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慰安旅行5日目。

王宮薬師局局員の休みは10日間だが、1日ゆっくり家で休む日を設けたので、旅行は8泊9日である。


旅行も後半戦へと入った早朝、ミーシャは街中を1人走っていた。領館の訓練所で行われている朝稽古に出た帰りであった。訓練後に風呂に入ってきたが、物足りなくて領館から街へ走ってきたら、すっかりまた汗だくになった。

宿の近くの早朝から開店している公衆浴場の前で足を止めた。風呂に入って汗を流して宿に戻ると、宿の軒先に置かれているベンチにルート先輩が1人で座っていた。



「おはようございます」


「おはよう。朝風呂か?」


「一度実家に戻って朝稽古に出てました」


「そうなのか。朝からご苦労なことだな」


「先輩も早いですね」


「腹がへって目が覚めたんだ。暑いし食事まで外で涼んでようと思ってな」


「あぁ、それなら飲み屋街の近くにうどんを食べられる店がありますよ。この時間もやってるはずです」


「うどん?」


「小麦粉を練って作る麺です。魚や鶏肉で出汁をとって、醤油で味付けしてあるんです」


「そうなのか、どうしようかな」


「宿の朝食まであと1時間くらいありますから、行ってみますか?私もお腹すきました」


「そうだな。案内してくれ」



ルート先輩と2人で飲み屋街へと足を向けた。飲み屋街は朝まで営業している飲み屋が何軒かあり、飲み帰りの客を目当てに早朝から開いている飲食店もある。

その中の1つに2人で入った。

店には他に何人か客がいて、飲み明かした後の気だるげな雰囲気を漂わせていた。



「うどんは何種類かありますよ。あと他にもオニギリとかあります」


「とりあえず肉うどんにしてみる。オニギリって何だ?」


「炊いた米に塩をふって、こう握って作るものなんです」



手振りを交えながら説明してみるが、ルート先輩はいまいちピンとこないようだ。



「試しに頼んでみますか?」


「そうだな。その方が早い」


「はい」



ミーシャも肉うどんを頼み、2人分のオニギリも頼んだ。

ここは煙草が吸える店なので、料理がくるまでの間、2人とも煙草を吸った。



「お前の煙草、自分で作ったやつか?」


「はい。王都の家の庭で煙草も育ててるので、薬草と一緒にブレンドしました」


「いい香りだな」


「ありがとうございます」


「お前、鼻はいい方だろう?見分けにくいものも間違えたことがない」


「自分ではあんまり意識したことないです。多分普通だと思うんですけど」


「そうか?結構いい方だと思うぞ。鼻が利くのは薬師には有利だ。大事にした方がいいぞ」


「分かりました。今後気をつけてみます」


「稽古で鼻折るなよ」


「あー……本当、気をつけます」


「そうしろ」



煙草を吸い終わる頃に料理が運ばれてきた。火のついた煙草を揉み消し、早速箸を手に取った。


ルート先輩はようやく箸に慣れてきたのか、少々拙いながらも箸でうどんを食べた。



「意外とあっさりしてて旨いな」


「ここのうどんは私の中では上位に入るくらい美味しいんです」


「他の店にもあるのか?」


「はい。結構あちこちに置いてる店ありますよ」


「ちなみに一番旨いのは?」


「母の作ったうどんです」


「ははっ。マーサ様は本当に何でも作られるんだな」


「はい。うどんも母が伝えて広まったものらしいです。母は色んな料理を伝えているんですけど、故郷の味が恋しかったのもあるかもしれませんが、なんでも、本人曰く、食をサンガレア領の観光の目玉の1つにしようと考えてのことらしいです」


「観光の目玉に?」


「はい。先代土の神子の瘴気に侵されて一度荒廃した土地を元に戻すのには、時間と莫大なお金が必要なんだそうです。それで、聖地神殿への巡礼客以外にも観光客が来て、お金を落としてくれるように観光に力をいれているんです。花街を領営にしているのも、その一つです」


