺とハルカが別れることなどありえない。

 そしてお互い、別の異性を好きになることもない。

 ゆえに一度限り。


 そんな大切なイベントなら、是非とも楽しく祝いたい。

 別に大規模にやりたいとは思わないが、出席してくれる人たちをもてなしたい。

 日本酒と、それに合う料理で。


 ――というわけで、俺とハルカは海辺の村『アルド』にやってきた。

 結婚式に出す目玉料理を手に入れるためだ。


 ここは漁村だから、新鮮な魚介類が手に入るだろう。

 しかし、普通の魚や貝を出しても面白くない。

 俺たちがこのアルドという村を選んだのは、ある噂を聞きつけてのことだ。


 オールドマザーを訪れた旅人いわく。

 アルド村の海にはシーサーペントが出る。


 シーサーペントとは海の中に住むドラゴンだ。

 その外見は、西洋の竜よりも東洋の龍に近い。

 細長い体を使って船に巻き付き、海中に引きづり込み、乗組員を捕食してしまう。


 そしてどうやら、シーサーペントが出るという噂は本当だったらしい。


「閑散としてるな……」


「そうね。こんなに船があるのに、働いてる人が誰もいないわ……」


 俺たちは今、アルド村の港に立っている。

 目の前には穏やかな海が広がり、何十隻という船が並んでいた。

 船と言っても帆船ではなく、またエンジンが搭載された漁船でもない。

 ベネチアのゴンドラによく似た、手漕ぎの船だ。


 漁師たちはこれに乗って魚をとり、水揚げされた魚は仕分けられ、解体され、村の中で食べられたり、外に出荷されたりする。

 オールドマザーに来た旅人いわく、この村では地引き網も盛んで、それはそれは豊富な魚が捕れるという。

 だが、網を引いている者も、網を手入れしている者もいない。

 俺とハルカ以外、誰もいないのだ。

 ただ波の音だけが静かに響き渡っている。


「シーサーペントが出るから、皆怖くて海に入らないのね」


「……けど、海はこんなに静かなんだぜ? 本当にシーサーペントなんか出るのか?」


「いくらシーサーペントが巨大でも、海は比べものにならないくらい巨大だもの。海底に身を潜めたら、いくら陸地から眺めても、その存在を確かめることはできないわ」


「そして、油断して沖に出ればガブリとやられてしまうわけか」


「そういうことね」


 恐ろしい状況である。

 漁をしなければ飯を食いっぱぐれるのだろうが、しかし命のほうが大切というわけだ。


「まあ、俺らがシーサーペントを退治すれば万事解決だ。誰かに頼んで、沖まで船を出してもらおう」


「そうね。にしても、どこに行けば漁師さんに会えるのかしら?」


 村に入ってからここに来るまで、誰ともすれ違わなかった。

 とはいえゴーストタウンというわけでもないだろう。

 たんに小さな村だから人も少ないというだけの話。

 探せばどこかに誰かがいるはずだ。


「あ、ツカサ、見て。あそこにおじいさんがいるわよ」


「ん? 本当だ。話しかけてみるか」


 少し離れた場所に、杖を突いた老人が一人立っていた。

 彼は俺たちと同じように海を見つめている。

 ただしその目差しは、酷く悲しげだ。

 漁に出ることができない村の現状を嘆いているのかもしれない。


「あのー、おじいさん。ちょっとよろしいですか?」


 俺が話しかけると、老人はゆっくりと視線をこちらに向ける。


「ん? なんじゃ? 見慣れない顔じゃが、旅人かね」


「ええ、そんな感じです。ところで、漁師さんたちの姿が全く見えませんけど。どこに行けば会えますか?」


「連中なら、毎日毎日、朝から晩まで酒場で飲んだくれておるよ。もしかして旅人さん。魚の買い付けでもしたいのかね」


「はい。この村の魚はとても美味しいと聞いたものですから」


「なら、無駄じゃよ。もはやこの村に漁村としての魂は残っておらん」


「それは一体、どういう意味でしょう?」


 俺が質問すると、老人は忌々しげに語ってくれた。

 三ヶ月ほど前から、村の沖合にシーサーペントが住み着いたこと。

 既に十人以上の漁師が食い殺されたこと。

 更に村周辺の魚が食い荒らされていること。

 シーサーペントが怖くて、誰も漁に出ないどころか、海に近づこうとすらしないこと。


「冒険者を雇ってシーサーペントを退治しようという話にはならなかったんですか?」


「そういう話も出た。しかし冒険者ギルドいわく、シーサーペントほどのモンスターを倒すには、報酬がべらぼうになるらしい。いや、決して払えない金額ではないのじゃ。村の皆で出し合えば、何とかなる。しかし、皆はその金を惜しんだ。シーサーペントが自然にいなくなるまで待つという選択をしたのじゃ」


