夢の中で
「え?!また災害?!これで何度目だよ!?」
パソコンのディスプレイに向かって悲痛の声をぶち当てる27歳独身男性こと、町さん。何をやっているのかと言うと、街を1から作りどこまで発展させられるかというシミュレーションゲームだ。このゲームにはシナリオがあり、火事や殺人、自然災害、更には怪獣が登場したり地球外生命体が現れたりする。このような”災害”から街をいかに発展させられるかが肝である。そんなハプニングを散々見てきた町さんは、遂に心が折れた。
「あー駄目だ、流石に何個もイベントこなせるわけないじゃん。きついって」
不貞腐れるようにベッドに転がる町さん。精神的にもきつかったのだろう。街の中を歩くNPC(ノンプレイヤーキャラクター )が、ゲームシステムによる無慈悲な死を何度も目の当たりにするのが。基本的に町さんはゲームの中だろうと、そのゲームの中に住まう者は死なせたくないという精神でやっている。一気に何千ものNPCが死ぬのは色々と堪えるのだ。
「どこぞのブロッククラフターゲームだったら幾らでも建物を建設できるし、敵が現れたって自力でなんとかできるんだけどなぁ・・・。ゲームシステムによる強制死亡は対処しようがないって。はぁ・・・リアルで建物作りたい」
子供の頃の夢は大工さん。しかし、いざ大人になってみるとそんな夢はただ見るだけの存在であり、ごくごく平凡な人生を歩んでいた。なので、せめてゲームの中で自由に建物を建て、NPCが楽しそうに街を歩いているの見ている事で満足感を得ていた。
未だに夢を捨てきれず、されど夢を叶える事が出来ずにいる町さんである。
気付けば町さんは、くぅくぅ、と寝息を立てていた。所謂、不貞寝をしている。
「良い人材を見ぃつけた。新しい世界へご案内」
町さんしかいない部屋で何者かがそう呟いた。
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「・・・ん?」
町さんが目を開けるとそこは、木が生い茂った森の中だった。太陽が真上にあり、とても暖かい。
「夢の中にしちゃあ感覚がリアルすぎる・・・。この木の触り心地も本物・・・?」
どれを手に取っても本物に近い感触で些かこれは夢じゃないのだろうか、と思い始める町さん。
「もし夢の中だったら試しに何か作ってみようかな」
町さんはまず、そこらに生えている木を手で殴り始めた。傍から見たら只の奇人だと思われる。だが、10回程殴っていると木は突然木の葉と小枝、丸太と分解された。
「なんだこりゃ、まるでゲームのように分解されちゃった・・・ということは・・・」
町さんは丸太を殴り始めた。するとまた丸太が分解され、今度は角材が4つ出来上がる。角材が出来たのを確認すると、横向きで積み上げる。そしてまた木を殴り丸太を作り、角材を作ると、横倒しにした角材を挟むように角材を突き立てる。それを何度か繰り返し、豆腐の形をした小屋を作った。森の中に溶け込むようにと、木の葉やツタの葉を存分に使い、カモフラージュも施した。
「やっぱり最初に作るとしたら豆腐ハウスよなぁ。簡単に建てれちゃう」
こんな簡単に建てれるには訳があった。角材同士を近づけると面同士で接着剤が如く、くっついてしまう事。丸太や角材を持つとまるで羽を手に取ったように軽い事。およそ普通の人間なら出来ない事をやってのけられるからだ。町さんはこれを夢だと思い行動しており、なんの違和感も無く豆腐ハウスを建てた。少しは疑問を持って欲しい。
「うーん、後は食料でも探しに行こうかな」
町さんはそう言うと手に角材を2つ縦にくっつけただけの頼りない武器?を持ち森の中へ繰り出して行く。
森の中は基本的に町さんのいる世界と同じ植物が生えていたり、見たことの無い植物が生えていたりする。中でも驚いたのが、配管工のおっさん達にとって足の踏み場にいつも困る食人花の見た目をした植物がいた。ゲームで見るのと現実的に見るのでは色々変わる物だな、と身震いを起こしながら町さんは足早とその場を通り過ぎた。
