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01 プロローグ

 俺たちが踏みしめているのは、巨大なドラゴンの死体だ。

 ついさっきまで森の木々を薙ぎ払って暴れていたこいつも、死んでしまえば大人しい。いっそ哀れですらある。

 だがこのドラゴンは、既に三つの村を破壊し、その住民を食い散らかしたという。

 冒険者ギルドに討伐依頼が来るのは当然で、俺たちがクエストを受注して金銭を得るのは正統な権利だ。


「いやぁ、今回もツカサとハルカのおかげで楽が出来た。毎回クエストに同行してくれたら、もっと楽が出来るのに」


 大柄な冒険者がそう言って、ガハハと笑う。

 それに釣られて、他の連中も「そうそう。次も一緒に戦いましょうよ」なんて言い始めた。

 それに対して、俺とハルカは曖昧に笑ってやんわりと断る。


「皆、俺たちがいなくても十分に強いじゃないか。全員がベテラン。それが五人もいる。人類屈指の強さを誇る冒険者パーティーだ。今回は特別巨大なドラゴンだというから久しぶりに同行したけど……俺たち、いなくても大丈夫だっただろ?」

「そうそう。私とか、特にすることもなくボーっとしてただけだし」


 俺の言葉にハルカが追随した。

 しかし、冒険者たちは許してくれない。


「謙遜が過ぎるぜ、賢者ハルカ様よ。あんたの防御結界があったから、全員が無傷で済んだ。仮に致命傷をおっても、絶対に回復してもらえるという安心感があった。それになにより……」


 背中に剣を背負った冒険者が、足元のドラゴンを見て呟く。


「見ろよ、この真っ二つの死体を。これを斬撃でやったってんだから、自分の目が信じられねぇ。まあ、魔王を倒したんだから、このくらいは出来て当然ってか。勇者ツカサ様」


 そう。このドラゴンは上半身と下半身が完全に切断されている。

 やったのは俺だ。

 全長三十メートルはあろうかという巨体を、一個人の斬撃が両断したのだ。

 それは『神刻(しんこく)』と呼ばれる特殊な力のおかげであり、俺はその中でも最強の『勇者』の神刻を持っている。

 そして、神刻を持っているのは俺だけではない。


 たとえば隣に立っている、ハルカ。

 俺と一緒に日本から転移してきたこいつは『賢者』の神刻を有している。

 こと魔術にかんして賢者は勇者をも凌駕し、距離を取って戦えば、俺の方が不利だろう。


 そんな勇者と賢者の力を宿した俺とハルカは、半年前に魔王を倒した。

 人類は今、その残党狩りにいそしんでいる。


「その勇者ツカサ様って呼び方はやめてくれ。いつもツカサって呼び捨てにしてるくせに」


「ハハハ。まあ、何はともあれ、こうしてドラゴンを無事に倒したんだ。いつものように祝いといこうじゃないか」


 冒険者たちが、俺とハルカにねだるような視線を向けてくる。

 するとハルカは苦笑し、そして『いつものもの』をローブの下から取り出した。


「おお!」と歓声が上がる。


 ハルカが竹の皮の包装を剥がすと、そこから現われたのは……おにぎりである。

 炊いた白米を丸く握った、あのおにぎりだ。

 シンプルなことこの上ない日本料理だが、この世界の冒険者たちにやたらと好まれている。

 戦ったあとの疲れた体に、塩を振った米が合うからだろうか?