「自然にいなくなる? そんなことってあるんですか?」


 ハルカは不思議そうに尋ねた。


「シーサーペントはここ一帯の豊富な魚を目当てに住み着いたのじゃ。なら、魚を食い尽くせば勝手にいなくなるという理屈じゃな」


「なるほど……でも、魚を食い尽くされたら、どのみち漁ができないじゃないですか!」


「その通りじゃ、お嬢さん。しかし村の連中は、魚はいずれ増えると言っておる。馬鹿者どもめ、何年かかると思っておるのじゃ!」


 老人は吐き捨てるように叫び、杖を握る手に力を込めた。

 なんとも激しい性格の人だ。

 もっと若ければ、自分一人でシーサーペントと戦うと言い出していたかもしれない。

 まあ、若いからといって勝てるようなモンスターではないのだが。


「ところで、おじいさん。シーサーペントの肉はとても美味で、煮ても焼いても、それどころか生でもいけると聞きます。それを売れば、冒険者に報酬を支払ってもお釣りが来るのでは?」


 ドラゴンの肉。ベヒモスの肉。グリフォンの肉。そしてシーサーペントの肉。

 不思議なことに、強いモンスターほど美味いのだ。

 しかも大型モンスターは肉だけでなく、骨や油の利用価値が高い。

 この海に住み着いたシーサーペントがどのくらいの大きさか知らないが、売り飛ばせば、このくらいの村なら一年間遊んで生活できるはずだ。


「それは買い手がつけばの話じゃ。骨や油はともかく、肉は腐る。ここが大きな港町なら、そこに住んでいる者だけで消費できよう。あるいは、すぐ近くに大きな町があれば、そこで売ることができる。しかし、このアルド村はそのどちらでもない。運んでいる最中に腐ると分かっているものを、誰が買うと言うんじゃ?」


「俺たちが買います」


 俺がそう答えると、友好的だった老人が途端に胡散臭げな顔になる。


「……何を言っておる? シーサーペント一匹分の金を、お前たちのような若造が持っていると? そして、どうやって運ぶ? 妙な話を持ちかけて、ワシをペテンにかけようとしているのではあるまいな」


 金は、ない。

 俺はハイン村の領主になり、男爵の爵位も得たが、今すぐ使える現金の持ち合わせは、さほどなかった。

 だから、その代わりに――。


「俺とこいつでシーサーペントを倒しましょう。その報酬としてシーサーペントの死体は全てもらいます。これでどうでしょうか?」


 俺は自信満々に語る。

 なにせ魔王を倒した勇者と賢者なのだ。

 シーサーペント如き、朝飯前である。

 ところが老人は、嘲笑うかのように――否、はっきりとした嘲笑を浮かべた。


「はっ。何を言い出すかと思えば、お前さんたちがシーサーペントを倒すじゃと? 嘘だとしても、もう少し出来のいい嘘を聞かせてもらいたかった。ワシを騙す気があるのかね?」


 実に失礼な反応だ。

 しかし無理もない。

 予想していたことだ。

 訳の分からない若者が突然、シーサーペントを倒すなんて言い出したら、どうかしていると思うのが普通なのだ。

 ならばどうする?

 答えは簡単。

 倒せるという証拠を見せればいいだけだ。


 俺はハルカに目配せする。

 やれ、と合図。

 すると彼女は頷き――海に魔力を流した。


 その瞬間、激しく水柱が上がる。

 俺たちの身長よりもずっと高く伸びた水柱は、崩壊することなく、ずっとそこに残り続けた。

 凍ったのだ。


「まさか……こんなことが……」


 老人は自分の目が信じられないと言った感じで氷の柱を見つめる。

 しかし、それは現実の光景だ。

 穏やかな波と風。誰も使わなくなった船。そこに建つ氷の柱。

 この奇妙な光景を作り出したのは、ハルカの魔力。


「申し遅れましたが、俺は勇者のツカサ。こいつは賢者のハルカです。どうでしょう? さっきの条件。この村にとっても悪い話ではないと思いますよ。もしよろしければ、シーサーペントのいるところまで船を出してくれる人を紹介して欲しいのですが」


 老人はしばらく固まったままだった。

 どうやら、状況を理解するまで、もう少し時間がかかるらしい。

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