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16 親馬鹿

 そしてその夜は当然、居酒屋でドンチャン騒ぎだった。


「これが米の酒……美味いな。そしてツカサとハルカは、これよりも凄いのを造ろうとしているんだな?」

「そういうことだ。協力してくれるか?」

「当たり前だ。そのために帰ってきたんだから。それよりも、いいのか? 魔王を倒した英雄様に、昔みたいなタメ口でよ」


 エヴァンは散々タメ口をきいておきながら、今更のように言った。

 それに対し、ハルカが呆れたように答える。


「当たり前でしょ。むしろ、改められたら気持ち悪いわよ。魔王討伐後に会った人たちから賢者様とか呼ばれるのは仕方がないにしても、昔の知り合いからそんな呼び方されたら鳥肌が立ちそう」

「全くだ。というわけで、タメ口で頼む」

「分かった。こちらとしても嬉しいぜ。英雄様になったお前らが、偉そうにしてなくてよ」


 こういうことは、色々な奴から言われる。

 しかし、俺たちは別に偉いことをしたわけではないから、偉そうにする理由がない。

 たまたま授かった力が強いから魔王を倒せた。それだけの話だ。

 だが、俺は今度、男爵になるらしいから、身分的には本当に偉くなるのか。それとも、既に男爵になっているのか? よく分からない。王都に帰ったらアンジェリカ様に聞いてみよう。


「村長、村長。俺、なんかそのうち、ブラグデン男爵の代わりにこの村の領主になるらしいので。よろしく」


 俺は振り返り、テーブル席で飲んでいた村長に報告する。


「ほう。女王陛下の計らいですか? 考えてみれば、世界を救った方が領地の一つも持っていないというのが不自然でしたからな。ワシとしても勇者殿なら大歓迎ですぞ」

「まあ、素敵。わたくしは勇者様の領民になるのですね。誇らしいですわ」


 そう言ってルシールは、俺とハルカとエヴァンが座るカウンター席につまみを出してくれた。

 ベーコンとしめじを炒めたものだ。バターの香りがする。


「美味しそう」


 そう呟いたのはレイチェルだ。

 仕事中だというのに彼女は、父親の膝の上にもぞもぞと座り込み、皿をじーっと見つめる。


「こら、レイチェル。ちゃんとお仕事しなきゃ駄目よ」

 と、母親に叱られてもレイチェルは悪びれない。

「お父さんに甘えたい」

「ははは、レイチェルは本当に可愛いなぁ」


 クー・シー傭兵団の特攻隊長は、とろとろに溶けそうな笑顔で娘の頭をなでまくった。

 完全に親馬鹿の顔である。

 どちらかと言えば強面で通っていたエヴァンに、こんな一面があったとは知らなかった。


「無理もありませんわ。一年ぶりにお父さんに会えたんですから。レイチェルちゃんは遊んでいてもいいですよ」

「ん。ありがとう、ルシール」

「なんなら、イライザさんも遠慮せず、エヴァンさんたちと一緒に飲んでも構いませんわよ?」


 レイチェルだけでなく、イライザさんだって一年ぶりにあった夫とゆっくりしたいに違いない。それを思ってルシールは言ったのだろうが、しかしイライザさんは首を横に振った。


「この店の状況。どう見たってルシール一人では捌けないでしょ?」

「それは……なんとかしますわ!」


 無理だろう。

 この店は五十人ほどが入れるようになっているが、今はその定員を超えるほどの客がいた。床に座って飲んでいる者も目にとまる。

 久しぶりに帰ってきたエヴァンを歓迎する――という名目で飲みたい連中が集まったのだ。

 ルシール一人で対応するのは、非現実的だ。


「エヴァンはこれから、ずっと村にいるんでしょ?」

「ああ。追い出されない限りはいるぜ」

「だったら大丈夫。これからいくらでも一緒にいられるんだもの。今日はルシールを手伝うわ」


 イライザさんがそう言うと、エヴァンは照れくさそうに赤くなる。

 ずっと離れていたのに、家族の絆は繋がったまま。

 いいな。羨ましい。

 俺もハルカと結婚したら、このくらい素敵な家庭を作れるだろうか? もっとも、一年も離ればなれになるのは絶対に嫌だが。


「もぐもぐ……ところでお父さん。どうして一年も帰ってこなかったの? もぐもぐ」


 レイチェルはフォークでベーコンを食べながら父親に問いかけた。


「ちょっと大変な仕事があってな。アルバーン王国のあちこちを移動していたら、気が付くと一年以上経っていたんだよ。あとキノコも食べろよ、レイチェル」

「キノコよりお肉がいい……もぐもぐ」

「何でも食べないと大きくなれないぞ」

「じゃあ食べる……」

「はっはっは。レイチェルは偉いなぁ」


 完全無欠の親馬鹿だ。先陣を切ってモンスターの群れと戦っていた特攻隊長の面影は、どこにもない。


「もしかして、ネクロマンサーを追いかけてたの?」

「何だハルカ。知ってたのか?」

「ええ。だってハイン村の近くにスケルトンが出たから。冒険者ギルドに行って調べたのよ。そしたらクー・シー傭兵団がネクロマンサーを倒したって言うじゃない」

「何だって? ここにも来ていたのかあいつ……そのスケルトンは、お前らが倒してくれたのか?」

「ツカサが粉々に砕いて、私が浄化したわ。だからもう大丈夫」

「そうか、助かった。ありがとう。しかし俺がいない間に……やっぱ家族を置いて長く出稼ぎに行くもんじゃないな。一歩間違えれば、取り返しのつかないことになっていた」


 エヴァンは自嘲気味に語り、そしてレイチェルの頬に触れる。


「実はな。お前らがクエストを出してくれなかったら、更に何ヶ月も帰って来られなかったかもしれないんだ」

「またでかい仕事が入ったのか?」

「ああ。大陸東方まで、キャラバンの護衛だ。最短でも十月上旬まで帰ってくることができない。トラブルがあればそれ以上だ。出発したら途中でやめることもできないしな。団長は、帰郷したいなら付いてこなくていいと言ってくれたんだが……俺だけ行かないってのも特攻隊長として示しが付かないだろ。しかし家族に会いたい。そうやって悩んでいたところに、お前らのクエストだ。勇者と賢者が俺の故郷で酒を造る……こりゃ行くしかねぇ。決心するのは一瞬だった。俺はクー・シー傭兵団を辞めて、こうして帰ってきたわけさ。感謝してるぜ。下手をすれば、俺は一生、冒険者だったかも知れない」


 どうやら俺たちは、エヴァンの人生に影響を与えてしまったらしい。

 俺は戦場のエヴァンを知っている。

 あれは鬼だった。進撃の化身だった。

 ゆえに、エヴァンが冒険者を辞める決心をしたということに、若干の寂しさを感じた。

 だが、その膝の上でレイチェルが嬉しそうに笑っている。

 それを見ていると……これはこれで良かったのだろうと納得した。


 愛しい家族と過ごすこと。

 エヴァンは戦場の興奮よりも、こちらを選んだ。ただそれだけの話である。

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