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18 クー・シー傭兵団 その二

 目的地の大陸東方はまだまだ先だが、とにかく今日の危機は乗り越えた。

 それを祝って、クー・シー傭兵団はキャラバンを巻き込んで宴会を開いた。

 もっとも、オレたちは特に何もなくても、野営のときは酒を飲んでいる。

 今日が特別というわけじゃない。


 いくつもの焚き火をたいて、それを囲んでビールを飲む。

 クー・シー傭兵団もキャラバンもお構いなしだ。

 オレたちくらいの規模のパーティーとなれば、常に何かしらの需要があるから、お抱えの医者や神父、娼婦なんかもいた。

 またキャラバンの連中は商魂たくましく、東方に売りに行く予定の物資の一部を、団員たち相手に商売している。

 娼婦にプレゼントする小物なんかが売れているらしい。


「ああ、くそ。しかし……いてぇ」


 オレは仲間たちの前だというのに、つい弱音を吐いてしまった。


「団長。無理しすぎっすよ。見つけたとき、死んでるんじゃないかと冷や冷やしたんですから」


 団員の一人が、ビールをあおりながら真剣な口調で言う。それはほとんど説教に近かった。

 しかし、オレにだって言い分はある。


「無理しなきゃあそこで全滅していただろうが。オレに無理させたくなかったら、テメェらが強くなりゃいいんだ。全員がエヴァンくらいになれば、オレも楽できる」

「それは……まあ……」


 オレの言葉を正論だと認めたらしく、そいつは押し黙った。

 しかし、代わりに後ろから伸びてきた手に、ムニッと頬をつねられた。


「誰だコラ! 殺すぞボケ!」


 ムカついて振り返ると、そこには女が立っていた。

 いつもクー・シー傭兵団に付いてきている娼婦の一人、ジェナだ。

 ジャイアント・オークの血と臓物の中にぶっ倒れ気絶していたオレの手当てをしてくれたのは医者だが、そのあと看病してくれたのはこいつだ。

 だから流石に俺もそれ以上の恫喝はしなかったが……オレの頬をつねるとはどういう了見だ。


「あのね、団長ちゃん。皆がどれだけ心配したと思ってるの? いくら皆を逃がすためだからって、あなたが死んだら何にもならないのよ」


 何だ、こいつ。オレに説教たれるつもりか?


「オレが死ぬ気でやらなきゃ、クー・シー傭兵団を守れねぇだろうが」

「だから。その自分は死んでもいいってのが駄目なんだってばぁ。周りを見てみなさいよ。団長ちゃんが死んだら悲しむ人が沢山いるでしょう?」


 ジェナはオレとは正反対の、おっとりとした声で語る。

 すると、一緒に焚き火を囲んでいた連中が「そうだ、そうだ」と声を上げた。


「俺たち、団長を犠牲にしてまで生き残りたくないっすよ。正直、ボロボロの団長を見つけたときは、キツかったっす。あんなになるまで俺たちを守るくらいなら……一緒に逃げましょうよ」

「……んなこと言ったって。狂戦士の力を使ったら、どうしたってああなるんだよ」

「だから、できるだけ狂戦士にならないでください。団長、何かあったら自分が前に出ればいいって考え方じゃないっすか。特攻隊長がいなくなってから更に酷くなったっす。俺らを頼ってくださいよ。信頼してくれてもいいじゃないっすか」


