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17 クー・シー傭兵団 その一

 オレが指揮するクー・シー傭兵団は、このところ、ずっと激戦に身を置いている。

 魔王が死んでモンスターは弱体化した。しかし人間を攻撃するのがモンスターだけとは限らない。

 たとえば、前回のネクロマンサー。死んだ恋人を生き返らせたいという夢物語を実現させるため、あちこちの墓地や戦場跡を巡り歩き、眠っている死体を叩き起こして実験を繰り返していた狂人。

 それを一年間も追いかけ回し、死闘をくり返してようやくぶち殺した。


 それにモンスター対策に余裕ができたおかげで、魔王出現前のいざこざが各国で再燃しそうな雰囲気だ。

 つまりは戦争。人間同士の殺し合い。

 傭兵団としてはモンスターと戦うより、むしろそちらの方が本業といえる。

 もっとも、魔王がこの世界に出現したのは半世紀以上も昔の話。

 十三歳であるオレは国家間の戦争なんて、生まれてこの方、経験したこともない。

 それが仕事というならやってやるが……どうせ殺すなら、モンスター相手のほうがスカッとする。


「こういう風になァッ!」


 オレの双剣が弧を描き、ゴブリンの首がまとめて五つ宙を舞う。

 血を噴き出し倒れる死体の奥には更なるゴブリンが、更に更に奥にもいる。

 奴らは棍棒を持ち、クー・シー傭兵団の隊列へと果敢に挑んでいた。

 無論、オレたちが単純な戦いでゴブリンに遅れをとることなどありえない。

 しかし、これは護衛任務だった。

 ゆえに攻撃よりも防御を優先しなければならず、キャラバンや、その他の非戦闘員を守るため、俺たち百人の冒険者は方円陣を組み、荒野のど真ん中で立ち往生していた。

 端的にいえば、包囲されている。

 ゴブリンの数はこちらのザッと五、六倍。抜け出す隙間はない。


 おまけにやっかいなのは、敵の群れの中にオークが四匹も混じっていることだ。

 ゴブリンは弱い。そして小さい。十三歳であるオレとさほど変わらない体格だ。

 それに対してオークは、成人男性よりも頭一つ抜けて大きい。それだけ体力も優れている。

 もちろん、クー・シー傭兵団に所属する冒険者なら、オーク相手でも勝てる。ただし、一対一ならという条件付きだ。

 ゴブリンの群れ約六百体を率いたオーク四匹。

 単純に殺し尽くせというなら話は早い。しかし、キャラバンを守りながら戦うのは……言いたくはないが、やっかいだ。


 こういうときに頼りになっていた特攻隊長のエヴァンは故郷へ帰ってしまったし……仕方がない。

 ここは一つ、団長であるオレがバシッと決めてやるか。


「副団長、こっからはお前に指揮を任せる。陣形を死守しろ。そしてグレアム、テメェは適当に五人見繕ってオレのあとをついてこい。敵陣に斬り込んで、まずはオークを潰すぞ。頭が潰れりゃ、ゴブリンは逃げ出すだろ。それから旗手! 死んでも旗を放すなよ、それがオレらの看板なんだからな。そいつがはためいている限りクー・シー傭兵団は無敵だ……んじゃ、行くぜヤロウども!」


 オレの号令とともに、男どもから咆哮が上がる。

 それは地響きのように威勢がいい。


「よっしゃあ! テメェら団長に恥かかせるなよ。方円陣は絶対に守れ。一匹たりとも通すな」

「グレアム、団長の背中を守れよ!」

「うおおおおお、俺たちの団長ソフィア!」

「ソフィア! ソフィア! ソフィア!」


 その声を背に受けながら、オレは猪突した。両手の剣がゴブリンの首を、腕を、胴体をぶったぎる。返り血を至る所に浴びて、自慢の長い銀髪を赤く染めて、オレはひたすら前に出る。

