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13 王都でのあれこれ

 俺とハルカは不良シスターの密造ビールを浴びるほど飲み、一泊し、そして王都に帰ってきた。

 そして真っ先に向かったのは、冒険者ギルドである。


「おお、勇者様、賢者様。よくぞおこしくださいました。しかし今のところ、お二人の手を煩わせるようなクエストはありませんが……」


 普通の冒険者は混み合った窓口に並ばなければいけないが、俺たちは別格扱いで、個室に通された。そして応対するのは支部長だ。


「いえ、今日はクエストを受けに来たのではなく、依頼をしに来たのです。いや、その前にまず聞きたいことがあるのですが……」


 俺はハイン村近くの森で、全滅したゴブリンの巣と、スケルトンの群れを発見したと報告する。そして、それについて何か情報がないかと尋ねた。


「ゴブリンについては分かりませんが、スケルトンなら心当たりがあります。実は最近、アルバーン王国近隣で、とあるネクロマンサーがアンデットを作る儀式をくり返していたのです。もしかしたらハイン村のスケルトンも、そのネクロマンサーの仕業かもしれません」

「そんな奴がいたとは知りませんでした。なら、ネクロマンサーを倒さねばなりませんね」

「いえ、それには及びません。一ヶ月前、既に倒しました。やったのはクー・シー傭兵団です」

「ああ……あそこか」


 クー・シー傭兵団のことならよく知っている。

 というか、一時期、俺とハルカはそこに所属していた。

 手練れの冒険者が集まった、いい傭兵団だった。

 しかし、いくら手練れでも、勇者と賢者にとってはただの人間だ。

 俺たちが神刻を上手く使えるようになるにつれ、行動を共にするのが難しくなり、やがて別れた。

 俺たちがクー・シー傭兵団にいたのは、この世界に来て最初の三ヶ月だけだ。

 気のいい連中ばかりだったので、今でもよく覚えている。

 特に団長のインパクトが凄かった。


「クー・シー傭兵団なら、ネクロマンサーの一人や二人、造作もなく倒せるでしょうね。では、その話はもういいです。本題は次でして」

「クエストの依頼ですな。勇者様と賢者様ともあろうお方が、冒険者の手を借りたいと……一体どのようなクエストですかな? 実に興味深い」


 俺たちはその内容を語った。

 昨日の夜、村長とも話し合ったから、よどみなく説明できた。


「なるほど……勇者様と賢者様がハイン村で酒造りを。そして人手不足の解消と、村を守る力を得るため、ハイン村出身の冒険者に戻ってきて欲しいと」

「ええ。酒造りを手伝ってくれれば、賃金を払います。それ以外の農作業や村の警備は……村の人たちと相談してもらいます」

「ふーむ……」


 話を聞いた支部長は、腕を組んで唸った。


「……あの、やっぱり難しいんですか?」


 ハルカがおずおずと不安げに尋ねる。


「いえ、そんなこともないでしょう。お二人が魔王を討伐してから、モンスターは弱体化しています。冒険者が完全に無用になることはないでしょうが、前よりは仕事が減っています。現に、田舎へ帰ったり、転職する冒険者もチラホラ出ていますからな」


 それを聞いて、俺とハルカはホッとため息を吐く。

 ならばハイン村に帰ってきてくれる冒険者だっているはずだ。


「ただ、やはり田舎に帰る者は少数派です。仕事が減ったと言っても、冒険者の仕事はスリリングで、まだまだ儲かりますし。しかし勇者と賢者の名で呼び掛ければ、あるいは……」

「ここで悩んでいても仕方がありません。とにかくハイン村出身の冒険者に呼び掛けてください」

「分かりました。ハイン村出身者限定のクエストとして募集しましょう。ところで……お二人が造る予定の酒はどんなものですかな? 私はこう見えても好きなほうでしてな。興味があります」


