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03 造ろうぜ、純米酒

途中どぶろくの造り方の解説がありますが、ストーリーに関係ないので興味ない人はそこを読み飛ばしても大丈夫です

 この俺、未紀野(みきの)(つかさ)と、幼馴染みである波瀬(はぜ)春花(はるか)がこの世界に転移してきたのは二年前のことである。

 あれは高校の卒業式の帰りだった。

 俺は実家の酒蔵に務め、ハルカは某大学の醸造学科に通うことになっていた。

「制服を着てこの道を歩くのは最後かぁ」なんて呟いた瞬間。

 俺たちは光に包まれ、異世界転移などというラノベ的状況に陥っていた。


 自分たちがいる場所が日本ではなく、地球ですらなく、そしてどうやら帰る方法がないらしいと気が付き、絶望した。

 しかし、絶望は長続きしなかった。

 なにせ一人っきりならともかく、二人なのだ。

 こいつと一緒なら何が起きても大丈夫という相手が隣にいるのだから、そもそも最初から絶望する必要はなかったのである。


 そして俺たちは、自分の体に神刻と呼ばれる力が宿っていると悟る。

 俺に宿ったのは勇者の神刻。ハルカに宿ったのは賢者の神刻だ。

 またこの世界は、半世紀ほど前から魔王の侵略を受けており、それに率いられたモンスターによって滅亡に瀕していると知った。


 俺とハルカは勇者と賢者の力を使い、一年半かけて魔王の城まで行き、倒した。

 半年ほど前の出来事である。


 魔王亡きあと、野生化したモンスターたちが未だに暴れているが、統率のとれていないモンスターなど、少々凶暴な動物に過ぎない。

 冒険者たちで十分に対処可能だ。

 俺やハルカの出る幕はない。


 だから暇だった。

 暇なので商人ギルドに頼んで、東方から米を買い付けてもらい、日本の味を懐かしんだりしていた。

 そしてあるとき、東方の森に住んでいるエルフの部族が、人間の口には合わない米をありがたがって育て、食べているという話を聞いた。

 俺は、商人ギルドからそれを聞いた瞬間、もしや酒米なのではと思った。

 違っていて元々だ。とにかく仕入れてこいと馴染みの商人に無理を言って運ばせ、その賭けは成功した。

 東方のエルフが食べていた米は、確かに人間の舌には合わなかったが、しかし酒米としては適していた。

 その証拠に、美味しいどぶろくが出来上がった。


 どぶろくは日本酒の原形と言われている。

 原形だけあって、原始的な設備で造ることが出来る。


 まず、よく研いだ米を桶に入れる。それと同じ量の水も桶に入れる。

 そして布袋に、おにぎりを入れ、同じ桶に漬ける。

 一日一回、おにぎりを入れた布袋を揉み、桶を混ぜる。

 三日ほど経つと、空気中の酵母菌が培養され、桶から酒の匂いがしてくる。

 そこで水と米を分離する。

 そして米を蒸してから人肌に冷まして、麹カビをまぶす。

 麹カビをまぶした米を、また元の水と混ぜて、温度管理をしつつ十日ほど発酵させる。


 これだけだ。

 ろ過していないから、日本酒と違って白く濁っている。しかし、だからこそ独特の甘みと舌触りを持っている。

 酒税法なるものができる前は、一般家庭でも造っていた。

 ゆえに、設備のない異世界でも再現できる。


 とはいえ、たんに造れることと、美味しく造れることには大きな開きがある。

 しかし、東方エルフが好んで育てたこの米は、酒米として非常に優れているようだ。

 それなりのどぶろくが最初から出来上がったの証拠。

 初めて米の酒に触れた異世界人たちがハマってしまうのは、無理もない話だろう。


 ところが、だ。


「ツカサ。何を難しい顔で悩んでるのよ?」


 俺がベランダから街並みを眺めていると、ハルカが話しかけてきた。

 俺たちは魔王を倒したことで、女王陛下から、そこそこ大きな家を与えられた。

 何一つ不自由なく暮らせる金ももらった。

 だから遊んでいられるし、遠くから米を仕入れることも可能だし、どぶろくを造る暇もある。

 だが、本格的な日本酒を造る設備を賄う金は流石になかった。


「ハルカ。もうすぐエレミアさんの店に持ってく予定のどぶろく一樽分、約一六〇リットルは完成する。それだけあれば、あの店ならしばらく保つだろう。けど、それでいいのか? 確かに俺の造ったどぶろくは〝そこそこ〟美味い。けど、そうじゃないだろ。本物の日本酒は……もっと美味い!」


 俺の実家は酒蔵だった。

 それも純米酒をメインに造る、本格志向の酒蔵だった。

 それが異世界に行ったからといって、どぶろくで満足する?

 有り得ないだろう。

 造ろうぜ、純米酒を。

 この世界に日本酒の素晴らしさを啓蒙してこそ俺だろうが。


「言いたいことは分かるけど……日本酒を造るってなると、本格的な設備が必要よ? 人手もいるわ。そりゃツカサは酒蔵の息子だから知識と経験はあるし、私も結構勉強したけど……物理的な問題が立ちふさがっているわ。一朝一夕にはいかないわよ」


 ハルカは優等生らしく、常識論を口にする。

 流石は賢者だ。

 感覚だけで動く俺を、大人の意見でいさめてくれる。

 だが今回は、ちゃんとした勝算があるのだ。


「まだ五月だぞ、ハルカ。日本酒を造るのは冬だ。それまでに準備を整えればいい。しかも俺たちは神刻がある。つまり魔術が使える。それは温度管理が楽ってことだ」

「温度管理は確かにね……けど、それでも二人じゃ無理よ。この家も駄目。私よりツカサのほうが分かってるでしょ。私の酒造の知識なんて、しょせんは雑学レベルだもん。もし本気で造るなら、人員と設備を整えないと……」


 ハルカは暗い声で言う。

 全く、昔から心配性な奴だ。

 俺たちは魔王すら倒した二人なんだぞ。

 まして俺は、杜氏のじっちゃんから酒造りの技を教え込まれている。

 確かに学校の勉強は不得意だったが……当てもなく日本酒を造ると言い出したのではない。


「ハルカ。どぶろくを瓶に詰めて女王陛下のところに持っていこう。あの人は無類の酒好きだ。多分、喜んで協力してくれる。これ以上の酒を造れると語れば、あらゆる意味で俺たちを無視できないだろうさ」

なお、どぶろくの造り方は『もやしもん』の一巻を参考にしました(`・ω・´)

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