表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

大将、これが僕の肝試しだ

大将~!!どうも、久しぶりっす。


あ、ここいいですか?

ほんじゃ、とりあえず生で。あと枝豆とアジのたたき一つ。


いやー、時間が経つのホント早いですよね。

しばらく陸の上でボケーとしてたら、なんかいつの間にか夏が終わってて。

ビックらこいて慌てて大将の店に寄ったんですよ。

大将、どうです?最近。なんかいいことありました?


またまた~、僕が暖簾くぐった時、すでに幸せそうな顔してワイン飲んでたじゃないっすか。

いやしかし、今日もまた店がらがらですね。

ま、おかげで僕もこうして大将とゆっくり話せるからいいんですけどね。


ああーそれにしても僕、何にもしてないんですよ、夏らしいこと。

一体何してたんだ僕は!?


あり?大将も?

まあ、夏場は稼ぎ時ですからね。

いやすんません、ホント。そんな時に一度も店来なくって。常連失格ですよね。

よしこうなったら、お詫びをかねて僕が大将のために夏らしい事を一つ。

夏といえば!やはりここは肝試し。


え?

他にもあるって?

んなの・・・うん、まあとにかく肝試し。

いいや、なんと言われても肝試し。

兎にも角にも肝試しの話がしたいんだー。という事で肝試し。


おっ?

ぜひ聞きたいと?

そうですよね、そうですよね!

そうだと思いました。はは、さすが大将!

もう恥ずかしいからってそんなシブシブ感出さなくてもいいですよー。


あ、じゃあいつもみたくこのノートに書いていくんで・・・


後生です!

読んで下さい!!





「   大将、

今から書くことは本当にあった僕の実体験だ。

戦慄を覚えようが覚えまいが、ただ実際にあった事を伝えているだけの僕に責任はない。

だってこれは本当にあったことなんだから。


僕はある田舎町で生まれ育った。

その町の小学校では5年生の夏休みに、学校行事の一環で校内で宿泊するという修学旅行の予行練習のようなものが行われていた。

それはキャンプのようなことをしつつも体育館で雑魚寝というなんとも大雑把なものだったけれど、僕もクラスメートたちもその日を待ち遠しく思いながら、ついにその日を迎えた。


陽がまだあるうちに、班ごとに分かれて米を飯盒で炊き、ああでもないこうでもないと言いながらカレーを作った。

騒がしくもふざけ合いながら完食した頃には辺りはすっかり暗くなり、パキパキと音を立てて燃え上がるキャンプファイアーがまるで何かに怯えるように大きく揺れていた。


暫くしてキャンプの目玉、肝試し大会が始まった。

夜の校舎を二人一組になって巡るというごくありふれた、それでも子供心には微かな恐れと好奇心をくすぐる冒険だった。

順番にクラスメートたちが中に入って行くのを、そわそわしながら今か今かと自分の番を待っている。

と、ふいに悲鳴が聞こえた。

先に入っていった女子生徒の声だ。


待っている僕たちは、

「なんだなんだ?」

と顔を見合せたけれど、いっそう胸を躍らせもした。

僕たちは先生たちがいるのだから危険な目に合う事はないとタカを括っていたんだ。

だからジェットコースターの前で列を作っている時のように、悲鳴が聞こえてくればくるほど期待度が高まった。


ついに僕たちの番が訪れ、渡された懐中電灯をもって友人と校舎の中に足を踏み入れた。


すぐに闇が僕たちを呑み込んで、チラチラと揺れる懐中電灯の明かりがあってもすぐには何も見えない。

真っ暗な廊下は日中とは打って変わり、しんと静まり返っていて僕たちの足音だけがこだまするように響いている。

いつも見慣れたはずの廊下や通り過ぎる教室が知らない場所のように居心地が悪く、しんとした誰もいない真っ暗な空間の先に何かが潜んでいる気がして、僕の胸の中では恐怖心がむくりと顔をあげていた。


と、


「ぶわー!!」


廊下の影から何かが飛び出してきて、思わず僕たちも、


「うわー!」


と声を上げた。

だけどその人影と声から、すぐにそれが別のクラスを担任している先生だと分かった。

闇に潜むのは先生だったという安堵感と、響き渡った悲鳴の原因はこの先にも隠れているであろう先生達だったのかという答えが、校舎の中には至る所に先生たちがいるのだという安心感をもたらし、湧いていた恐怖が一気に薄れていった。

同時にいつもは険しい顔をして怖いと恐れられている先生が、こんなこともするんだと意外な一面に僕はちょっぴり好感をもった。

だって生徒の為に柄にもない事するなんて、お茶目過ぎるだろ?

だから驚いたものの直ぐに笑いが起きて、先生も照れながら


「暗いから階段気をつけろ?上ったら真っ直ぐ廊下行けよ?」


なんていつもより優しい声で見送ってくれた。


僕たちにはもう怖さなんてなくて、その指示通り胸を躍らせながら進んで行く。

僕の予想通り、何度か物影や戸口の後ろから、先生たちが飛び出してくるなんていうトラップにあいながらも僕たちは無事に校内を一周して外に出ることが出来た。


その時の僕は校舎を出れば、もう怖いものなんてないと思っていた。

だけど本当はここからだったんだ。


一度肝試しをした者たちは、まだ順番の回っていないクラスメートたちに肝試しの「秘密」を漏洩しないよう体育館の中で待機していなければいけなかった。

だけど、そこは小学生。

大人しくしている訳がない。

僕は友人と体育館の中だけに納まらず、周辺の渡り廊下や校庭にまで足を延ばして走り回った。


「うおー、うわー」


雄叫びをあげながらチャンバラごっこめいたものをしているのは楽しかった。


と、

ふと僕は変なシミが渡り廊下に続いているのを見つけた。

足を止めてよく見ると、赤い液体がポタリ、ポタリと続いている。

体育館の中へ走り込んでいく友人たちをそっちのけに、僕はやめときゃいいのに屈んでそのシミをじっくり見てしまったんだ。

たぶん絵の具ではない。そう思った。

今日は誰ひとり絵具なんて持ってきている訳がないし、ついさっきまでそこには何もなかったんだから。


血なのか?