 飲んべえの顔になってた支部長に、俺とハルカは苦笑してしまう。


「それなら、オールドマザーという居酒屋に行くといいでしょう。試作品があります」




 冒険者ギルドでやることを終えたので、次は王宮に行ってアンジェリカ様に会う。

 今日もアポなしで押しかけたのだが、アンジェリカ様はすぐにいつものテラスまでやってきた。


「どぶろく! どぶろく!」

「申し訳ありません。今日は持ってきてないんですよ」

「……チッ。では何をしに来たのだ」


 以前は俺たちが顔を見せるだけで喜んでくれたのに。

 どぶろくのせいで扱いが悪くなってしまった。悲しいなぁ。


「アンジェリカ様……私たちのこと、どぶろく以下に思ってるんですか……」


 ハルカなど本当に半泣きになってしまった。


「おいおい、冗談に決まっているだろう。賢者ともあろう者がベソをかくな。親友が尋ねてきて、嬉しく思わない奴はいない。しかし、今日の妾はそこそこ忙しい。用件は手短に頼む」


 忙しいのに会ってくれたアンジェリカ様に感謝しつつ、俺たちは日本酒造りの場をハイン村に定めたことを報告する。


「ハイン村……? ああ、知ってるぞ。あそこのワインは美味しかった……懐かしいなぁ」


 アンジェリカ様は遠い目で呟いた。

 だが、おかしい。


「アンジェリカ様って今何歳でしたっけ?」

「十八歳だが、それが?」

「ハイン村のワイン造りは、十年も前に終わっていますが。そのときアンジェリカ様はまだ小さな子供のはず……」


 俺が指摘すると、アンジェリカ様は固まった。

 国民に尊敬される麗しき女王陛下。近隣諸国にもその名をとどろかせる希代の名君。

 そんな偉人が、幼い頃の悪事を咎められ、目を点にしている。


「……いや、待て……あれだ。飲んだのは最近だ。十年間、熟成させたのだ」

「しかし、懐かしいと言っていたじゃないですか」

「うるさいなぁ。勇者のくせに細かいことを気にしおって。妾は女王だぞ? 何をしたって文句は言わせん!」


 とんでもない暴君が現われた。

 そもそも、先代であるアンジェリカ様の父君が亡くなり、代わりに彼女が即位したのは五年前のはず。

 当時は女王陛下でも何でもなかったのだから、権力は使えないのだ。

 それとも歴史を改変するつもりだろうか。

 本格的な圧政が始まる。ギロチン台に上るのも近い。


「まあ、アンジェリカ様が幼少期に何をしていようが知ったことではありませんけど。そんなことより、ハイン村の領主に許可をもらったほうがいいと思いまして」

「あそこの領主は確か、ブラグデン男爵だったな……自分では運営してないんだろ?」

「はい。村長に全て委任しているはずです」

「だったら、妾がブラグデン男爵から領地を買い取ってやろうか? それによく考え見れば、お前らに爵位を渡してなかったな。魔王を倒した英雄が平民なんて、不自然な話だ」

「いやぁ……爵位とか仰々しいので……遠慮したいですね」


 実は魔王を倒した直後にも、俺たちを貴族にしようという動きがあったのだ。

 それも、あちこちの国で。

 だが、勇者様とか賢者様とか呼ばれるのすら気恥ずかしいのに、男爵だ伯爵だとなれば、荷が重すぎて潰れてしまうかもしれない。

 そこで俺たちは、アルバーン王国に逃げ込んだ。


 アルバーン王国は俺たちがこの世界に転移してから、一番最初に土を踏んだ土地だ。

 右も左も分からなかったが、何やら巨大な狼に襲われている馬車がいたので、その身に宿った力で狼を倒してみた。

 すると馬車の中から出てきたのがアンジェリカ様だった――と、そういう出会い方だった。

 その一年半後、魔王を倒して英雄様に祭り上げられた俺たちは、各国からの大歓迎を振り払い、アンジェリカ・アルバーン女王陛下に助けを求め、今に到る。


「いつまでもワガママを言うな。そのハイン村でニホンシュを造るなら丁度いい。男爵になって、そこの領主になれ。ブラグデン男爵には妾から言っておくから」

「勘弁してくださいよ。領主とか言われても、何をしていいのか分かりませんし」

「今は村長が全部やってるんだろう。なら、そのままでいいじゃないか。領主になれば、村とその周りにある森が全てお前のものだ。気兼ねなく酒を造れる」

