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大将、あのね

大将、今日から僕、独りで陸に暮らすんだ。


寂しいかって?


んー、……ん。


まあ、こんなもんでしょ。みんなだって頑張ってるんだもん。僕だってそのうち慣れるよ。それまで寂しいって気持ち、我慢すればいいよね。


大将、そういや一つ心配なことがあるんだ。


最近、温かくなってきたでしょ?春でしょ?

でももうすぐしたら、梅雨でしょ?

そしたら、

そしたら……虫、でるよね?家ん中に。


どうしよう?


きっと誰もいないはずの家に、久しぶりに誰かの気配がすると思ったら、きっと……


うおー!


ああ……

Gという生命力の塊とあの蜘蛛という名の地球外生命体。


でもあんまりにも寂しくなったら、奴らの存在にホッとしたり……


するのかな?


いや、んー、自分以外の誰かがたてる物音とか、存在感が嬉しいとか思っちゃう……のだろうかね。


でも、無理だな。ムリムリ。


それを言うなら、あんまりお金に困ったら奴らを食料にしてしまう、とか?

揚げるといい、なんて情報だけはどこかから頭の中に仕舞われてる。


世界には虫を食す人々もいるし、美味しいとさえ言われている。

あまりの空腹に、人は人を食べることさえあるのだとすら歴史は言っている。

ならば虫ごとき!!!


……


いや、無理だろ。無理!


食べた日には、味や食感が奴らオンリーだ!

飲み込んで奴らの体が胃に吸い込まれようものなら、背中からバリバリ、羽根や手足が出てきそうな勢いで、奴らに体が乗っ取られるだろう。

ムリムリ。無理だろう。


そもそも奴らに出会う事の方が稀なんだ。

起きてもいないことを、無駄に心配しても疲れるだけだよね。やめやめ。


大将、僕、もう寝るよ。何か吹っ切れた。

大将のおかげだな。

大将んとこで酒も飲まずに書いてばっかで、すんません。でも大将がいて、あの店があって、僕は今日も頑張れた。

感謝、感謝。


なんて思いながら、その日を終えようとした時。


僕はいつものように寝床に着こうとしたんだ。

そしたら枕に敷いたバスタオルの上に、小さな薄茶色いホコリの塊が。

なんでこんな所に?

まあでも、今日は部屋の掃除したからな。飛んできたのかな?

一瞬僕はそのまま寝てしまおうかとも思ったけれど、いやいやせっかく風呂に入った清らかな体にホコリはつけたくないと、埃を摘んで取ろうとしたその時、

僕はなんだか違和感を感じた。


あれ?なんか足が?


ん?んん!?

よく見れば、足がある?


この足の数。

もしや!この体の毛深さは!


く、クククク、蜘蛛!!


僕は瞬時に戦闘隊形に入った。

整髪料スプレーの透明なキャップと下敷きという文房具にして最強の武器を手に取った。


恐れてはいけない。奴がどんな攻撃を仕掛けようとも。

怯んではいけない。奴の俊敏な動きに引けをとってはならぬのだ!

布団という安眠の地を奪回すべく僕は戦地に向かった。


敵はその薄い色合いの体に自己過信しているようで、まだこちらの気配には気づいていない。

僕は息を殺し、そっと大地を揺るがす事のないようじりじりとその距離を縮めていった。


僕には分かっている。どんなに大人しそうに見えても、必ず奴は豹変するのだ。

失敗は許されない。しくじれば、この地は全て奴の手中になり、睡眠どころか日々の暮らしをさえ脅かされるだろう。


しばし奴を睨み続け、覚悟を決めた。


そっと、そっと、捕獲用のキャップを敵の頭上にまで接近させ、僕はごくりと唾を飲む。


投下用意!・・・発射!!

ついに、キャップを投下させた。


瞬間、接近警報に気がついた奴は飛び上がり音速で飛行を試みた。


逃げられてたまるか!こっちは睡眠が掛かっている。

僕の聖なる枕をそれ以上お前の汚れた足で乱されたくはない!