背筋がぞわりとした。

その時、


足の先に何か生温いものを感じた。

さらさらとした水のような感覚でありながら、どこかぬめりとしている。

冷たくはないが温かくもなく、次の瞬間には鈍い痛みが走った。


嫌な予感がした。


だけど好奇心から見ずにはいられず、恐る恐る目線を下げると・・・


「うわッ」


腹の底がきゅっとなるほどの驚きに襲われ、思わず声を上げた。

僕の右足、裸足のつま先が真っ赤な血で染まっていた。


驚いたその瞬間にも、ぼたり、ぼたり・・・


これは!?


どうやら、やちゃったようだ。ジンとした痛みがそう告げている。


大量ではないにしても、今だかつて見たことのない決して少なくはない滴る血に慄く。

運悪くたまたま傍を通りかかった女子に、僕は思わず


「これ・・・」


と自分の足を指差した。

その時、驚愕と恐れの入り混じったその子の顔を見て、あ、やっぱりこれはやばいんだねと僕は思った。


「なんか・・・すごいね・・・」


聞こえたのはその子の声なのか、自分の心の声なのか。


暫く右足を抱え上げながら、ぽたぽた落ちる血をどうしようかと考えていると、彼女が呼んできてくれたのか、担任がやってきた。

僕の担任は、厳しくも愛情深い男勝りの女性だったけど、その時の僕にはまだ先生の愛情より厳しさの方が目立っていて、まだ先生を前にすると背筋がピンと伸びて畏怖の念にも似た緊張が走った。


うげっ、怒られる。

無意識にそう思って肩を強張らせた。


「どうした、これ?」


少し目を丸くした先生に、


「えと、んと、何か分かんないけど血、出てました」


言い訳するような答えをしたけれど、先生は冷静な声で、保健室でよく見ようと言って靴を履けない僕にためらいもなく背を向け屈んだ。

僕は少し躊躇したけど、恐る恐るその背に乗ると、よっと簡単におぶってくれた。

先生は靴を履いていたから、校庭を横切って保健室へ向かったけれど、クラスメートが見ている手前恥ずかしいやらなにやら。

でも先生におぶられている事にも緊張して、だけどその背中は温かくてどこかほっとした。


保健室の椅子に座ると、足に消毒液を拭きかけられ、つま先を覆っていた血が綺麗に洗い流されて傷口がはっきりと顔をだす。

血を滴らせていたのは、小指。そう、小指の腹の部分をすっぱり切ってはいたけれど、溢れ出ていた血の割には大したことない傷だった。

なんだと思いながらも、こんな所どこで切ったのだろうと考えた。


「どっかでぶつけた?」


先生に訊かれて、自分の行動を回想してみると、ああ!

走り回っている時、体育館前のコンクリート製の階段の端で確かに足をぶつけた記憶があるなと。

その時は鈍く痛みはしたけれど、楽しさですぐに忘れてしまいそのまま気にもせず走り回り続けていた。


「○○君を追いかけてた時、階段の角でぶつけた気がする・・・」


先生はそうかと頷き、裸足で走りまわったら危ないよと軽くたしなめはしたが、赤チンを塗り、大きな傷テープをしっかりと小指に巻きつけると、幾分満足げに笑った。


手当てが終わると先生はちょっと待っていろと体育館に行き、戻って来たその手には、どこかにほおりっぱなしだった僕の靴が掴まれていて、僕の足元に置いてくれた。

どこかむず痒いような恥ずかしさを覚えながら、ごにょごにょと礼を言って僕は保健室を後にした。


ところが、どこかほんわかした気持ちで体育館に戻ってみると、何やらクラスメート達が怯えた顔をしている。

どうしたのかと友人に訊くと、何やら血痕が体育館の至る所、挙句には渡り廊下から校舎に向かってぽたりぼたりと落ちていたというのだ。


「誰の血だろ?」

「分からん」

「でも、肝試しの時はなかったよね?」


僕の後ろで聞こえたどこかのクラスの誰かの声。


す、すみません。僕です・・・


聞くところによると僕が保健室で悠長に手当てを受けている間、血痕騒動で生徒たちが怯えたため、先生たちがいそいそと拭きまわってくれていたそうだ。

ホントすみません、今思い出してみても傍迷惑な奴だったと反省です。

だけどお騒がせな悪ガキは、その日いちばん人を怖がらせたのは肝試しではなく自分だったのだと思うと、ちょっぴりいけない喜びを感じた性質の悪い小学生だったのでした。



どうっすか?僕の話。

え?

怖くない?拍子抜けだって?


そりゃーねー・・・・


だって僕、「肝試し」の話をするとは言いましたけど、怖い話をするとは一言も言ってませんもん。

て、言うオチ・・・だめですか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