14 種麹造り
王宮を出た後、俺とハルカは建築屋を尋ねた。
予算はアンジェリカ様が出してくれるので、とにかく腕が良くて、そして冬に間に合う建築屋がいい。
魔王の死後、壊れた建物の修復やら、新しい村の開拓などで忙しいと聞くが、幸いにも三件目で条件に合うところを見つけた。
俺とハルカは、その場で職人たちと話し合いながら、酒蔵の図面を引いた。
やはり、元からあるワイン醸造所を取り壊し、その地下室だけを貯蔵庫として利用しようという話になる。
また、精米用の水車も必要だ。
今までは必要に応じて既存の水車を借りて精米していたが、それでは最早間に合わない。
ハイン村の近くに川が流れているので、酒蔵のついでに俺たち専用の水車を作ってもらうことにした。
「勇者様、賢者様。酒が完成したら、俺たちにも飲ませてくださいよ」
「もちろんだ。春を楽しみにしていてくれ」
その次は桶職人のところだ。
もちろん、木製の桶である。
なにせ日本酒造りにおいて鉄は大敵だ。よって鍛冶職人に今のところ用はない。
現代日本の酒蔵で使われているタンクも、その材質はステンレスだったり琺瑯だったりと様々だが、鉄というのは有り得ない。江戸時代のように、あえて木製を使い続けているところがあるくらいだ。
「こんなでかい桶……というかタンク。何に使うんですか?」
「酒を造るんだよ」
「ああ、なるほど。ビールですか?」
「違う。米で造るのさ」
「へえ……オールドマザーでどぶろくって奴を飲みましたが、それですかい?」
「あれより美味しいぞ」
「それは楽しみですな!」
この様な感じで、準備は着実に進む。
やはり、勇者と賢者の依頼だという安心感が効いているようだ。
しかも、金を払うのは女王陛下。
この国が滅んだりしない限り、未払いになる心配もない。
職人たちは喜んで引き受けてくれた。
俺とハルカは家に帰り、計画が順調であることを祝って一晩中イチャイチャする。
そして次の日の朝。
酒米の俵を担いで、王都の真ん中を流れる川に向かう。
そこには水車が並んでいて、稲の脱穀や粉挽きができる。
全ての水車は女王陛下の所有物なので、管理を請け負っている者に使用料を払わなければならない。
しかし俺たちは、その女王陛下、アンジェリカ様の命を受けて酒を造るのだ。
ゆえに使用料など無用。
「金はアンジェリカ様にツケといてくれ」
そう言うと水車小屋の管理人は不思議そうな顔をしたが、しかし勇者と賢者の言うことならばと精米してくれた。
今回は食べるのでも、日本酒の原料にするのでもない。
麹カビの培養に使うのだ。ゆえに白くなるまで精米する必要はない。ほとんど玄米に近い状態で精米を止め、また俵に戻す。
そして更に次の日、既製品の大きな桶を買って、精米した米と、更にもろもろを一緒に馬車に積み、ハイン村へと向かった。
村に着くと、教会の前をルシールが箒で掃いていたので、村長の宿屋にまた泊めてもらう手筈をつけてもらう。
「今日からしばらくやっかいになるから、よろしく」
「あらまあ。しばらくと言わず、ずっと居てくださってもいいのですよ?」
「ずっとはいないけど。王都とハイン村を往復する生活になるから、こっちに来たときはこの宿を使わせてもらうよ」
「よろしくね、ルシール」
「はい。勇者様と賢者様なら、いつでも大歓迎ですわ」
俺たちはこれから、ハイン村で麹カビを繁殖させる。
米も桶も、そのために持ってきた。
だが、まだこれだけでは足りない。
「ルシール。この村に大きな鍋ってあるか?」
「ええ、それでしたら、わたくしが密造……もとい女神様のお告げに従ってビールを造ったときに使った鍋がありますわ」
「そうか。あとそれから、使っていない建物とかないかな?」
「それは流石に……せいぜい、あのワイン醸造所くらいでしょう」
ワイン醸造所はもはや廃墟だ。
あそこで麹カビを育てたら、雑菌が沢山入りそうだ。
第一、ホコリっぽい。
「うーん……それじゃ、宿をもう一部屋借りてやるか」
「そうねぇ……けど、ちょっと狭い気がするけど?」