僕はすごかった。奴よりすごかった。

人間を甘く見てはいけない。こういう時には、光速でさえだせるのだ。


僕は透明なキャップの中に奴を生け捕りにすることに成功した。

今回の生命体は小さいと言えよう。全長5ミリ程。

だが頑丈な壁の向こうで彼は、狂ったように飛び回り、ぎらついた多くの目で僕を睨みつける。

怒りに燃えた奴の余りにも恐ろしい本性に、枕に押さえつけたままのキャップから手を放す事は出来なかった。


だが、これからが本当の正念場。


生け捕りにした奴を移送しなければならないのだ。このままでは、僕は朝までキャップを押さえ続けることになるだろう。


奴はさっきから、僕の毛穴という毛穴を震えあがらせ、心拍数を極限にまで跳ね上がらせる謎の波動を送り続け威嚇している。僕の体力も限界だ。さっさとケリをつけなければ。


キャップを押さえつけていた手を少しだけ緩め、慎重に、爆弾処理班のごとく全ての神経を指先に注ぐ。


ここでキャップと枕との接地面を離し過ぎれば奴は逃げてしまい、狭すぎれば下敷きを差し入れることができない。

この微妙な隙間のさじ加減が難しい。だが僕は、その点ではもう職人の粋に達している。

だから自信はある。あるにはあるが、これは職人ですら難しいのだ。

慎重には慎重を重ねなければ、今までの苦労、犠牲が全て無駄になってしまう。


恐怖で激しく打つ鼓動を諌めながら、僕は大きく息を吸った。


奴が仲間に救助信号を送ることに注意がそれたその瞬間に、その反対側から下敷きの端を差し入れ少しづつ奴の背後を狭めていった。

忍び寄る気配に気づいた奴は、クルリと身を翻し下敷きに飛びかかった。が、それこそが僕の作戦。

下敷きの上に乗り上がった奴は、もうその端に出来た隙間など視界に入らずキャップの壁に体当たりすることに気を奪われていた。

奴が気づいた頃には、もうすでにキャップは下敷きという固い土台の上に建つ牢獄へと変わっていたのだ。


やった。ついにやった!

僕は勝った!聖なる枕、安眠の地を奪還することに成功したのだ!

闘いに犠牲はつきものだ。僕は一時間余りをこの戦いに捧げた。

だが喜びは大きい。

夜も更けた2時頃、僕は一人で勝利の余韻に浸っていた。


静かに牢獄を人里離れたテーブルへ移送すると、消しゴムを重しとしてその上に乗せ、全ての任務は完了した。


奴はしかるべき機関に委ねることとしよう。


後は平和へと環境を整えるべく、動くだけだった。奴の汚れた足で踏み荒らされたバスタオルは迅速に清めのカゴへ移送され、新たなバスタオル員を配置し、除菌スプレーなる清めの水を枕と布団に振りかけ、安眠への準備を終えることが出来た。


だが、この激戦により心に残った傷は今も僕を苦しめている。

毎晩床につくたび、枕を入念に調べなければ横たわることが出来ず、また少しのゴミですら奴の幻影を映し出すものだから、何度も飛び上がる思いをした。

あの時、ただのゴミだと思い込んだまま頭を横たえていたらどうなっていたのだろか?

自分の身に起きたであろう、身の毛もよだつ思いに際悩まされ、悪夢すら見る。

奴の影に怯えている僕は、安眠の地で未だ奴に苦しめられているのだ。


と、報告は以上です。

大将!どうです?

人知れず行われた僕の戦闘記。


あ、今、大将、小さな蜘蛛ぐらいで大袈裟だとか思ったでしょ?

それは大将だからだよ。大将、店に手の平サイズ級の魔王Gが出た時、何食わぬ顔で掴んで外に捨てたでしょ?

僕にはそんな勇者レベルの闘いはできません。

奴はGさえ食す、最強の地球外生命体なんですから!!


あ、ちなみに大将、あの時ちゃんと手、洗いましたよね?

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