 信頼、か。

 しているつもりだったが……こうして面と向かって言われると、俺が悪かったような気もしてくる。

 なるほど。改めて考えると、俺はこいつらを守らなきゃいけないと決めつけていた。

 雑魚戦ならともかく、少しでも強い奴が相手なら頼るに値せずと切り捨てていたような気がする。


「分かったよ。次は神刻を使うのを少し待ってやるから……テメェらで何とかしてみろ。ただし、少しでもヘタレな姿を見せたら、また俺が前に出るぞ」

「大丈夫っす。だから、特攻隊長が抜けたからって団長が無理しなくてもいいんですよ」

「無理なんて……」


 していない。と主張するには、今の俺はボロボロ過ぎた。

 なにせ全身包帯まみれで、何度も取り替えたのに、いまだ血が滲んでくる。

 だが、これでも相当マシになったのだ。

 こいつらが俺を発見したときは、あちこちの骨が折れ曲がって、とても生きているようには見えなかったらしい。

 しかし、神刻を持つ者は、総じて治癒力が高い。もう骨はほとんどくっついている。

 全身の傷も、二、三日中には治るはずだ。


「まあ、気には留めておいてやる」


 俺が渋々呟くと、ジェナが指先で頬をつついてきやがった。

 何なんだ、このアマ。


「うふふ、団長ちゃん、プニプニね」

「ケンカ売ってんのかコラ!」

「もう。どうしてそんな言葉遣いなの? せっかく可愛いのに。団長を継いだからって、口調まで先代を真似なくてもいいのよ?」

「……別に真似してるわけじゃない」

「嘘ばっかり。昔はもっと女の子らしかったじゃないの」


 ジェナの言葉に、周りの奴らも頷いていた。

 孤児だったオレを拾って育ててくれた先代が死んだのは、三年前のことだ。戦死だった。

 最後まで果敢に戦った先代のことを悪く言う奴はいない。

 オレだって尊敬している。

 そして跡継ぎにオレを指名したのは、団員全員。


 なにせ、先代が生きていた頃から、クー・シー傭兵団の最強はオレだった。

 偉大な先代の義理の娘という箔もある。

 オレ以外の選択肢はなかったのだろう。

 当時のオレは強気な自分の姿を見せて、団員たちを安心させてやりたいと思っていた。だから即座に引き受けた。

 しかし実のところ、不安がなかったわけじゃない。

 いいや、今だって不安だ。

 先代の口調を真似ているのは、あのカリスマを借りたいからだった。


「……今更やめろと言われても、骨の髄まで染みこんでるから無理だぞ」

「ああ、それは何か分かるっす。今の団長、もう先代と遜色ありませんよ。団長の声が聞こえると、どんな佳境でも安心できるっす」


 そいつの台詞に、オレは「え?」と間抜けな返事をしてしまう。

 不覚をとってしまった。

 そのくらい嬉しかった。


「マジか? お世辞だったら承知しねーぞ」

「マジっすよ。あとは一人で前に出すぎる癖を直してくれれば言うことないっす」


 するとまた、他の連中がうんうんと頷いた。

 だが、一人だけ。ジェマだけがその空気に水を差す。


「口調はともかく……団長ちゃんは女の子として致命的なところがあるわよ。それは早急に直さないと」

「んだよ。オレはお前みたいに女を売りにするつもりはないが、貶されると腹が立つぞ」

「そうっすよジェマさん。団長はこんなに強くて格好良くて、しかも可愛いじゃないっすか。どこが致命的なんすか?」

「あらー……団長ちゃんだけじゃなく、周りまで無神経なのね。あのね、普通の女の子は、男の前にこんな姿を晒さないものなのよ。はしたない」


 そう言ってジェマはオレを指差した。

 なるほど。確かにオレの姿は、ほめられたものじゃない。

 なにせ着ていた服も、胸当てもブーツも手袋も、全部ズタボロな上、血まみれだった。

 あとで綺麗に洗ってから修復するが、おかげで今は着替えがない。

 だから包帯を巻いた上に、借りたシャツを羽織っているだけだ。

 この姿で町を歩けと言われたら、それは流石に恥ずかしい。

 しかし、ここは仲間しかいない野営地だ。


「別に素っ裸ってわけでもねーんだ。家族同然のこいつらの前で多少肌を晒したからって、何の問題がある。つーか、娼婦のテメェにはしたいないとか言われたかねーぞ」

「私は仕事だからいいの。それで大金をこの人たちから巻きあげてるんだから。けど団長ちゃんは違うでしょ。女の子は自分を安売りしちゃ駄目。お姉さんとの約束」


 何がお姉さんとの約束だボケ。


「それにほら。団長ちゃん、もう十三歳でしょ。ちょっとずつ女らしい体つきになってきたし……ほら、胸も」

「うぉっ、何触ってんだ!」

「まだ小さいけど、どんどん大人になるんだから。そのうち、この人たちも変な目で見てくるわ。ちょっとは自覚しなさいな」


 いや、ねーだろ。

 こいつらとは、オレが物心つく前からの付き合いだ。

 今更、性別の違いなんざ問題にならないはずだ。


「大丈夫っす。団長、将来は絶対美人になりますが、今はぺったんこ過ぎて色気ねーっす」


 ぺったんことか言うんじゃねぇよ……。

 しかし、そうか。

 今は色気がないってことは、オレがもう少し成長したら、こいつらの目も変わってくるのか?

 今まで想像したこともなかった。

 全く分からない感覚だが……一応、覚えておくか。


「ところでジェマ。その抱えているガラス瓶は何だよ?」

「ふふふ。これはね、どぶろくっていうお酒。さっき、キャラバンの商人から買ってきたの。その人が言うには、勇者と賢者がお米から造った酒なんだって」


 ガラス瓶の酒を買うとは、金持ってるんだな、こいつ。

 うちの男どもはどんだけジェマに貢いでるんだ?

 オレ以外全員穴兄弟って噂はまんざら嘘じぇねーな。


「勇者と賢者ってことはツカサとハルカか。あいつらも懐かしいな。いつの間にか世界を救った英雄になりやがって……」

「そう言えばあの二人、特攻隊長の故郷で酒造りを始めたんすよね。どぶろくってそれのことっすか?」

「さあ? 詳しいことは分からないけど、これを売ってくれた商人は、二人に頼まれて東方に米を買いに行くんだって。で、このどぶろく。さっき飲んでみたらとっても美味しかったから。皆で飲みましょう」


 そう言ってジェマは、俺たちのコップにどぶろくを注いでくれた。

 真っ白な酒なんて初めて見る。

 だが、美味いな。

 酒なんて酔えればそれでいいと思っていたが、これはいいものだ。

 それにしても、あいつらに酒造りの特技があるなんて知らなかった。


「団長ちゃん、どう? 初恋の人が造ったお酒の味は?」

「ぶっ」


 ジェマの一言に、俺は口の中のどぶろくを盛大に噴き出してしまった。


「なっ、て、てめぇ、何を急に意味分かんねぇことを……!」

「あれ、団長。秘密にしていたつもりだったんすか? ツカサのことが好きだって、ぶっちゃけバレバレでしたよ」

「は、はぁぁぁっ!?」

「あら、やだ。もう、団長ちゃんったら可愛いんだから」


 どうしてバレている?

 誰にも話した覚えがない。

 まさか顔に出ていたのか?

 いや、そもそも別にツカサのことなんて、何とも思っちゃいない。

 ただちょっと、そばにいると顔が熱くなっただけで……。


「ああ、クソ! 人の過去で楽しみやがって! てめぇらブチ殺すぞッ!」


 俺は全力で叫んだ。マジで殺気を放っていたはずだ。

 なのに誰も怯んでくれず、ジェマなど頭をなでてきやがった。

 これも全部、ツカサのアホのせいだ。あとハルカもだ。あいつら、いつもオレの前で見せつけるようにイチャイチャしやがって……思い出しただけで腹が立つ。

 次に会ったらぶん殴ってやるぞ。

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