しばらく歩くと目の前に鹿と思わしき動物が現れた。ただしその鹿は、頭に角が付いており中々に凶暴そうだった。
「さては、ホーンなんちゃらとかいう鹿なんだろうな?突進しか取り得なさそうだし、ボコっと一発殴ればイチコロかな?」
町さんは堂々とその鹿の前に現れいかにも、あなたの敵ですよ、と言わんばかりに角材を振り上げた。鹿は町さんに気付き、角先を向けると。
――ズドンッ
「・・・は?」
驚く事に鹿の角先が射出されたのだ。一発で終わりと思いきや、またにょきにょきと角先が生えてくる。更に同じ鹿がなんだなんだと集まってきて、1匹から10匹へと増え、戦闘体勢に移る。
「じょ、冗談だろ」
ちらり、町さんが後ろを見ると、射出された角に抉られた木が大人の頭程の大穴が開いている。
「に、逃げるが勝ちぃぃぃぃぃ!」
一目散に町さんは持っていた角材を投げ出し歩いて来た道を走り抜ける。後ろから鹿達による追撃が来ており周りの木がどんどん抉られていく。角先が肌に掠っていく度に擦り傷が出来る。
「この痛みはあまりにもリアルすぎっ・・・!おかしいって・・・!」
早くこんな悪夢から目が覚めてくれと祈りながらなんとか鹿達を撒くことに専念したのだ。
気が付くと辺りはすっかり暗くなっており、へとへとの状態で豆腐ハウスへ戻っていた。無論集めた丸太や角材を入り口にこれでもか、といわんばかりに設置し誰も入れないようにした。
「こんな夢初めてだし・・・もう、見たくないんですけど・・・。この擦り傷だってヒリヒリ痛むし・・・なんなのなの・・・」
体中に擦り傷を作り、身体共にへとへとの状態で町さんは膝を抱え込むように夢の中で眠るのだった。
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「・・・はっ」
町さんは目が覚めた。今度は見に覚えのある部屋、見に覚えのない森の中ではない。
「やけにリアルな夢だったなぁ・・・もうこりごり・・・っ!?」
町さんが突然の痛みに頬を触ると、うっすらと手に血が付いた。それは夢の中で負った筈の擦り傷だった。
「な、なんで・・・?」
「ふふっ・・・なんでか知りたい?」
町さんしかいないはずの部屋にもう一人別の女性の声がした。町さんが声のするほうを向くと窓縁に座る白いワンピースを着た少女。黒く、くせっ毛のある髪型。目の色は黄。見た目からしてまだ小学生かな、町さんは思った。
「小学生とかじゃないよ。これでも203年生きてるんだけど?」
「こ、心を読んだ?」
「いや?カマかけてみただけ。でもやっぱりそう思っちゃったんだね」
くすくす。少女に似つかわしくない笑みを浮かべている。
「無駄話もなんだし、ちゃちゃっと説明しちゃうね?・・・と、その前に」
少女は窓縁から降りると町さんの頬に触れた。すると痛みが引き、身体中にあった擦り傷が無くなる。
「痛いまんまだと聞く気になんないでしょ」
そのまま町さんの体に跨り、説明し始める。これはこれで頭に内容が入ってこないのだろうか。
「こほん。端的に言うと町くんは選ばれました」
「・・・何にですか?」
「神に」
「は?」
まるで訳がわからない。この少女が何を言っているのか理解不能である。
「町くんが思っているような神ではないけどね。見習いみたいなものかな。あるいは研修中?」
「ま、待ってください。君が何を言っているのかさっぱりなんですけど」
「うぅむ。あ!それならあれで説明したほうが早いかも」
少女が指差した先には、町さんが不貞寝をする前にやっていたゲームがタイトル画面のまま止まっていた。
少女は町さんの手を引き、画面の前のイスに座らせると、そのまま膝上に座った。
「ちょちょいのちょいっと」
少女が空中で指を動かすとタイトル画面が歪み、別のタイトル画面になった。そこには"街づくり"と書かれており、町さんの知らない・・・初めて目にするタイトル画面だった。
「じゃあ説明始めるよ?」