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湖で遊んだ翌日は午前中からサンガレア薬事研究所の見学に行くことになった。
宿で朝食をとった後、大通りの入り口でマーサと合流し、一緒に馬車で移動した。前日にはしゃぎすぎて筋肉痛な面々を、マーサは可笑しそうに笑っていた。
サンガレア薬事研究所では、農学研究所と連携して、主に薬草の育成と改良に力を入れている。将来的には新薬の開発等も視野に入れているが、まだ出来たばかりの研究所であり、そこまで手を出せるほどの余裕はない。
王宮薬師局では新薬の開発も行われており、マーサとしては、現状と今後に対する助言が欲しいらしい。
道中の馬車では、マーサと薬師局長との間で、サンガレア薬事研究所の現状の説明や専門的な話がされていた。ミーシャは風に髪を遊ばせながら、静かにそれを聞いていた。
薬事研究所に着くと、薬事研究所所長と共に研究所施設の見学を行い、其々の専門家同士、意見を交わしあった。
特に薬草の育成に関わっているブルック先輩は、熱心に話し合っていた。ミーシャは時々メモを取りながら、聞き漏らしのないよう、しっかり話を聞いていた。まだまだ半人前なミーシャにとって、とても勉強になった。
研究所の食堂で昼食を取ると、現在メインで行われている研究の発表が所員によって行われた。皆、興味深そうにそれを聞いていた。
夕方まで情報や意見の交換が熱心に行われ、そのままの流れで夕食を領館で夕食をとることになり、馬車で領館に移動した。
「今日は暑気払いで素麺大会をする予定だったのよ。貴方達も是非いらしてくださいな」
「素麺ですか?」
「小麦粉で作った細い麺のことよ。昨日、今日と一段と暑いからね。外で涼みながら食べようと思って」
「なるほど。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
領館に着くと、粗方準備は終わっていた。庭に木でできたちょっとした水路が作られ、裏山から冷たい水が引かれていた。水の気配がなんとも涼やかである。
素麺が湯がかれ、他にも豚汁などの料理が並んでいた。
大人達が冷たい水につけてキンキンに冷やされた麦酒で乾杯すると、夕食が始まった。
ミーシャは素麺より先に豚汁を手に取った。熱いが実に旨い。
額に汗をかきながら食べ終えると、素麺を食べ、また豚汁を食べた。先日の猪肉がまだ残っていたらしく、甘辛く醤油で煮たものがあり、それも塩オニギリと共にパクついた。
「ミィ姉様」
「ナティ」
「今日、薬事研究所の見学だったんでしょ?暑いのにお疲れ様」
「私は何もしてないわよ。くっついて話聞いてただけ」
「この暑いのに、それだけでも十分お疲れ様よ」
「確かに昨日、今日と暑いわねぇ」
「そうなのよ。もう立ってるだけで汗だくだから、バイト中に2回も着替えたわよ、私」
「夏休み中はずっとバイト?」
「ううん。バイトは明日まで。あとは魔術研究所で修行兼雑用」
「貴女も大変ね」
「魔術師の卵だからね。今は勉強あるのみよ」
「それは私も一緒だわ」
ナターシャと一緒に肩をすくめた。
周囲に優秀でできる大人が多い分、自分の未熟さをひしひしと感じる毎日である。
きっとナターシャも同じなのだろう。
お互い頑張ろうと肩を叩きあった。
ーーーーーー
薬事研究所に行った翌日。
筋肉痛がとれていないルート先輩と元気ピンピンなブルック先輩を連れて、サンガレア領資料館に来ていた。ミーシャが高等学校に上がってから出来たそこには実はまだ1度しか行ったことがなかったため、ミーシャも楽しみであった。
ここにはサンガレア領の今現在までの軌跡がパネル展示してある。ちょうど館長の手が空いていたようで、館長自ら案内と解説をしてくれることになった。
何もない黒い大地の写真や火の国との交戦の写真、畑や街を作る過程などの写真が沢山飾られていた。
