手で診るということ
「な、なんで」
「ああ・・・やはりそうでしたか」
町さんがホムンクルスだと見抜いたエヒトウは、どこか恍惚とした表情で語る。
「私、ホムンクルスを見るのは初めてでして・・・。体の中に手を入れさせて頂いたのですが・・・一般の、普通の人では考えられない体の構造をしておりまして・・・」
「体の中に手を・・・!?」
「ええ、私医者をやっておりまして・・・直接体の中に悪い所はないか知る為に手を体の中に入れる魔法を開発しました・・・その代わりに目が見えなくなってしまいましたけど」
「は、はぁ・・・」
何故代償を負ったのかは不明だが、エヒトウがそれでいいのであれば、良いのだろう。現にエヒトウは声音から察するに現状が一番だといわんばかりに楽しそうだった。
「ああ・・・ホムンクルスについてでしたね。私は古書を読んだくらいですが、ホムンクルスとは・・・禁じられた錬金術の一つ、封じられてきた技術の一つでもあります。詳細は省きますがホムンクルスの性質は、人とそっくりの外見でありながらも、中の構造は全く違い本来あるべき物がないのです。それが魔力器官。この世界に漂う空気の中に含まれている魔素を循環し、魔力へと変換する為の臓器です」
「魔力・・・器官?」
「それが貴方の中に存在しない、という事はホムンクルスである可能性がぐんと上がりました。貴方の価値も更にね。ただ不明点を上げるとしたら、どうしてこの森の中にいたか、です。何故貴方はここにいるのですか?私達だけの秘密にしますから、どうか教えてください」
なにやら興奮が止まらないエヒトウはそのまま町さんに絡みつくように、色っぽく、両手を体の中に入れ始め、転がっている町さんの上に跨った。
体の中に手を入れられている感覚は無くとも、エヒトウという女性に跨がられている感覚がバッチリある町さんは色々と危ない状態だった。ナニがとまでは言わないが。
「それは・・・」
今回の異世界で最後にするべきか否か、その判断に迷っていた町さんにとって、エヒトウという女性に事情を話してもいいのかもしれない。しかし、町さんがホムンクルス、この秘密を他の人間にバラしてしまう恐れもある。
考えた末、町さんは答えた。
「実は私は、この世界の人間では無くある使命を果たすべくこの世界にホムンクルスとして森に住み始めたところなのです」
「あら・・・」
続けて述べる。
「この森で街を作り、国を作り、そして世界を大きく発展させて欲しい、と私の住む世界で神様に言い渡されたのです。神様見習いに任命です。しかし、私は恐ろしくてとても使命を果たせそうにありません。責任がどのような形で降りかかるか・・・それを考えただけでも身が震えてしまうのです」
「・・・」
「なので、今回でこの世界にいるか否か決めなければならないのです。森の中を彷徨っていたのもその理由です、考えながら途方に暮れておりました」
これまでの事をエヒトウに話し終え、心の中がスッキリした町さんは、どう答えてくるか待った。
「なにやら複雑な事情で・・・好奇心で聞いた事をお許しください」
「いえ!そんな謝らないでください」
「有難う御座います・・・しかし、別の世界の方でしたか・・・ホムンクルスとはまた別に貴方に興味がより一層湧きました」
「ははは・・・それはどうも」
「差し支えなければどうかお聞かせ下さい・・・貴方の住む世界の事を・・・」
「そうですね・・・まずなにから話せばいいか」
気付けば町さんはエヒトウに自分の住む世界について饒舌に話していた。環境、技術、人口、統制、ありとあらゆる事を話した。エヒトウはその度に頷き、悩み、喜び、ころころと表情を変えた。
ある程度話し終えると、ぱちぱち、拍手が鳴った。
「凄いです・・・私達の住む世界より何百年も技術が進んでいるのですね」
「そうかもしれません。しかし、何回も失敗を繰り返し、成功しての繰り返しで出来上がった世界です。まだ問題点が多々ありますが」
「いいえ、それでも凄いのです。私達の文明がいかに衰えているか思い知りました」
「エヒトウさん。私もエヒトウさんの話しを聞きたいです。この世界でどんな生活が送っているか出来るだけ詳しく」
「はい・・・貴方が色々話したのに私が何も話さないのは不公平ですからね」
エヒトウも町さんと同じようにこの世界について話した。事細やかに、町さんと同じようにすらすらと喋る。
町さんが聞いている限り、余程発展していないのだと感じ取れた。
最初に、医学。現代医学とは大きくかけ離れており、神様にお祈りしたり、薬草と別の薬草を混ぜて飲ませてみたり、取り合えず魔法かけてみたりなど。手術道具を使い腫瘍を施術する訳でも無く、抗生物質を飲ませる訳でも無く、点滴を行う訳でも無い。本当に当てずっぽうで治す。治れば良し、治らなければ死が待つのみ。
