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23 精米歩合

 ソフィアは次の仕事が埋まっているため、長居はできないという。

 儲かっているようで何よりだが、少し心配だ。

 いくら強くても、いくら背伸びしても、十三歳の少女であることに変わりはない。

 おまけに、俺たちが酒造りを始めたせいで、エヴァンをクー・シー傭兵団から引き抜いてしまった。その分、ソフィアの負担が増えているはず。


「何度も言うけど、無理するなよ?」


 別れ際にそう言うと、ソフィアは、はにかむような笑顔を返してきた。


「うるせー。オレの心配する前に、美味い酒の造り方でも考えてろよ」


 これは一本取られた。

 確かに俺は、他人の心配をしている場合ではないかもしれない。


「……ハイン村だったよな? そのニホンシュっての、いつできるんだ?」

「まあ、桜が咲く頃かな?」

「じゃあ、味見しに行ってやるよ。エヴァンの顔も見たいしな。じゃ、あばよ」


 そしてクー・シー傭兵団は王都を去って行く。

 俺はソフィアの忠告に従い、真剣に酒のことを考えてみた。


「なあハルカ。精米歩合のことなんだが」


 場所は王都の自宅。

 そこでハルカが昼食にと作ってくれたピラフを食べながら、俺は語りかける。


「ん? 急に真面目モードになったわね……」


 ハルカは面食らったように首を傾げた。

 今の今まで「ピラフうめー」と言っていた男が、真剣な顔で『精米歩合』なんて単語を口にしたら、誰だって不思議に思うだろう。


「そう、真面目な話だ。ハルカ、精米歩合の意味は分かるよな?」

「馬鹿にしないで。そんなの常識でしょ」


 そしてハルカは、精米歩合について語り始める。


「精米歩合ってのは言葉どおり、どのくらい精米したかを表わす数値よ。ただ勘違いしやすいのが、数値が小さいほど精米してるってこと。たとえば精米歩合80%だと、玄米を八割削ったんじゃなくて、八割残して二割削ったってこと。精米歩合40%だと六割も削ったことになるし、90%だと一割しか削っていないことになるわ。ああ、ちなみに、日本人が普段食べてる米の精米歩合が90%くらいね」

「そのとおり。流石はハルカだな。そして美味い酒を造るには、精米が重要だ。なにせ、いくら酒米といっても、外側の部分はタンパク質だ。これを磨いてやらないと、酒に雑味が混ざってしまう」


 もちろん、精米すればするほどいい、という単純な話ではない。

 なぜなら雑味となるタンパク質が、麹カビや酵母菌の発酵を手助けするのだ。あまり極端に精米してしまうと、発酵が進まず、逆効果になってしまう可能性があった。

 腕のいい杜氏ならそれでも酒を造れる。

 そして高度に精米した米で造った日本酒を、吟醸酒という。

 精米歩合60%以下で吟醸。50%以下で大吟醸だ。

 大した技術を持っていないのに、吟醸酒を名乗りたいがため米を磨いて使っている酒蔵もあるが……正直、美味しいとは言いがたい。


 また、醸造アルコールによる味の調整をしていない吟醸酒を、純米吟醸という。

 基本的に、醸造アルコールを加えたほうが辛口になる。

 俺は醸造アルコールを使わないで造った純米酒のほうが好きだが、そこは個人の好みの問題だ。


「ツカサはどのくらい精米するつもりなの?」

「今年は吟醸酒レベルまでは精米しない。吟醸酒は難しいし……第一、そこまで精米するほどの技術は、この世界にない」

「あ、そっか」


 どうやらハルカは、今まで気が付いていなかったらしい。


「現代日本の精米は機械を使って行なう。だから精米歩合50%や40%なんてことができる。けど、この世界は水車や風車を使って精米するんだ。そこまで米を磨くのは不可能だ」

「そうね……日本でも、吟醸酒を造れるようになったのは昭和になってからだし。精米機がない世界じゃ無理かしら?」


 そう。吟醸酒の歴史は意外と新しいのだ。

 今の日本では、その辺の酒屋やスーパーにいけば、当たり前に『純米吟醸』やら『大吟醸』などと書かれた日本酒が売っている。その名前の響きから、さぞ古くからあるようなイメージを持ってしまう。

 しかしハルカの言うとおり、吟醸酒を造れるような精米技術が開発されたのは、昭和初期のことだ。

 とはいえ、大正時代には、吟醸という言葉そのものあったらしい。

 だが、それの定義は曖昧で『美味い日本酒』という程度の意味しかなかったという。

 いずれにせよ、新しい概念であるのは間違いない。


「吟醸酒のことは来年以降に考えよう。今年はとにかく、日本酒を完成させることを優先させる。幸いにも、アンジェリカ様の金で、ハイン村に俺たち専用の水車を建造中だ。気兼ねなく、何日も使えるぞ」

「で、結局、どのくらい削るつもりなの?」

「……江戸時代には既に、高度に精米したほうが美味い酒を造れるという知識が広まっていた。三日三晩精米して、米を真っ白にしたという記録が残っている。俺たちもそれに習ってやってみよう。おそらく、水車でそれ以上の時間をかけても、米が割れるだけだろう」

「三日三晩……それでどのくらい削れるのかしら?」

「さて。何せ江戸時代の話だからな。そこまでは分からん」


 一応、『米が真っ白になった』という記録はあるのだ。

 それを信じるしかない。


「まあ、江戸時代の人にできたんだから、ツカサにもできるわよね。頑張りましょう」

「ああ。俺とお前なら、何だってできるさ」

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