マーサらの写真も多く飾ってあった。髪が短く、痩せて男の子のような様や、誰かと肩を組んでニカッと笑っている様など様々だ。ミーシャが普段見たことない顔をしている写真もいくつもあった。ミーシャ達、子供の前ではマーサはいつも母親の顔をしている。母の滅多に見ないような顔に少々驚くと共に、話でしか聞いたことがなかった昔のことを少しだけ詳しくなれた気がした。
先輩方もミーシャも神妙な顔で館長の説明を聞き、資料館に展示されているものを午前中いっぱいかけて見て回った。
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「話には聞いていたが、本当に何もなかったのだな」
「今からは、ちょっと想像できないですね」
「私も話には聞いていましたが、写真を見たのはこれで2回目です。驚きました」
「たった数十年でよくぞここまで復活させたものだ。街も山々も」
「マーサ様方のご苦労が偲ばれますね」
「母曰く、まだまだ全盛期ほどではないらしいんです。母達の手伝いを少しでもできるようになりたいと思いました」
「そうだな」
「こちらの薬事研究所とうちが連携できたらいいですね」
「そうだな。こちらにも優れた研究者はいる。だが、研究機関としてはまだまだだ。うちと連携して、もっと発展させられたらいいな」
「はい」
「ミーシャ君は将来的にはこちらに戻るのか?」
「はい。その予定です」
「なら、今後益々鍛えねばな。それが今の俺達にできることだ」
「はい」
「よろしくお願いします」
ミーシャは2人に頭を下げた。
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食事を牛丼が美味しい店でとると、午後からは繁華街にある遊技場に遊びに行った。ここは屋内で弓矢で的を射ったり、球を的に当てたりする遊びができる施設である。王都にこういった施設はないのか、2人とも珍しそうにしていた。
「弓矢は兎も角、球を的に当てるのか?」
「はい。9枚ある的に全部当てられたら景品が出ますよ」
「へぇ。変わったものがあるだな」
「半分以上でもお菓子がもらえます」
「全部当てられたら?」
「今巷で人気の狐のマーちゃん人形がもらえます」
「狐のマーちゃんって何だ?」
「狐が土の神子の衣装を着ているんです。絵本とかも出てて、人気のキャラクターなんです」
「へぇ、そんなのあるのか」
「はい。商魂逞しい母が自分で作ってました」
「それはまた…:」
「神子様に肖ったものならば、是非とも取らねばな」
そう言って、3人で球当てに挑戦することになった。
一度目はミーシャが7枚、ブルック先輩が5枚、ルート先輩は2枚だった。
「難しいな、これ」
「ちょっとコツが入りますね。私ナイフ投げるのは得意なんですけど、これはちょっと勝手が違うんですよねぇ」
「だなぁ。どれ、もう一度やるか」
そう言ってブルック先輩は2度目に挑戦した。2度めは7枚だった。
「どうしても真ん中を狙ってしまうな。端の方が当てるのが難しい」
「そうなんですよねぇ」
ミーシャは景品で貰ったクッキーを早速もぐもぐしながら応えた。横ではブルック先輩に貰ったクッキーをルート先輩がもぐもぐ食べている。
「これ、旨いな」
「結構評判いいんですよ、このクッキー。お店は繁華街の近くにありますよ」
「へぇ」
呑気にクッキーを食べている2人を横目に、ブルック先輩は3度目に挑戦した。
ミーシャ達はクッキーをもぐもぐしながら応援した。
結果は3度目の正直で、9枚全当てであった。
「わぁ!凄いです!先輩」
「やりましたね」
ルート先輩と2人で思わず拍手した。
店の店員から狐のマーちゃんを受け取ったブルック先輩は照れたように笑った。
「結構可愛いですね、狐のマーちゃん」
「だよなぁ。しかし、取ったはいいが、俺みたいなのが持つにはちょっと可愛らし過ぎないか?」