「そうだったのか」


「目新しくて、いいものが沢山あった方が何度も来ようって気になりますでしょ?」


「確かにな。面白いものが沢山あるし、ここはとても落ち着いて居心地がいい」


「母の、土の神子の魔力に満ちた土地ですから、土の民には居心地いいと思います」


「神子様方も大変なんだな」


「どれだけ大変でも、人生を楽しんでいるようです」


「人生を楽しむか……言うのは簡単でも中々難しいことだな」


「そうですね」


「っと、そろそろ戻るか。宿の朝食の時間になる」


「はい」



2人で慌ただしく、宿へと戻った。





ーーーーーー


宿で朝食を食べていると、薬師局長がポツリともらした。



「暑い……」



確かに今日は朝から一段と暑い。

サンガレア領の暑さに慣れていない者達には少々堪える暑さである。



「ミーシャ君。何かこう、涼める場所とか、涼み方とかないのかな?」


「涼める場所ですか?街から馬車で小一時間の所に湖がありますよ。泳げます」


「湖かっ!!それはいいね!泳げないけど!」


「湖、行きたいですね」


「流石に今日は暑いものな」


「でも僕も泳げません」


「俺もだ」



薬師局長がふと真顔になって、全員に尋ねた。



「この中で泳げる者は挙手」



手を挙げたのはブルック先輩とミーシャの2人だけだった。



「……泳げる人間が2人だけで、この人数で湖に遊びに行って大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ。この時期ですと学校は夏休みですから、湖では子供向けの水泳教室が開かれているんです。水難事故が起きないよう、監視員もおりますし」


「そうなのかい?」


「はい。屋台も出ていて、地元民で賑わってますよ」


「じゃあ、今日は皆で湖に行こうか。何か必要なものはあるかな?」


「水着くらいですね。初日に行った服屋に売ってますよ」


「よし!ではまず服屋に行って水着を仕入れて湖に行こう!」



薬師局長が勇ましく腕を振り上げた。

普段は割りと物静かで大人しい方なのに、だいぶ暑さでやられているようだ。

ミーシャは、少々心配になった。







ーーーーーー


水着を仕入れて、馬車に揺られて小一時間。

王宮薬師局一行は湖に来ていた。

湖には子供を中心に涼みがてら泳ぎに来ている者が沢山いた。

湖の畔では屋台が立ち並び、午前中から賑わっている。


男女別に着替え用に張られたテントで水着に着替えると、一度集合した。



「ミーシャ君!腹筋凄いっ!!」


「マジだっ!すげぇ!!」


「ボッコボコのバッキバキじゃないか」


「それ何が入ってるんだ?」


「ブルック先輩よりバッキバキだな」


「うわー、いいなぁ」



何故かミーシャの割れた腹筋で一騒ぎ起きた。ミーシャは実に複雑な心境である。セパレートの腹部を露出した動きやすい水着を着てきたのが間違いだったかもしれない。



「腹筋って普通割れませんか?」


「鍛えてないと割れないよ。ガリ勉もやしっこ集団の僕らに割れた腹筋なんてあるわけないじゃない」


「そうなんですか」



身近にいる身内は殆ど腹筋が割れているので、薬師局の面々の腹筋が割れていない身体は、ミーシャにとって少々新鮮である。



「腹筋も凄いけど上腕も筋肉凄いね。僕なんか腕ぷにぷになのに。羨ましい」


「そりゃ、あんだけでかい剣を振り回してたら筋肉つくよなぁ。羨ましい」


「俺、骨と皮なんで、こいつの隣に並びたくないです。筋肉羨ましい」



何故か、羨望の目で見られた。

ミーシャにしてみれば、実に不可解である。


ミーシャ指導のもと、準備体操と柔軟体操をしたあと、それぞれ水遊びすることになった。

自他共に認めるガリ勉もやしっこの面々は準備運動の段階で息が上がっている者もいた。


(普段どんだけ動いてないのかしら)


ミーシャはつい憐れんだ目で彼らを見てしまった。


準備運動が終わると、皆でゾロゾロと湖に浸かった。

子供のようにはしゃぎながら、浅瀬で遊び始めた。


(男っていくつになっても子供なのよって母様が言ってたけど、本当なのねぇ)


ミーシャはなんだか微笑ましい気持ちになった。湖で遊ぶのはミーシャも久しぶりである。水をかけあって遊ぶ和の中に上機嫌で交ざった。




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