表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/62

20 商人ギルド

 種麹を作り終えた俺たちは、王都へと帰ってきた。

 そしてアンジェリカ様から正式に男爵の称号と、ハイン村の領地を授かった。

 それから、だらだらと怠惰な日々を過ごしている。

 なにせ酒造りが始まるのは冬だ。

 今はまだ六月。

 一番のネックだった種麹が完成したのだから、あとは急ぐ必要はない。

 と、油断しきっていた俺だが、


「そうだ。箒と(ささら)を作らなきゃ」


 ふと気が付いてベッドから跳ね起きた。


「……急に何よ……もっとゆっくり寝ましょうよ」


 布団にくるまったハルカが眠そうな声を出す。

 しかし、十分にゆっくりしただろう。

 ほら、九時を知らせる鐘が響いている。

 普通の市民なら、六時には起きるのだ。三時間も惰眠を貪ったのだから、十分だろう。


「昨日夜更かしした分は取り戻しただろ。ほら、起きろ。箒草と竹を探しに行く」

「……なにそれ?」


 ハルカは頭だけ布団からだし、気だるそうに呟く。


「お前、雑学大魔神のくせに知らないのか? 箒草はその名の通り、箒の材料になる草だよ。西部劇でコロコロ転がってるあれみたいに丸く育つんだ。まさか竹も知らないとか言い出さないよな?」

「どっちも知ってるわよ。私が聞きたいのは、どうして急に箒草と竹を探そうなんて言い出したかってこと」

「そりゃお前。酒造りには箒を使いまくるからだよ」


 日本酒を造る酒蔵は、もう神経質といっていいほどに清潔にされる。

 ホコリやゴミなど論外。

 一日に何度も何度も掃除される。

 使い終わった桶を洗うための、小型の箒も必要だ。

 とにかく酒蔵は掃除、洗浄、掃除、洗浄の繰り返し。

 酷使された箒はすぐに駄目になってしまう。だから何本も必要なのだ。


「じゃあ、簓ってのは?」

「簡単に言うと、竹で作ったブラシだ。これも桶を洗うのに使う。日本酒造りは雑菌との戦いだからな。熱湯をぶっかけてから、簓でこすって洗う」

「へえ……知らなかったわ……」


 ハルカはちょっぴり悔しそうに言った。


「まあ、今は掃除機とかデッキブラシとか使ってるからな。知らなくても無理はない。俺だって、杜氏のじっちゃんに教えてもらったら知ってるだけで、実際に使ったことはないんだ。箒はともかく、簓なんて博物館でしか見たことないし」