「全員に二つずつ行き渡るから、そんな競走しなくていいわよ」


 ハルカがそう言っているのに、冒険者たちは我先にとおにぎりと奪い合い、そしてかぶりついた。


「俺のは豚肉が入ってるぞ!」

「僕は鶏の唐揚げだった」

「ちょ、ちょっとハルカちゃん……なんでイチゴなんか入れたのよ!」


 彼らはおにぎりの具で一喜一憂し、本当に楽しそうだ。

 実は戦力として俺たちを呼んだのではなく、おにぎりが目的だったのではと疑いたくなるほどに。

 そして、おにぎり程度で喜んでもらっては困るのだ。

 今日は更なるサプライズがある。


「おい、皆。冒険者なんだから、自分のコップくらい持ってるだろ? 今日は珍しい酒を持ってきてやったぞ」

「酒だと? ツカサにしちゃ気が利くじゃねーか。ビールか? ワインか?」

「どっちでもない。多分、この世界にはない酒だ。〝どぶろく〟っていうんだが」


 俺はリュックサックから、ガラス瓶を出す。

 その中は白い液体で満たされていた。


「どぶろく? 確かに聞いたことのない酒だな……」

「いつもおにぎりに使っているのとは違う種類の米が手に入ってな。酒造りに適してそうだったから、試しにやってみたんだ」

「ほう、米で作った酒か! そりゃ楽しみだ!」


 米の酒といえばやはり、日本酒を出してやりたいところだ。

 しかし、この世界には日本酒を造る設備がない。

 よって簡単に造れるどぶろくにしてみたのだ。


「上手くいくか不安だったけど……そこそこ飲めるものになったと思うぜ」

「前口上はいいから、早く注げ!」


 酒を前にした冒険者たちは、目を血ばらせて木製のコップを差し出してくる。

 自分の造った酒が求められているということに俺は感動を覚え、彼らのコップにどぶろくを注ごうとした。

 そのときである。


「あ、待って。どうせならハルカちゃんに注いでもらいたいわ」

「そりゃいい考えだ! おいツカサ。その瓶をハルカに渡せ」


 彼らは酒よりも色を優先させやがった。


「あのな。ハルカは俺の女だぞ。勝手なこと言ってんじゃねーよ」

「そうそう、私はツカサのだから……って、なに言わせるのよ!」

「照れんなよ。事実だろうが。それとも俺のこと嫌いか? ん?」

「嫌いじゃないけど……皆が見てる前で、そんな……」


 ハルカは真っ赤になってモゴモゴ言いよどむ。

 この世界に来てからいつも一緒にいるのに。

 こいつの恥ずかしがり屋はいつになったら治るんだろう。

 まあ、二人っきりのときは素直だからいいんだけど。


「お前らの夫婦漫才とかどうでもいいからよ。はやく酒をくれよ。別にハルカのお酌じゃなくてもいいから!」


 冒険者たちはしびれを切らして「酒、酒」と騒ぎ出す。

 夫婦漫才と言われ、ハルカはますます赤くなった。

 大変可愛いのでずっと見ていたいが、今日は冒険者たちにどぶろくを振る舞うのが一番の目的だ。

 ハルカのことは家に帰ってからゆっくり愛でる。

 俺は皆のコップにどぶろくを注いで回ることに集中した。


「なるほど……ワインとは違う香りだ。そして味は……」

「甘い! けど嫌らしい甘さじゃなくて、後味がさっぱりしている!」


 俺のどぶろくは好評のようだ。

 魔術が使えるおかげで温度管理こそ楽だったものの、協会酵母がない状態でどうなるかと不安だったが……良かった。

 酒蔵の息子として面目が立つ。

 もっとも、この世界で俺の実家を知っているのはハルカだけなのだが。


「いやぁ、やっぱハルカみたいなしっかり者がいるから、ツカサもこんな美味い酒を造れるんだな」

「ほんと。おにぎりと言い、このどぶろくと言い、ハルカちゃんのおかげで美味しいものを飲み食いできるわ」

「賢者ハルカ最高!」

「勇者ツカサと末永く幸せにな!」


 おい、コラ。俺が造ったって言ってるだろ。


「えへへ。ありがとう!」


 お前も照れてんじゃねーよ!


「まあ、冗談はさておき。ツカサ、お前この酒、まだまだ造れるのか?」

「ああ。商人ギルドが持ってきてくれた米はまだあるし、無くなったらまた東方から運んでもらえばいい。もっと飲みたいのか?」

「飲みたいというか、これ売り物になるぞ。試しに、街の居酒屋に置いてもらったらどうだ? ビールとワイン以外の酒なんてそうそう飲む機会ないし。しかも珍しいだけじゃなくて美味いんだ。流行るぞ、多分」


 そう言われて、俺とハルカは顔を見合わせた。

 どぶろくで商売しようなんて考えてもいなかった。

 ただ魔王を倒したあと暇だから、米で酒でも造ってみようかなと、それだけの発想だった。

 しかし、そうか。

 商売にすれば、見知らぬ人たちにも飲んでもらうことが出来る。

 それはなかなか楽しそうだ。

 街に帰ったら、真剣に考えてみよう。

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