15 再会
教会の前まで帰ると、ルシールに加え、イライザさんとレイチェルが俺たちを待っていた。
ルシールは随分と女神の怒りを受けたようで、あちこちボロボロだった。しかし女神様もそれで許してくれたのか、もう転ぶ様子はない。
「暇そうな人を集めておきましたわ」
確かに俺は手の空いている人を集めてくれとお願いしたが、同時に大工仕事が得意な人という条件もつけたはずだ。
「……二人は木を切ったり、釘を打ったりするのは得意ですか?」
丸太を地面に降ろしながら尋ねると、イライザさんは胸に手を当て自信たっぷりに答える。
「ええ、お任せを。いつも家の雨漏りは私が直していますから」
「へえ、それは頼もしい!」
人は見かけによらないものだ、と感心していると、レイチェルがぶんぶんと首を振った。
「お母さんが修理すると、雨漏りが酷くなる」
「レ、レイチェル、それは言わない約束よ!」
イライザさんはレイチェルの口を塞ぎ、何やら笑って誤魔化している。
「流石にそういうレベルだと困りますね……」
「うぅ……そうですか……夫なら大工仕事も得意だったんですけど……」
「そう。お父さんは器用」
レイチェルは母親の言葉を肯定し、我が事のように自慢げだった。お父さんのことが好きだという気持ちが伝わってきて、とても可愛い。
「じゃあ、その人を連れてきてくださいよ。それとも忙しいんですか?」
「……お父さんは冒険者だから、もう一年くらい帰ってきてない」
「あ」
俺が迂闊なことを言ったせいで、レイチェルがしょんぼりした顔になってしまった。
それを咎めるように、ハルカが脇腹を肘で叩いてきた。
「ごめんな、レイチェル……」
「大丈夫。たまに稼いだお金とお土産を持って帰ってくるから、さみしくない」
レイチェルはコクリと頷いて許してくれた。本当にいい子だ。
「レイチェルちゃん……可愛い!」
ハルカは感動してしまったらしく、しゃがんでレイチェルを抱きしめ、その頭をなで始めた。
日本だったら不審者扱いで通報される光景だ。
「けど……もう一年も帰ってきてないから、ちょっとさみしい」
「そっか。早く帰ってくるといいな」
「代わりに私に甘えてもいいのよ!」
「ん。気を使ってくれてありがとう、勇者様、賢者様」
うむ。何と礼儀正しい子だろうか。
お持ち帰りしたい。
「レイチェルちゃん、うちの子にならない!?」
「あの賢者様……それ、私の子なので……目の前で誘拐しようとしないでくれますか?」
「はっ! つい!」
正気に返ったハルカは、慌ててレイチェルから離れ、飛び退いた。
まともな大人のやる行為ではないが、俺もハルカの気持ちが分かるので、ここはつっこまないでおいてやろう。
「でも賢者様なら、三日くらいでしたら誘拐してもいいですよ。ちゃんと返してくれるなら……」
「ん。楽しそう」
「それ、誘拐なのかしら……?」
なかなか寝ぼけた感じの会話だ。平和で実によろしい。
しかし、麹蓋を作ってくれる人がいないのは困った。
皆が農作業を終える夜を待つしかないか。
馬車にどぶろくを積んできたから、それを飲ませれば協力してくれるだろう。
「あら? 勇者様、見て下さい。村の外から誰かがやってきますわ」
ルシールが道の向こうを指差しながら言った。
その方向を見れば、なるほど。確かに一人の男がこちらに向かって歩いて来る。
突然、レイチェルが大声を上げた。
「お父さん!」
そう叫んで彼女は、小さな脚で走って行った。
「エヴァン……!」
イライザさんも目を見開き、歩いてくる男を凝視している。
「ああ、本当です。あれはレイチェルちゃんのお父さんですわ」
ルシールが懐かしそうに言う。
「もしかして、私たちがギルドに呼び掛けてもらったから帰ってきたのかしら?」
「かもしれん……つーか、俺、あいつに見覚えがあるぞ」
「え? ってことは私も知ってる人……ああ、うん、そうね。見たことあるわ」
ハルカも奴の正体に気がついたらしく、懐かしそうに呟いた。
俺たちが見ている前で、その男はレイチェルの頭をなで、そして抱き上げ、教会の前までやってきた。
「イライザ。長いこと留守にして悪かったな。クー・シー傭兵団の仕事がちょっと長引いた」
「いいのよ……こうして生きて帰ってきてくれたんだから……!」
「お父さん、また顔の傷増えてる」
「おう。男の勲章だ」
そして親子三人は抱きしめ合った。
俺とハルカとルシールは、少し離れた場所から眺める。
これは他人が立ち入っていい時間じゃない。
もう暫く黙っていよう。
「さて、イライザ、レイチェル。再会の挨拶はこのくらいにしておこう。ルシールも久しぶりだな。元気にしていたか?」
「はい。わたくしはご覧のとおり、いつも元気ですわ」
「はは、そうだったな。んで……勇者様と賢者様。クエストに従い参上したぜ」
彼は俺とハルカを見て、傷だらけの顔をニッと歪ませる。
勇者様。賢者様。その発音が、とてもわざとらしかった。
やけに親しげだが、それも当然。
なぜなら、以前から面識があるのだ。
俺たちがこの世界に来てからしばらく所属していた冒険者のパーティー。クー・シー傭兵団。彼はその特攻隊長。名はエヴァン。
神刻を持たない身でありながら、超人じみた領域まで肉体を鍛え上げた男だ。彼がモンスターを蹂躙する姿は、今でも鮮明に思い出せる。
「あんたがハイン村の出身だとは知らなかった」
「俺だって、まさかツカサとハルカが自分の故郷で酒造りをするなんて、思っても見なかった。全く、縁ってのは不思議だな」
同意するしかない。
この世界には無数の村がある。冒険者だって数え切れない。
それなのに、たまたま見つけたハイン村に、昔の戦友がこうして帰ってきた。
天文学的な確率である。
もちろん、これは酒造りとは関係のないことだ。
だが俺は、無性に心が躍った。
この村で日本酒を造れと、天が呼び掛けているような気さえした。
ああ、きっと美味しい日本酒が造れるに違いない。そんな根拠のない確信が浮かび上がってくる。