「……それはそうかもしれませんが」


 まず、酒蔵を建てるために森を伐採するだろう。

 日本酒造りの道具にも木を使う。

 それらをいちいち、領主の許可を得てから行なうのは面倒だ。

 ならば自分が領主になってしまえばいいという話は分かる。


「貴族って、何か面倒なしきたりとかあるんですか?」

「まあ、たまに王宮のパーティーに出てもらうこともあるかもしれない。なにせ妾はあちこちから言われているんだ。勇者と賢者をパーティーに連れて来いと。それと外国からも色々言われるんだぞ。アルバーン王国は勇者と賢者を囲っておきながら爵位も授与しないのか、とか。ここらで大人しく、男爵くらいになってくれ。それで妾も助かる」

「はあ……そういう苦労があったとは知りませんでした」


 堅苦しいのは嫌いなのだが、アンジェリカ様に迷惑をかけるのも忍びない。

 でかい街を治めろというならともかく、あの村くらいなら、引き受けてもいいだろう。

 既に村民とは仲良くなったのだし。


「ハルカ。貴族になっちゃってもいいか?」

「いいんじゃないの? っていうか、貴族になるのはツカサであって私じゃないし」


 ハルカはまさに人ごとという感じて言った。

 しかし、それを聞いたアンジェリカ様が不思議そうな顔を見せる。


「ん? 夫が貴族になったら、その妻も貴族だろうに」


 おや。

 これはよく言われる勘違いだが、まさか親友である女王陛下まで間違った認識をしているとは思わなかった。


「俺ら、まだ結婚しませんけど」

「ん? そうなのか? 一緒に住んでるし、見ていて恥ずかしくなるくらい仲が良いから、とっくの昔に結婚してるものだと思っていたが」

「まあ、実際愛し合っていますし、ほとんど夫婦みたいなものですけど……」

「ちょ、ちょっとツカサ! アンジェリカ様の前で変なこと言わないでよ!」


 俺は変なことを一言も言っていないぞ。

 聞かれたことに答えているだけだ。

 むしろ、むやみに照れるハルカのほうが変だ。恥ずかしがり屋にも程がある。


「結婚しないのは、ハルカがこんな調子だからか?」

「いえ……両親がいないところで勝手に籍を入れるのはどうかなぁと思って」

「ああ、そういうことか。意外と真面目なんだな」


 俺たちは異世界転移してここに来た。

 帰る方法は分からない。もしかしたら一生帰ることができないのかもしれない。

 もう吹っ切ってしまったほうが利口だろう。

 しかし、それでも。

 互いの両親に一言も挨拶せずに結婚するのは、故郷との繋がりを完全に断ち切る行為に思えて、ためらってしまう。


「子供ができたら、そのときは腹をくくりますよ」

「ツカサ……そんな、子供だなんて……うん、頑張ろうね」


 ハルカは変なスイッチが入ってしまったらしく、頬を朱に染めてモジモジと動く。

 今日、一番変なことを言っているのは間違いなくこいつだ。

 だが、変なノリで誤魔化さないと、やってられないというのもあるかもしれない。

 なにせ、神刻の保有者が子を残したという記録は、一つもないらしいのだ。

 つまり俺とハルカはいくら頑張っても……いや、考えるのはよそう。

 俺たちはこの世界の人間ではない。よって、前例は関係ないはずだ。


「未婚の妾の前でよくもイチャイチャと……当てつけか?」

「そういうつもりはないですけど……というかアンジェリカ様こそ結婚しないんですか? 引く手あまたでしょうに」

「そうなんだが……これといった奴がいなくてな。もちろん妾の立場で恋愛結婚など最初から諦めているが、だからこそ一番国益になる男を選びたい。どうしたものやら」


 これまた庶民には想像も付かない悩みだった。


「アンジェリカ様は恋愛に興味がないんですか?」

「うーむ。興味がないわけではないが、忙しくてそれどころではない。結婚相手を見つけてから考えるよ。何人か愛人を作って逆ハーレムというのも一興だな」

「はあ……」


 やはり、よく分からない世界だ。

 長く聞いていると毒されそうなので、そろそろおいとましよう。

 他にもやることはあるのだし。

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