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大変、僕、魔性のオジサンに会っちゃった

大将、あのね、今日は僕、朝から大変だったんだ。


いつもの通勤途中の電車の中。

僕は一人で闘っていた。人知れず、だけど負ければ人生が狂ってしまうかもしれない戦いだった。


そう、すべては一人の魔性のオジサンのせい。


僕が電車に乗り込むと、両側の座席に沿って連なって立っている人の背中と背中の間で、オジサンはこちらを向いて吊革につかまって仁王立ちしてたんだ。

もうその時、僕の目はすでに問題のものに釘付けだったから、無意識に僕はオジサンの正面に立ってしまって、オジサンと向かい合いながら電車に揺られることになった。


あ、やばいなって直感した。


だって、僕の目の前にはサスベンダーの間からまさにクマの○ーさんと全く同じ形の丸く垂れ下がった腹が、電車の揺れに合わせて、ぷるりん、ぷるりん、て揺れていたから。


僕はいけない衝動に駆られた。

ああ、突っつきたい・・・。


顔をうずめて、ぽよん、ぽよんとデコでトランポリンのように弾ませてみたい。


枕にして昼寝をするのもよさそうだ。

きっと頭がちょうどいいぐらいに沈み、ふわふわとした柔らかさに頬ずりしたり、ぶぅと口でその腹で音を鳴らしてみればきっと大きな良い音が鳴るに違いない。


僕の頭の中ではそんな想像が、電車と共に加速していく。


僕は一体どうしてしまったんだろう?

決して変態ではない。変態ではない。何度も言うが、変態ではないぞ?大将。

大将の突き出た腹になんて、これっぽちも良さを感じないんだ。その酒と脂で出来た段腹に触りたいとも思わない。


なのにだ。目の前のこの腹だけは違う。

ここまで形の良い、可愛らしさまで感じさせる腹はそうそうない。

この形、この膨らみ、この大きさは魔物だ。魔物に違いない。

もうとっくにどこかに消えたと思っていた僕の、残留して静かに眠っていた幼き心を目覚めさせる恐ろしき力を持っている。

大きな縫いぐるみを抱えて眠っていた心地好さが蘇える。いやきっと、幼き頃に夢見た物語の、大きくふくよかで温かそうなあの動物への憧れが今の僕を駆り立てているのかもしれない。

魔物はそこにつけ込んで僕を誘惑する。


あざ笑うかのようにオジサンの腹は、ワイシャツのボタンがぽち、ぽちと今にも飛んで行きそうな程、はち切れんばかりに引っ張られた膨らみで、僕を誘っている。


思わず伸びそうな右手を、なんとか左手で押さえつけども、目は離せない。

わかっている、たとえ突っついても思い描く柔らかさはそこにはないと。

あるのは脂肪の塊。メタボリック症候群。

ワイシャツをめくれば、毛深い肌、加齢臭さえあるはずだと分かってるんだ。


ああ、だけど。だけど!触りたいのだ!


自分に負けそうだ・・・


向けられるであろう、白い目を受け止める覚悟でやってしまおうか?


いやダメだと、臆病な自分のおかげでなんとか踏み止まっているけど、時間の問題かも知れない。


大将、もしも僕が自分に負けたら、これは痴漢になる・・・のだろうか?


捕まった時、「どうして腹を触った!?」と聞かれたら何と答える?


「その腹がぷっくり膨れているのが悪い」と逆ギレしようか?

いや「そこに腹があるからだ」と格好良く決めようか?


ああ、僕が幼い子供なら、その腹をどれだけ触ろうが抱きしめようが叩こうが、許されるだろう。

例えまだ制服を着た若い女の子であっても、驚かれはしてもオジサンだって悪い気はしないだろう。たぶん、まだ許される。

だけど僕はそんな可愛い存在ではないから、きっと駄目だ。


大将、報われない気持ちって苦しいね。僕がこんな姿だから許されないって。ずるいよ。

僕だってこの腹に、ぼんと思いっきり飛び付きたい。


だんだん、オジサンへの痴漢行為で被るであろう損害なんて、どうでもいいかなという気にすらなってくる。

魔物だ。本当に魔物だ。


オジサンが僕の熱い視線に気づいたのか、ぐぐっとズボンを上にあげて居心地悪そうに横を向いた。


これまた大将、横から見た腹も絶品。もう完璧な曲線と大きな膨らみがオジサンの呼吸に合わせて上下する。


もう僕は駄目だと思った。

もうどうなってもいい。

少しタッチするぐらいなら許してくれるだろう。

こんな魔物を抱えた魔性のオジサンにまた会えるという保証はどこにもない。

一期一会というではないか。

減るもんではないし、少しぐらい。むしろ減った方がいいし、少しぐらい。

ただその柔らかさを確かめたいだけなんだ。


理性を失いかけた僕の心は、色んな言い訳で僕を説得しようとする。


「触ってもいいですか?」

目でそう問いかけたら、オジサンはちろりと僕を見て、でも駄目だと言わんばかりにまた新聞に視線を戻してしまった。

何て冷たいんだ。僕はこんなにオジサンの腹に焦れてるのに。

ああ、オジサンの家族が羨ましい。

僕だったらこの腹にまとわりついて離れないのに。


でもね、大将。僕、頑張ったよ。

たった二駅。されど二駅間。


電車の揺れがとまり、扉が開いた時の気持ちは何とも言えないね。

触っておけばよかったという後悔と触れなかったという残念さ。だけど、触らなくてよかったという安堵と触らなかったという己への勝利。


大将、やったよ僕。また一つ成長しちゃった。

すごいでしょ?

人混みの中で、僕は必死に戦ったんだ。

でもやっぱりあそこまで完璧な、丸くて可愛いメタボ腹はいないね。

だからさ、頑張った褒美に、やっぱりちょっとだけ大将の腹触らしてくんない?

大将の腹でひとまず我慢するよ。

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