次に、武力。剣、槍、弓、魔法、その他諸々。使える物をなんでも使い、酷い物だと死体を武器にする輩もいるという。相手に勝つ為には、力技、技量、先読みが必要らしく、決して必殺技とか固有技なんて無い。武器と魔法を合わせて放つ技だけ。悪く言えば、野蛮的。
次に、統制。この異世界には3つの民で分けられており。貧民、市民、貴族。上下関係が一発でわかる。更にこの上に王がいて、各国や街を治めている。統制が取れていれば犯罪はあまり起きず、逆に取れていなければ荒れ放題。犯罪国等と呼ばれているらしい。要は王が有能であれば何も起きない。
最後に、情勢。今こうして話している間にもどこかの国同士や街同士は戦争をしており、常に混沌としている事。戦争に勝利した側は、敗戦側の土地を取り込む事が出来、尚且つそこに住む住人達を好きに扱える。扱い方はご想像に任せよう。良いことばかりでは無い、とだけ知っておいて欲しい。
以上を踏まえ町さんは判断する。
この世界勝手に滅びそう、と。実に呑気である。
「貴方の住む世界とは大きく異なりますね・・・とても平和とは思えないでしょう?そんな世界で私達は自分の身を守りながら生活しています」
「厳しい生活を強いられているんですね」
「ええ。でも、それは今日で終わりかもしれませんね」
「えっ」
「ふふっ。貴方は先程言いましたね、世界を発展させていく、と。ご安心ください、私もその使命とやらに乗りかかるとします」
「いや!そんな」
「こうして困り果てている市民がいて、神様は見放すのですか?」
ぐぬぬ。
こういった脅迫めいた発言に町さんはめっぽう弱い。見殺しするのも町さんは嫌うのだ。
「さあ、どうされますか?無論、答えはひとつですよね?それしかないです」
「わ、わかりました!やらせて頂きます!」
「はい、お願いします。それと・・・先程から聞き耳を立てている護衛の方もお手伝いお願いしますね?」
「えっ」
がさり。
茂みの間、木の裏、ギマハとサシュがバツの悪い顔をしながら出てきた。
「見回りする割には、随分と近くを見回りしていたものですね?」
「その・・・なんといいますか。なにやら楽しそ・・・如何わしい会話が聞こえたもので・・・ね?ギマハ?」
「お、おう。エヒトウさんに危険が及んでるんじゃねえかと思ってな。いつでも出られる準備をしてたんでさあ」
「様子を伺う時間が長いですね?それでは護衛失格ですよ」
「すんません・・・以後、気を付けます。取り合えず、その楽しそうな会話に混ぜてくだせえ」
「はあ、調子が宜しい事・・・。お二人は一通り会話の内容を聞いていたと思われますので、これから何をするかもうお判りですね?」
「はい。この人のお手伝い、及び知識の提供です」
「その通りです。私も仕事が終わりましたらこちらに来ます。サシュさんに私の護衛を、ギマハさんはこのままこの方の護衛をお願いしますね」
「へい」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!やるとは言いましたが、先ずは計画とか色々練らないといけないんですよ!?」
「はぁ・・・。貴方は余程慎重に物事を運ぶ事に優先しているようですが。はっきり申しますと慎重すぎます。もう少し果敢に挑戦してみては?」
会って間もない人に町さんの人格を否定された。ショックである。
「そろそろ夜も明けてきましたし、貴方をお家に帰すとしましょう。家は何方に?」
「え?・・・この先真っ直ぐ行った所ですけど」
「ギマハ。この方をその家まで担いで行って下さい。その間、拘束を解いてはなりません。頭に被せている麻袋もです。自由にさせないでください」
「了解」
言うや否や、ギマハは町さんを肩に担ぎ町さんの家へと向かう。拉致としか思えない光景だ。
ギマハの肩で喚いてる町さんは哀れな姿を晒していく。
ふと、サシュがエヒトウに尋ねる。
「・・・エヒトウさん。何故あの男の手伝いを?」
「別に良いではありませんか。何をしようが私の勝手でしょう?」
「そうですけど・・・。護衛の僕達からしたらいい迷惑です」
「あら、そんな風に思っているなんて酷いですね。胸が痛みます」
エヒトウの、よよよ、と泣き崩れる演技にサシュは疲れた表情で目を向ける。
胸どころか僕達の頭を痛ませてる人が何を言ってんだ。そう、顔に出ていた。
「エヒトウさん。そんな見え透いた演技は終わりにして、町に行きましょう。みんな貴方を待っています」
「あら、そうでした。早く終わらせてあの方のお手伝いをしなくてはですね」
「・・・参りましょう」
やや足取りが重い従者と、爛々とスキップするその主人。全くこのお嬢様は、と頭を抱え込ませながら従者とその主人は山を下るのだった。
