24 酒蔵と松尾様
十一月の初頭。
ついに、俺たちの酒蔵と水車が完成した。
水車は他に類を見ない、大型のものだ。
川の流れを利用して杵を持ち上げ、臼に落として米をつく。
一つの臼で一度に精米できる米の量は、おおよそ六十キロ。そして臼の数は十二個なので、計七百二十キロを一度に精米できる。
その水車が三基も並んでいる。
つまり、ロランに仕入れてもらった二トンの米を、一気に精米可能だった。
巨大な三つの水車が回転する様は、壮観である。
そして、酒蔵。
ワイン醸造所を取り壊し、その跡地に建てた木造のそれは、俺の実家にそっくりだった。
もちろん、俺がそうなるように設計したのだが……まるで日本に帰ってきたような気分になり、ついほろりとしてしまう。
「ほんとうにソックリに作ったわね」
「見知ったレイアウトのほうが、仕事がはかどると思ってな」
まず、建物の前には井戸がある。これはワイン造りに使っていたのをそのまま残した。
酒蔵に入るとそこは、使い終わった桶などを洗浄するための洗い場になっている。
それから米倉。窯場。麹室。枯らし場。酒母室。仕込み蔵。貯蔵庫。
あと、ワイン醸造所だった頃に使っていた地下室はそのまま残した。日本酒の長期熟成のために使う予定だ。
また、俺とハルカが住むための家も隣接している。
「あとは雪が降るのを待つだけね」
「ああ。今から腕が鳴るぜ」
雪が降ったら当然、農作業ができなくなる。放牧されている牛は小屋に入れて、干草で育てる。
森にいる豚は……可哀想だが塩漬け肉やソーセージになってもらう。冬の間、村人はそれを食べて過ごすのだ。
「勇者様、賢者様。わたくしたちにも酒蔵を見せてくださいな」
俺たちが酒蔵の前で感慨にひたっていると、ルシール、レイチェル、イライザ、エヴァンの四人がやってきた。
その中で一人、少しお腹が膨らんでいる者が一人いた。
レイチェルの母親にしてエヴァンの妻、イライザである。
「それにしても、帰ってきていきなり子作りとは盛んなことだな、エヴァン」
「ははは。俺はもうこの村から動くつもりはないからな。二人目を作ってもいいかもと思ってよ」
「春には私、お姉ちゃんになる」
そう言ってレイチェルは、母親のお腹をなで上げた。
「そうね。レイチェル、お姉ちゃんになるのよ。頑張ってね」
「ん。頑張る」
ぽわんとした印象のレイチェルだが、姉になるということで気張っていた。
エヴァンはそんな娘を幸せそうに見つめる。
正直、羨ましい。
俺とハルカの間に子供ができる気配は、一向にないというのに。
なにせ、神刻の所持者が子供を残したという記録は、一つも残っていないのだ。
まして、俺たちは二人とも神刻を持っている。
ハルカが俺の子を身ごもる可能性は……限りなくゼロに近い。
「ま、丁度いいや。これから、酒造りが上手くいくよう祈るんだ。皆も協力してくれ」
「お祈りですか? それならお任せを!」
シスターであるルシールは、気合いに満ちた顔になる。
しかし残念ながら、これから祈るのは彼女が信仰する女神エレミアールではない。
「あの壁に取り付けられた棚……神棚っていうんだけど、あれに向かってお祈りするんだ」
「神棚? 見たことも聞いたこともありませんが……もしかして、異世界の神ですか……?」
ルシールは困り顔になり、遠慮がちに呟いた。
「ああ。松尾様っていう、酒の神様だよ」
「……わたくし、異世界の神はちょっと」
まあ、無理もない。
なにせ、女神エレミアールは、異界から来た邪神を聖剣で追い返し、この世界を守ったと言い伝えられている。
その女神様を信仰するシスターが別の神様に祈りを捧げるというのは、俺たちから見ても問題がある。
だが、松尾様は邪悪な存在ではない。
古来から日本の酒造家に信仰される、由緒ある神様だ。
「いいか、ルシール。俺とハルカは魔王を倒してこの世界を救った。そして松尾様は、俺とハルカが信仰する神様だ。つまり松尾様がこの世界を救ったようなものなんだよ!」
俺は自分でもどうかと思うような屁理屈を言ってみた。
流石のルシールもすぐには納得できなかったらしく「うーん」と唸ったが、すぐに折り合いをつけてくれた。
「分かりました。勇者様と賢者様が信じる神様なら、わたくしも信じますわ。女神様はお優しい方ですから、きっと許してくださいます!」
「よし、それでこそルシールだ!」
「……本当にいいのかしら?」
ハルカは不安そうに言うが、問題ない。
何かあっても、罰が当たるのはルシールだ。
そしてレイチェルたちだが、彼女ら親子は、最初から松尾様にお祈りすることに抵抗がないようだ。
「そんなに深く考えたことない」
「そうねぇ……そもそもこの村は、教会からして適当だから……御利益があるなら何でも祈るわ。元気な赤ちゃんが生まれるよう、お祈りしちゃおうかしら」
「おお、そりゃいい。女神様と松尾様の両方に祈れば、どっちかが叶えてくれるだろ」
三人がそんなことを言うと、ルシールが悲しそうな顔になる。
「あの……皆さん、もう少し信仰心を持ってくれてもいいと思うのですが……」
「あら、ルシール。だったらあなたも、お昼寝しないでちゃんと教会の鐘を鳴らさなきゃね?」
すかさずイライザにつっこまれたシスターは、そっぽを向き「ぴゅーぴゅー」と下手くそな口笛を吹いた。
「そんな真面目に信仰してくれなくてもいいから、適当に祈ってくれよ。いいか、まず神棚に向かって……」
俺は皆に、二礼二拍手一礼のやり方を説明する。
神様の前で手を叩くということに驚かれたが、逆に面白がってやってくれた。
さて、松尾様。俺が美味しい日本酒を造るところを見守っていてください――。




