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12 シスターさんの密造ビール

「勇者様と賢者様の活躍に、かんぱーい!」


 村長の家に併設された居酒屋で、俺とハルカは村民たちから熱烈な歓迎を受けていた。

 なにせ豚を殺したゴブリンを倒し、更に森の奥にスケルトンが潜んでいたことを発見し、すかさずそれを浄化してしまったのだ。


 ハイン村の人々は、知らないうちに危機に陥り、気がついたら救われていたというわけだ。


 こんな田舎にいると、娯楽も少ないのだろう。英雄譚の一角を見たような気分になるらしく、皆はやけに興奮している。

 いや、たんにビールを飲んでいるからかもしれない。


「お二人には何とお礼を言っていいのやら。それにしても。ゴブリンはともかく、スケルトンですか。そんなものが村の近くにいたとは……」


 村長はビールを飲みつつ、少し声を震わせた。

 なにせこの人は、村人全員の生活に対して責任がある。

 何かことが起きてから、モンスターが来るとは思いませんでした、では済まない。


「今までスケルトンが出たという話はなかったんですか?」

「聞いたこともありませんなぁ……しかし何百年も前に、森の向こうに村があったらしいという話は聞いたことがあります」

「すると、その村の跡地からスケルトンが出てきたと?」

「分かりません。少なくとも、今までそういうことはなかったはずです」


 不思議な話だ。

 どうして急にスケルトンが現われたのだろう。


「なあハルカ。お前は何か心当たりないのか?」

「そうねぇ……人為的な理由ってのも考えられるわ」

「人為的? どっかの魔術師がやったってことか」

「断言は出来ないけど。頭のおかしい死霊術師(ネクロマンサー)が儀式を行なえば、今まで眠っていた悪霊が死体に取り憑いて動き出すかもしれない」

「そのネクロマンサーさんは、何のためにそんなことを?」

「死体を動かそうなんて趣味の悪い奴の考えを、私が知るわけないでしょ」


 それもそうだ。

 俺たちは二年前まで、日本で高校生をやっていた。

 いまだにこの世界の常識が身についているとは言いがたいし、ましてネクロマンサーの思想を理解できるわけがない。


「ところで村長。今回は俺らが解決しましたけど。モンスターの脅威が完全に去ったわけではありませんよ。もちろん、アルバーン王国の騎士団や、冒険者ギルドが日々モンスターを狩り、人里に近づかないようにしていますが……完全ではありません。それは今回のことでも明らかです」

「ふむ……では勇者殿。ワシらはどうすればいいのでしょうか。まさか冒険者を雇って常駐させろと? それだけの金はありませんぞ」

「そんな難しい話ではありません。この村出身の冒険者というのがいるでしょう? その人たちに帰ってきてもらい、また農家になってもらうんですよ。元冒険者なら、モンスターが出ても返り討ちに出来るでしょ」

「簡単に言いますが……魔王が死んでも帰ってこなかった者たちです。もう故郷を捨てたのでは?」


 村長は疑問をていした。

 俺は一瞬、言葉につまる。なにせ俺自身が、故郷に帰れないのにまるで嘆いていない一人なのだから。

 だが……別に故郷が嫌いになったわけじゃない。


「……故郷とはそう簡単に捨てられるものではないはずです。俺が冒険者ギルドを使って呼び掛けてみましょう。数人が帰ってくるだけでも、村の戦力は各段にあがります」

「なるほど。そして勇者殿は、冬になったらその者たちを酒造りに使う、と」

「あ、いや……あはは」


 流石は年の功というやつだ。

 俺の思惑などお見通しらしい。

 俺たちは冬になったらハイン村で酒を造る。そのためにハイン村は平和でなければならないし、労働力は多いほうがいい。

 誰も損をしない案なのだ。やってみる価値はある。


「勇者様。おじいさま。難しい話はあとにして、今日のところはビールで祝いましょう」


 村長の孫であるルシールが、カウンターの奥から笑顔で言った。


「ふむ。一理ある。では勇者殿、賢者殿。ワシのようなジジイと話すより、若者同士のほうが楽しいでしょう。ワシは村人たちの輪に加わりますから……ルシール。お二人を頼むぞ」