俺とハルカは考え込む。
それを見たルシールが疑問を口にした。
「お二人は一体、何をなさるおつもりなのですか?」
「日本酒造りに使う、麹カビってのを育てるんだ。そのためには確か……一週間はかかったはずだ。温度と湿度を調整するから、すきま風が入ってこないところがいい」
「ふむふむ。いまいちよく分かりませんが、それでしたら教会を使ってみてはいかがでしょうか?」
「教会を……? だってミサとかに使うんだろう?」
「ミサは外でやりましょう。ずっと使われては困りますが、一週間程度なら別に……女神様もお許しになるはずです。これは決してわたくしがニホンシュを飲みたいからではありませんよ? 女神様のお告げに従っただけです」
「……そのお告げはいつ来たんだよ?」
「今、まさに!」
嘘をつけ、この不良シスターが。
「教会なら広いし、しっかりした作りだし、申し分ないんじゃないの? 罰当たりだけど」
どうやらハルカはルシールの案に賛成らしい。
「……罰が当たるのは怖いだろ。この世界は多分、女神様が実在するぞ?」
「言い出したのはルシールだし。ルシールが罰を全て引き受けてくれるわよ」
「おお、なるほど!」
「え?」
話の流れに、ルシールはポカンと口を開ける。
「いいだろ、別に。密造ビールの言い訳に女神様を散々使ってきたんだ。今更、罪を一つ二つ増やしても、落ちてくる罰はさほど変わらないと思うぞ?」
「もの凄い暴論ですわ! けれど……いいでしょう。勇者様と賢者様のため、わたくしがスケープゴートになりましょう!」
ルシールは自信たっぷりに胸を反らして、そこを拳でドンと叩いた。
実に頼もしい。見直したぞ。
「それで、今日からさっそく使いますか?」
「いや。他にも用意するものがある。俺とハルカは森でちょっと作業をしてくるから、ルシールは手の空いている人を集めてくれないか。大工仕事が得意な人がいいんだけど」
「お任せください!」
ルシールは村人たちが働いている畑へ走り出そうとした。
その瞬間。大きな石に躓き、転んで顔面を打ってしまう。
「あいたた……変ですわ。教会の周りは綺麗にしたはずなのに、どうしてこんなところに石が……?」
そしてルシールが立ち上がろうとすると、今度はスカートの裾を踏んづけてまた転ぶ。
「……ねえ、ツカサ。これってもしかして」
「ああ……早速、女神様の天罰が始まったみたいだな……」
凄まじい即効性だ。
しかも、俺とハルカの分も背負っているから、ルシールの小柄な体に、三人分の罰が集中していることになる。
おそろしい……そばにいたら巻き添えを食うかもしれない。
逃げよう。
「じゃ、ルシール。俺たちは忙しいから」
「ごめんね! 頑張って!」
「え、そんな、見捨てないでください! あ、脚がつった……痛い、痛いですわぁ!」
ルシールの悲鳴を聞きながら、俺とハルカは森へと走った。
さようならルシール。
君の貴い犠牲は忘れないぜ。
麹カビの繁殖は、麹蓋という箱の中で行なう。
これはA3用紙くらいのサイズで、深さは小指の長さくらい。
これをいくつもいくつも積み重ねて、小分けにして麹カビを育てる。
麹蓋の材料は杉だ。
俺たちは手頃な杉の木を探して、イチャイチャしながら森の中をさまよった。
なにせ村にあまり近いと、木を切り倒したときに放牧してある豚を潰してしまうかもしれない。
それに村人も驚きそうだ。
村民の生活は、可能な限り脅かしたくない。
「これなんか良さそうね」
ハルカは樹齢百年以上ありそうな、大きな杉の木の前で立ち止まった。
「だな。ぶったぎるから退いてくれ」
俺は勇者の神刻を発動。右手に聖剣を握り、一振り。
杉の木は切断され、音を上げて倒れていく。
それから、よけいな枝を切り落とし、杉を丸太に変えてしまう。
「よし、運ぶぞ」
「村から離れ過ぎちゃったわね。もう少し近くの木でもよかったかも」
俺とハルカで丸太を持ち上げ、「えいほえいほ」と掛け声を出してハイン村まで持っていった。