 ソフィア――。

 戦場には相応しくないが、あいにくとそれがオレの名前だった。

 オレを拾ってくれた、先代の団長がつけてくれた名前だ。

 別に気にくわないわけじゃないが、戦士として育てるんだったら最初から勇猛な名前にすればいいのに、と思わなくもない。


「まずは一匹……死ねやコラァッ!」


 オレはオークに真正面から突っ込んだ。

 当然、向こうも反撃してくる。巨大な鉄の斧がオレの頭上に迫り来る。

 しかし、ノロい。アクビが出る。

 余裕で回避し、その勢いのままオークの腹に右手の剣を突き刺し、真横へ振り抜く。ハラワタと背骨を切断してやった。

 だが、オークの生命力は伊達じゃない。

 その状態になっても即死はせず、倒れながら斧を振ろうとした。


「往生際がワリィぞ豚顔!」


 オレはオークの頭を踏みつぶし、今度こそ殺した。

 ああ、ようやく一匹だ。

 残り三匹。楽勝だ。


「オラ、どけやゴブリンども。お前らもミンチにされてぇのか? アアッ!?」


 オレが威嚇すると、ゴブリンたちは怯み、後ずさった。

 が、残ったオークたちが何やら人外の言葉を叫ぶと、再び向かってきた。

 どうやらオレよりも、オークに逆らうことのほうが怖いらしい。


 オークがゴブリンを従えるのは、よくある話だ。

 なにせ、どちらもモンスターにしては知能が高い。

 そして、ゴブリンは弱いから人間を避けるが、オークは逆だ。

 奴らは魔王が死んだ今も人里を襲い、男を喰らい、女を犯して孕ませる。

 オレたちを襲撃したのも、そんな理由だろう。

 オークに従っていれば、ゴブリンはそのおこぼれに預かれる。だから手下になっているという場合もあるし、自分たちの子供を人質に取られて仕方なく、というのもあるらしい。

 まあ、どちらでも同じだ。

 敵対するなら尽くぶち殺す。

 それだけのことよ。


 オレは後続のグレアムたちが追いつくのを待たず、次のオークへと走る。

 ゴブリンはそれを止めようと固まるが、次の瞬間には肉塊に変わる。

 オレの双剣は速度が速すぎて衝撃波が発生している。ゆえに斬撃であると同時に、打撃でもあるのだ。

 擦っただけでゴブリン程度なら絶命してしまう。

 オレの進撃を止められない。

 瞬く間に、二匹目のオークも汚ねぇ悲鳴とともに死んだ。


 さて、残りは二匹。

 そいつらを睨み付けると……踵を返しやがった。

 ゴブリンたちもそれに続いて、一目散に逃げていく。

 やれやれ。一度崩れると呆気ない。


「カスどもが。オレを犯したいなら、せめて今の十倍の戦力で来いよ」


 まあ、信念も熱意もない小狡いだけのモンスターなど、こんなものだ。


「団長! ついてこいとか言っておきながら、置いていくなんてヒデェっすよ」


 ようやく追いついたグレアムが、部下たちと一緒に非難がましい目を向けてくる。


「何を寝ぼけてやがる。オレがついてこいと命令したのに、ついてこれないほうが悪いだろうが、このウスノロども。ぐだぐだ文句言うと、テメェらの酒をオレが飲むぞコラ」

「な、それだけは勘弁してください!」

「だったら黙れ。御託の多い男はみっともねぇぜ? 被害状況を確認して、とっととこの場を離れるぞ。オークとゴブリンがまた来るかもしれねぇから、お前らが殿(しんがり)を務めろ」


