21 ビールを飲む口実
受付嬢の誤解は解けなかったが、箒草と竹は無事に買うことができた。
それを馬車に積んで、俺たちは再びハイン村にやってきた。
村の皆に、箒と簓を作るのを手伝ってもらうのだ。
「というわけでルシール。また暇な人を集めてくれ」
「お任せですわ!」
そして集まったのはレイチェルと、その母親イライザさんだ。
「エヴァンが帰ってきたおかげで、畑を任せられるようになったのよ」
「お父さん。働き者」
と、二人は嬉しそうだ。
エヴァンの奴、今まで留守にしていた罰としてこき使われてるんじゃないだろうな?
「わたくしも暇ですわ」
「え、ルシールって一人で教会を管理してるんでしょ? 掃除とか大変なんじゃ……」
「女神様は優しいお方ですから大丈夫ですわ」
「そんなこと言ってると、また罰が当たるわよ……」
ハルカは心配そうに言う。
だが、ルシールが天罰で苦しむのは本人の自由なので、ここはありがたく手伝ってもらおう。
ところで、刈り取ったばかりの箒草は、一週間ほど干して乾燥させなければならない。
しかし商人ギルドから買ってきた箒草は、すでに干したあとだった。
なので、すぐに作業に取りかかれる。
まず教会の近くにゴザを敷いて、日向に座り、箒草を手で揉んで実と葉を落とし、細い枝だけにする。
つまり手作業の脱穀だ。
どうして日向かといえば、これは俺も理屈が分からない。なぜか日陰だと脱穀が上手くいかないのだ。
杜氏のじっちゃんから教えてもらったときは迷信だろうと思っていたが、試してみると事実だった。やはり先人の知恵は侮れない。
「お日様ぽかぽか。温かい」
「そうね、温かいわね」
レイチェルとイライザの親子はあまり作業が早くなかったが、とても楽しそうにやっている。
何だか、こちらまでマッタリした気分になってきた。
「今更だけどツカサ。ここはいい村ね。景色も水も、住んでいる人も」
「ああ、酒造の地をここに選んで、正解だった」
俺たちがしみじみと語り合っていると、隣からすやすやと寝息が聞こえてきた。
見ればルシールがまたしても昼寝している。
「……マッタリしているのはいいんだが、作業が進まないな」
「うん。まあ、冬までに完成させればいいから」
急ぐことはない。
のんびり、のんびり。
明日も明後日も、時間は沢山あるのだ。
「おお、勇者様に賢者様。精が出ますな」
俺たちが作業しているところに、村長がやって来た。
そして教会の時計を見上げる。
「……やはり正午を過ぎていますな」
と、呟いてルシールの前にしゃがみ込む。
「こらルシール、起きなさい。鐘を鳴らす時間だ!」
村長は孫の鼻をムニッとつまむ。
するとルシールは酸素を求めて、口をパクパクさせた。
「な、何ですかおじいさま……陸で溺れる夢を見てしまいましたわ」
「もう正午を過ぎているぞ」
「え、あ! 大変ですわ!」
ルシールはシスターベールとスカートをはためかせて走り、教会へと入っていく。
よほど慌てていたのか、一瞬後にはガゴーンガゴーンと鐘の音が広がっていった。
「やれやれ。我が孫ながら困ったシスターだ。ところで、それは箒草ですかな?」
「はい。酒蔵は清潔が命ですから。今のうちに準備しておこうと思って」
「なるほど……しかし、助っ人がこの二人だと頼りないでしょう」
村長はレイチェルとイライザを見やり、ズバリと指摘した。
「あら、村長、酷いです。こう見えても私たち、頑張っているんですよ。ね、レイチェル」
「ん。お母さんの膝枕、ぽかぽか」
レイチェルは母親の膝に頭を乗せ、寝そべりながら作業していた。
イライザもそんな娘が可愛くて仕方ないらしく、微笑んで頭をなで回す。
残念ながら、あまり頑張っているようには見えなかった。
「勇者様、賢者様。どうでしょう。村の者を何人か連れてきてもよろしいですかな? そうしないといつまで経っても終わりませんぞ」
「え、でも忙しいんじゃ?」
「なぁに。確かに小麦の収穫時期ですが……一日くらい休んでも、どうということはありません。もうほとんど終わっているはずですし」
「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「無論です。では、ちょっと声をかけてきましょう。何なら、ビールを飲みながら作業しましょうか? ああ、そうしましょう。うん、いい考えだ」
そう言って、村長は畑へと小走りで向かっていった。
心なしか、ウキウキしているように見える。
「……村長さん。もしかして昼間からビールを飲む口実が欲しかったのかしら?」
「絶対にそうだ。あの祖父にしてあの孫ありってな」
俺らが呆れていると、その孫が帰ってきた。
「いったい何の話をされていたのですか?」
「村長さんが、皆を集めてビールを飲みながら作業しようってよ」
「あら、まあ。流石はおじいさま。素敵なアイデアですわ」
やはりルシールは大喜びだ。
そして、どうやら、酒を飲む口実を求めていたのは、村長とシスターだけではなかったらしい。
畑のほうからゾロゾロと団体がやってくる。
その数、三十人以上。
「村長……こんなに連れて来なくても……」
「おや、多かったですかな? では手伝わせるのは数人にして、残った者はただひたすらビールを飲むと言うことでいかがでしょう?」
いかがでしょう、と言われても。
「おじいさま、素晴らしいですわ。きっと女神様もお喜びになっています」
昼間からビールを飲む口実に、女神様を持ち出すとは……しかも教会の真正面で。
これぞまさに神をも恐れぬ行いだ。
いや、あるいは本気で女神様が喜ぶと思っているのか?
「呆れた村ね……」
さっきまでハイン村を褒めていたハルカだが、今度はやれやれと肩をすくめる。
しかし嫌そうな様子は全くない。むしろ嬉しそうだった。
そして、それは俺も同じ。
「よーし。村長がビールを出すなら、俺たちは王都から持ってきたどぶろくを出すか」
言うまでもなく、午後は宴会が楽しすぎて、作業どころではなかった。




