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2日目は皆で宿で朝食を食べた後、再び分かれて行動することになった。ミーシャは今日はブルック先輩も合わせて、3人で行動することになった。
昨夜のバーでブルック先輩も狩りが好きだと判明し、折角だから一緒に狩りに行こうという話になったためである。流石にブルック先輩は弓矢などを持ってきていないため、今日はその準備をすることになった。
ルート先輩は食い倒れ以外、特に気になることがなかったため、とりあえず2人について行くことにしたそうだ。
そんなわけで3人はまず、職人街と呼ばれる地区にある、鍛冶屋と併設されている武器屋に来ていた。
店に入ると剣や槍、弓など様々な武器が所狭しと並べられていた。
ブルック先輩は早速弓を見ていた。得意な獲物は弓矢らしい。ルート先輩は、間近で武器を見るのは初めてなのか、珍しそうに店内を見て回っていた。
「どれもいい品ばかりだな」
「家の人間の武器は全てここで頼んでるんです。腕の良さは保証します」
「そのようだ。ここまでいいものばかりだと悩むな……」
「ブルック先輩が使うのは短弓ですか?長弓ですか?」
「短弓だ」
「だったら、これなんかどうです?長さもブルック先輩の体格にあってますし、堅くてしなやかな素材でできてますから、よく飛びますよ」
「ほう、これはいいな。手に馴染む」
ブルック先輩は弓を握って構えてみた。姿勢もよく、中々の使い手のようだ。
「そういえば、ミーシャ君は剣以外も使うのか?」
「弓と銃は一応使えます。でも剣の方が好きだし得意です」
「銃を使えるのか!」
ブルック先輩が驚いた顔をした。
銃は魔力消費量のとても大きい武器で、中々使えるものはいない。精々上級魔術師の一部くらいのものだろう。
ミーシャは神子の子供で、大きな魔力を有しているから使えるだけた。
「一応使えますけど、母ほど上手くはないです」
「あぁ、そうか。時々忘れてしまうが神子様が母君だったな」
「はい」
ブルック先輩はミーシャが選んだ弓を買った。手に馴染む感じが気に入ったようだ。
「矢はどうしますか?家にも沢山ありますけど」
「さて、矢じりも見てみたいんだが、どうするか……普段は矢は矢じりだけ買って、後は自分で組み立てているんだが、流石にそこまではできないよな……」
「家に道具も材料もありますよ。私の狩の師匠が弓使いですから。軽く練習なさりたいのなら、弓用の訓練場もありますよ」
「そうなのか。どうするか」
「私も狩りは久しぶりですから、午後から訓練場に行ってみますか?」
「しかし、ミーシャ君は兎も角、部外者の俺が行って大丈夫なのだろうか?」
「大丈夫ですよ、私と一緒ですから」
「では甘えさせていただこう」
「ナイフはどうします?家にも予備が幾つかありますが」
「折角だから、そちらも見てみよう。今使っているものも、長く使っている分、手入れをしていても、多少痛みがあるからな」
「どの位使ってらっしゃるんですか?」
「60年は確実に使ってるな。まだ王宮に勤める前からだから」
「本当に長いですねぇ」
「あぁ。いい機会だ。ナイフも買っていこう」
ブルック先輩は、結局、ナイフと革のナイフ入れ、矢じりを幾つかと矢筒やベルトなどを買った。
ミーシャとあれこれ話ながら選んだため、買い終わる頃には昼前になっていた。
「少し早いですけど、昼食にしますか?」
「そうしよう。すまないな、ルート。待ち長かっただろう?」
「いえ、初めて見るものが多くて、意外と楽しかったです」
「そうか。なら良かった」
「お昼は何を食べますか?」
「オススメの店はあるか?」
「この近くでしたら、鶏肉が美味しい店とソーセージが美味しい店とありますよ」
「ルート。どちらがいい?」
「そうですね……鶏肉な気分です」
「じゃあ、鶏肉の店で」
「分かりました」
3人で近くの飲食店に移動した。
からりと揚げた鶏肉に薬味たっぷりのソースをかけたものや、甘辛い醤油のタレをかけたもの等々、様々な鳥料理に舌鼓をうった。
「午後から俺とミーシャ君は弓を練習しに行くが、ルートはどうする?」
「弓ですか……見たことがないので、ご一緒してもいいですか?」
「俺は構わないが」
「私も大丈夫ですよ。もしかしたら下の兄弟がいるかもしれませんが、気になさらないでください」
「分かった」
ブルック先輩も中々の健啖家で、3人で軽く10人前以上を平らげ、店を出た。
「大通りの入り口あたりから神殿方面に向けて馬車が出てますから、それで移動しましょう」
「分かった」
歩いて大通りを抜け、馬車の乗り場へと向かう。途中、温泉巡りをしている局員と遭遇した。明日狩りをしに山に行くことを伝えたら、薬草があったらついでに採ってきて欲しいと頼まれた。