 村長は俺たちをカウンター席に残して離れていく。


「勇者様と賢者様のことはお任せを!」


 ルシールは修道服の上に白いエプロンをつけ、カウンターの中で料理をしたり、樽からジョッキにビールを汲んだりと忙しそうだ。

 もちろん、彼女一人が働いているのではない。

 なにせ、この居酒屋は五十人以上の村人が酒を飲んでいる。ルシール一人では到底追いつかない。

 ルシールと一緒に働いているのは、三十歳くらいの女性と、十歳くらいの小さな女の子だった。


「イライザさん、ビールをあのテーブルに運んでください。レイチェルちゃん、同じテーブルにこのお皿をお願いします」

「はいはーい。さあ、レイチェル、行くわよ」

「ん」


 どうやら大人のほうがイライザで、子供のほうがレイチェルというらしい。

 イライザさんはキビキビと動き回り、ルシールの手が追いつかないときは厨房に入って手伝ったりしている。

 一方レイチェルは、てくてく歩いて皿を運んだり、注文を取ったりしている。ゆったりした動きだが、一生懸命働いていた。


「ねえ、ルシール。あの二人、もしかして親子?」

「あら、よく分かりましたね賢者様。ええ、その通りです。イライザさんにレイチェルちゃん。いつも親子でこの店を手伝ってくれるんですよ」

「やっぱりね。だってそっくりなんだもん」


 ハルカが言うように、二人は似た顔立ちだった。

 一目で親子だと分かってしまう。

 イライザさんが美人なので、レイチェルも将来、さぞ美人になるのだろう。


「ところで勇者様、賢者様。ビールのお代わりは?」

「当然いただくよ」

「じゃんじゃん注いでちょうだい」


 俺とハルカは空になったジョッキをルシールに渡した。

 するとレイチェルがぱたぱたとカウンターの中に走っていく。


「ルシール。そのビールは私がいれる」

「あら、どうしてですか?」

「私も勇者様と賢者様のお世話したい」

「まあ。レイチェルは偉いですね。ではお願いします」

「ん」


 レイチェルは小さいので、カウンターの奥で何が行なわれているのかは見えない。

 しかし台詞を聞いているだけで、おおむね把握できた。

 ルシールが微笑んでいるように、俺とハルカの頬もつい緩んでしまう。


「はい、どうぞ。レイチェル特製のビールですわ」


 特製と言っても、樽から注いだだけのはずだが……ありがたく頂くとしよう。


「味わって飲んでね」


 カウンターの向こうから、レイチェルの声が聞こえる。


「ああ。よく味わうよ。いただきます」

「いただきます!」


 俺たちはビールをゴクリと一口。

 小さな子供が頑張って入れてくれたと思うと、なにやら味が変わって感じるから不思議だ。

 ……いや、待て。

 これは本当に味が違うぞ。さっきより辛めの味だ。

 それによく見ると色も濃い。


 さっきまで飲んでいたビールは多分、ウィンベリー醸造所という大手のビール醸造所で造ったものだ。

 アルバーン王国で一番多く普及しているビールであり、透明な色合いと柔らかい味が特徴だ。俺たち行きつけの居酒屋オールドマザーも、ウィンベリー醸造所のビールを使っている。

 しかし今、俺たちのジョッキに入っているのは、それとは明確に違うビールだ。


「ルシール。これ、もしかして自家製ビール?」

「え? あ、あああっ!」


 俺が尋ねると、ルシールは急に奇声を放ってしゃがみこんだ。

 一体、何事だ。


「レイチェルちゃん!? もしかして、こっちの樽を開けてしまいましたか!?」

「……駄目だった?」

「駄目ですよ! 村の外から来た人に、このビールは秘密なんですから……」

「ごめん、間違っちゃった」

「もう……こうなったら勇者様と賢者様の記憶がなくなるまで飲ませるしか……!」


 カウンターの影から、何やら物騒な話が聞こえてくる。


「えっと……もしかして、密造酒?」

「ち、違いますわ!」


 ルシールは慌てた様子で立ち上がり、必死に弁明を始めた。


「密造なんてとんでもありません。わたくしはただ、女神様の啓示を受け、この村の麦と水でビールを造っただけなのですわ。許可を申請する手数料を払うのをケチっただけで……決して密造ではありません! 女神様のお導きなのですわ!」


 ルシールは女神を持ち出して自己正当化を図る。

 だが、世間一般ではそれを密造と呼ぶのだ。

 全く、本当に酷いシスターだ。育てた奴の顔が見たい。

 というわけで俺は村長を探して店内を見回す。

 すると村長と目が合った。が、彼はすぐにそらしてしまう。かかわりたくないようだ。


「……ねえ、ルシール。密造は駄目だと思うわよ?」

「で、ですから密造では……」

「自宅で飲むだけならともかく、居酒屋で出したら逮捕もありえるわよ?」

「何のことか分かりませんわ。これはウィンベリー醸造所のビール。わたくしはビールを造ったことなどありませんわ」


 ルシールはついに目をそらして、下手くそな口笛を「ぴゅーぴゅー」と吹き始める。

 しかし、現実逃避をしたって俺たちの舌は誤魔化せない。


「ルシールを怒らないであげて」


 いつの間にか俺の横に、レイチェルが立っていた。

 彼女は上目遣いで訴えてくる。


「私が体で払うから」

「え……レイチェル。君、それがどういう意味か分かって言ってるの?」

「……抱き枕になるってことじゃないの?」


 レイチェルは小首を傾げて呟く。


「誰だ、小さな子に変なことを吹き込んだのは!」


 俺が叫ぶと、ルシールと、そしてレイチェルの母親であるイライザが同時に下手くそな口笛を吹いた。

 この人たち、そろって何やってるんだよ。


「抱き枕がどうして変なことなの?」

「いや……レイチェルは気にしなくていいんだ……君の愛らしさに免じて、密造は見なかったことにしておこう。俺らのどぶろくも、最初は密造だったわけだし」

「そうなの?」


 レイチェルは状況をよく分かっていないようだが、ルシールが見逃されたということだけは察したらしい。

 満足げにコクコクと頷き、カウンターの中に戻っていく。


「よかったね、ルシール」

「はい。レイチェルちゃんのおかげですわ!」

「褒められた。えへん」


 これでレイチェルに、密造を隠匿することは偉いことだというイメージが植え付けられたらどうしよう。

 周りには駄目な大人ばかりいるが、何とか立派に育ってくれよ。

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