所変わり町さんとギマハ。暗い森の中をさくさく歩いている。気まずい雰囲気を打開すべく町さんは口を開けた。
「あ、あの・・・ギマハ?さん。私の家が何処にあるのかご存知で?」
「ん?ああ。あんたの事を森の中で尾けてたから大体の場所はわからあ」
「そうですか・・・」
「なんでえ。あんたあまり乗り気じゃなさそうでな」
「それは・・・!そうに決まってるじゃないですか!私はこの異世界を最後にしたかったんですから!」
「約束しちまったからなあ、後戻りは出来ん。それともなんだ。今から追っかけて、やっぱ無理です、なんて言いに行くか?しょんぼりしちまうぜ?」
「ぐむ・・・」
既に約束という名の契約を結んでいる以上町さんは後戻りは出来ないのだ。
「それになあ、俺は結構ワクワクしてんぜ?」
「え・・・?」
ギマハは、くつくつ笑うと自らの素性を話し始めた。
「俺は元戦争孤児だ。サシュもだがな。戦争で親がおっ死んて、勝利国に物同然に扱われた。汚ねえ仕事ばかりさせられた。正直死んでしまったほうがどれだけ増しか、死んでやる、なんて思ってた矢先よ。あの人に出会ったのは」
エヒトウ。盲目の医者。
「ある日飼い主から逃げた俺とサシュが出会ったのはあの人だ。食べ物すら無く、ボロ衣一枚で俺らは夜道を逃げた。くっくっ。夜道がどれだけ恐ろしかあんた知ってるか?魔物共がうようよいるんだぜ。そこに二匹の餌が丸腰で来たら無論襲われるのはわかんだろ。俺たちはここで無惨にも魔物の腹に収まるんだ、ひでえ人生も終わりか。て思ったらその魔物共が鎧を着た人らに倒されてた。後ろを見ると、馬車が止まっててそこから出てきたのがあの人だった。あの人は俺らの身体を見る為に一目散に駆け寄って来て、あんたにした事をやった。あんたと同じ気持ちだったろうよ。何やってんだこの人ってな。でも意識が朦朧としてたから俺らはそのまま寝ちまった」
誰でもエヒトウの診療方法を初めて見れば失神するだろう。正直怖いのだ。
「目が醒めると木々に囲まれた部屋に居た。あの飼い主の所に戻ってしまった、なんて泣きそうになった。でもな、あの人がすぐ近くで俺らの事をずっと見守ってくれてたんだよ。実際には目が見えねえから見守ってはいないんだけどよ。くっくっ。だが・・・俺は泣いた。わんわんとその優しさに縋って泣いた。サシュも一緒に起きてたから同じように泣いてたぜ。どれだけ久しぶりに優しさに触れられたか」
戦争で親を亡くした二人にとって、エヒトウはそれだけ大きな存在に見えたのだ。
「泣いてる俺らを抱き締めて、もう安心していいのよ、って言われて更に泣いた。元の飼い主から俺らを買ったらしいんだ。どうやって返そうかとか思ってたんだけどよ、あの人は、お金は要らないから貴方達がずっと私の事を守って頂戴、って。いやはや聖母はいるもんだな。それからだ、俺らがあの人の事を護衛してるのは」
終身雇用って言い方もあるがな。ギマハは付け加えてまたくつくつ笑う。
「んで、この話の何処にワクワクするかってんだが。要は戦争やらなにやらで俺らみてえな奴が安心して暮らせる場所。平和で穏やかな町が出来たらいい。そんな俺の一つの夢が叶えられる奴が肩に乗ってる。手放す訳にはいかねえだろ」
「えぇぇ・・・」
ギマハのもう一つの夢が気になる所だが。町さんはそれどころではなかった。胃に穴が開く勢いなのだからである。
「だからよ。後はあんたがこれから先どうしていくのかすげえ楽しみなんだ。頼むぜ」
もうここまで言われているのだ、それいけ町さん。男の見せ所。
「もうやってやりますよ!ただ、貴方達にも全力で手伝って頂きますから覚悟してください!」
「くっくっ。覚悟は決まったようでな。悪いとは思ってるが、ただ手放したくなかったんよ。長話すまんかったな」
ギマハが悪い顔をしつつもどこか楽しさを隠せない表情をしている。町さんからはそれが見えないが。
「と。着いたか?これだよな?」
町さんの作った豆腐ハウスを疑惑の目で見つつギマハが町さんを降ろし、麻袋を取る。
「はい。陳腐な家ですが、立派な拠点です」
「面白えな」
豆腐ハウスとは言えど、そこらの家とは強度が違う。それは町さんが建てた事による所為である。神様見習いとはいえ、神は神。周りに生えてる木でも、町さんの手にかかればどんな物だろうが耐久性が増す。ゲーム的に表せば【木:超激レア】となる。
「私は一先ず寝ます。ギマハさんはまた明日来て頂けますか?それから指示を出しますので」
「おうさ。なんで明日なのかは詳しく知りてえとこだが」
「諸事情としか・・・」
「わあったよ。また明日な」
「はい。ではお休みなさい」
町さんが豆腐ハウスに入り、念の為バリケードを設けた後眠りに就いた。元の世界にいるあの少女に会うべく。