 オレは顔についた返り血を拭いながら指示を飛ばす。

 しかし、オークとゴブリンが来るかも、なんて言いながら、実のところ油断していた。

 これで終わったと思い込んでいた。


 なのに、轟音が聞こえ、足元が揺れる。

 それは遠くにある丘の向こうから聞こえてくる。

 ゴブリンたちが逃げていった方角だ。


「ハッ……冗談じゃねぇ……」


 絞り出した声は枯れていた。

 久しぶりに冷や汗をかく。

 なにせ、マジで十倍のが来やがった。


「でけぇ……」


 グレアムの呆けた呟きが、目の前の光景を端的に言い表している。

 丘の頂から、オークの頭が見えていた。

 地響きが近づくにつれ、オークの首から下が見えてくる。

 肩。腕。胴体。脚。

 元からオークは大きな種族だが……今、丘の上に立っている個体は、通常の十倍以上ある。まるで移動する要塞だ。


 ジャイアント・オーク。


 オークの変種だ。その特徴は見てのとおり。とにかくデカイ。

 こいつが本当のボスらしい。

 ジャイアント・オークは大木を武器みたいに手に持って、こちらに歩いてくる。

 それだけで地震が発生し、こちらの戦意をガリガリ削る。

 並の冒険者なら、この時点で恐慌状態に陥っていただろう。

 現に、キャラバンの連中は悲鳴を上げていた。

 しかし、クー・シー傭兵団にヘタレは一人もいない。全員がいまだ正気を保って、辛うじて集団としてのまとまりを維持している。


「テメェらキャラバンを連れて逃げろ! 従わねぇ奴は首に縄かけてでも引っ張っていけ。なにせオレらの依頼主だからな。全員を生きて東方までお連れするぞ……!」

「団長! まさか一人であれを足止めするつもりですか!? 無茶ですよ!」

「うるせぇ。あれが相手じゃ、お前らが何人いても足手まといなんだよ。なぁに、心配するな、神刻を発動させる。地響きが消えたら、オレを回収に来い」


 オレは仲間たちに不敵に笑って見せ、そしてジャイアント・オークを睨んで、シャツのボタンを一つ外す。あらわになった胸元に、狼のシルエットが浮かび上がった。


「お気をつけて団長……オラ、テメェら、団長の邪魔になるぞ。とっとと逃げやがれ!」


 クー・シー傭兵団はキャラバンを連れて、撤退を始める。

 それが終わるのを待たずに、オレは神刻を完全解放した。

 瞬間、全身の血液が沸騰したような熱さが脳天から脚のつま先まで走る。

 これぞ『狂戦士』の神刻が動き出した証だ。


 この世界にある神刻は、何も勇者と賢者だけじゃない。その二つが最強格なのは確かだが、他のにも剣士や弓士、魔術師、僧侶といった神刻がある。

 どういった条件で人に宿るのかは未だに分かっていないらしいが、神刻を使えば、その名前のイメージ通りの力が湧き上がってくる。


 そしてオレの体に宿る狂戦士の神刻は、ハッキリ言って最悪だ。

 使ったあとに体に跳ね返ってくる反動が半端じゃない。下手をすれば激痛で気絶だ。

 おまけに思考が煩雑になり、敵を倒すこと以外、考えられなくなる。

 流石に仲間に攻撃したことはないが……近くに味方がいるときは使いたくない。

 第一、外見が醜いんだよ。


 既に吐く息が、炎になっている。

 腕には血管が浮かび上がり、筋力が強化され、自分の骨を軋ませる。

 もともと肩の下まで伸ばしていた銀髪が地面に付くほど伸びて、更に耳の形が狼のそれに変化した。


 ああ、もはや抑えられない。

 戦いたい、殺したい、屠りたい。

 目の前に迫ってくる化物を蹂躙してやりたい。

 あとのことは、どうでもいい。


「さっさと来いやデカブツがァッ!」


 オレの叫びに応えるように、奴の足裏が脳天に迫ってくる。

 普通なら踏みつぶされて終り。

 しかし今の俺は、飢えた獣だ。狂戦士だ。

 逃げも隠れもしない。頭突きでジャイアント・オークの足を止めてしまう。

 そのまま双剣を振り回し、敵の足首を切断。雨のように降る血の中で歓喜がわき上がる。

 二本の刃を使って、傷口を抉ってやる。

 そのまま胴体に飛びついて脇腹に穴を空けて潜り込む。

 内部から五臓六腑を破壊。食道を通って口から外に出て、目玉に剣を突き刺した。


 いくらオレが幼い頃から戦士としての教育を受けているからといって、いつもならこんな行動は取らない。選択肢すら浮かばない。

 だが、今は平然と行ない、嫌悪感一つない。

 それが狂戦士になるということ。


 強化と狂化。


 限界を超えて酷使されたオレの肉体は、全力で悲鳴を上げている。

 なのに、オレの意識はそれに頓着できなかった。

 痛い、痛い。泣くほど痛い。なのにそれがまた心地いい。

 さあ、この哀れなジャイアント・オークにトドメだ。

 頭蓋骨裏返して、脳味噌かき回してやるよ。

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