表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/62

25 酒造り開始

 十二月、初頭。

 ハイン村に雪が降り始めた。


 村人たちにも手伝ってもらい、水車にエルフ米を運び入れ、精米を開始した。

 水車の力で歯車が回転し、杵を持ち上げ、米を叩く。

 ここから三日三晩、ひたすら精米だ。


 その間、村人は畑にいる牛たちを小屋にいれ、豚を殺してソーセージと塩漬け肉を作る。

 俺とハルカもそれを手伝いつつ、一日に何回も水車を見に行った。

 そして三日後。

 俺は臼に手を入れ、米をすくった。


「見ろ、ハルカ。真っ白だぞ」

「凄いわ! これ、三割くらい削れてるんじゃないの!?」

「ああ。精米歩合70%。まさか水車でこんなに綺麗に米を磨けるとは……申し分ない。これで失敗したら、俺の腕だ」


 精米したエルフ米を麻袋にいれ、また村人たちに協力してもらい、酒蔵まで運んだ。

 精米したての米は熱を持っているうえ、水分が飛んでカラカラに乾いている。

 この状態で蒸したり浸漬を行なったりすると、水分を一気に吸いすぎて、割れる危険性が高い。

 よって米倉で三週間ほど寝かせ、水分を自然吸収させておく。

 この工程を『米を枯らす』という。

 ここまでやって、ようやく作業を開始できるのだ。


 さあ。

 いよいよだぞ。


「皆。朝早くから集まってくれてありがとう。そして聞いてくれ」


 雪降る中、酒蔵の前に、二十人の村人が集まってくれた。

 その中には、村長、ルシール、エヴァンといった親しい奴らもいる。


「日本酒造りの全行程は約二カ月だ。つまり今からだと、二月の末か三月の頭には完成する予定だ。絶対に美味しい日本酒を皆に飲ませると約束するから、手を貸して欲しい。もちろん、皆の生活が犠牲にならない範囲でだ。じゃあ、今日は洗米と浸漬を行なう」


 洗米はそのままの意味。水を張った桶で米で洗うのだ。

 二トンの米を精米歩合70%まで削ったから、一・四トン。

 今日は麹造りに必要な三百キロ強しか使わないが……それでも、これだけの量の米を洗うのは、重労働を通り越して苦行ですらある。

 しかも、今は冬。

 一応、屋根の付いた洗い場があるが、気休めにしかなっていない。

 ハルカの魔術で温かくすることも可能だが、そうすれば米の状態が変わってしまう。

 申し訳ないが、皆には寒さに耐えてもらうしかない。


「なぁに、大丈夫さ、勇者様。俺たちは真冬に豚の解体をしてるんだ。それと似たようなものよ」


 と、手伝いに来た村人の一人が言ってくれた。実に頼もしい。


 洗米は米の表面についた糠をしっかり洗い流さねばならない。また、米同士が擦れ合い、さらに表面が磨かれるという効果もある。

 とはいえ、いつまでも洗っていると、米が水を吸いすぎてしまう。

 俺は米の状態を確認しながら、皆に指示を飛ばす。


「洗米はここまでだ。次は浸漬を行なう」


 浸漬とは米を水に漬け、水分を吸わせる工程だ。

 これまでも、米を枯らしたり、洗米したりして水を吸わせてきたが、それでも足りない。一工程ずつ順序立て、丁寧に水を吸わせないと、いい酒は造れないのだ。

 麻袋に米を入れ、桶の水に漬けること一時間半。


「よし、米を桶から出せ! 次は蒸すぞ。ハルカ、釜の準備は大丈夫か?」

「いつでもOKよ!」


 酒蔵には専用の巨大な釜がある。これで一度に大量の米を蒸すことが可能だ。

 しかも俺は、薪ではなく石炭を仕入れていた。

 これで高温の蒸気を発生させることができる。


 理想の蒸米は『外硬内軟(がいこうないなん)』だ。

 これは握ったときに米全体に弾力があり、内側が柔らかく、それでいて外側がべたついていない状態を指す。


「つまり外硬内軟とはツンデレ。ハルカみたいな状態を指すわけだ」

「急に何つまんないこと言ってるのよ!」


 同じ品種の米、同じ釜を使って蒸しても、その日によって出来上がりはまるで違う。

 では、いかにして外硬内軟にするか。

 それは長年の経験と勘でやるしかないのだが、高温の蒸気で蒸したほうが、外硬内軟になりやすい。


 そう。水というものは、必ずしも百度で沸騰するものではない。密閉された容器の中なら、水の蒸発温度は圧力とともに上がっていくのだ。

 また、蒸気となった水を再度加熱する技もある。

 釜の水位を低くして沸騰させる。すると蒸気が釜の中をのぼっていく最中に、釜の内壁に触れて再加熱される。

 もっとも、あまり水位を低くして火力を上げると、空炊きしているのと同じ状態になり、釜が割れてしまうので、ほどほどにしなければならない。

 こうして百度以上になった蒸気が、釜に乗せられた(こしき)の中のエルフ米を蒸していく。

 蒸しに必要な時間は、約一時間。

 無論、一時間ピッタリで止めればいいというものではない。

 蒸米の状態を俺自身が確認して、その時間を決める。

 この蒸米を失敗すると、その後の工程で何をやっても、いい酒を造ることができない。

 非常に神経を使う。


「よし、甑から蒸米を出すぞ!」


 俺とハルカ、エヴァンは、熱い蒸気がたちこめる中、木製のスコップで蒸米を掘り起こし、籠の中に入れていく。

 村人たちが籠を持って麹室に走って行き、空になった籠を持って帰ってくる。

 それに俺たちがまた蒸米を入れ、また村人が運んでいく。

 このピストン運輸で、なんとか甑を空にした。


「よし、十人はここに残ってお湯を沸かし直してから、甑と、さっき使った桶を洗え」


 日本酒造りは雑菌との戦いだ。

 ゆえに使い終わった道具は念入りに洗う。そのために夏のうちに、箒や簓を作ったのだ。

 汚れを落として、熱湯で殺菌する。

 昔からの知恵である。


「俺たちは麹室に行くぞ」

「申し訳ありません勇者様……つ、疲れちゃいました……」

「そうか。女の子には辛いもんな。ルシールは休め」

「はい……」


 ルシールは糸が切れたようにバタリと倒れてしまう。

 無理もない。

 酒造りはハードだ。

 村暮らしで鍛えられていたとしてもキツイ。

 大人たちですら辛そうにしている。

 平気な顔なのは、俺とハルカとエヴァンくらいだ。

 しかし、まだ始まったばかり。

 本番はこれからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