「……なるほどね。けど、箒はその辺で売ってるんじゃないの? 何でわざわざ材料の箒草から集めるの? 箒そのものを買えばいいじゃない」

「いや、駄目だ。酒蔵で使う箒は、夏のうちに酒蔵で作るんだ。そういうものだと杜氏のじっちゃんが言っていた!」

「ツカサってそういうところ頑固よね。まあ、分かったわ。行きましょう。けどその前に……」


 布団の中から、ぎゅるるる、とお腹の音が部屋に広がった。


「……朝ご飯食べましょ」


 頭だけを出した賢者様は、照れくさそうに呟く。

 それがあんまり可愛いものだから、俺は辛抱たまらずベッドにダイブした。




「もう。ツカサのせいでお昼になっちゃったじゃないの」

「いや、俺だけのせいじゃないだろ。お前だって喜んでたろうが」

「あ、あれは、だって……」


 王都の通りを歩きながら、ハルカはうつむいてブツブツ言う。

 それがまた可愛くて、抱きしめたくなってしまう。が、人通りの多い真っ昼間にそんなことをするのは、いくら俺でもためらわれる。

 夜まで我慢しよう。


「ところで、箒草ってどこに行けば売ってるんだ? 箒屋か?」

「箒屋は箒を売るところだから、材料はまた違うと思うんだけど……」

「うーん。じゃあ箒屋にどこから材料を仕入れているか聞いてみよう」


 俺たちは箒屋に行き、店先に並んでいた箒を一本買う。

 それから「この店の品はどれも素晴らしいですね」なんてハルカにべた褒めさせてみた。

 すると店主のオッサンは狙い通りデレデレになる。

 そこですかさず質問だ。


「これだけの箒を作るということは、材料にも気を使っているんでしょう? どこから箒草を仕入れているんですか?」


 と、俺が質問すると。


「いや。箒草の仕入れは商人ギルドに任せてあるから」


 店主のオッサンは、非常につまらない答えを返してきた。


「そ、そうですか……」


 俺とハルカはがっかりし、トボトボと商人ギルドに向かう。


「最初から商人ギルドに行けばよかったわね……あそこ、何でもあるもの」

「そうなんだけどさ……個人商店だと、面白い独自のルートを教えてもらえるかなぁと思って」

「無理だと思うわよ。私たちの酒米だって、商人ギルドに頼ってるじゃない」

「ううむ……このままだと世界の流通が商人ギルドに支配されちまうぜ!」

「魔王出現前から支配されてたはずよ。だからこそ、モンスターが暴れても物流が止まらなかったんだし。ぼったくってるわけでもないし、何が気にくわないの?」

「いや、ただ言ってみたかっただけだから。深い意味はない」

「……ツカサってそういうとこ子供よね」


 商人ギルドといっても、その組織はいくつかある。

 俺たちが住んでいる大陸西方では、アルバーン商人ギルドが最大の規模を誇る。そして東方から米を運んで来たことから分かるとおり、その力は大陸全土に及んでいた。

 もちろん、東方にも北方にも南方にも、それぞれ強力な商人ギルドがあり、日々縄張り争いを繰り広げている。

 そういう競走があるから、品物の価格が釣り上がらないで済むわけだ。

 庶民のため、大いに争え商人たち。


「相変わらず、ここの活気はすげぇな」


 王都にあるアルバーン商人ギルド本部は、五階建ての大きな建物だ。

 その前の広場には様々な露店が並び、大陸各地の珍しいものを売っている。

 仕入れてきた商品を積んだ馬車がギルドの倉庫に入っていき、また別の馬車が倉庫にある商品を積んでどこかに走って行く。


「ロランはまだ帰ってきてないよな」

「当たり前じゃない。東方に出発してから一ヶ月も経ってないし。誰か適当に捕まえて、箒草と竹がないか聞いてみましょ」


 ギルドの建物に入ると、ロビーの椅子で小麦粉の取引をしている商人が二人いた。

 どちらも悪そうな顔なので、小麦粉が何かの隠語に聞こえてしまう。

 だが、本当に小麦粉なのだろう。多分。信じてるぞ。

 それから、どこかの小国と小国で小競り合いが起きそうだから、今のうちに武器や鉄、馬の餌になる干草を買っておいた方がいいなんて話もちらほら。

 興味深い話だが、俺らには関係がない。

 立ち話してる商人たちを擦り抜けて、俺とハルカは受付に向かう。


「遠くまで行商に行くので保険に入りたいのですが……はい、受取人は妻で……」

「南方に向かうキャラバンってありませんか? え、昨日出発したばかりで、次の予定はない? とほほ……」


 受付からは、商人たちの切実な声が聞こえてくる。

 そして俺たちが並んだ列は、中でも壮絶だった。


「融資してくれるって言ったじゃないですかァぁァァあああアアッ!」


 オッサンが受付カウンターに身を乗り出し、大粒の涙を流しながら絶叫していた。

 一目でどういう状況か分かってしまう。

 分かってしまうからこそ、胸が痛い。


「何か誤解をされているようですね。私どもは『検討する』と言っただけでして。審査の結果、融資は不可能であるという結論に至りました。というわけで、お引き取りください」


