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大将、これぞ最強の男です

大将、今日は、僕が目撃した男のことを話そうと思う。

去年のことだというのに、僕はいまだに彼のことを忘れられやしない。

それ程に強烈な印象を残した男だったんだ。


あれはそう、真夏の夜のこと。


陸での務めを終えて帰宅していた時。

いつものように家に向かって歩いていると、道の向こうからイカツイ顔のオヤジが、まるでバイクかと見間違うばかりの猛スピードで自転車を走らせてきたんだ。

坊主頭に洒落たジャージを着た彼は、見るからにガタイがよくて、ドスのきかせた声で「何見とんじゃい!」なんて言いそうな強面。


そんなこと言われたら、ウサギのように臆病な僕は一発でコテンとなりそう。


まあ要は、すれ違う人が道を譲っていきそうなヤーサン風味満載のオヤジだったのですよ。

そんなオヤジが険しい顔をして自転車を走らせているもんだから、これはもう、仲間に緊急事態が起きたのか、はたまた例のブツの取引き場でトラブルが起きたのか。

ただならぬ雰囲気を感じ取った僕は、映画で得た情報をもとに色々な妄想をしながら、警戒して彼をじっと見ていたんだ。


ああ、こんな時、大将が居てくれたら・・・


ええ、僕は何度もそう思いましたよ。

ここが陸ではなく海であったならと。


大将は若い頃、その名も知れた番長だったと常連さんから聞いたことがありやす。

曲がった事と弱い者いじめが大の嫌いだったと。

友を守るため、丸腰で組に向かっていったその度胸と信念を買われ、組長に贔屓にされたという話は店でもちょっとした伝説です。

僕もその雄姿を見たかった!


なのに、この時ばかりは大将どころか、辺りを見回しても人っ子ひとりいません。

自称ウサギは(いえ本当は子豚って呼ばれてますが)身の危険を感じました。

僕の中の小動物的危険信号が黄色になった、その時!!



「今日ボク、パパと一緒にお風呂入る!」



どこからか響いたのは舌足らずな少年の声。


ん?

聞き間違いか?


いや、でも確かに聞こえたんですよ。

それもオヤジの方から。


張りつめた空気にえらく場違いな声。

どんどんとこちらに近づいて来るその姿に目を凝らしていると、あれ?

よく見ればハンドルにはチャイルドシートが固定されており、そこに小学生前の男の子がちょこんと。


あれ?

オヤジさん、子連れ?


少し僕の警戒心が緩みました。


いやいや。

子連れ狼なんていう言葉も流行った時代があったではないですか。

子供という無邪気な存在で警戒心を緩めた隙に、ガブリとする気なんですよ。


僕はじっと彼らから目を話しませんでした。


するとちびっ子はオヤジの方を振り返り、


「ボク、パパ、だ~い好き!」


なんとまあ嬉しそうな声。


本当にパパが好きなんだな、分かる、分かるよ?その高らかで誇らしげな声だけで。


するとどうでしょう、オヤジは険しかった顔をゆるゆるとほころばせ、


「パパもだ~い好きぃ!」


なんと甘ったるい裏声。

なんていう猫撫で声。

こんな声が出るとは、オヤジの強面から一体誰が予想できたことか!


極めつけにおやっさんは自転車を走らせたまま、人目もはばからず、少年の額にチュッ!

しかも、僕の目の前を通り過ぎるその時に、チュッ!


もう完璧なる二人の世界。

道路の端で勝手に怯えてる僕のことなんて、全然気づいてないですもん。


あーあ、兄貴、それはないですよ~。反則、反則!

そんなことされちゃ、兄貴のこと憎めないっすよ。


オヤジの惚けた顔を見て、僕は本当に最強なのは誰なのか悟ってしまったのです。


歳をとってからの息子。相当、可愛いに違いない。

しかし、あそこまで骨抜きにされてしまうとは。

兄貴にも勝てない相手がいたんすね。


ちびっ子なんて言っちゃいかん。もう親分と言わして欲しいです。


なぜか僕は清々しい敗北感に微笑みを称えずにはいられませんでした。


僕は思いました。

そうか、オヤジは少年に早く美味しいご飯を食べさせ、楽しいお風呂に入らせたいがためにあんなに急いでいたのかと。


あの時の幸せそうな兄貴の顔は忘れられません。


そして僕は、こんなに心優しい兄貴を、その見てくれだけで意味もなく警戒してしまったことを恥じたのです。


どんなに強面でも、例え兄貴が本当にヤーサンだったとしても、

慕う気持ちを包み隠すことのない息子と、それを幸せだと溶けいる父親の姿は温かくて堪りません。


僕のオトンも兄貴みたいに、僕のこと嬉しいと思ってくれるのかな?

あれ?今オトンの顔が・・・いやいやいや。

さ、寂しくなんてないやい!


大将!!

今日は酒、飲ましてくれ!!


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