「あんまり気になさらなくてもいいと思いますよ」
「いかにも人へのお土産ですって顔してれば問題ないと思います」
「どんな顔だ……」
ブルック先輩が苦笑した。
ちょうどおやつ時なため、景品のぬいぐるみを抱えて、近くのケーキ屋に行くことになった。
可愛らしい店で、店内には女性客が多い。男2人と並みの男より背が高いミーシャの3人組は弱冠浮いていた。
「ここはケーキもですけど、紅茶が美味しいんです」
「それはいいが俺達浮いてないか?」
「浮いてますよね」
「それは気にしない方向でお願いします」
男2人は微妙に居心地悪そうにしている。
「本当に大丈夫ですよ。私の知り合いには1人でこの店に通う男性もおりますし」
「どんな猛者だ」
「うわー、マジか」
「まぁまぁ。ケーキも紅茶も本当に美味しいんで。今の季節だと桃が美味しいですよ。もしくは葡萄」
「桃か……最近食べてないな」
「俺、これにします。夏の果物どっさりケーキ」
「そんなのあるのか。なら俺もそれにするか」
「私もそれとチョコレートケーキ頼みます。紅茶はお任せで合うものを店員さんに選んでもらうこともできますよ」
「あぁ、じゃあ任せるか」
「ですね」
店員に注文して、しばし待つと、スポンジ生地の上に生クリームと桃や葡萄がこれでもかっ!っと沢山のったケーキが運ばれてきた。結構ボリューミーである。
「おぉぅ……凄いな、これ」
「山盛りですね」
「美味しいんですよ、これ」
ミーシャは上機嫌でフォークを手に取った。先輩達もフォークを手に取ってケーキを食べ始めた。
「あ、旨い」
「果物が瑞々しくていいな」
「季節の果物ですから、美味しいんですよねぇ」
「確かにな。紅茶も旨い」
「チョコレートケーキも美味しいんですけど、試してみますか?」
「じゃあ、一口」
「俺は遠慮しておこう。流石に甘いものはそこまで大量に食べられない」
「あ、チョコレートのも旨い」
「でしょう?半分いりますか?」
「んー、もらう」
チョコレートケーキはルート先輩と半分こにすることになった。
ルート先輩は無言で黙々と美味しそうに食べている。
「夕飯まで少しまだ時間がありますけど、暑いですし立ち飲み屋にでも行きますか?」
「そうだなぁ、あのソーセージの所がいいな」
「宿への帰りですから、ちょうどいいですね」
「今日の夕飯の店はどこら辺のだ?」
「繁華街の所の店です。野菜の創作料理が食べられます。置いているお酒も種類が多いですよ」
「へぇ、それはいいな」
「……カレーあるだろうか」
「多分あると思いますよ」
「気に入ったのか?」
「はい。美味しいですし」
「まぁな。王都にも食べられる店があるといいんだが」
「店は分かりませんが、作るのなら王都でもできますよ。商会にカレー用にブレンドされた香辛料が売ってますから」
「そうなのか?」
「はい。カレーの作り方も、一緒にもらえるチラシに書いてあります」
「それは親切だな」
「戻ったら商会に行ってみようかな……」
「王都の商会より本店のここの店舗の方が品数は多いですから、明日あたり行ってみますか?」
「そんなに何種類もあるのか?」
「はい。子供も食べられる辛さのものや肉用、魚用とか微妙にブレンドが異なるものが何種類かあります」
「へぇ。それはまた凄いな」
「奥が深いんだな、カレー」
「香辛料も具材も組合せが沢山ありますからねぇ。カレー専門の料理の本も出てますよ」
「はぁー、凄いな」
ルート先輩が感心したように溜め息をついた。
全員食べ終わると、立ち飲み屋を目指して歩いた。途中で露店で売られていた肉まんを買い、食べながら歩く。
立ち飲み屋に行く前に隣の肉屋でソーセージを買い、キンキンに冷えた麦酒を買って飲んだ。
普段は仕事が忙しく、こうも、ゆったりできる日々は中々ないため、3人とも、リラックスした雰囲気で、近くのベンチに座って、夕飯の時間まで寛いだ。