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01 プロローグ

お待たせしました。

今日から更新再開です。


そして書籍化が決定しました。

HJノベルスより12月22日発売です!

 無事に日本酒を完成させた俺は、あの桜の木の前でハルカにプロポーズした。

 断られるなんて思っていなかったし、実際、ハルカはこの上ない笑顔で頷いてくれた。


 よく周りの連中からも言われていたが、遅すぎたくらいだ。


 元の世界に戻って両親に報告してから――なんてことを言っていたら、いつになるか分からない。

 そもそも、元の世界に戻る方法があるのかすら定かではない。

 俺とハルカがこの世界に来てから約三年が経った。

 いい加減、定住の覚悟を決めるときだろう。


 だから俺たちは、王都の仕立屋に行ってウェディングドレスを発注する。

 金に糸目はつけないから、最高の素材を使って丁寧に仕上げてくれと依頼した。

 無論、そのデザインは世界に一つだけのオーダーメイドだ。


「ハルカのウェディングドレス姿、今から楽しみだぜ」


 俺は帰り道、ハルカの横顔を見つめながら呟く。


「私も早く着てみたいなぁ……でも、結婚式の場所がハイン村の教会で大丈夫かしら? ルシールが取り仕切るってことでしょ……?」


 ハイン村とは、俺たちが酒造りの場所に選んだ場所だ。

 女王であるアンジェリカ様の策略により俺がそのハイン村の領主になってしまい、更に男爵の位まで授けられた。

 爵位などあったら面倒ごとが増えそうだから嫌だと言ったのだが、アンジェリカ様に押し切られてしまったのだ。

 もっともそのおかげで、ハイン村での酒造りはとても順調に運んだ。

 きっとアンジェリカ様はそれを読んでいたのだろう。


 そのハイン村の教会には、神父がいない。

 十四歳の少女シスターであるルシールがいるだけだ。

 ルシールは悪い奴ではない。むしろ底抜けに明るくて面白い奴だから、俺もハルカも好感を持っている。

 だが、聖職者としての資質には疑問がある。

 少なくとも現時点のルシールの言葉には、さほどありがたみがない。

 彼女の前で『永遠の愛』を誓っても、女神様の祝福はなさそうだ。


「ま、大丈夫だろ。俺とハルカは誰よりも愛し合っている。立会人なんて関係ない。そうだろ?」


「も、もう……ツカサったら、またそうやって恥ずかしいこと言って!」


 ハルカは耳まで真っ赤にして照れる。

 何て可愛い奴だ。

 早く自宅に帰っていちゃいちゃしなければ。

 俺は鼻息を荒くしてハルカの腕を引き自宅へ急いだ。


 門の前まで行くと、郵便屋の制服を着た男が立っていた。


「勇者様と賢者様。丁度いいところに帰ってきました。お二人に荷物が届いていますよ」


「荷物……ああ、あれか。ごくろうさま」


 俺は伝票にサインし、小さな木の小箱を受け取る。

 差出人は予想どおり、陶器職人だった。


「ツカサ。それってアレのサンプル?」


「そうみたいだ。さっそく使ってみようぜ」


 俺とハルカはリビングに行き、小箱を開ける。

 中に入っていたのは、お猪口と徳利だった。

 酒場『オールドマザー』で使うため、陶器職人に発注していたのだ。

 これはその試作品である。


 なにせ日本酒は、容器によって香りが変わる。見た目が変わる。それだけ変われば味も違うように感じる。

 今後はワイングラスなどもそろえる予定だ。


「白磁に青い花柄って、あんまり日本酒っぽくないわね」


「異国情緒が漂っているな。けど、これはこれで面白い。この世界の人たちに飲んでもらうんだから、こっちのセンスに合わせるのもいいだろう」


 台所に行ってお猪口と徳利をサッと洗い、それから徳利に日本酒を注ぐ。

 これは二号タンクの荒走りだけをガラス瓶に詰めたものだ。

 完成した日本酒は『荒走り』『中垂れ』『責め』と三つの工程で搾られ、それぞれ味が違う。その中で荒走りは、華やかな香りとフレッシュな酸味が特徴だ。

 そして俺たちの仕込んだ二号タンクの酒は、一号タンクに比べて辛口に仕上がった。


 桜の木の下で皆にお披露目をしたのは、一号タンクと二号タンクの荒走りと中垂れをブレンドしたもので、それに『楽桜』と名付けて出荷している。

 だがそれ以外にも、こうしてブレンドしていない酒を俺たちは隠し持っているのだ。


「いい香り……精米歩合70%でこんなに吟醸香がするなんて、ほんと凄いわね」


「ああ。ハイン村の酒蔵にいる酵母菌が、そういう種類だったんだろうな」


 酵母菌といっても、その種類は様々だ。

 種類によって味も香りも変わってしまう。

 だから日本醸造協会は、各地にある酒蔵から良質の酵母菌を採取して培養したり、遺伝子改良したりして、様々な種類の酵母菌を造って販売している。

 しかし、この世界に日本醸造協会は存在しない。

 よって俺たちは、野生の酵母菌を捕まえて日本酒を造るしかなかった。


 正直、ここまでスムーズに進むとは思っていなかった。

 日本酒を造ろうと思い至ったのが一年前。

 そこから水源を探して、米を買い付けて、酒蔵を建造して、人手を集めて造った。

 そしてこの味と香りだ。

 きっと女神様が、魔王を倒したご褒美にと、俺たちの運気を上げてくれたのだろう。


「どうせなら、つまみも欲しいな」


「じゃあ、酒粕に漬けておいたキュウリを食べましょ。まだちょっと早いかもしれないけど、漬けすぎると味が強烈になっちゃうし」


 そう言ってハルカは、キッチンに走って行った。

 しばらくすると、皿に茶色の物体を乗せて戻ってきた。

 面影が残っていないが、これはキュウリである。

 キュウリの塩漬けを、酒粕に三週間ほど漬けたものだ。

 いわゆる奈良漬け。

 本来なら、ここで酒粕を新しくして、更に一ヶ月ほどつけ込むのだが、今食べても美味しいだろう。

 むしろ完成した奈良漬けは味が濃すぎて、好き嫌いが分かれる。

 もっとも、ツカサとハルカは奈良漬けが好きだから、こうして漬けているのだが。


「どれどれ……おおっ、美味い! この甘しょっぱさがたまらん!」


「奈良漬けの甘さと日本酒の辛さが互いを引き立て合ってるわ」


 キュウリを口に運ぶ箸が止まらない。

 徳利に入っていた日本酒もすぐに空になる。

 そしていつしか、ハルカの目がトロンとしてきた。全身が赤く、呼吸も荒い。


「あれ……何でこんなに体が熱いのかしら……?」


「酔っ払ったんだろ」


「でも……そんなに飲んでないのに」


「奈良漬けを沢山食べたからな。奈良漬けはアルコールが入ってる」


「あ、そっか……」


 奈良漬けは酒粕をたっぷり使っている。

 三週間も酒粕に覆われていたキュウリは、必然的にアルコールを含んでしまう。

 そんなものをつまみに酒を飲めば、いつもより早く酔うのは当然だ。


「ベッドまで運んでやろうか?」


「……うん。お願い」


 ハルカは熱っぽい声で言う。

 俺はすかさずお姫様抱っこでハルカを運ぶ。


「ところでツカサ……私が弱ってるからって変なことしちゃダメだからね?」


「ああ、分かってる。いっぱい可愛がってやるから」


「だから、ダメだってばぁ……」


 ハルカは俺の服をギュッと掴む。

 無論、このあと滅茶苦茶イチャイチャした。

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