馬車はちょうど、出発の時間でタイミング良く、待たずに馬車に乗れた。
ーーーーーー
聖地神殿前で馬車を降り、訓練場へと向かう。向かった先には先客がいた。
マーサとナターシャ達、神殿警備隊隊長のフェリックスだ。
「あら、こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは。お邪魔致しております」
ブルック先輩とルート先輩が頭を下げた。
「私達も弓の練習してもいいかしら?明日ブルック先輩と狩りに行くことになったの」
「あらそうなの。いいわよ。道具はあるの?」
「弓は買ってるし、矢は矢じりはあるから先輩が作れるって」
「そう。足りないものがあったら用意するから遠慮なく言ってちょうだい。あぁ、そうだ。ポチも連れていきなさいよ。獣は兎も角、鳥を射たとき人間だけじゃ落としたの拾うの大変でしょ」
「ありがとう」
「お心遣い痛み入ります」
ポチとはマーサの献属の狼のことだ。
ブルック先輩が再び頭を下げた。
ルート先輩を見学用の場所に案内すると、ミーシャも早速弓を手に取った。ブルック先輩と並んで弓を構える。視線の先には丸の描かれた的がいくつもあった。
足を肩幅に開き、姿勢を正して弓を引く。狙いをつけて矢を放つと円の中心からやや反れた場所に矢が刺さった。
隣を見ると、ブルック先輩は円のど真ん中を射ぬいていた。
「ブルック先輩、すごいですね」
「弓は子供の頃からしていたからな。その代わり、剣はまるで駄目だ」
「いや、本当に腕がいいですね」
見物していたフェリックスがきた。
「どうも、サンガレア領軍神殿警備隊隊長のフェリックスです。王宮勤めに飽きたら、是非うちに来て下さい。歓迎しますよ。いやもう本当」
にこやかにブルック先輩の手を握って、ブンブン上下に振った。
「生憎、俺は薬師ですから」
「師匠、うちの局員を口説かないでよ」
「いやしかしですね、ミーシャ様。うちは弓使いが少ないんですよ。一応訓練はさせてますけど、専門の者が本当に数えるくらいしかいないんですよ」
「それは知ってるけど、だからって先輩口説かないでよ」
「優れた者を見つけたらダメ元でも、とりあえず口説いてみないと」
「はいはい。先輩から手を離してね」
「ふぅ。残念ですねぇ」
フェリックスがブルック先輩から離れた。
「師匠とは?」
「私の狩りと弓の師匠なんです。残念ながら弓はそこまで上達しませんでしたけど」
「あぁ、なるほど」
「その代わり、剣は勿論、狩りも腕が良いですよ。獲物を見つけるのがとても上手でして」
「それは頼もしいですな」
「明日、ちょうど俺も休みなんです。折角ですから俺もご一緒してもよろしいですか?」
「俺は構いません」
「ありがとうごさいます。よろしくお願いしますね」
フェリックスはまたブルック先輩の手を握り、ブンブン上下に振り回した。
(そういやブルック先輩は師匠の好みかも)
やたら上機嫌のフェリックスの様子に、一人合点がいったミーシャである。
その後も弓の稽古をしたり、道具を持ってきて矢を作ったりしながら夕食の時間まで過ごした。
一人見学していたルート先輩は、一番下の弟達に懐れていた。人見知りのターニャが珍しく気に入ったようだ。稽古の途中、仲良さげに一緒におやつを食べている様子が見えた。
「狩りに行くなら、明後日は家で晩御飯はどう?獲った獲物を料理するけど」
「あ、それいいですね。マーサ様の料理は絶品なんですよ」
「しかし、ご迷惑なのでは?」
「全然迷惑なんかじゃないわよ。むしろ、私達も美味しいもの食べられるからね。なんていうの?役得?みたいな」
「母は狩りはしませんけど、捌いたり料理するのは、すごく上手いんです。母のもつ煮込みは美味しいですよ」
「……では、ご好意に甘えさせていただきます」
「はいな。折角だから薬師局の人達も連れておいでなさいな。王都に住んでいたら、滅多に食べられないものもあるでしょ」
「王都でも猪とか熊とか食べるんですか?」
「いや、そういうのはあまり見ないな」
「じゃあ、頑張って色々獲ってきてくださいな」
マーサはニコニコと笑った。
「馬は家のを貸すわ。獲った獲物を入れる袋とか縄とかも」
「ありがとうございます。お借り致します」
「あと、料理に使う香草とかはこっちで準備しとくから。獲ったら血抜きだけしといてもらえるかしら?」
「分かりました」
「明日の朝、俺が大通りの入り口にミーシャ様とブルック殿の馬も連れてきますね」
「フェリックスにお弁当預けとくから、お昼は用意しなくていいわよ」
「何から何まですいません」
ブルック先輩が頭を下げた。
「俺も狩りは久しぶりですから、楽しみです」
フェリックスがニカッと明るく笑った。
明日は3人で久々の狩りだ。
楽しみで、ミーシャは今からワクワクしていた。