 美人の受付嬢は、完璧な営業スマイルを崩さず、残酷な言葉をスラスラと吐く。

 オッサンの切羽詰まった様子から見る限り、おそらく人生がかかっている。

 そんな人を前にして、あの笑顔。プロの受付嬢ってすげぇな。


「お願いします、私には妻子がいるんです。もう財産は全て使ってしまいました……あと少しなんです……あと少しで事業が形になるんです。絶対に成功しますから……ですから融資を!」

「それはお気の毒に。個人的に同情します」

「で、では!?」

「しかし、当ギルドとは何の関係もないので」


 受付嬢は満面の笑みで、オッサンを地獄に突き落とした。


「うがあああああ! なんで、なんで誰も俺の計画を理解してくれないんだぁぁあ! 絶対に上手くいく……需要はあるんだ! 美少女の抱き枕を作って売るんだ! アンジェリカ陛下とか、賢者ハルカたんの抱き枕を作るんだァァァッ!」


 突如、オッサンはカウンターを乗り越え、受付嬢に掴みかかろうとした。

 危ない! と、俺とハルカが走り出そうとした、その刹那。

 受付嬢がオッサンの腕を捻り、そして合気道のように投げ飛ばした。

 そして床に叩き付けられたオッサンを、警備の人たちがどこかへ連れて行く。


「ちょっと待て。今の一連の流れ、つっこみどころが多すぎて追いつかない。何だよ、美少女の抱き枕って。それもアンジェリカ様とハルカの……?」

「あの人、ハァハァ言いながらハルカたんと言ってたんだけど……」

「抱き枕で妻子を養おうってのがもうアレだが、そもそもこの世界の技術力で抱き枕って作れるのか?」

「……一枚一枚、手書きなんじゃない?」

「そりゃ融資も断られるわ!」

「それ以前に、女王陛下の抱き枕とか、不敬罪で捕まるでしょ」

「ハルカの抱き枕なんか市場に流したら、捕まる前に俺が殺す」

「……需要ないから大丈夫じゃない?」

「は? お前、自分が絶世の美少女だって自覚しろよ」

「ぜ、絶世!? さ……流石にそれは……」

「いいや、絶世の美少女だね。そして、そんなハルカを独占する俺!」

「もう! こんなところで変なこと語らないでよ……!」

「そんな嬉しそうな顔で嫌がっても説得力ないぜ?」

「嬉しそうな顔なんてしてないし……でも、私の抱き枕が量産されなくてよかった……私はツカサだけのものだから……」

「そうだ、お前は俺だけの抱き枕だぜ」

「ツカサ……」

「ハルカ……」


 俺とハルカは見つめ合い、そして口づけをかわそうとした。

 そのとき、「オホン」と大きな咳払いが聞こえる。

 見れば、受付嬢が笑顔のまま殺気を放っていた。

 こいつ……強いぞ。

 もしかして元冒険者か?


「当ギルドで子作りはご遠慮願えますか?」

「あ、済みません……せめてキスする間だけでも待ってもらえませんか?」

「お願いします……私、我慢できそうにないの……!」


 俺だけでなく、ハルカまで熱っぽい声で懇願した。

 が、聞き入れてもらえない。

 それどころか、受付嬢は笑顔のまま指の骨をポキポキ鳴らし始める。


「さっきの方と同じ場所に連れて行かれたいのでしょうか?」

「……さっきの人はどこに連れて行かれたんでしょうか?」

「それは業務上の秘密です」


 怖い。商業ギルド、怖い。


「それで。本日はどのようなご用件ですか?」

「えっと、箒草と竹が大量に欲しいんですけど」

「なるほど……少々お待ちください」


 受付嬢はリストを眺め、二番倉庫に行けば、どちらも山ほどあると教えてくれた。


「あとは倉庫にいる者と交渉してください……ところで、箒草と竹でどんなプレイを?」


 ずっと営業スマイルだった受付嬢が、頬を赤らめて興味深そうに聞いてきた。


「そういうんじゃありません!」


 ハルカは悲鳴のような声を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